リアル脱出ゲームと本格ミステリは相性が悪いのかについて思ったこと

 きっかけは、もう二か月ほど前になりますが、ミステリ研のOB会にてリアル脱出ゲームの問題を試しにやってみたことです。挑戦したのは、「ある飛行機からの脱出」と「ある使徒からの脱出」。両方とも脱出ならず。5人が挑戦し、だいたい7割くらい回答してタイムオーバーでした。自分もひとりで挑戦し、結局ラストまではたどり着けませんでした。
 感想を聞いたところ「これは本格ではない」「アンフェアだ」「(出題者の)態度が気に食わない」などと想像通りの結果。ではなぜ、本格ミステリを愛好している人間が脱出ゲームにこれほどまで弱いのか(強い人もきっといるでしょうが)。そうは思わない人もいることを前提としたうえで、ちょっと考えたことを書いてみます。



リアル脱出ゲーム 公式過去問題集

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リアル脱出ゲーム presents 究極の謎本

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 といっても本格ミステリの分野にも、脱出ゲームを意識した作品はすくないが存在する点は留意したいところではある。長沢樹「夏風邪とキス以上のこと」と法月綸太郎「しらみつぶしの時計」。前者はその発表時期が脱出ゲームの公演がだいぶ人気になってきたころと重なっており、代表格といっていいのでは。閉じ込められた探偵が時間内にその部屋をどう脱出するかが問題となっている、まさしくリアル脱出ゲーム。後者は脱出ゲーム的趣向ではないものの、制限時間内に部屋にある物品をヒントにして正答を述べるという、問題形式である。リアル脱出ゲームにおいて最終的に数字錠を開けたりするのに印象は近い(いわくレジナルド・ヒルの「脱出経路」を意識したとか。こちらは密室からいかに脱出するのか、がテーマの作品である)。
冬空トランス (角川文庫)

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 またほかにもゲーム『スーパーダンガンロンパ2』本編にて脱出ゲームのステージが存在する。これはもう、脱出ゲームそのものである。 じっさいに脱出ゲーム問題をやってみて気づいた点は、次から次へと問題がやってきて、それを解き続けることによってさらに難しい問題(易→難)へといくように、ゲームじたいがちょっとしたステージ形式になっていることと、またその問題形式に統一した回答方法のルールがないということ。詳しくいうのであれば、純粋な正答をひとつ出せる穴埋め論理パズルや数学の方程式(二次関数レベル)もあれば、ちょっとしたとんちの聞いたクイズ(知っていると解けるパターンやダジャレなどのセンスが問われる場合も)、さらに義務教育レベルの英単語の問題など様々で、とにかく頭を常に問題に合わせて切り替えていかないとすぐ時間オーバーになってしまう難しさがある。だからこそチーム戦が盛り上がるものなのかもしれない。プレイヤーひとりひとりがどこかで活躍できる可能性が上がるからだ。


本格ミステリとリアル脱出ゲームを切り離すもの
 さて、ここで本格ミステリの話に持っていきたいのだけれど、ひとつ引用させてもらいたい。『北村薫本格ミステリ・ライブラリー』所収の「田中潤司語る」という対談だ。田中氏は評論家。

田中 私が大好きなのは謎を解くことなんですね。暗号や謎やパズルとか。推理小説の一環で。それで私が最初に出した『暗号の話』(徳間書店刊)は暗号の解読の本でもあるんですね。いろんなパズルがありますけど、例えば数学の方程式がわからなきゃ解けない数学パズルっていうのは、私はあまりいいパズルだとは思わないんですよ。
有栖川(有栖) 常識で解けるパズルがいい、ということですね。
北村 本格ミステリーも一緒で特別な知識は必要としないものが本格だおいうところはありますよね。(…)

 本格ミステリの定義について話し出すと終わらないのだけれども、ひとつの視点として、「特別な知識は必要としない」というものがある。問題文を読み、真っ向勝負で取り組めば解ける、ということである。

