凪のあすからを誤読する3(4話)

 本日2回目の更新。気合い入れていきましょう。

 

第4話 友達なんだから

 前回衝撃の事実が明らかになってからの4話です。小学生たちの名前は美海(みうな)にさゆ。協力体制になるかと思いきや姉のことを思い出し、「美海みてーな卑怯なやり口は嫌いだ」と去っていく光。思うところがある表情の美海でオープングです。

 あくる日、家庭科の授業でちらし寿司をつくる5人。べつの班のも試食し合うことに。たしかに前話で紡とは仲良くなったものの、ほかのクラスメイトとはほとんど距離が縮まっていません。それでも「これ、よかったらどうぞ」と皿を差し出すまなか。それを拒否する手がまなかを押し倒します。割れる皿。「謝れよ」と紡。彼はいいヤツなので常に正しい行動を取ります。先生に見つかり謝るクラスメイト。

 木工室。壊されたおじょしさま。「誰がこんなこと」「あいつらだ」キレる光。教室に走り、チェストを決めます。(たぶん)校長室。ひとりだけ帰宅するよういわれる光。その処遇に対し「わたしも帰る」とまなか。

 おじょしさまにつけられた落書きを落とそうとするちさきと要。ちさきは「まなかって可愛い」とこぼします。「怖がりだけど、意思が強くて、華奢な体でくりってした目で。いつも一生懸命」ここにも彼女の傍観者としての視線は見えてきますね。憧れがあったのか、もしかしたら多少の嫉妬もあったかもしれません。

 対して要は「大きいほうが好きなやつもいるよ。あんま痩せてないほうが、中年男は好きらしいよ。テレビで見た」とフォローになってないフォロー。いちおう褒められているちさきは「まなかみたいに、素直になれたらいいのに」。けれどもそうなれないのが比良平ちさきの比良平ちさきである所以ではあります。輝いていますね。

 おじょしさまの頭に「さゆ三じょう」の文字を見つけるちさき。「あからさまな犯行声明文だね。クラスのやつらじゃなかったんだ」と要。それを聞いて焦って消そうとするちさき。訝る要にちさきは答えます。

「このことは黙ってよう? わたしと要の秘密にしよう?」

「え? どうして?」

「だって、このことが知られたら、光が悪者になっちゃう」

「でも」

「光がこれ以上傷つくの、わたし見てられない!」

  光の幸福を願った結果、ナチュラルに物事の優先順位が狂ってしまっているのがベストオブ凪のあすから曇りヒロインこと比良平ちさき女史です。ここに来てこじらせランキング堂々の首位だった光くんを大きく突き放して独走状態に入ります。というかすごい自然に共犯関係を持ちかけてますね、この子。思考の瞬発力。

 しかしそこにやってくる紡。彼はいいヤツなので常に正しい発言をします。

「嘘つくのは、きっとよくない。どんどん孤立することになる」

「違う! わたしたちがつくったものを生臭いって言う人たちなんだよ!」

「みんな、ほんとうは悪いやつじゃない」

「ちらし寿司、わざとこぼすような人たちが? いい人だって思ってたけど、やっぱり紡くんも地上の人なんだね……」

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嫌悪と悲しみの混じった表情。失望されるのはふつうに心が痛くなるが紡はつよい。

  流れるように被害者感情を武器にするのが趣深いですね。「地上の人を嫌いとかってない」と口にしていた彼女が嫌悪を向けていることを考えるとなおいっそう趣深い。いっぽうの紡は「光がみんなを誤解したことで、みんなに光を誤解をされたくない」。彼の株がどんどん上がっていきます。もうこいつが主人公でいいんじゃないかな……。

 場所は変わってサヤマート。「どっかい」のガム文字の続きをつくろうとするが、光の言葉を思い出しためらう美海。そこに「やってやった! かましてやったよ!」とさゆ。「ぼっこぼっこにしてやった」(…)「どうしてそういうの」「え?」「卑怯だって! そういうの!」と自分のことを棚に上げてキレます。子供は言われた言葉をすぐ他人に向けますからね。サブキャラでもドラマをつくっていく気概を感じます。

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ブチ切れた美海。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 帰る途中の光とまなか。「お前さ、なんであのときあいつらのとこ、ちらし寿司持ってったんだ? いつもだったらあんなことしないだろ」彼女に変化が生まれつつあるのかもしれませんが、溺れているあかりの交際相手を発見して話はうやむやに。

 男のアパートでおかゆをつくるまなかと光。冷蔵庫のプリンにマジックで印がついているのが細かい。溺れた経緯を訊ねたのち、案の定キレる光。「不倫なんてな、絶対許さない」と口にしたところで、女性の遺影が置いてあることに気づきます。青い瞳。

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いわゆる祖霊舎(?)。独特のデザイン。

 いっぽう、社殿に御霊火をわけてもらいにくるあかり。美海の母、みをりのことを覚えているうろこ様。高校時代のあかりは陸で生活するようになったみをりと会っていました。相手の男、つまり至ともそのときに知り合っていたことになります。前々掲の美海の画像を見ればわかりますが、彼女の瞳孔の周囲は海村の人々と同様に青く描かれています。あかりの回想でも瞳が大きく映ります。海と陸のハーフというわけですね*1。そしてみをりは亡くなってしまう。

