凪のあすからを誤読する18(24話)

 前々回に引き続き前回も最高のエモが抽出されましたね。しかしそれも越えていくのが『凪のあすから』です。まだまだ展開は広がるぞ。今回もちさきの感情が早々に限界になり、彼女が限界になればむろん彼もダメージを受けます。では気合いを入れてやってやりましょう。

 

第24話 デトリタス

 下校中の美海、さゆ、まなか。光を見つけます。駆け寄るまなか。ウミウシの石に気づく光。顔をそらす美海。彼女の思いはまだ光にはぶつけられていません。

 汐鹿生。ちさきに語りかける紡。

「お前と一緒に過ごした5年。ずっと、隣でお前のこと見てきた。海のそばで暮らして、海のことがわかってきたみたいに、お前のこともわかるようになってきた。怒るタイミングも笑うタイミングも、泣くなってときも、感じられるようになった。そう、感じてたんだ。お前の気持ち、いまは俺にあるって。それ、俺の勘違いだったのか?」

 迷う表情のちさきを抱き寄せます。顔を赤くし、しばらくしてからはっとするちさき。

「は、離して」

「勘違いなら離す」

「紡……」

「でも、勘違いじゃないなら……」

「やめて……! わたしは紡のことなんて、好きじゃない!」

  そういって走り去っていくちさき。「気持ちが……漂ってる」とつぶやく紡でオープニングです。

 紡の家に戻ってきたちさき。高校入学のころでしょうか。おじいさんに写真を撮ってもらったさいのことを思い出します。紡を見つめる瞳が揺れています。

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惚れているやんけ、と突っ込みたくなる表情。

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おじいちゃんの入院によって忘れられているかもしれないが、14話からこうだった。

 家に入り、何気ない日常の記憶が目に入ります。モノローグ。(たった5年。紡と過ごした時間は、たった5年。光たちとは、生まれたときからずっと一緒にいたのに……。なにに……どうしてたった5年で……!)涙を浮かべてその場にくずおれます。

 そこにやってくる要。「紡?」「え?」「昔から変わらないから。ちさきは好きな相手のことになると、普通じゃなくなる。よかったら、ちさきの気持ちを話して。それで少しでも楽になるなら。僕の気持ちはいいんだ」

 ちさきの感情に歩み寄ったかと思えば、要はあっさりと身を引きます。紡と正反対の動きですね。だから要はちさきの恋愛対象になれなかったんだよ。

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境界線。要は近づかないし(しゃがんで影が距離を取る)、近づけない。

「昔からどうしたって、蚊帳の外だったんだから。ちさきが光とうまくいかなくても、次は僕じゃなく紡だってわかってたらから」それからぼろぼろと泣き出すちさき。

「違うの! 好きじゃない! 紡のことは好きになっちゃいけない……。そう、光以外の人を好きになったりしたら、眠り続けているみんなを、時間を止めたままのみんなを裏切ることになるって思って……。わたしは、わたしは光が好きなんだって、ずっと、忘れないように、ずっと思ってて……。光が戻ってきたとき、怖かったの……わたしだけ大人になっちゃったこと……。それだけじゃなくて、見破られちゃうんじゃないかって、色んなこと。でも、光は変わらないって言ってくれた……。わたしうれしかった。わたしは光をちゃんと好きなんだって。いまでもちゃんとって……。でも……」

「もういいじゃん」

「え……?」

「僕たちはここにいるんだから。帰ってきたんだから。ちさきの気持ちをごまかすことなんてないんだ」

  そういって立ち上がる要。「まなかは紡が好きなの。まなかの好きな気持ちを目覚めさせるためには、紡の気持ちを受け入れることはできない」「まなかは関係ないでしょ」「ある!」「強情なのも変わらない」