 しかし、おそらくここに本格ミステリとリアル脱出ゲームの大きな違いがあると思われる。どういうことか。

 脱出ゲームの簡易問題はさきほど述べたように、複雑さを第一とした論理パズルより、どちらかといえば、ちょっとしたクイズとしての側面が強い。ただしこちらも本格ミステリ同様に「特別な知識」は要らない。義務教育卒業程度の学力があれば問題にはならない。しかし、留意すべきことがあるのだ。さて、ここで読者諸氏には、バラエティのクイズ番組をイメージしていただきたい。ピンポン、という音とともに颯爽と答えを述べていく回答者たちの姿をだ。

 そう、リアル脱出ゲームは”早押し”クイズなのだ。問題文をじっくりと読まずとも、じつは脱出ゲームの場合、制限時間があるために、ささっと解けなければさきには進めないのである。じっさい、問題を見た瞬間に「○○!」と答えを出せる人もいる。つまり「特別な知識」は要らないが、「簡単な知識」は要るのである。しかもそれを情報量のすくない問題のなかから、法則性などを導くことなどによって解くことが求められる。よって、じつは、解法を知っている人間や、経験者がいると難易度が大幅に下がる場合があるのもリアル脱出ゲームの特徴といえる。

 反対に、本格ミステリは腰を据えて解く、つまり問題文を「精読」することを要求するジャンルだ。作者によるミスリードを回避し、正しい伏線を見つけ、それをもとに推理する。だからこそ、本格ミステリを読みなれた人がリアル脱出ゲームの小問題の解答を知ったときに比較的言う(言い訳まじりの)ことばがある。
「えっ、これでよかったの?」
 なのである。


本格ミステリとリアル脱出ゲームをつなぐもの
 さて、読者のみなさんの筆者へのヘイト値もいい感じにたまってきたところで、変化球を投げてみよう。脱出ゲームには簡易問題があると言ったが、もうひとつ高難度問題があるのだ。そしてこちらはむしろ、本格ミステリ読者が好むような問題となっているといっていい。どういうことか
 
 といってもネタバレはできないので、さきほど話題にあげた「しらみつぶしの時計」について思い出してほしい。「制限時間内に部屋にある物品をヒントにして正答を述べる」という部分だ。これはリアル脱出ゲームの簡易問題にはない特徴といってよく、高難易度問題の特徴でもある。

 要は、問題を解くプロセスに、簡単な知識だけでなく、推論(あるいは仮説)の「関連づけ」が必要とされる問題が出てくるのである。これは、早押しタイプの思考では解けない問題である。脱出ゲームにおいてこれは、問題をおこなう会場そのものであったり、イベントストーリーにおけるフレーバーテキスト、あるいはちょっとした小道具によるギミック、そして暗号文などさまざまだ。どういうことか。イメージならば簡単だ。「獅子が烏帽子をかぶるとき……」といえば聞こえはいいだろう。つまり、ここにあるのは問題と答えではない。謎解きである。いわば伏線回収のターンなのである。



■脱出本格ミステリの地平
 さきにあげた「しらみつぶしの時計」も、「夏風邪とキス以上のこと」も、両方ともじつは脱出ゲーム的でありながら、やはり伏線回収≒謎解きが大きなキーとなっている小説である。であるならば、たしかに脱出ゲームは本格ミステリであるし、本格ミステリとして脱出ゲームを成立させるということは可能であるのだろう。
 難しいのは、その扱いにくさなのだ。ゆえに、それを乗り越えれば面白いものが出てくるのではないか。だからこそ、また新しい脱出ゲームミステリが出ればよいのだと思う。



文蔵 2016.5 (PHP文芸文庫)

文蔵 2016.5 (PHP文芸文庫)

 ちなみにこちらは、だんだんと紹介内容がしょっぱくなっていく(閉塞感のある)企画だったので、気になった人だけが読めばいいと思います。清涼院流水みたいな紹介の仕方だったから、こちらのほうが不安になる。とはいえノンジャンル的な雑誌の方向性の問題なのかもしれないけれども。
法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー (角川文庫)

法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー (角川文庫)

 レジナルド・ヒル「脱出経路」はこれで読めます。