かくれおんリレー小説第二話

 

かくれおん―旅立ち号―に掲載。
他の人が考えた話に上乗せする形で話を続けていく、つまりはリレー小説企画というものをやっていて、その第二話を担当した。急に変な言い回しや、アニメのネタが出てくるようにしたのは前作者の話に乗っかったため。ラノベ調?

魔法(異世界)ミステリにロジックを用意しようとすると、短いものではほとんど伏線がそのまま解答になってしまうから難しい。異世界でありながら、現実世界の読者に対しても説得力をもたせる必要があるからだ。それでいて驚きも必要になる。フェアかアンフェアかという点では今回はアンフェアだろうと思ったので、読了後に確認してほしいが、そうならない程度のズルをしてみた*1

第一話あらすじ
公務をさぼって人間界のアニメばかりみている魔界の皇子マキュラスは、父ジスカルゴを怒らせてしまい、人間界に行って七つの謎を集めてくるようにと言われてしまう。人間界に降り立った先で彼が遭遇したのは、殺人事件。さらにその事件には魔法が使われた形跡があった。魔界には七つの種族―妖魔族・獣魔族・角魔族・吸血魔族・淫魔族・人馬族・夜兎族―がいるが、そのうち魔法を使えるのは妖魔族だけ。魔力の匂いをたどり、いちおう事件を解決したマキュラスだったが、彼はまだその妖魔族の姿をみてはいなかった。




『妖魔が降り立つ〜大魔館の殺人〜』

「……あかん。これまじであかんやつやん……」
 六月の長雨はいまも降りつづけている。妖魔族の皇子であるマキュラスは、夜兎族との邂逅からたった数時間のうちに、自身がいかにちっぽけな存在であったのかを思い知らされていた。
 金がない。寝床もない。頼れる側近も下僕もいない。ついでに言えばアニメのブルーレイディスクもプレイヤーも大型液晶テレビもない。頬を濡らす雨粒の冷たさは、彼の気分をいっそうみじめなものにしてゆく。
 もちろん、魔法を使えば、いくつかの問題は解決するだろう。しかし、自身のためにそれを使うということは、魔族としての誇りを失うことと同義だ。
 どこぞの魔人探偵よろしく、メチャクチャな道具と怪力を用いて、暴行恐喝詐欺略奪などの行為に及ぶことはできない。人間界と魔界との関係は、人間側の多くには知れ渡っていないので、かなりデリケートな問題なのだ。次期皇帝だけあって、マキュラスの頭にはそのあたりの問題に対する知識が十分すぎるほど詰め込まれている。
 それに万が一、彼がちょっとした軽犯罪に魔法を使ったことがバレて『皇子マキュラス、人間界でコンビニ傘を盗む』なんて見出しが魔界新聞に書かれでもしたら、父の顔に泥を塗るどころの騒ぎではない。だからこそ、つい数時間前の夜兎族が起こした事件は気がかりでもあるのだが。
 そこまで思考が及んだところで、やっと彼は重大なことに気づいた。
「そうだよ、人間界に降りたなら、まず行くところがあるじゃないか!」