 汐留家。波のような音を聞くまなか。そこにあかりと晃。晃が幼稚園で手紙を書いてきたそう。「まなかだいすき」逃げ出すまなか。泣きそうになる晃。

 ひとり寝室にいるまなか。「これ、なんだろう」と手紙を見ながら涙がこぼれてきます。波の音。「うるさい。うるさい。うるさい……!」

 いっぽう縁側にいる美海。(光は、自分がどんなに傷ついても、まなかさんの気持ちを取り戻そうとしている。わたしに、できること……)そこに光がやってきて、まなかのペンダントのお礼をいいます。旗や汐鹿生に行けたことについても。ガキ扱いできないことを認める光。「らしくない。まなかさんのためなら、性格まで変えられるんだ?」と美海。(まなかさんを思う光に、せめてわたしができること。光に、この気持ち、気づかれないようにすること)

 翌朝。登校する光とまなか。「ねえ、ひーくんは誰が好き?」と訊ねるまなか。「わたしね、よくわからないの。好きってどういう気持ちか。不思議なの。みんなのこと好きだと思うのに、なのに、なんだかよくわからないって感じがする」ごまかす光。

 病院。おじいさんに寮暮らしをしたい旨を伝えるちさき。紡との距離を取りたいのかもしれません。「好きにすればいい」とおじいさん。それから地上に戻ったおじょしさまの話の続きを訊ねます。

「愛する男は死んでいた」

「え?」

「消えたおじょしさまを探し、海に入って溺れ死んだと」

「そ、それで?」

「地上に戻ったおじょしさまを待っている者はだれもいなかった。それだけだ」

 説話に続きがあったことも驚きですが、あまりよい話ではありません。

 歩いている紡。そこに下校中の光、要、美海、まなか。まなかのペンダントに気づく紡。「光、要、ちょっといいか。男同士の話がある」と紡。

 祠に来た3人。「もう一回、呪ってもらえないですか」とうろこ様に頼む紡。断られます。「おふねひき。おじょしさまを捧げれば、また地上の終わりは緩やかになるんじゃないかと。それに向井戸の気持ちも、元に戻るかもしれない」

 紡は多くの思いがデトリタス(プランクトンの死骸や微細な生物の生きた跡)のように海に漂っているのを感じたと述べます。「海神だけじゃない。鹿生で暮らした人のものなのか、泳ぐ魚なのかもわからない、思いの欠片たち。名前もない、時代もない気持ちたちの中に、よく知っている気配を感じたんだ。きっとあれは向井戸の気持ち」

「向井戸が生贄になっていたことで、海神の思いの欠片と御霊火の意識が一体化し、均衡が取れていたと。だったらもう一度、生贄を捧げれば……」それからまなかのペンダントを木のおじょしさまにつけて、まなかの代わりにならないかと提案します。「向井戸が戻ってきたと海神の思いが勘違いすれば、奪われた向井戸の気持ちも元に戻るかもしれない」

 それを聞き、手を貸してくれるといううろこ様。こうして村の協力を仰いだおふねひきがまたはじまります。5年前のクラスメイトも戻ってきました。「なんか、懐かしいね。楽しいね、ひーくん!」とまなか。

 造船所の部屋で衣装を縫っているちさき。そこにやってくる紡。「まなかは、わたしが地上にいるあいだ、5年間もずっとおじょしさまになってくれたんだよね。そしたら、今度はわた」「ちさき!」その会話を部屋に入らず聞いている要。その要の視界に入らないようにしているさゆ。

 とぼとぼと帰る要。「サボり」と呼び止めるさゆ。「好きなんだ。ちさきさんのこと」「バレてた?」と笑う要。「ばっかじゃん!」「え?」

「そうやって、なんでもないふうでカッコつけてさ。ちさきさんに告白したんでしょう?」

「それも聞いてたのか」

「聞いてたよ! 振られたのかなんか知らないけど、もっとまっすぐぶつかればいいじゃん! ちゃんともっとさあ、さっきみたいにつらそうな顔、ちさきさんに見せなよ!」

「見せてどうなるの。同情されたとして、いまの僕とちさきじゃ、あかりさんに慰められる光みたいなもんだよ。それってダメージ大きすぎ。僕が冬眠しなければいまごろはって、思ったりもしたけどね。でも関係ないんだろうな。5年前からちさきは、紡のことが気になってたし、僕はずっと蚊帳の外だったからね。いつもちさきの目は僕じゃない誰かを見て、僕のこと」

