凪のあすからを誤読する16(21~22話)

  前回は美海の感情を成長させた回で、その結果(?)ついにまなかにも変化が。そろそろ終わりまでのカウントダウンが入るところですが、まだまだ話は広がります。やってやりましょう。

  

第21話 水底よりの使い

 前回の「キスして」から続きです。「ひーくん! 女の子そんなに怒っちゃ駄目だよ!」はっとして見やる光と美海。美海を見て「誰?」と訊ねるまなか。それから走ってあかりを呼びに行く美海。微笑むまなかでオープニングです。

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安心感のある笑顔。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 ところで今回からオープニングに新しいカットが追加されています。冒頭、サビ、ラストのくだりですね。過去回想的なシーンでしか登場しなかったまなかが。サビでは美海と同じ衣装を着て御霊火を手にしています。またこれまでのOPのラストで飛ばされた美海の傘を掴む腕だけは描かれていましたが、その人物がようやくわかるようになってもいます。

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御霊火ということは海神様に関係があるということになる。のちの話で説明される。

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サビといい、飛ばされた傘といい、まなかと美海のふたりが強調される。

 出かける美海。遅れて出る光とまなか。晃に名前を呼ばれ続けるまなか。「ずいぶん好かれたな、お前」と光。「好かれた?」とピンと来ていないまなか。

 サヤマート。要とちさき。お菓子をくれる狭山。そこに光とまなかが合流します。「ちーちゃん、今日寒いね」とまなか。見た目が変わったことに対し衝撃を受けていません。「えー、ちーちゃんはちーちゃんじゃないの?」それから紡に会いに行くことを提案する光ですが、「それより港行こ!」とまなか。

 学校の水場。美海とさゆ。美海は乾いた胞衣を濡らしています。「光たちといればよかったのに。誘ってもらったんでしょ?」とさゆ。対して美海は「行けないよ」「なんで」「資格ないもん」俯く美海。

「なに、うれしくないの? まなかさんのこと」

「うれしいよ! やっと、やっと起きてくれたー、って思って、自分がうれしかったのがうれしかったんだけど、なんか違くて、なんか思ってたのと違うって……」

  前回の紡との会話の延長ですね。「うれしくなりたい」という気持ちの通りにいったんうれしくはなれたし、そのことに安心したようですが、まだ腑に落ちてはいないようです。

 漁協前。氷に驚くまなか。とにかくはしゃぎます。「僕らの頑張りってなんだったんだろうね」と要。それから「光はどうだった?」「ん?」「起きたばっかのとき。僕は怖かったよ。見覚えのある町だけど、微妙にずれていてさ。かたちは同じだけど、知っている人が誰もいない世界だったら、どうしようって。すごく、怖かった」光も同様に戸惑いと恐怖を覚えていました。そしてまなかを見て「なんであいつ、あんなに笑えるのかな」

「あいつさ、覚えてないんだって」と光。回想。まなかが目覚めたあと。おふねひきの前に言う約束について訊ねようとしますが、言い出せません。代わりにおふねひきのあとについて質問します。何者かの声を聞いたらしいまなか。「なにかあげるって言ったか、くれって言ったような……」それ以上のことはわからないそう。

 学校にやってきた4人。こちらでもはしゃぐまなか。「もう胞衣もないのに、海に戻れないのに……なんで」と光。対して要は「まなかはまなかだよ」「そっか。そうだよな」と一緒にはしゃぎはじめる光。よく見るとそこには美海とさゆも。テスト勉強について訊ねるまなか。勉強の話題に。

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みんなが騒がしく話すなか、ひとりだけ表情が暗いちさき。

 「わたしそろそろ病院行かなきゃ」とお菓子を渡して去っていくちさき。5個入りのシュークリーム。ぴったりになります。

 おじいさんの病室。ちさきがいるところに、紡もやってきます。まなかの話に。そして「みかん食べる?」とちさき。「コーヒーゼリーも買ってあるぞ」とおじいさん。

 デイルーム。コーヒーゼリーを食べるふたり。「おいしい。わたし、シュークリームより好きかも」とちさき。やはり中学生の感覚は合わないのかもしれません。それから「月末あたり、大学に戻ると思う」と紡。「そ。それっていつ?」「だから、月末」コーヒーゼリーで甘くなった舌がみかんを酸っぱく感じるちさき。「アパートに送るね、みかん。研究室のみんなで食べて」「うん」もう家族の会話ですね。

 みかんが鴛大師で栽培されているかについては明確ではありませんが、前回みかんジュースが好きだということが発覚した紡のことを考えると、みかんも好物なのかもしれません。それがちさきに知られているといいですよね……そうあってほしい……。