 マキュラスは革張りの長椅子に座りながら、あたりをキョロキョロと眺めていた。タイル張りの床に、コンクリートの柱と白塗りの壁。人間界の建造物にはよく使われるであろう内装なのだが、こうしたものは魔界では珍しい。その理由はごくごく単純で、地味であるから、ということに尽きる。しかし、それがかえって彼の目には珍しく映る。またそれ以外には監視用魔鏡や人間界の各地につながっている転送魔法陣、伝言用使い魔の群れなど、人間界にもかかわらず、魔界にはおなじみのアイテムがそこかしこにある。
「すっげ……これだけの魔族が毎日人間界と魔界とを行き来してるのかよ……」
 魔界の七つの種族(通称、魔族)のうち、最も個体数の多い妖魔族だけではない。角魔族や獣魔族もところどころに見受けられ、ロビーの隅には人馬族の男が椅子に腰を下ろしているのも見えた。
『番号札六十六番でお待ちのマキュラスさまー、マキュラスさまー』
「あっ、はい」
 人間界で生活している魔族は、実のところ結構多い。とはいえ、魔族は人間の戸籍を持っているわけではないので、そのままでは住民票の獲得も保険への加入もできない。そうした諸々の手続きをしてくれるのがここ、『大魔館』だ。大魔館はほかに、人間界への旅券発行や通貨の交換などもおこなっている。人間界でいう大使館の仕事に加え、あらゆる雑務を任せたような場所だと考えてくれればよいだろう。もちろん、ここには人よけの魔法がかけられているので、人間が容易に近づくことはできない。
 また大魔館とは別に、魔族が人間界で起こした犯罪なども、人間の力では捌ききれなかったりするので、そちらにも対処していく組織がある。その名も魔族警察。文字通り魔族の警察だ。
「それで、マキュラスさま。本日はどんなご用件でしょうか」
 館内アナウンスで呼び出された受付前の椅子に座ると、グレーのスーツに身を包んだ人馬族の女性が柔らかい口調で問いかけてきた。胸の名札には「有馬」と書かれている。おそらく人間界の書類で使うほうの名であろう。その指には一目見て魔具とおぼしきリングをはめていた。
 妖魔族や夜兎族を除いた五つの魔族は、容姿が人間とは似ても似つかないため、変化の術が込められた魔具を使うことで、人間界に溶けこんでいる。当然ながら、強力な魔具の使用は禁止されているし、その一方で、魔法が使える妖魔族には魔封じの指輪の着用が原則とされている。それらには強力な術が込められているので、ふつうは外すことはできなくなっており、例外がいるとすれば、マキュラスと、夜兎族の傘に魔法をかけた何者かだろう。
「えーと、人間界には観光で来たんですけど……」
 マキュラスはどこまで話すべきか逡巡しながら、人間界に来てすぐ、夜兎族による殺人事件が起こっていたこと、そして魔法による隠蔽が行われていたことを伝えた。念のため、自分が皇族であることは伏せておいた。マキュラスの顔が魔族一般に知れ渡るのは皇位継承後であるので、誰も彼が次期皇帝であることに気付くことはない。皇族には、お忍び用の魔界戸籍があるため、そちらで通せば書類検査等でバレることもない。
 有馬はところどころ神妙そうにうなずきながらメモをとっていた。魔族警察に問い合わせるためでもあるのだろう。そして、マキュラスの話が終わると、少々お待ちください、といって、受付の奥のほうに消えていった。マキュラスはそこではじめて彼女が椅子を使っていなかったことに気づいた。肉体の構造上の問題で、人馬族は椅子に座ることができないからだ。人間社会ですらないのに人馬族は大変だな、と彼はふと思った。
「お待たせしました」
 数分後、受付に戻ってきた有馬は、旅券発行の申請書類とおもわれる分厚い紙の束と大きなファイルをもってきた。しかし、それと同時に、
「う、うきゃぱあああああ!!!」
 この世のものとは思えない悲鳴が聞こえてきた。魔族だけに。


 駆けつけたときには、何もかもが手遅れだった。
 現場はまたも手洗い場で、殺されていたのは、マキュラスがさきほどロビーで見かけた人馬族の男だった。身体のあちこちを刃物らしきもので切り裂かれており、おびただしい量の血液がその場に流れていた。
「まるで異常者の手口だな……」
 マキュラスが冷静につぶやく横で、大魔館の職員たちは混乱していた。
「さっさと伝言用使い魔を飛ばさんかッ!」
「先輩! それが……」
「どうしたッ!」
「見つかりません! 一匹も!」
「アホかッ! よく探してみろッ! お前それでも人間かッ!」
「スンマセン! うちの家系は代々妖魔族です!」
 死体を見てハイになっているせいか、まともな会話にすらなっていない。しかし現場をざっとみたマキュラス自身も、ここで困ることになった。
 なにせこの場所は、魔力の匂いが濃すぎる。いくつもの魔法が入り交じっているせいで、前回のように細かな魔法の痕跡から推理をすることはできない。別の方法で犯人を見つけ出す必要があるのだ。
「ちょっといいですか」
「ハイッ! いかがしましたかッ!」
 先輩職員の剣幕に気圧されながらも、マキュラスは問いかける。
「警察は呼べないのですか」
 途端にその男は顔を曇らせる。
「……ああ、今の話のとおり、伝言用使い魔が見つからないらしいからな。魔族警察の到着にはもうしばらくかかるだろう」
 だったら、とそこでマキュラスは歩み出る。
「この事件、おれに任せてみませんか。じつはさっきもひとつ、謎を解いたばかりなんですよ」
 このマキュラスの提案はあっさりと承認され、助手役としてさきほどの職員の後輩(怒鳴られていたほう)がつくことになった。結果として、彼はマキュラスの命じるままに動くという面倒な仕事を押し付けられたのであった。
 
