言語について考えたいというより、言語についての小説が書きたくて読み漁ったのにすでにだいぶ記憶が落ちている。よくない。 なのでなんとなくの記憶でメモをする。
とりあえずソシュール研究の第一人者からはじめようと思って『言葉と無意識』を読む。これは『生命と過剰』を含めた前著の自己パロディとして書いたものまえがきにあり、要は新書として短くまとめられていてわかりやすい。ソシュールの記号学の面だけでなく暗号に傾倒していった部分までも書かれているので、人物像としてのイメージが掴みやすいのがよかった。
ただ後半になると東洋思想(雑な言い方)やフロイト・ラカン心理学とミックスされたかのような無意識観へ話がシフトする。ここではチョムスキーの思想に一貫していた言語=記号観への批判が向けられつつ、ラングではなく、コード化される以前の言葉≒ランガージュに重きが置かれるようになる。
内容をより深くしたのが『生命と過剰』の第一部で、自分は全集ではなく単著版のほうで読んだ。こちらは『言葉と無意識』のテーマとニーチェ思想が組み合わされ、新書では触れらなかった部分により近づこうとしている。
ただし第二部にあたる『ホモ・モルタリス』のテーマは死生観と言葉で、これについては一般的な言語論というよりは丸山の思想が煮詰まった本といった趣がかなり深くなっている。さらに最後にはその思想を反映したかのような小説が挿入されており、言語観を持った人間がつくりだした観念的世界が語られる。
正直なところ、ところどころで出版された時代の文化批判といった向きも多く、丸山哲学を学ぶつもりがないのであれば、いま軽く読むのは『言葉と無意識』のみで事足りるのではないかと思う。調べたいのがソシュールだけであれば『ソシュールを読む』が内容も量もベストだろうと思う(買ったのに部屋の本棚から見つからなかった)。
丸山圭三郎が東洋思想的な言語観を取り入れていたがその元ネタ部分がちゃんと理解できる内容でしっかり書かれている。そういう意味で「言語アラヤ識」は丸山圭三郎の理論とパラレルな位置にある。とにかく文章がやさしくかつ情報量は多く、さらに論点が整理されていて読みやすい。イスラーム神秘主義、空海密教、インド哲学などにおける言語の取り扱いを紹介してもらえるほか、井筒によるデリダ論が読める。興味のピントが合えば面白く読めると思われる。
概観するという点では一冊でまとまられている量のバランスがよいというか、ほぼ教科書。生成文法の言語観や研究するうえで前提とする捉え方もわかるし、個別の研究方法も基礎的な内容なら理解できる。素人の頭ではすべて理解できたわけではなかったけれど、なんとなくの研究イメージを掴むという点ではとてもわかりやすい本だったと思う。
ソシュール以後百年分の成果は出たので、そろそろ別のアプローチをしていくべきでは? という態度の分厚い序論。言語の意味の部分にフォーカスするのではなく、言葉が存在する場(送話者や受話者がいてはじめて形成される)という部分から言語を捉えなおす。言葉が意味を持つという考え方を否定し、むしろ意味を持たなかったり、意味になりそこなったりするほうが日常茶飯事であるという素朴な見方から学問をはじめるべき、というのはかなり斬新に見えた。あとハングルがどのように生まれたかについても一章がまるまる割かれていて、そこはふつうの読み物として面白い。
- 作者: 橋田浩一,今西典子,錦見美貴子,大津由紀雄,ヨセフグロッズィンスキー,Yosef Grodzinsky
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2005/01/07
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生成文法や失語症について調べたくて読む。『生成文法を学ぶ人のために』を読んだため、基礎知識部分は理解でき、ほかはかろうじてなにを言っているのか見当がつくくらい。失文法失語患者についての研究は読み物として読んだ。やっぱ脳の理解のためには壊すのが最初に考えられる方法なんだよな、と思ったりした。
こちらは細かい研究成果を追っていくというというよりは概論になりそうな成果と実例を含めた読み物で、幼い子供や言語喪失者の会話形態などが簡潔に説明されている。それゆえ学術書といった趣はあまりなく読みやすい。獲得過程(文章構造がどのように複雑になっていくかなど)や言語喪失(どう言葉を正しく使えなくなるのか)が個別具体に列挙されているので、そうした状態へのイメージを持ちやすい。