 帰り道を歩くちさきと紡。以下ラブコメ

「そんなに離れてないし」

「うん」

「なるべく早く戻ってくる」

「うん」

「電話するし」

「うん」

「なにかわかったら、すぐ知らせる」

「ふふっ、なに紡、寂しいの?」

「俺じゃなくて、ちさきが」

「なに言ってんのよ、こっちだって忙しいんだから」

  ちゃんと大学で研究するよう、紡に言うちさき。「うろこ様に聞けるといいのに」と紡。うろこ様はえっち。こうして移動シーンそのものを会話で繋ぐのは珍しいですね。基本的に移動はぶつ切りでひたすら情報を積むのが『凪のあすから』という作品の傾向な気がしますが、今回は会話のおかげでふたりの距離感がよく出ています。そしてなにかを踏んでいる紡。

 帰宅すると教授が電話口に。

 汐留家。鍋を囲んでいます。ちさきと紡は不参加。椀をこぼしてしまう晃。あかりがすぐに水で冷やします。大事はなかったことに安心する一同ですが、まなかだけ反応が薄い*1。「まなか、ちょっと来い」と光。

「おふねひきが終わったら話すって言ったこと、いま聞く。なんの話だったんだ?」

「怖い顔しないで」

「紡のことか?」

「え?」

「紡のことじゃないのか?」

「なんのこと? ひーくん……」

 壁ドンした光の手が震えています。それ以上は聞き出せないまま終わります。光としては告白に対する答え(のようなもの)のはずで、聞きたくてたまらないでしょうが、残念ながら消化不良。

 翌朝。走って汐留家までやってくる紡。みなが集まったところで服の袖をめくります。腕に魚が。呪いです。うろこ様の呪い。

「ってことは、いるんだ近くに。うろこのやつ!」と光が宣言したところで今回はエンディングです。

 これまでまなかが戻ってきて、目が覚めて、というかたちで話が進んできましたが、なんとなく違和感というか座りの悪い感触が出てきました。その正体はよくわかっていません。けれどまなかを見てきた光だけはすこしだけ触れつつあるのではないか、というのが今回の話です。

「なんであいつ、あんなに笑えるのかな」という部分は重要ですね。光にしろ、要にしろ、変わってしまったことにショックを受けていたわけですが、まなかは笑ってばかりです。ほかにも重要な箇所はあるのですが、それについてはのちの話で言及します。

 またいっぽうで、ちさきは相変わらずな印象です。5年の差をいまだに感じてしまうあたりが彼女が彼女たる所以ですが、だとするなら彼女の感情はどう向かうのか。

 そして世界についてもちょっとずつ変化がやってきます。まなかを救出したことで、鴛大師は寒くなっているといいますが、次回ではそれについても話が進みます。

 

 

第22話 失くしたもの

 キッチンでたけのこを炊いているまなか。彼女に上手く接することができない美海。「お風呂、先入るね」と逃げていきます。入浴。お湯のなかに顔を入れると、海の中(のようなもの)を幻視します。まなかを見つけるときに聞こえた音。剥がれた胞衣のような、もしくは鱗のようなものも。

 いっぽうで寝転がり、思案顔の光でオープニング。

 空き地。うろこ様を探す光と美海。さゆとまなかも。うろこ様用に浜で拾ったえっちな雑誌とタッパーに詰めた煮物。まなかに先日問いただしたことを思い出す光。そしてぬくみ雪が降ってきます。美海のモノローグ。

(このところぬくみ雪がよく降るようになり、テレビのニュースによれば、海から遠く離れた町や都会でも降りはじめているということでした)

 世界の寒冷化が進んでいるように思われます。

 紡の家。うろこ様捜索地図を広げる一同。村のいたるところを探しているようです。

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カットを180度反転したもの。作中の位置関係がわかる貴重な一枚。

 大学に戻る予定の紡も参加しています。呪いの魚の鳴き声を聞いて「おならみたい」とまなか。「お前のもそうだったろう」と光。「あの、まなかさんにも魚できたことあるんですか」と訊ねる美海。

「うん、びっくりしたー」

「いなくなっても嘘ついてたよな。まだいるって」

「ん?」

  はっとして、難しい顔になる光。なにかがおかしいです。それを見て表情を暗くする美海。

 風呂場で魚に餌のパンをやるさゆ。そこに大福とお茶を運ぶ要とちさきの会話が聞こえてきます。

「その豆大福、患者さんにもらったの」

「男の人かな」

「やだ、なに言ってるの?」

「モテモテだね」

「馬鹿、おじいちゃんよ」

「なんだか妬けるね。僕ももう一度、告白し直そうかな」

 「冗談」と要はいいますが、さゆはそれ以上餌をやることができません。彼女が以前から要の感情に気づいていたかは明確ではありませんでしたが、ここでフィニッシュブローが入ったかたちになります。美海といいさゆといい、なんで間接的なかたちでそれを知るようにさせるのか。久々のいたたまれないポイント。人の心がない。

