摂取記録

本格ミステリ・フラッシュバック (Key library)

本格ミステリ・フラッシュバック (Key library)

 先輩から譲って頂いたもの。新本格以前にも脈々と本格ミステリは日本国内で受け継げがれていたんだという証言本でもある。今になってしまえばぽっと出て消えてしまった無名作家の作品もあれば、掘り出し物もあるといった雰囲気。こういった方向性で面白いものを日下三蔵あたりが的確にピックアップして復刊アンケートとかやってくれればいいのに。

名探偵は千秋楽に謎を解く (創元推理文庫)

名探偵は千秋楽に謎を解く (創元推理文庫)

名探偵は九回裏に謎を解く (創元推理文庫)

名探偵は九回裏に謎を解く (創元推理文庫)

 上記フラッシュバックで気になったので読んでみた。戸松淳矩といえば『剣と薔薇の夏』なのだけれど、それ以前にジュニア向けとして朝日ソノラマで出していたご町内ミステリのシリーズもの。全三作のうち二作目まで。印象としてはドタバタ江戸っ子コメディ(帯には「ラクゴチック・ミステリ」とある)で、主人公のまわりでわけのわからないトラブルが起きてはてんてこまいになってしまうのだが、最後になってそれらの意図が明かされるというもの。
 このミッシングリンクのつなぎ方が一作目の時点ではひとおとり説明のつくように、というレベルだったのだけれど、二作目になるとそれが意外な結びつけをみせるようにうまく用意してあって、あっとさせられるようになっている。ただ、そういう部分がほんらいであれば毒をもって語られたり、冷徹に書かれることもできるのだろうけれど、ジュニア向けということもあって、汚い部分については「しょせんオトナの世界のことだし、オレたちにはどうでもいいような話ではある。」と処理されている。彼らが成長して、オトナの世界に対してまた別の見方を身につけるようになるのかどうか。近いうちに最終作も読んでみようと思う。


日影丈吉全集〈5〉

日影丈吉全集〈5〉

 町田市民文学館でおこなわれていた「没後25年《日影丈吉と雑誌宝石の作家たち》展」には行けなかったのだけれど*1、ネットで情報を漁ったり、フラッシュバックで読んでいるうち、中短編集の『善の決算』が気になったので読む。現在はまだほかの収録作は読めていないけれど、『善の決算』はあっさりとした筆致ながらもなかなか面白い。
 表題作は全裸にシーツで身を包んだ画家の死を描いた密室ものであるが、ディスカッションのなかから出てくる珍説はいかにも捨て推理のくせに面白いいっぽう「なぜそのような死体状況になったのか?」というホワイも心理面という別部分から示されている。とはいえ安っぽい精神分析を万能科学として犯人の指摘に使うわけではなく、ハウはハウとして、そしてホワイはホワイとして分別したうえで書き上げているため、現在になってもじゅうぶん読め、かつ心理的な謎についても上品な出来に仕上がっている。こういう書き分けがちゃんとできているのは、やはり日影が探偵小説、とりわけ本格ものについて意識的だったからなのだろう。解説によれば、当時の宝石誌上では「小栗虫太郎ペダンティックな小説の評価にかねがね疑問を抱いているが、日影の古典解釈は謎の解釈に必要欠くべからざるもので単なる小栗式装飾ではない」と書かれたこともあるくらいで、小栗のような良くも悪くも《いかがわしさ》のにじみ出る作品に首をかしげてしまうような人は間違いなく楽しめる。
 特に力作でありシリーズ一作目の「枯野」は少女による新興宗教の教祖殺しという導入からしてすでに魅力的なのだが(しかも犯人と思われる少女は自殺している)、なぜ犯人は教祖を殺してから死体の足を縛らなければならなかったのか、という現場に残された謎もそれ以上に推理小説的な興味をそそる。とりわけアグリという少女の日記をもとに、彼女の見ていた神話物語の解釈を類推し語っていくパラノイアックな捜査の迷路は圧巻で、そこからどうにか犯人や犯行方法を突き止めたというところで、まるで夢から醒めたような結末の描かれ方がされてしまう。そうした真実(と向い合せにある妄想)と探偵役との距離のとり方がじつによくできている。なにかを幻視する瞬間とそれが消えゆく無常観というのはデビュー作「かむなぎうた」にもあったように記憶しているけれど、この『善の決算』もまたそうした作品で、現在は全集でしか読めないのが非常にもったいない。

『アンデッド〜』は19世紀を舞台とした吸血鬼殺しの犯罪と人造人間のいた密室(死体は首が切断され、消失している)という中編二本で、それぞれ異世界のロジックを盛り込んだミステリとして教科書的な書き方をしている。ゆえに読者がある程度想像すればオチは見えてしまうのだけれど、それ以上にキャラクターの見せ方がよくできている。探偵役をつとめるコンビは「鳥籠遣い」と呼ばれているのだけれど、こうした名前と探偵行動のビジュアル面での見せ方がうまくマッチングしているし、推理ものだけでなく、架空歴史バトルもの的なエンタメ要素も含ませることで読んでいて飽きさせない工夫が細かい。
 小説すばるにも青崎有吾の短編が載っているとのことで読む。いわゆる伏線会話劇なのだけれど、いかに面白い推論をするかというゲームとしてもじゅうぶん面白い。オチのひねりが弱いといえば弱いけれど、伏線のしのばせ方とキャラ描写の組み合わせ方がやはり上手いと感じた。

人はなぜ簡単に騙されるのか (新潮新書)

人はなぜ簡単に騙されるのか (新潮新書)

ほんらい騙す側には倫理がなくてはならないということを理念的に書いた名著。