「悲劇のヒロインぶるな!」

  泣きながらそう怒るさゆ。

「あんただって同じだろちさきと! ずっと、ずっと見てたよ……。わたし、あんたのことずっと見てた! ずっと待ってたんだから! あんたがいるから、だから頑張ろうって。あんたに釣り合いが取れるように、あんたに子供扱いされないように。あんたにちゃんと、女の子として見てもらえるように! あんたがいないあいだも、あんたここにいた。ちゃんとこの真ん中にいた!」

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警報が鳴るなか、遮断機を越えて叫ぶさゆ。境界を越えようとする意志。

 それから踏切を電車が通り過ぎ*1、「そうか。僕は、さゆちゃんのなかにいたんだ」と要。泣いています。

「ほんとは、寂しかった。地上に戻ってきて、光にはあかりさんの家族がいて、ちさきには紡の家族がいて。僕のことは誰も待っていてくれなかったんじゃないかって」

「なんだ。やっぱ子供じゃん」

「子供だよ。がっかりした? 憧れのお兄さんがこんなんで」

「自分で憧れとか言うな」

「返事、したほうがいい?」

「どうせ、駄目でしょ」

「僕、ちさきばっかり見てたから」

「わかってる。もういいよ」

「さゆちゃんのこと。これからちゃんと見てみる。ちっちゃな女の子じゃなくて、同じ年のひとりの女の子として。そこから、とりあえず考えてもいいかな。さゆちゃんとの今後」

「上から目線だよね」

「あのさ」

「なに?」

「ありがとう」

  お互い「子供」というフレーズを使う瞬間に涙を拭っていて画面のリズムが心地いいですね。それからふたりの視線が重なり、はじめてシンメトリカルなカットが入るのも心地いいです。「わかってる。もういいよ」で背中を向け、そのまま振り返らないも上品ですね。なにより自分を殺してる男の子が自分の思いに素直な子によって救われるというのがよいですね。『凪のあすから』にもこういう優しさがあるんだね……。

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シンメトリカルなカット。遮断機が上がって、思いが通じたという印象が強まる。

  朝の造船所。狭山の車に送ってもらう美海。残っているまなかと光。「ひーくん、ちょっと元気ない?」「ああ。あの日以来だからさ。色々変わっちまったの。なんかもう一度ってちょっと怖くて」「わたしは楽しみだな」

 それから「俺さ、好きな人いるよ」と光。誰なのか訊ねるまなか。「好きな人ってのは、そう簡単に言えるもんじゃないの」と返し、「お前にもすぐにわかる。うん。おふねひきが終わったら」「おふねひきが?」「おふねひき、成功させような。旗、めいいっぱい振るからな、俺」

 5年前のまなかを繰り返すように宣言する光で今回はエンディングです。ごんごんと感情が弾けていますね。今回は全編を通してそれぞれが自身の感情をどう扱っていくか見せていく回でした。まっすぐに滔々と語る紡。自分の思いはぶつけないで身を引く要。無理やり拒絶しようとするちさき。思いを隠そうとする美海。泣きながら自分ごとぶつかっていくさゆ。自分が傷ついても構わない光。

 いっぽうで地上に戻ったおじょしさまの話もどこか不安を誘います。恋愛のうまくいかなさは、7人の恋愛とどこかパラレルに映ります。

 しかしまだ全員の感情がぶつかったわけでも、昇華されたわけでもありません。あと残すところ2話。次回はついに二度目のおふねひきです。予告編にいっさい劇中の映像が出てこないあたり作り手側の本気を感じます。こちらも本気で取り組んでいきましょう。

 

 

 

 続く。

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*1:そうやって人類はいつも踏切越しに告白をやらせようとする。