 それからしばらくして、教授が大学に呼び戻されることに。天候不順により内陸では交通網が麻痺したり、停電が起きたりしているとのこと。鴛大師の村でも除雪機が活躍し、氷柱ができるほどの寒さになっていることがカットで説明されています。山は雪で覆われています。紡はもうすこし残るようです。「残るのはちさきのため?」と要。肯定する紡。「いい加減答えも出したいし」

 サヤマート。美海とさゆ。「光とまなかさん、なんか様子が変じゃない?」と訊ねる美海ですが、さゆは返事をしません。彼女も彼女で思うところがあるためですね。そこにやってくる峰岸くん。「あ……」「あ……」「あ……」天気の会話をして終了。「美海、告白されたんだよね、峰岸に」とさゆ。「え、な、なに急に」「告白、か……」やはり思うところのあるさゆ。

 空地。タッパーとえっちな本が消えています。「きっとうろこ様だよ」とまなか。「わかんねーだろ、んなもん」と光。「ぜったい見つけようね」と明るい表情のまなかに対し、やはり難しい顔になっている光。

 学校にやってきた光とまなか。やはりうろこ様はいません。プール。紡と勝負して怪我したとき、まっさきにまなかが飛び込んできてくれたことを話します。6話ですね。ですがまなかは曖昧に笑うだけです。

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曖昧に笑う感じが絶妙に出ている。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

「それも、覚えてねえんだな」と光。呪いの魚についても訊ねます。膝に魚ができたことは覚えていますが、嘘をついたことは覚えていません。ショックを受ける光。

「地上に、危ねーから地上に出るなって言われたとき、俺がお前のこと」

(お前のこと、抱きしめちまったことも)

「みんなが冬眠に入る前に波中に行って、俺がお前に」

(お前に、好きだって言ったことも)

「覚えて、覚えてねえのかよ」

  まなかは曖昧に笑うだけです。さらにショックを受け、逃げ出してしまう光。決死のアタックが全部なかったことにされたわけですから、仕方ないですね*2。久々のいたたまれないポイント2。そのいっぽう、まなかはよくわかっていない様子。

 美海とすれ違い、さゆを突き飛ばしても無視する光。「おいタコ助! レディを突き飛ばしてそのままかよ!」レディの巻き舌具合がいい台詞ですね。追いかける美海。

 あてもなく歩いていくうち、ふたりは見知らぬ祠へ。その屋根にはうろこ様が。美海を見て「メスのにおいがする」。当然光には意味がわかります*3。「なにか聞きたいことがあって儂を探していたのではないのか?」地上のこと、汐鹿生のことを訊ねますが、「聞きたいことはそれだけか?」とうろこ様。見抜かれています。

「まなかは、まなかはどうなっちまったんだ。あいつは、二度と海には戻れねえのかよ。それに色々眠りにつく前のこと、忘れちまってて。いったいあいつになにが起こってんだ」

「まなかはおじょしさまになっておったのじゃ」

「おじょしさまに?」

「海神様の生贄となり、子を成した娘。彼女は地上に思い人を残してきておった。いつまでもその思いを忘れることができず、ふさぎ込むようにしまった娘を見かね、海神様は彼女を地上に帰してやったのじゃ。あるものと引き換えにな」

「その話なら知ってるぜ。海神様は胞衣を奪ったんだろ。それがどうしたってんだ」

  その後、海神様は海に溶け、いまは善も悪もない、思いの欠片として漂っていることをうろこ様は伝えます。「まなかはあのとき、海神様の感情に巻き込まれ、生贄となった。かつて海神様がおじょしさまを求めていたときの感情が残っていたのじゃろう」よって世界は安定していました。

「じゃが、まなかのなかにあったとある気持ちは生贄であることをよしとせず、外に出ようとした。その気持ちは胞衣を壊し、すこしずつあふれ出し、か細い潮流を生み出した」

「汐鹿生に通じていた、あの潮の流れ」

(…)

「あの音は、まなかさんの胞衣。ううん、まなかさんの思い」

 美海はそれを聞いていたわけですね。さらにうろこ様は伝えます。

「お前たちがまなかを探しに行ったとき、おじょしさまを奪われると感じた海神様の思いの欠片は、かつてと同じようにまなかからあるものを奪い取った。そのときまなかに残っていた胞衣も、いっきに剥がれてしまったのだ。まなかが生贄だったから海は落ち着いていた。まなかを失ったせいで地上の終わりは早まるかもしれん」