 それからしばらくすると、現場の確認を終えたのか、助手である後輩職員が手洗い場から出てきた。彼はマキュラスを見ると、忌々しげにつぶやいた。
「……きっと、殺したやつには人の血が通ってないんでしょうね」
「ああ、魔族だけにな」
「……なんていうんですかね、これは。……悪魔の所業?」
「ああ、魔族だけにな」
「……それになんなんすか密室って、常人のなせる業じゃないっすよ」
「ああ、魔族だけにな」
「……なにちょっとうまいこといったつもりになってるんですか!」
「あんたが全部振ってきたんだろうが! それにうまくねえよ!」
 そうですかねえ、と後輩職員は残念そうな顔をする。
「さっきも魔族だけに、この世のものとは思えない悲鳴を上げてみたのに」
「あれお前だったのかよ!」
 とはいえ、現場検証をして、新たにいくつかわかったことがある。殺された人馬族は身元不明、まさしく謎の死体であること。变化の指輪を身に着けていないということ。犯行時刻は、マキュラスがロビーで彼を目撃してから悲鳴を聞くまでの、およそ十分の間だったということ。そして、手洗い場への唯一の入り口前には、監視用の魔鏡があったということ。
「正確には、監視用というか、記録用なんですけどね」
 そういいながら、後輩職員は魔鏡に触れて、そこに残された記録をマキュラスに見せた。魔鏡に記録されているのは監視カメラ映像のようなものではなく、静止画のように止まった景色だった。鏡はちょうど手洗い場の入り口を映している。後輩職員が電子ノートパッドの画面をフリックするように操作すると、鏡面が水のようにゆらいで、次の情景を浮かび上げていく。
「映像じゃないのは経費節約のためですけど、結構すごいんですよ、この魔鏡」
「そうなのか?」
「ほら、これボクとマキュラスさんですよね。じつはこの魔鏡、魔族の血に反応して、鏡面に映った景色を記録してくれるんです。だからインビジブルの魔法だって、コイツを騙すことはできないんですよ」
 後輩職員が誇らしげにいうだけあって、確かにつくりのよい魔具のようだ。魔鏡の性能を疑うことはできないだろうな、とマキュラスはうなずいた。
「……どうやら犯行時刻前後に手洗い場に出入りした魔族は三匹のようですね」
 連続で鏡面に映しだされていくのは、角魔の男が一匹、獣魔の男が一匹、そして妖魔の男が一匹。合計三匹。
「よし、とりあえず彼らに話を聞いてみよう」
「あ、でもちょっとまってください」
「どうしたんだ?」
「……肝心の被害者の姿が映ってないんですけど」
「は?」
 何が何だかわからない。

「要するに、どうやって被害者を手洗い場に運んだのかわからない限り、このさつじん……じゃなかった。殺魔事件の真相はわからないわけか」
 これまでの事件内容をまとめて、マキュラスはそう口にした。
「そうですね、いわゆる『ミッシツ』ってやつですかね。一応いわれたから確認しましたけど、排気口も排水口も使われた様子はないです。窓はもともとありませんし、やっぱり出入り口はここ、ひとつだけです」
 密室。ミステリー小説に散見される現場の状態のひとつだ。今回のは完全な密室というわけではないが、監視用魔鏡によって、その厳密性は確かなものになっている。
「そうだ、転送魔法なら」
 後輩職員の意見を、マキュラスは、いいや、と否定する。
「転送魔法には魔法陣や詠唱が要る。いくつもの魔力の匂いが混在していても、さすがにそれくらいなら判別できるからな。断言してもいい、今回の事件、転送魔法は使われていない」
 空間を歪めるほどの特殊な魔法は強い痕跡を残す。マキュラスは三匹の容疑者と話をしてみたが、彼らに痕跡は確認できなかった。もちろん普通の殺害の痕跡もなく、見事な空振り状態だった。また、被害者の指輪をどのようにして外したのか、という問題もある。
「それじゃ、ここからどうやって謎を解くんですか!」
「そうだな……」
 マキュラスは考える。
 鏡に映らない被害者、そして密室。
 急に見つからなくなった伝言用使い魔。
 身元不明の人馬族の被害者。消えた指輪。
「そうか」と彼はいった。「ヒトゴロシ、だったんだ」


