e-novels評論作品がKindle化しつつあることについて

 今更感どころか、多くの読者が忘れきっていたe-novels*1の作品が最近になって活発にKindle化している。理由は皆目わからない。
 正直なところ、小説作品についてはある程度が書籍になっているため、わざわざ短編単位でダウンロードして読む必要があるとは思えないが、最近Kindle化されてきた評論については雑誌掲載しかなかったものもあるため、アーカイブとしての意義が大いにあると思う。



明智小五郎の黄昏 (e-NOVELS)

明智小五郎の黄昏 (e-NOVELS)

 第一回創元推理評論賞の佳作入選作。佳多山先生と言えば近年ではだれもが節目とかを気にしないでいた新本格ミステリの話*2を率先してしようとしてくれたり、e-novelsの企画*3でもああこの人はミステリが好きなんだなとわかるような小説を書いたり、一時期は作家や編集者を巻き込みつつ主導で大学のイベントを企画したりと国内のミステリ界でも類をみないほど良心的な人物なのである。けれど、この評論で書かれているのは明智(≒乱歩)のおこなってみせた推理、そしてその先に現れた探偵というヒーロー像に対する痛烈な批判といってもいい。ではなぜそうした一連の言葉が書かれたのかといえば、それもまたミステリというジャンル小説、そして探偵明智小五郎への愛からなのであってやはり、そういう意味ではブレのない人なのだと確認できる。
 乱歩作品および乱歩という存在イメージじたいが著作権的にも人道的にもコンテンツフリーとなり安易に流通しまくりつつある昨今、そういう本家に対する愛のこもった文章は大事だと思います。少なくとも推理/探偵小説であることを標榜しようとする人間にとっては。

 たまたまなのだろうけれども、タイミング的に先月から毎月リリースされることが告知されている、時代順に並び替えられた明智小五郎シリーズと合わせて読めるのがうれしい。



モルグ街で起こらなかったこと または起源の不在 (e-NOVELS)

モルグ街で起こらなかったこと または起源の不在 (e-NOVELS)

 第四回創元推理評論賞受賞作。日本にD坂があったように時代をさらに遡ったアメリカ(の作家の描いたパリ)にはモルグ街があったわけで、それがミステリの起源となったというのは通説であるのだけれども、ではそこに対する権威づけが果たして正しかったのか? むしろ『モルグ街』に起源たりうるオリジナリティなどなかったのではないか? と改めて問いなおす評論。
 文量があるせいかもしれないが、ところどころで主張を突き通すため強引に言い放ったり、明言が難しいところに入ると曖昧な表現に頼ったりする部分があるものの、『モルグ街』に対する盲目的信仰を突き崩そうとする姿勢はなるほどと思えるし、島田荘司本格ミステリー宣言』に賛同しながらもそれが主張していた方向性と逆行してゆく論の展開は興味深い。デュパンの「分析」がどういう役割をもっていたのか、という部分は一読の価値があると思う。


叙述トリック試論とか (e-NOVELS)

叙述トリック試論とか (e-NOVELS)

 アーカイブ価値のある叙述トリック試論+解説文がいくつか。どっかの新本格作家のようにこの人が触れる作品だからといって解説担当したものが叙述トリック作品ではないので安心して読める。ただ試論の冒頭部では某作品で書かれた叙述トリックとはちがった呼称について触れられているので、ネタバレスレスレになってしまうようなのが苦手な人は読むこと自体を避けるしかない、かもしれない。試論の内容についてはほうぼうで触れられていると思うので改めては書かない。



 現状、Kindle以外で読むことを厭わないのであれば、e-novels作品はいくつかの電子書籍フォーマットで読める。とはいえ、将来的に提供サービスが死んで読めなくなる可能性*4も捨てきれない以上、できれば寿命の長そうなアマゾンのKindleにすべて持って行っていただきたいのが消費者としての願いだ。ついでにいえばAmazon検索での引っかかりやすさを高めてほしいのも願いだ。


 また、Kindle化していない評論で、千街晶之の「終わらない伝言ゲーム ゴシック・ミステリの系譜」*5を書籍化する予定が当分ないのであれば、さっさとKindleで販売していただきたいと思うのだが、e-novelsの状況についてアナウンスする媒体もないため、今後どうなるかさえわからないのが歯がゆいところ。
 加えていうなら、個人的には瀬名秀明による歴史魔女ファンタジーという噂の「ゴッサマー・スカイ」*6も合わせてKindle化していただきたいのだけれど、作者をとりまく環境的に難しい予感がある。e-novelsとはまた別の団体であるが、ハードカバーのSF JACKに掲載されても文庫になったSF JACK (角川文庫)では瀬名作品は掲載されなかったという事例があるためだ。できれば両作品とも、読者が自由に手に取れる日が来るといいのだけれども。伏してお願い申し上げます。

*1:「◆ e-novelsとはプロの作家が、編集者や出版社を介さず自分達で自由にセレクト、編集した作品を発表する団体です。小説や評論など過去に雑誌掲載されたものから、書籍化された作品、書き下ろしまで、幅広いジャンルを取り扱っています。」とのことだが、そもそもe-novelsの発足が前世紀であり運営母体のHPは不明、現在は名前だけがネット上に漂い、過去にそういうものが存在したということだけしかわからない現状は傍から見てもヤバいので、正直形だけでもどうにかしたほうがいいのでは、と思う。

*2:新本格ミステリの話をしよう

*3:川に死体のある風景 (創元推理文庫)

*4:電子書籍の購入は、文章データ本体を買うのではなく、それを閲覧する権利を購入する契約のようなものであるため、サービス停止/終了時に代替サービスが用意されなければその権利も同時に価値のないものになってしまう可能性がある。

*5:終わらない伝言ゲーム ゴシック・ミステリの系譜 / 千街晶之 <電子版> - 紀伊國屋書店ウェブストア

*6:https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0191371