凪のあすからを誤読する4(5話)

 まだ5分の1にも到達してませんが続きです。今回は岡田脚本の台詞回しパワーが遺憾なく発揮される第一の盛り上がりでもあります。むろんパワーだけでなくテクニックもちゃんとあるのが見えてきます。盛り上げていきましょう。

 

第5話 あのねウミウシ

 朝。台所に立っているあかり。第1話冒頭で光が立っていたのを思い出します。変化ですね。出かけるさい、お父さん(灯)が「地上の男はやめておけ」に対し、「父さんもやっぱり海の人だね。わかってるわ」とあかり。相変わらず表情がいい。

 社殿。大きく揺れる御霊火。「地上と海とはその境を完全にするべし。やがて地上は……ぬくみ雪はその前兆」とまた意味深な発言。「あかりはお前次第じゃがな」といいますが「あかりにはあかりの人生がある」と灯。直接手を差し伸べることはありませんが、妨害をする気はないのかもしれません。ここでOPです。

 前回の重い感情を引きずっているのか、みんなとは登校しないちさき。お腹の赤いウミウシを探しているようです。気持ちの整理をつけたい、といったところでしょうか。陸に上がると紡が。「遅刻」「そっちだって遅刻じゃない」「今朝は大漁だったからな。近ごろ、おかしいくらいにキンメが獲れる」しかし話題をそらさずに、「昨日はごめんなさい!」と謝るちさき。すると「あんた、光が好きなの?」と看破されます。当然といえば当然ですね。

「そうか」といって学校に向かおうとする紡。しかしちさきは一方的に話します。この切り出し方がまたいい。

ウミウシになってくれる……?」

「え?」

「幼馴染の好きよりも好きよ。でも光を好きでいつづけると、どんどん嫌な自分になってく。どんどん自分、許せなくなってく」

「ストップ」

  顔を上げると、視線の先にはまなかが。俯瞰のカットとともに波の音が聞こえてきます。1話のカモメの鳴き声と同じ手法ですね。逃げ出すまなか。踏切の警報機の音、電車の走行音、蝉の声が重なります。青春のいたたまれなさが増幅されていきます。

f:id:saito_naname:20200506153734j:plain

情報量の多いカット。警報機はちさきの心情と呼応しているか。

「聞いてないからね、なんにも!」「ひーくんのこと好きとか?」「うん、ひーくんのこと好きとか!」聞こえていました。ちさきは「忘れて」と懇願します。「う、うん。わかった」とうなずきます。造船所の逆光のカットも船が波をつくるカットも異様なほど綺麗です。コントラスト。青春がいたたまれなくなるほど世界は美しくなるものですからね。うんうん、どんどんいたたまれなくしていこうね。

 体育祭のダンスの練習。ちさきと光。それを見るまなか。これまで見えていなかったものが見えるようになってしまいます。「ちーちゃん……」感情のビリヤードがはじまる気配。

 サヤマート。あかりに会いにきた至。喫茶トライアングルへ。あかりがみおりや美海と会っていた場所ですね。「わたしたち、やっぱり別れたほうがいい」そして回想。美海があかりによく懐いていたことがわかります。

 再びサヤマート。「どっかい」のガム文字の前にいた美海に「わたし、ちゃんとどっか行くから。だから安心して。つらい思いさせちゃって、ごめんね」とあかり。ショックを受ける美海。ここでAパート終了です。

 台所で料理をする光。そこに電話。「うろこ様に確認して! 小さい女の子が海に落ちてないか!」と必死な声。あかりからです。美海が失踪したことが伝えられます。「俺が美海、見つけてやるから」と光。「いくら大人ぶったってな、お前なんか俺の母ちゃんの代わりにはなれねえんだよ! だから、とっとと美海の母ちゃんの代わりになれ!」と啖呵を切ります。当初は反対姿勢を取ろうとしていた光ですが、これまでの関わりのなかで心境が変化したのでしょう。

 探す4人。造船所のところで美海を見つけます。「絶対に帰らない」「心配してない」「美海はひとりだから」とこぼす彼女と一緒に夜を過ごすことにします。

 美海が見つかった知らせにくずおれるあかり。傍に寄る至。

「あたし、あなたが好きです」

「え?」

「美海ちゃんもみおりさんも好きです。光にはふられちゃったけど、好きです。みんな好き。」

「あかり?」

「あたし、光の言う通りなの。子供なの。欲張りなの。好きな人を、みんなみんな手に入れたいの。どうするのが正しいのか、わかってたって、それでも! やっぱり、諦められない! 諦めたくないよう……!」