- 作者: ヴァルター・ベンヤミン,山口裕之
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
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もともとは「翻訳者の課題」(「翻訳者の使命」)が読みたかったのだが、冒頭に収録されていた「言語一般について また人間の言語について」(「言語一般および人間の言語について」)という人間の言語における楽園喪失について語られるほとんどファンタジーやオカルトめいた複雑な文章にノックアウトされる。ちなみにチャイナ・ミエヴィル『言語都市』のエピグラフはこの論考から来ている。ベンヤミン入門書としては最適だと思うが、ただただ入門する気持ちオンリーで行くと挫折する本。なにか並行して取り入れるサブテキスト(後述)がないと厳しい。
ベンヤミン「言語一般および人間の言語について」を読む―言葉と語りえぬもの
- 作者: 細見和之
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2009/02/24
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ベンヤミンの論考にほれ込んだので、その短い論考についての解説(+新訳)だけで一冊になった本も読む。これ以外にもベンヤミン関連の本をいくつか読んだことでなんとなくのイメージがつかめるようになったが、さすがにこれだけでは論考の態度や、ベンヤミンの視点がどこにあるのかを把握するのは厳しいと思った。「言語一般および人間の言語について」サブテキストとしては最適。
とはいえ反対にいえば、ベンヤミンがどういう時代背景にいて、どういう思想のうえで言語哲学を醸成させていったかの補助線を引けるようになれば、なんとなく見えてくるものがある。
そのうえで『ベンヤミンの言語哲学』を読んだところ、「言語一般および人間の言語について」から「翻訳者の使命」へのパラレルな関係と通底するテーマや、歴史の概念へと態度などをミックスした視点がようやく飲み込めるようになった。もはや言語に対する理解というよりはベンヤミンに対する理解になってしまったが、それはそれとして楽しい読書だったのでよしとする。他人に説明するには技術も体力もないのでそういうことをする気はないが……。
デリダがベンヤミン「翻訳者の使命」について語っていると聞いたので読む。難易度はまあまあ高い。デリダとベンヤミン両方に興味のある人だけが読めばいいと思うくらい。ベンヤミン理解というとり、デリダから見たベンヤミンといった感じが強いので、そういう意味では重要度はそれほど高くないといったら怒られるかもしれない。
個人的に読めてよかったのは山城むつみのベンヤミン再読企画で、「暴力批判論」と「翻訳者の使命」をパラレルに読み込んでいくという試み。特に前者のほうは『ベンヤミン・アンソロジー』に徒手空拳で挑んだところ挫折した部分をうまく説明してもらえたという点で、かなり助かった。そういう意味で、サブテキストとしても使うことができた(でもしっかり論旨を取り落とさないよう読み込むには二周かかった)。
- 作者: ハワードケイギル,リチャードアピニャネジ,アレックスコールズ,Howard Caygill,Richard Appignanesi,Alex Coles,久保哲司
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2009/06/10
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こちらは あまり参考にならなかった本。ベンヤミンの生涯と著作が漫画でおさらいができるが、個別の文献に細かくあたっていくわけではないので参考とするのは難しい。というよりは知識としてこういうものがあるよね、と拾うための本。ただしベンヤミンの生涯というか性格のしょうもなさがわかる、という点では有意義な本。
ベンヤミンの思想や生涯はなんとなくわかったし、個別の短い論考くらいならもう読めるだろ、とおもったが、内容が理解できたのは三割くらいだった。文章が複雑というのもあるが、書かれた個別の意図を参照しなくては読めない。ちくまのコレクションのほうに挑むべきだったと反省している。しかしわからないけれど面白いとなってしまうのがずるいといえばずるい。