安倍吉俊「ラナの世界」のこと。その1

以前、安倍吉俊のSFミステリ「ラナの世界」について触れようと思っていたのだが、気づいたら思い立ってから二ヶ月以上も経っている。8月・9月ごろは、サークルの機関誌『カメレオン』に載せる小説などのモチーフとなる本を繰り返し読んだり拾い読みしたりするのだけれど、今年はそこに安倍吉俊の同人誌もあった。自分の小説のほうはあまりよく書けなかったが、複数の後輩が原稿用紙200枚越えの作品を書いているらしいので、諸氏はそちらを目当てに『カメレオン』を買っていただきたい。今月末の学祭で販売される。来月にはDMSの通販もはじまるだろう。とはいえ後輩の作品はまだ読んでいないので、どんなものなのかはわからないけれども。

では本題。といってもこの「ラナの世界」、漫画家・イラストレーターの商業誌ではなく、同人誌だし、それも2010年末のコミケで出たものだし、自分のためにしかならないような気もする。なので、というより、他人にすすめる気もないのでネタバレを前提としたメモとして書く。今回はとりあえずあらすじと世界設定だけ書く。


isolated cityについて
安倍吉俊が発表した同人誌。『isolated city(仮)』という話の脚本と設定スケッチからなる。現在二冊まで刊行されている。調べてみたところ、恵文社バンビオ店の通信販*1でまだ売っているらしい。
一冊目の「はじめに」という作者からの言葉にあるが、舞台は「近未来、世界で唯一、ネットワークから断絶している街」で「携帯も街の外とつながる電話もなく、毎日郵便配達夫が門をくぐって紙でできた手紙や新聞を運んで」くる。二冊目の話を読む限りでは、街の外では紙媒体のメディアはほとんどなくなっているよう。ほかにも「街は高い外壁に囲まれていて、古い鉱山跡があり、古い街並みが保存されて」いる。「街に入るには厳格な審査が必要で、限られた人間だけが『ネットから解放される』という特別な体験のために、街を訪れ」る。主人公はサティという11歳の少女。飛び級して高校に通っている。ボース博士という現役を退いたロボット技術者の老人、そして彼の発明品たちと一緒に暮らしている。
一冊目、二冊目どちらも少女がちょっとした事件に関わっていくことでなにかを知っていく、というジュブナイル的な話。ただし、意識というものが主題として立ち上がってくるようになっている。「人間の意識は何によってもたらされるか」という問いを安倍自身が考えるために書いているがゆえか。


「ラナの世界」について
isolatedcityの二冊目に書かれた中編。ト書きで120枚ほど。一冊目の話がキャラクター紹介や設定技術を紹介していく話だったのに対して、こちらはSF的な舞台設定をロジックに組み込んだミステリ仕立ての話になっている。おおまかなあらすじとしては、街の外から存在しない住所の書かれた手紙を持ってやってきた人たちと、サティが出会う。彼らは大女優、ラナ・レルヒの顧問弁護士イーサンとその娘ヴィクトリア。ヴィクトリアにとって、ラナは大叔母にあたる。彼らはラナの孫であるマルコを探してやってきた。マルコの両親とラナは折り合いが悪くなり音信不通だったが、マルコだけは何度も手紙を出していた。住所は書かれていなかったが、最後に届いた手紙には街の住所が記載されており、「連絡しないでほしい」と書いてあったという。しかしその住所が存在しない番地であることを知ったサティはヴィクトリアとともにマルコを探そうとする。


たんなる同人誌の紹介になってしまったが、次回以降は作中のミステリ要素、SF要素についてふらふらと書いていきたい。おおまかなテーマは「特殊設定(異世界)ミステリ」について、「操りと物語」について、そして「物語とクオリア」について。個別にまとめるというより、それらが複雑に絡まっていくことでこの作品がたんに、SF世界を舞台(ロジックの根拠)にしたミステリではないことを考察していきたい。次がいつになるかはわからないが、なるべく早く。