  実際に映像で見ると感情の決壊という感じで一気に引き込まれるシーンです。唐突な「あなたが好きです」でぎょっとさせるのが上手いですね。会話ではなくほとんどモノローグなんですが、受け取り手がいて成立する緊張感といいますか*1。考えてみれば「ウミウシになってくれる?」のくだりもその手法ではありますね。

 造船所。魚を獲ってきた光。距離が近いだけで反応してしまうちさき。それを見てしまうまなか。「ちーちゃん……」(半日ぶり二回目)。

 まなかと美海。ウミウシの話。美海にも思うところがあるようです。しかしまなかは(赤いウミウシが見つかったら、なにを話せばいいのかな。なにに、答えが欲しいんだろう……?)とまだ自身の気持ちと向き合えていない様子。

 造船所に残った光と美海。「いっぱいいるだろ、お前のこと大好きなやつ」「いない」「いるだろ、だって」「いないの! いちゃ嫌なの!」急に海に飛び込む美海。しかし彼女は泳げません。「あたし、泳げない。どうして? ママは海の人なのに、どうしてあたしは泳げない?」抱きしめる光。

「ママが死んじゃって、お腹んとこ、悲しい感じでいっぱいになって。息ができないみたくなって。あかちゃん、ずっとあたしといてくれて。あかちゃんのことも好きになった。だけど、あかちゃんが新しいママになるかもって、怖くなった。また、ママが、美海の大好きが、美海の前からいなくなっちゃったらどうしようって。もう、あんな悲しいお腹になるのは嫌だ。大好きにならなければ、あんなに苦しくならない。だから、だから美海……」

 あかりに引き続き、美海も感情を吐露します。それを受け止めてやる光。(好きにならなければつらくならない)のモノローグに重ねてまなかの顔が浮かびます。やっぱり自覚はあるようですね。中学生だからコントロールができないだけで。

「だけど、よう。誰かを好きになるの、駄目だって、無駄だって、思いたくねえ」「あんたも、大好きな人、いるの?」「うっ……それはいるよ、いっぱい」「いっぱい?」「ああ、そうだ。お前のことも、大好きになったしな」彼もラブコメ*2主人公のはしくれなのでナチュラルに落としにかかっていますが、さきほどの「いっぱいいるだろ、お前のこと大好きなやつ」のリストに自分を加えてやるあたり、根は優しい子なんですね(どうも紡がいいヤツすぎるせいで霞んでいますが)。そしてドリコン認定。そして「手伝ってほしいことがある。あたしの、ウミウシ

 翌朝。サヤマートの横で眠るふたり。それを見つけ、美海を抱きしめるあかり。ガム文字。ようやく1話から出てきた言葉が完成します。

「あかちゃんの目。青くて、涙が波みたいに揺れてて、綺麗。海みたい。美海ね、海が、大好き」

 しっとりとした上品な台詞回し。一度聞いただけでは気づきにくいかもしれませんが、おそらくこの台詞は美海が海に飛び込んだときの回想にあった、みをりの「ママは海が大好きだから」という言葉とつながっています。

f:id:saito_naname:20200506182237j:plain

「美海は美しい海って書くの」と名前を教えてあげるみをり。回想にも意味がある。

 光の台詞の回収といい、今回は言葉の呼応が光ります。美海は母から受け継いだ好意のバトンを渡しているのと同時に、母に対して口にできてた「好き」をあかりにも向けることができるようになりました。文句のないハッピーエンド。

 これにてエピソード姉編第一部終了です。今回の話はあかりと美海それぞれの思いが吐き出され、それが合流していくことになる丁寧な構成でした。ちさきの思いについては保留されています。それを知ったまなかの感情も同様に保留です。

 またウミウシの話や、あかりと至の関係、美海と光の会話を通して、「好きという思いを抱くのは正しいのか、間違っているのか」というテーマが浮かび上がるようになっています。そのあわいを、陸と海のあいだを、人々が揺れている。これが『凪のあすから』の物語観でもあります。ここまで(いたたまれない描写にもしっかりと耐えて)見てきた人なら本作の空気というか態度みたいなものを感じ取れているかと思います。

 さて、この5話までが岡田脚本担当回で、次に岡田のクレジットがあるのは12話。とはいえ攻撃力の高い脚本はガンガン続いていきます。次話のみどころは落ち着いたかと思いきや久しぶりにいたたまれなくなってしまう光くんです。やったぜ。乞うご期待!

 

 

続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:それはもうディアローグでいいのでは? とは思うがそのあたり定義をよくわかっていない。

*2:ブコメか?