Oracle

推理小説書いててふと嫌になったので頭に浮かんだのをそのまま書く。文章は汚い気がする。





「俺たちってさ」と、隣の奴が唐突に呟いた。
 けれどこいつはいつもそうだから、別に困らない。なあに、と私は言う。ハンドルを強く握るフリをする。
「なんつーか、さ。なんとなくってか、オラクルの流れに任せてるわけじゃん?」
 前を見据えたまま、当たり前でしょ、と返す。シグナルは赤のまま。視界の横から横へ、いくつもの車体が通り過ぎていく。
「それってどうなのって思うわけよ。ほら、一応俺たちって、個なわけだし」
 私が黙ったままでいると、こいつはどこか不安がる。何かヘンなことを言ったんじゃないか。間違ってしまったんじゃないか。そんな表情がこいつは顔に出るのだ。
「……ええと、さ、何て言えばいいかな。何かが足りないっていうか、さ」
 その困った顔を一分一秒でも長くとどめておきたいから、そっちには顔を向けない。けれどしばらくすると、その顔が変わってくる。もっと困った顔になる。でもそれはあんまり好きじゃない。私にはヒトを必要以上に困らせる趣味はない。だから、口添えをする。
「……自由意志みたいなもの?」
「そうそう、それだよ。自由意志」
 すると、ころん、と顔が変わるのだ。こいつは。ころころ、ころん。犬みたい。シグナルが変わる。自然と車体が前に進み出す。この動きも慣れたもんだよな、と内心思う。
「五年かあ」と口に出してやる。「ああ、車のほうね」
 そうやって、わざと表情を転がすのが楽しくて仕方がない。これは必要。
「ごまかすなよ」と、隣の犬がごねる。少し怒ったかな、と思う。
「もうすぐだから、目的地」
「そうじゃなくて」
「そんなに不安?」とため息混じりに聞いてみる。
 かくん、かくん、と頭が動く。そこまで強く頷かなくても。
「不安なんだよ」とこいつは生意気にも言う。「だって理由がない」
「理由ならあるじゃない」
「根拠のある理由が欲しいんだよ。特に男の場合は」
 しかも、自信たっぷりに言うのだから傑作だ。
「……自由意思はどこにいったのさ」
「自由だって理由のひとつになってくれる」
「根拠のない発言その一」
「その二だって言える」
「遠慮しとく」
 左折。クルクルと回すハンドル裁きも手馴れたものだ。
「そんな回さなくたって」と口答え。
「雰囲気が大事なの」と反論。「根拠はないけど」
 隣のが鼻で笑った。「そっちもその一だ」
「皮肉なんだけど」
 また顔が変わる。テールランプみたいに真っ赤だ。
「確かめたらいいのよ」と口添えその二。
「……何をだよ」
 思った以上に赤が戻らなくて、もっと赤くなっている。
「一〇ケタの数字」
 それだけでサッと色が引くのだから、現金な奴だ。
「かけてみたらいいじゃない。もう五年も待ってるんだから」
 今度は右折。目的地はもう、目と鼻の先にある。ゆっくりと車の速度が緩んでいく。小さな十字がその建物に刻まれている。
「わかったよ」と観念したように言う。「かけるから」
 誰もが世界とつながるための、たった一〇ケタの数列。隣のこいつは、それを一度だって試したことがない。
「別に複雑に考えなくたっていいの」と口添えその三。「思うように並べればいいの」
「わかってる!」といつになく不安な顔でこいつは言う。それがたまらない。
 車の動きが止まった。しんとした空気がわたしとこいつとの間に出来る。
 それから、それから、それから――。

《……ええと、もしもし?》と不安そうなこいつの声が飛んできた。
 ほら、やっぱりつながった。
《どう? これは根拠のある理由になるかしら?》
《ああ、そうだね。どうにかなりそうだ》
《根拠は?》
《……ないかな。でも》
《でも?》
《オラクルは正しかったんだな。本当に、俺たちはつながりを持ってた》
《当たり前でしょ》
 ずっとずっと、わかってたことなのに、こいつはそれにすら驚いてしまう。
《ところでさ》と唐突な言葉。
 五年も一緒にいたら、それも慣れっこだから、気にならない。
《どうしてハンドルなんか付けたんだ? 要らないだろ、あんな飾り》
《こないだ観た映画、覚えてる?》
《ああ、あの古臭いやつ》
《あそこに出てた主人公、途中でマニュアル運転してたじゃない。その気分が味わいたくて》
《レトロな雰囲気が大事?》 
《その通り。大正解》
《あとさ、その映画に出てたオラクルの呼び名ってなんだったっけ? 妙にいかつかったよね》
《そうそう、ええと、あ、思い出した》
 私はその古臭い文化に敬意を払うべく、あえて口を動かしてみせた。
スーパーコンピューターよ」