「わたし、ふたりの傍にいたいって思ったんだ。みをりさんの空白を埋められればって」

「物は言いようじゃな。ただの横恋慕じゃろう。みをりがいなくなってその後釜に入ろうとした」

「きっついな……うろこ様は」

「呪い。かけてやってもいいんじゃぞ」

「呪い?」

「惚れた男を忘れられる呪いじゃ」

「そんなのいらない。……自分でなんとかするもの」

  最後に静かに言って捨てる感じが最高にキマっているのですが、このシーンは過去の岡田担当作品の変奏かつ深化ともいえます。なぜなら他人を呪うキャラクターとしては『true tears*2の石動乃絵という女の子がすでに存在しているからです。第10話「全部ちゃんとするから」では好きな女の子にほとんど振られてしまった男の子、野伏三代吉が石動乃絵に会い、自分を呪うようお願いします*3

「石動乃絵」

「なに?」

「俺に呪いかけてくれねえか。誰も好きにならない呪い」

(…)

「誰にも心動かされない、クールな男ってかっこよくね? 俺、そんな男になりたくて」

  どちらも失恋から逃避するための呪いであることがわかります。ただし『凪のあすから』では去っていくあかりを見送ったのち、「まだまだ子供じゃのう」とうろこ様がこぼします。呪いに対する姉のふるまいもそうですが、それを相対化する目線も置かれているのが実にテクニカルです。そして意味深に揺れる御霊火。「海の人間を、いま地上にやってはならない」。この台詞は今度のストーリーに関わる部分です。

 夜。至の家に帰ってくる美海。「おじょしさま、わたしがやった」「は?」「わたしがボコボコにした!」と嘘の告白。ランドセルを握る手が震えていますね。

 帰り道。美海を責めなかった光(や要、ちさき)に「守ってもらってばっかりだった」ことを自覚し、泣き出すまなか。けれども光を守りたいという気持ちにもなり、一緒にクラスメイトに謝ることを提案します。学校で自発的にちらし寿司を持っていったことも、おそらくはこうした思いがあったのかもしれません。一緒に帰ることにしたのも、光を守ろうとした結果だったと考えられます。だから比良平ちさきは向井戸まなかにはなれないんだよ。

 翌日。土下座する光。土下座するまなか。チェストで仲直り。微笑み合うまなかと紡。そしてこのときのちさき。ちさきですよ。

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比良平ちさきが比良平ちさきたる所以。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 校舎裏へ逃げていくさゆに声をかける要。「あの土下座はきみが光にさせたとのおんなじだから。僕は光の友達として、きみを許せないよ」。泣き出すさゆ。「わたしだって、美海の友達なんだ」と自分に起きたことを語ります。ここの回想パートはふつうの会話だったらあきらかに浮いているはずなのですが、自然に感じられるのがアニメならではのマジックという気がしますね。見ているあいだはたしかに説得されてしまう。ふたりの会話を隠れて見て去っていく美海。

 要に諭され、光に謝るさゆ。みんなが笑うなか、曇った表情のちさきのモノローグ。

(わたしは、わたしは、光をかばいたかった。だけど……)

 はい、というわけで感情が限界に近いちさきでエンディングです。

 とはいえ4話がすさまじいのはストーリーに関わるキャラクターが増えてかなり入り乱れているはずなのに、それをほとんど感じさせずアクシデントを起こし、まとめる部分はしっかりとまとめ、未解決な部分はちゃんと次回に流すという処理をしているところですね。

  • 光:おじょしさま事件→誤った報復→早退→謝罪
  • まなか:光を守るため早退に同行→謝罪を促す
  • 要:おじょしさま事件の犯人特定→さゆに謝罪を促す
  • ちさき:おじょしさま事件の犯人特定→隠蔽失敗(まなかの「守りたい」との対比=だから比良平ちさきは向井戸まなかにはなれないんだよ。
  • 紡:おじょし様事件の犯人特定→謝罪を取り持つ(誤解を解く)
  • 美海:卑怯といわれてさゆに八つ当たりする→光に嘘の告白→態度保留
  • さゆ:おじょしさま破壊する→美海に怒られる→要に諭される→謝罪する

 これらの状況変化をパラレルに描くだけでも大変なところ、さらに至と姉のエピソード、美海とさゆのエピソードを入れて1話にまとめているわけで、相当な圧縮、省略がなされているように思います。

 たとえばあかりと至の馴れ初めはいくらでも生々しく描けるし盛れるところでしょうが、あかりの主観による語り(美談化)とそれに対するうろこ様のツッコミで簡潔に済ませています。過不足ない出来。

 各々のシーンのつながりも忙しないはずですが、見直すと要らない部分はかなり切られていることがわかります。おじょしさまが破壊されてから教室に光が移動する部分や、その後校長室に呼ばれるくだりなどは綺麗に省略されています。溺れた至を救い出す描写もなく次のシーンではアパートにいますし、かと思えばベランダに干してあるウェットスーツで前後の想像がつきやすくなっています。過度に説明をしきらない上品さ。4話はこうした技巧の積み重ねによってつくられています。

 次回はエピソード姉編第一部の最終回となります。あかりと至は無事結ばれるのか? 美海はなにを思っているのか? 光は姉の幸せを願えるのか?

 

 

 続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:脚本の粗をつつくなら、どうして至は海と陸のあいだの子が胞衣を持たないことを知らなかったのかという話になりますが、まあそれはそれです

*2:お前ほんとうに『true tears』すきだな。

*3:ただし、この第10話の脚本担当は岡田ではなく、森田眞由美とクレジットされている。とはいえ岡田麿里は『true tears』のことを相当気に入っていたのではないか。『さよならの朝に約束の花をかざろう』でもttの飛べない鶏が飛び立たないドラゴンに変奏されて登場している。