「なんだよそれ。地上がおかしくなっちまったのは、まなかのせいだっていうのかよ。それじゃあまなかは、ずっと海んなかで眠ってたほうがよかったっていうのかよ! なんだよ! なんなんだよそれ!」

「慌てるな。早まるといっても、お前らが死んで、お前らの子供が死んだそのまたずうっと先のことじゃわい」

「あの、あるものを奪われて、そのとき胞衣が剥がれたって。じゃあ、まなかさんが奪われたものって胞衣じゃないんですか?」

 ここで海神様の言い伝えについてもようやく答えが出ます。うろこ様は光に訊ねます。「お前はまなかのことを好いておるのだろう」すると即座に表情が曇る美海。

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シリアスな場でも個人の感情はないがしろにされないのが『凪のあすから』。

「お前の思いは未来永劫まなかには届かんかもしれん。いや、誰の思いもな」

「まなかが失ったもの、それは……それは……人を好きになる心じゃ」

「まなかはもう、誰も愛することができんのじゃ」

  というわけで劇的な結論によって今回はエンディングです。世界の終わりと個人の感情が天秤にかけられてしまっている状況がここにきて明示化されました。

 また彼女が人を好きになる心が失われていることは前話から描かれていました。晃に懐かれていることを、「ずいぶん好かれたな、お前」と光はいっていましたがまなかは「好かれた?」とわからないふうに答えていました。じっさいはふうではなく、わかっていなかったわけですね。

 けれどなにより、もっとわかりやすい異常があったことを考えてもよいかもしれません。なぜなら第1部でノルマのように毎回泣いていたはずのまなかが、この2話ではいっさい泣いていないからです。

 前回目覚めたさい、5年間の変化に衝撃を受けるはずでしたら、泣いてしまってもおかしくないのがまなかという少女のはずでした。光ですら泣いていたのに、弱虫であるはずの彼女が泣いていない。それに気づくことができたとき、アニメを見ているわたしたちはより強烈な空虚感を味わうことができるのです。光はもしかするとそのことに違和感を覚えていたのかもしれません。

 加えて、そのうえで21話冒頭の笑顔を思い出すと無限にエモくなれますね。感じていたはずの安心がゼロになってしまう苦しさが出てきます。この22話でようやく向井戸まなかはほんとうの意味でヒロインになってしまった。ただの内気だった女の子からけったいな運命を課せられた女の子になってしまった。もうわたしたち視聴者は彼女から目が離せなくなってしまっているはずです。

 また構成面でも対比が際立っています。これまで『凪のあすから』がそれぞれのキャラクターのなにを描いてきたのかを思い出してみましょう。そう、感情です。5年の時間によって変化したなかで変わらないもの、変えたいもの、すべてが感情に集約され、バトンを受け渡すように毎回それぞれの物語が描かれてきました。しかしまなかにはその変化の軸となる感情そのものが失われている。ここでもわたしたちは空虚感を味わうことができるのです。

 ほかにも美海、さゆの年下組もだいぶシリアスになってきました。同い年になれてよかったね、というところから、好きな人に好きな人がいることの 報われなさと向き合わざるを得なくなってきています。彼女たちのそれは悲恋に終わるのか。

 世界もだんだんと終わりはじめています。内陸部や都市部でも寒冷化の影響を受け、機能しなくなっている部分もでてきています。人類が滅ぶのは遥か先とのことですが、これまで通りがまずできなくなってしまうのは間違いないところです。物語が佳境になるにつれ世界もおかしくなっていくのはいいですね。夏に雪が降ってうれしい。

 そしてこれまであった言い伝えの海神様は人格的な上位存在でしたが、思いの欠片は非人格な上位存在にシフトしています。よって思いの欠片はセカイ系的には理不尽なルールを強いてくる厳しい世界そのものなのですが、ベースが感情にあるというのがやはり特殊です。これは前にも言及しましたね。あくまでドラマが感情ベースになっています。その感情の存在ゆえにまなかの一部は失われています。

 ではどのようにしてまなかを取り戻すのか。彼女の恋愛はどこに行くのか。これが今後語られていく物語の軸となります。そして残り4話は岡田麿里脚本。油断せず戦い抜きましょう。

 

 

 

続く。

 

saitonaname.hatenablog.com

*1:というか目からハイライトが消えている。

*2:ここでは任意の女の子による「やっぱり友達でいよ?」「聞かなかったことにしてもいいかな?」を想像するのがいいかもしれない。そうか?

*3:発情期。