「妙だとは思ってたんだ」
 マキュラスは興奮気味に、助手である後輩職員に語りかけた。
「おれは、椅子に座る被害者を見ていたんだよ」
 その言葉の真意がわからず、後輩職員は困惑気味に答える。
「それがなんだっていうんです? 椅子に座るくらい、ふつうじゃないですか」
「ああ、おれたち妖魔族にとってはな。けど、あんたの同僚の有馬さんはそうじゃなかった。彼女は肉体の構造的に椅子に座ることができない。なぜなら、人馬族、つまりケンタウロスは四本足だから」
「じゃあ、マキュラスさんはいったい何を見ていたんですか!」
「もちろん被害者だよ。ただし、認識をねじまげられた状態でな」
「は?」
 まだわからないのか、とマキュラスは呆れた口ぶりでいった。その態度は、皇帝が家臣に対し、身分の差を誇示するかのようだった。
「幻惑のトイズ*2
「へ?」
「おれたちは、被害者を人馬族と誤って認識させられていたんだよ。魔法をかけられていたのは、この大魔館にいる魔族、全員だ。おれが椅子に座っている被害者を見たのは確かだが、人馬族と誤認する魔法のせいで、本来は決してありえないはずの光景を、まるであるかのように認識していたんだ」
「そ、それじゃあこの被害者はいったい……」
 マキュラスは人馬族にしか見えないその死体を見下ろす。
「こいつは人間だよ。だから魔鏡が反応しなかったのも、魔族の血が流れていないなら当然だ。変化の指輪だって、そもそも最初からもっていなかったんだ」
 そこにぼそりと後輩職員が言い添える。
「……にんげんだもの
「うまくもないのにうまいこといおうとするのやめろよ。滑ってるぞ」
「いやあ、つい魔が差しちゃって。魔族だけに。なんつってわはは」
「もういいわ……ごほん。まあ、ともかく」
 わかったか? とマキュラスは助手へ向けていった。
「これは、殺人事件なんだよ、れっきとした、な」
「……みたいですね、どうも」
 助手こと後輩職員も、さすがにここまでいわれては認めざるをえなかった。
「けどちょっとまってください。それじゃあ、この人間を殺したのは?」
「それも人間だろうな。それ以外に犯行可能だったやつはいない」
 この大魔館は、二人もの人間の侵入を許し、さらには彼らの殺人劇の舞台にまで仕立てあげられた。そしてそれをお膳立てしたのは、人間界でも魔法を平気で使えるやつ。まだ正体はわからないが、そいつで間違いないだろう。
「おそらく、人よけの魔法を打ち消しておいて、人を殺したい人間と、死にたい人間をそれぞれ一人ずつ、魔法で誘導したんだろう、あとはそいつらの認識も歪めて、ここをふつうの役所のように見せた。魔族からしちゃあ、人よけの魔法があるぶん、ここに人間がまぎれこんでるなんて注意しないと気づかないだろうしな。んで、犯行後はまた犯人を逃がすよう誘導して終わり、だ」
 そこまでマキュラスがいうと、後輩職員が疑問を呈する。
「人間がここにまぎれこんでしまったってことは、なんとなく、わかりますけど、どうして誘導された人間の傾向がわかるんですか?」
「殺人事件なんて、日本国内だって日に平均して三件ちかく確認されてる*3。自殺者はもっと、ずっと多いんだぞ? そんな人間、探そうと思えばゴロゴロ転がってるし、それが潜在的なやつならなおさら見つかるだろ。身元不明の死体の理由もそこから考えりゃわかる。なにももっていないということは、遺族に迷惑をかけたがらないタイプなんだろうな、こいつは。なにより操る側からしたら、本人の目的に沿った誘導のほうがずっとかけやすい」
「ならその魔法の痕跡だったり、主犯者の姿が魔鏡に写っているんじゃあ」
 後輩職員がそういったところで、べつの職員が駆け込んできた。
「おい、ロビー入り口の魔鏡がいつのまにか粉々に壊されてたんだが」
 予想通りだったか、とマキュラスはつぶやいた。伝言用の使い魔が見つからなくなったのも、おそらくそいつの仕業で、認識を曲げられていない外部の者がやってくるまでに逃げる時間をより多く稼ぐ心算だったのだろう。
「……マキュラスさん、それは?」
 後輩職員が不思議そうに彼のペンダントを指さしていた。見ると、六芒星のなかの、二つ目の三角形が光っている。どうやらこれで謎は解けたらしい。
 だがどうもキナ臭い。夜兎族の件といい、この事件といい、いったいおやじはおれになにをさせるつもりなのだろうか。マキュラスは不安を覚えずにはいられなかった。

*1:サブタイトル

*2:トイズ―それは選ばれし者の心に膨らむ奇跡のつぼみ。ある者は清浄の花を咲かせ、ある者は毒の花を咲かせる。大探偵時代、美しさを競いあう二つの花。その名を探偵と怪盗といった―。

*3:『平成23年の犯罪情勢』警視庁、2012年6月14日、参照。http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm