『さあ今から未来について話そう』についてのメモ

SF作家 瀬名秀明が説く!  さあ今から未来についてはなそう

SF作家 瀬名秀明が説く! さあ今から未来についてはなそう

  • 作者:瀬名 秀明
  • 発売日: 2012/10/05
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

  2012年に出版された本で、先日『ポロック生命体』が出たのに合わせて読んだ。帯文には「SFはどのように未来を想像してきたか?」とあり、作家の語る未来というのはどのようなものか、というのがテーマになっている。また同時にこの問いかけは作者自身の創作のテーマにもなっているように思う。

 たとえば「はじめに」では自作の「希望」の一節を引用している(「きみに読む物語」の作中でも引用される一節だ)。ゆえに以下のフレーズは作者の問題意識そのものではないかと考えてもいいだろう。

 倫理は変貌する。未来とは人々の心の中で倫理が変化した世界を意味する。ごく数名ではなく人類の大多数がテロリストになったとき、世界は未来という名の現在に進んだことになる。その際、過去の欲望の大多数も古びて消えるだろうが、最後にひとつ残るものがある。それこそが希望なのだ。

 また同時に「作家とは世界の見方について語ることの専門家だ。それが広義の科学者の仕事だとぼくは思うのだが」と瀬名はいう。

 ここではフィクションノンフィクション問わずに世に出してきた作家のキャリアを知っているとイメージがわきやすい。標榜しているのはおそらくサイエンス・コミュニケーション的な態度であって、『パラサイト・イヴ』⇔『ミトコンドリアの力』、『デカルトの密室』および『第九の日』⇔『ロボット21世紀』などの著作の関係が思い浮かんでくる(とはいえ「おわりに」では『インフルエンザ21世紀』が売れず、科学ノンフィクションの仕事は諦めた、と作者自身が語っているのだが……)。

 こうした活動から見えてくるのは作家(≒科学者)としてのコミュニケーション、つまりは作家が読者に向けて未来を書く態度について、だ。これがもうひとつのテーマといえる。

 またこの未来についての問題意識はほかの瀬名作品にも連続している。「はじめに」で引用される「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」というアラン・ケイの言葉やそれをアレンジした「未来は想像できないが、デザインするものだ」という中島秀之の言葉はこれまた倫理の変貌をテーマにした「Wonderful World」(『新生』収録)作中でも登場している。

 作家が語るのが世界観≒未来であり希望であるのなら、それはどういうものなのか。そしてそれを語る作家の態度とはどうあるべきなのか。以下の文章から見ると、瀬名が未来にある種のオルタナティブを考えているのかもしれない、と思う。

 さまざまな科学者や技術者とシンポジウムをおこなう機会がある。多くの研究者の未来像を聴く。そうしたとき、ぼくは未来について考える。自分たちに都合のよい未来を語っていないだろうか? 自分は正しい側にいると思い込んでいないだろうか? 自分のコミュニティが中心であると信じていないだろうか? それらとは違う本当の未来にぼくはわくわくする。

 では「それらとは違う」とは具体的にどういう意味だろうか。つづく第1章では次のような文がある。

 SFコミュニティのアイデアの方向性と科学コミュニティのアイデアの方向性は違う。でもぼくは、どちらも何かがちょっと不自由で、何かがちょっと満ち足りていないと感じている。

 それから瀬名は一例として、荒唐無稽なアイデアのハードSF(宇宙のどこかに巨大な建造物があったとか)を「なるほど緻密に現代の物理科学に則って書かれているかもしれない」が「そうした科学アイデア重視のSFが一部の読者に熱狂的に支持されながら、一方で現実的な科学者や常識的な読者からまったく相手にされない」ことを指摘する。

 つづけて『渚にて』に代表される近未来SF(公害問題が顕在化した都市とか、原子力の脅威に覆われた世界とか)が未来を描いているわけではない、とも書く。「そういうSFは書かれた時代の雰囲気を、架空の未来に投影しているのだ。だからそうした作品は、未来のことを書いた現代(コンテンポラリー)小説なのだと思う」。

 ここまで述べたうえで瀬名は、SFのアイデアの出し方を三つに分類している。むろんその基準はコミュニケーションにあると思われる。なぜなら上記の例のように、一定の読者から「相手にされない」ことが念頭にあるはずだからだ。

 まずひとつ目は、既存の科学成果に則って未来社会を空想するような作品

これはいまいったようにSFという名のコンテンポラリー小説だ。今の時代の雰囲気、たとえば、いまだったら原発が廃絶されバイオマスでもなんでもいいんだが自然のエネルギーが主体になった未来像を書くとする。こういうのを20年前に書いたら、ばかじゃないのといわれただろう。でも今だと、何となく雰囲気にあう。だから、そういうSFを書く人は出てくると思う。それはこの時代の雰囲気だからできることだ。

 ふたつ目は、タイムトラベルなどのように、現在の科学技術ではまず実現不可能なことをメインにもってきて、それを基盤に未来社会を空想するというもの

これも一つのSFの王道だ。(…)荒唐無稽なファンタジーは、SFファンにも受けないので、作家はリアリティをつけるために基盤の部分をちゃんと科学に則って書こうとする。しかし、科学技術との関係性を別の視点で見ると、非常に危ういリアリティになっているということがわかってしまう場合もある。だから、よくSFが苦手っていう人は書き手側のセンスと自分のセンスが合わないんだろう。日常の中にどこまで空想部分を入れていいか、その設計が書き手と自分で折り合いがつかないのだ。

 上記のふたつとも違う、三つ目。現役の科学技術者でもふだんの考え方の枠に囚われて発想できないような、しかし現在と地続きのある、意外性のある未来社会を空想するというもの。長いがこれも引用する。

実は、ぼくは最近、このやり方をなんとかものにできないかと思っている。これまでのジャンルSFとはまるで書き方が違うので、SFコミュニティからは違和感を表明されることもある。一部の科学者からも「科学的ではない」と敬遠されることもあるだろう。でも、本当に創造性のある科学者たちでさえ「あっ」と驚き、「そんな考え方があるのか!」と声を上げるような発想で、未来社会を描けたらかっこいいじゃないか。

 これはSFがいつの時代も求められてきたことなのだとぼくは思っている。研究者の人たちが、ときどきSF作家に話を聞きたいというモチベーションを持って、ぼくたちにコンタクトしてくる。それはここに理由があるんだろうと思う。研究者も、技術者も、彼らにはコミュニティの常識があって、そこの常識から逃れられない。(…)だからその常識から外れたいと願うとき、SFのイマジネーションが必要になってくる。

 でもSFの書き手は、そうした願いに応えているだろうか? このことをぼくはいつも考えている。

 SFは未来をどのように想像/デザインするか。いかに読者/世界とコミュニケーションするか。『ポロック生命体』や『新生』をはじめとした作品群を読むと襟を正されたような気持ちになる。とりわけ読んでいてはっとするのは「きみに読む物語」でSFについて言及する以下のくだりだ。

SFジャンルを愛する人々の一部には次のような信念がある。すなわちSFにおいては世界が変わらなければならない。ホラーは世界を変えようとする魔力を阻止する物語だが、SFは世界がなぜ、どのように変わり、そしてなにが新たに生まれたかを描く。それがなければ”SFではない”のだと。

 だが本当に世界が変わってしまったとき、どれだけの人がその事実に耐えられるだろう。その証拠に特定のジャンルを愛する人は、自分たちのコミュニティが変化しないことを願うからだ。変わろうとする世界が他人事である限り、SFはいつまでも変わらずにいられる。

『さあ今から未来について話そう』とは、その変化を他者に呼びかけるための言葉であり、意思表明の言葉でもある。だから瀬名は、いまも未来について話していると思う。さあ、オルタナティブな未来にわくわくしよう。そう言っているように聞こえる。

ポロック生命体

ポロック生命体

 
新生 NOVAコレクション

新生 NOVAコレクション

 

 

 

『ナイブズ・アウト』についてのメモ

・タイトルの通りです。

・ネタバレを一部含みます。

・『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』を観た手前、今年はミステリ映画をちゃんと見てないと駄目な気がしてしまったので観に行った。

アガサ・クリスティーを言うほど読んでないのでどうクリスティーにささげられたのかはいまいちよくわかっていない。

・『9人の翻訳家』には『オリエント急行』の犯人をあてるシーンがあってそっちのほうがエモかった。未読の人間に対するネタバレでしかないが。

 

よかった点

・冒頭20分を捜査パートではなくキャラ紹介の尋問パートにしたこと。

・だからスムーズにキャラ紹介をおこなえていた。

・同時に探偵役の登場パート(事件参入シークエンス)も削りつつピアノという道具でなんかよくわかんないやつがいるぞ、とキャラ立ちさせている。端的にうまい。

・映像的にわからないシーンがほとんどない(≒なにが起きているか観客がわからないことがない)。

・捜査を乱す側の視点でやると、ギャグもできる。

・あなたは騙される系のミステリ映画はだいたい途中でえ~犯行計画ずさんすぎない? 知能犯にみせているけど逆転のやりすぎでかえってそこまでやる必要はないでしょ……となるところを今回はキャラクターで乗り切ったきらいがある。切ったか?

・『重力の虹』が出てくる(読んでない)。

・直近で観た『9人の翻訳家』が大衆ミステリ作家なのにプルーストとか意識の流れの文学イメージにこだわっていたいっぽうでピンチョンだったので好感が持てただけかもしれない。

・逆転に次ぐ逆転をやらなかったので(≒わからないシーンがなかったので)、観た感触としてはあんまり疲れないところがある。

・おばあちゃんの証言はズルでしょ、と思った。小説だったら間違いなく本を壁にぶん投げていたと思う。映像だったからよかった。

 

微妙だった点

・犯行の構図じたいはキャラに比べて地味。まあアリバイトリックだしね。

・地味な犯行の代わりに探偵がじりじりと追い詰めていくので、そういうので緊迫感を出しておきたかったのかもしれない。

・とはいえ倒叙っぽいからといって褒めるのはよくないと思う。倒叙好きあるある。

・結構キャラ立ちはしてたけどやっぱ人数多くありませんでしたか。

・多かった登場人物は証言の組み合わせでアリバイつくるため要員だった感じもある。とはいえ尋問パートでそいつらは省かれていたのでいいのか。

・ビデオテープの処理はさすがに雑すぎやしないか。

・この時点で無能になってしまった警察がかわいそうだった。名探偵出すとだいたい比較のためにそうなるけれど。

・中盤のふくらみをツイストしているが、手法はサスペンスだった。

・ミステリ映画は中盤のダルさをサスペンス要素によってしか回避できないのかと思ってしまうよ。

・そして後半サスペンス入れると事件全体の様相はグダグダになりがちだよね。

・中盤から割と犯人どうでもよくなってしまったというところがある。

・どちらかというと遺産相続の話で引っ張っていたから脚本としても犯人探しとかそういうところで勝負するつもりはなかったのではないか。

キャプテン・アメリカにその台詞言わせたらいいという話でいいのか?

・家の話(とアメリカの話?)をやる割にはミステリ作家の影が薄い。結局ふつうのおじいちゃんだったよね、という感。

・偉大なパパを出すとまためんどくさいことになるのかもしれない。

・もしかしたら社会派とエンタメをやろうとした妥協点だったのかもしれない。

・でもシリアスに一辺倒だったらキツかったのは間違いない。スナック感覚で観れない。

 

不思議だった点

・嘘をついたら吐くの、現代を舞台にしたミステリの説明としていいのか?

・探偵がノッているときのよくわからない抽象的な台詞で観客が笑っていた。笑うところなんだ……。

・ナイフの真贋に関するネタを伏線にすることで回収したらなんかオチっぽくなる。オチたか?

・犬の吠えた時間を推理パートで回収しきっていなかった気がする。あそこが犯人指摘に必要なピースだったと思うのだが、解決編の絵面として微妙だったので切ったのか、尺が足りなかったのかはわからない。

・おばあちゃんの証言はズルなんだけど、ズルの伏線にしたせいでおばあちゃんが結局目が悪いのかそうでないのか明確にならず恣意的な伏線になっていませんでしたか。

・結局面白いと言っている人がどこまでの感覚で面白いといっているのかわからなくなってしまった。まあまあ面白いけどめちゃくちゃ面白いにはぜったいいかないくらい、の印象だった。

 

 

・めんどくさいミステリ人間がミステリ映画観るのってって難しいね。

2019年10~12月に聴いていた曲リスト(摂取記録:音楽編)

すでに2020年ですがもう書くことがない。

 ほんとうはこういうの(↑)を二か月おきに記録しょうと思っていたができなかったのだった。 

 


【ニノミヤユイ】「愛とか感情」Music Video(Full Size )


【MV】ゆ~すほすてる - いかないで〜


PELICAN FANCLUB 『三原色』Music Video


Tsudio Studio - Kiss In KIX (MV)


グリズリー・オン・ザ・プラネット - 映画のように [MUSIC VIDEO]


Maison book girl / 海辺にて / MV


「春風」- Ezoshika Gourmet Club 【Music Video】


ArtTheaterGuild / 鉄紺と黄緑


【Tokyo 7th シスターズ】Le☆S☆Ca 3rdシングル『ミツバチ』Trailer


Aiobahn - ここにいる (I'm Here) (feat. rionos) [Official Audio / YouTube Ver.]


BBHF『なにもしらない』Music Video


けもののなまえ feat. HANA|ROTH BART BARON - studio session -


星咲花那 2ndシングル「星空ソングライター」


MELLOW MELLOW 「君にタップ」Music Video


Kitri - キトリ-「羅針鳥」 Rashin dori Music Video [official]


Kirara Magic - Magic Shop


AAAMYYY「愛のため」


Opus Inn - Shelter [Official Video]


TENDRE - VARIETY (Official Music Video)


Beck - Hyperlife (Audio)


Kan Sano - My Girl [Official Music Video]


The Wisely Brothers「River」MV


Turnover - "Still In Motion" (Official Music Video)


洪安妮 ANNI HUNG【我喜歡你 I Like you】Official Music Video


nitsua - safety in the sun (FULL ALBUM)


Wallows - Remember When (Official Video)


Billie Eilish - bad guy (Live From Austin City Limits)


ユレルランドスケープ 『mellow』 MV


JYOCHO『綺麗な三角、朝日にんげん』(Official Music Video) / 『a perfect triangle, rising sun human』


Swimming Tapes - Keep Her Closer (Official Video)


Tin Pan Alley - キャラメル・ママ (Caramel Mama) (1975) FULL ALBUM


Lost My Savepoint - Alice Schach and the Magic Orchestra


Japanese Wallpaper - Imaginary Friends (Official Music Video)


polly - 触れて [MV]


ハイカラユース 「BE STANDARD」全曲ティザー映像


POP ART TOWNーLonely Lonely(Music Video)


映画『フラグタイム』予告編

2019年ベスト姉ヒロイン大賞

 少なくとも 姉は何かを失敗したことはなかったはずだ

                     ――ゴブリンスレイヤー

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 ベスト姉ヒロイン大賞とは、その年1月1日~12月31日までに発表されたアニメ作品(劇場作品も含む)のうち、姉に対する描写が特に優れていたものに贈られる賞です。2018年には『あかねさす少女』『ゴブリンスレイヤー』がはじめての二作同時受賞となり、姉フィクション界が大いに盛り上がったのは記憶に新しいことかと思います。

 2019年でベスト姉ヒロイン大賞も発足してから七年の月日が経ちました。わたしたちの歩みを振り返る意味を込め、ここに改めて各年の受賞作を列記いたします。

 

2013年『境界の彼方

2014年『グリザイアの果実

2015年 受賞作なし

2016年『響け!ユーフォニアム2』

2017年『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ

2018年『あかねさす少女』『ゴブリンスレイヤー』(同時受賞)

 

2019年ベスト姉ヒロイン大賞候補作品および受賞作品

 2019年ベスト姉ヒロイン大賞の選考は、事前の候補作品選出(推薦=エントリーについては公募制)ののち、2019年12月31日、関西の某所にておこなわれました。

 選考委員には、百合オタク、ゆるアニメオタク、姉原理主義者の三名が出席しました。また記録係として筆者が出席しました。

 今回の最終候補作品は以下の五作品です。

 

『私に天使が舞い降りた!』

『ケムリクサ』

『グランベルム』

『空の青さを知る人よ』

『ぬるぺた』

 

 上記五作品をもとに討議した結果、

 受賞作品を『ぬるぺた』と決定いたしました。

 また、以下に各選考委員の選評を掲載いたします。

 

選評 百合オタク

 今年は『わたてん』にはじまり『ぬるぺた』で終わる年だった。

 姉ヒロイン大賞はじまって以来、完璧の布陣といってもいいほどの豊作だったことはだれもが否定しないはずだ。賞の性質上、ノミネートにまでは至らなかったものの『まちカドまぞく』もよかったことをここに明記しておく。

 メインキャラのカップリングが姉妹でないことから『わたてん』があまり評価されないのは想定内であったが、だがそれだけでは見落としてしまう部分があることを選考会では指摘した。どういうことか。

『わたてん』では基本的な視点人物はみゃー姉ことを星野みやこであり、彼女の妹であるひなたから受け取る強い信頼と好感が過剰なものであることが何度も描写される。これだけであればただ姉のことが好きすぎる妹になるが、話はそれだけにとどまらない。ひなたはみゃー姉に対する好感度を持ったまま、あることないことをクラスメイトに吹聴し、クラスメイトもそれを事実と信じ込んでしまうのだ。するとどうなるか。姉という存在におけるスペックのインフレが発生する。『わたてん』はこれを一種のギャグとして昇華しているが、姉と妹の情報格差は現実まで影響を及ぼす可能性があるという点で、姉研究に一石を投じる作品であることは間違いないだろう。

『グランベルム』はこれまでのロボットアニメ(主にガンダム)オマージュを百合でやろうとした意欲的な作品で、それだけでも評価に値する。が、作品全体で見たときに、姉作品ではなく家族のほうがテーマとして見えてくるのはないか、という他の委員の意見に反論できなかった。とはいえ予告編の「今、取り戻す戦いがはじまるーー」といった台詞や全身不随の姉、姉NTR(NTRではない)、特殊姉戦闘BGMなどの姉にまつわる個別の演出は高く評価されるべき、と強く訴えた。

  また姉アニメにおいて声優・上田麗奈の活躍が多くみられることも注記しておきたい。今年のノミネート作では『わたてん』と『ぬるぺた』の二作品における姉、そして前年受賞作の『ゴブリンスレイヤー』でも姉を演じていたからだ。ここまでくると、姉に向いている声というものがあるのかもしれない、という仮説と立てざるをえない。そもそも「姉の声」とはいかなるものなのか。これについても今後の研究が待たれるだろう。

 

選評 ゆるアニメオタク

『ケムリクサ』はロードムービーであり、姉にその道を教えてもらう作品になっていたように思う。もちろんそれだけではないが、姉という存在がただ早く起きただけ、という事象によって定義され、役割を与えられる――つまり姉としての役割が先にあり、そこからはじめて姉が姉になる――という態度は昨今の姉フィクションではあまり顧みていられなかった部分だ。私はこの方向性を推した。

『わたてん』もたしかに姉要素はあるものの、ほかの候補作と比べたさい「保護者がいる」という点が気になった。保護者の前では姉もまた子供である、という事実は決して間違ったものではないし、瑕疵ではない。しかし姉の保護者性が剥奪されることになる。むろん『わたてん』はそれ――姉は大人だが大人ではない――をアンバランスさとしてコメディの面白さに繋げているが、それが姉としてのコメディかというと難しい。あくまで小学生に囲まれるお姉さんの日常コメディといったところではないか。

『グランベルム』を家族のストーリーだと指摘したのは私である。少女たちのバトルロイヤルもの、最後に勝ち残った一人が願いを叶える、といった筋は手垢のついたものだが、その参戦理由として多くのキャラクターが家族の崩壊という背景を背負っている。ゆえに「姉を取り戻すための戦い」もそのなかに含まれるのではないか、というわけだ。もちろん姉妹の絆によって仇敵を倒そうとするシーンは素晴らしいし、2019年の収穫ともいえるところだが、それよりもなおよい姉フィクションに今年は恵まれていた。それは喜ぶべきことだろう。

『空の青さを知る人よ』『ぬるぺた』を私は当初推さなかったが、議論のすえ、納得の出来であることを認めた。正直同時受賞でよいのでは、ということも考えたが、姉と向き合ってきたのはどちらか、という論点において徹頭徹尾姉であった『ぬるぺた』に賞を贈ることに決まった。おめでとうございます。

 

選評 姉原理主義

『わたてん』『ケムリクサ』の二作は評価の難しい作品でした。もちろんお話の出来が悪いというわけではなく、ここ最近のアニメでもかなり面白い作品であることは間違いありませんでした。そのうえ姉エピソードもじゅうぶん含まれている。しかし歴代受賞作と比べて姉フィクションとして見劣ってしまうのではないか、という危惧は拭えませんでした。

 以前にも票が割れた例を挙げますと、たとえば2016年には『この世界の片隅に』が候補作となりましたが、受賞には至りませんでした。作品の出来としてはその年最も優れていたものだったといえましたが、姉エピソードの比重としてはサブエピソードにとどまっていたからです。『わたてん』も『ケムリクサ』もそのような立ち位置にあったといえます。

 ところが『グランベルム』の姉はサブエピソードでありながら、描写の比重としてはメインにも劣らないという不思議な構造をしていました。ゆえに正直これを大賞としてもほかの選考委員もとくに依存はなかったように思います。とはいえ総体としては家族の物語であり、そのうちのひとつとして姉妹の物語がある、というのは事実であり、積極的にその意見を退けることはできませんでした。

『空の青さを知る人よ』は完璧な姉映画でした。エンドロールが終わって劇場がほのかに明るくなり、出口へと向かうあいだ思っていたことは、今年はこれで決まりだな、ということでした。それ以外ありませんでした。

 輝かしい未来を約束されていたはずの姉が13年という時間とともに生き方を変えたこと(それが眼鏡の縁の色というアニメ的な演出で描かれています)。また語り手をティーンエイジャーの妹にしたことも、姉の人生の輪郭をどのように見せるか、といった部分でとくに際立っていました(即興演奏のシーンはとくにその距離感が出ていました)。ホームドラマ的な会話のテンポ感や周囲の人物造形など、姉妹のなかだけで話を描くのではなく、地方都市という群像劇として物語を進めるといった点も素晴らしかったです。ウェルメイドな姉アニメを一作挙げろ、といわれたら確実に挙げたくなる作品です。とはいえ欲をいえば、ウェルメイドすぎた、という一言に尽きるかもしれません。

『ぬるぺた』ははっきりいって完璧にはほど遠い姉アニメでした。予測不可能な(というよりいささか唐突すぎる)展開、ギャグ演出、手垢のついた大仕掛け。どれをとっても数分間アニメでしか持たない要素しかないのですが、しかし不思議と調和が取れているのです。いったいなぜでしょうか。

 明敏な皆様ならお分かりの通り、このすべてが姉という存在に集約されているのです。姉という存在がすべての事象の結節点となり、物語を成立されているのです。また姉という存在が常にぶれを含んでいるという点も重要です。ぺた姉はぺたではなくぬるがつくりだしたロボットですが、しかしぺたの記憶や性格を持った姉でもあります。ではぺたとは何者か。それはぺた姉の記憶を持った死んだぺたでもあるということが現在進行形で語られています。ここで問われているのは姉の連続性でしょう。第10話のサブタイトル「お姉ちゃん思うゆえに姉あり」はデカルトをもじった言葉ですが、まさしくその体現となっています。

 ほかの選考委員とも『空の青さを知る人よ』『ぬるぺた』同時受賞でもよいのでは、という議論を交わしました。しかし、姉とはなんなのか、わたしたちにとってどんな意味があるのか、そもそも姉とはどのように定義できるのか、といった哲学的問題を野心的に見出そうとした『ぬるぺた』は2019年において革新的であり、いっぽう『空の青さを知る人よ』はあくまで決算的な要素に留まる、といった結論になりました。よって最終的な判断としては『ぬるぺた』単独受賞となりました。謹んでお贈りさせていただきます。

 


『ぬるぺた』第1話「お姉ちゃん完成!」

 

 

印象に残った百合漫画2019

 タイトルの通り。2019年はガルラジでしたが(そうでしょう?*1)、2019年の百合漫画でいいのってあったっけ、とあとになって参照しやすくなったら便利だな~、と思った個人的なリスト。だから数もそんな多くはないし、2019年に1巻初出じゃないのも混じっている。自分があげないものはきっとだれかがどこかで言及するでしょう。

 

さよならローズガーデン 1 (BLADE COMICS pixiv)

さよならローズガーデン 1 (BLADE COMICS pixiv)

 

 『BanG Dream!』のRoseliaコミカライズを担当していた毒田ペパ子先生のオリジナル作品。読めばわかるが、1900年のイギリスで百合をちゃんとやるぞ!!という気概しかない。イギリスでメイドで主従といえば森薫『シャーリー』*2なのはみなさんご存じの通りでしょうが、テーマをしぼったストーリー展開はたぶん2019年だからこそ出てきた感じがある。2巻の貸本屋に出てきた作家のラインナップがレズビアン短編小説集』*3なのは本気度の”表明”でしょう。そういえばセアラ・オーン・ジュエットは最近岩波文庫でも出ました*4

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レズビアン短編小説集』収録作家の並ぶ貸本屋

 

Lily lily rose  (1) (バーズコミックス スピカコレクション)

Lily lily rose (1) (バーズコミックス スピカコレクション)

 
Lily lily rose  (2) (バーズコミックス スピカコレクション)

Lily lily rose (2) (バーズコミックス スピカコレクション)

 

  今年完結となった作品。双子の娘(9歳)がもう片方の双子の家にやってくる、というおばと姪による忘れ形見もの(に見せかけた双子テーマもの)。少女漫画というか少女小説的なポエミーな筆致と重い設定が組み合わせれているのが独特で、死んだ片割れをその娘に投影するあたりが実にニクい。とりわけ2巻になって語られる一方通行的な感情がそれまでの描写をある意味で裏切る構造になっているのがさらにエグい。むろんそういう関係性に限らない部分や周囲のキャラクターが見せる優しさなど、読んでいて心に響く描写や距離感などもよくできている。繊細でいて重いというのはやっぱり重要なことなんですよ。

 

春とみどり(1) (メテオCOMICS)

春とみどり(1) (メテオCOMICS)

 
春とみどり(2) (メテオCOMICS)

春とみどり(2) (メテオCOMICS)

 

  忘れ形見ものとしては『春とみどり』のほうがずっとそう。こちらは高校時代の友人の葬儀に出たところその娘が彼女に瓜二つで、一緒に暮らそうと持ち掛ける話。疑似家族に近いものの、決して親代わりという態度ではなく、むしろそうではない関係(作中では「友達」と言っているが……?)を見つけようとしている。とはいえこれは過剰に屈折した投影なのでは、と思いつつも続きが気になるところ。主人公がそんなに社会的に優れた人間ではないところもポイントが高い。

 

ふたりモノローグ(1) (サイコミ)

ふたりモノローグ(1) (サイコミ)

 

 はずかしながら今年に完結してから読み始めた。にしても1巻の扉絵がすばらしい。10年越しに会った相手の身長差が逆転しているという構図が完璧。メインのふたりだけでなく邪悪すぎる百合妄想オタクが出てくるあたりで最高に面白くなったかと思いきや最終巻までパワー全開だったのはすごいよ……。天才の所業……。

  

すわっぷ⇔すわっぷ 1巻 (まんがタイムKRコミックス)

すわっぷ⇔すわっぷ 1巻 (まんがタイムKRコミックス)

 

 キスして入れ替わりを 都合よく使いまくろうとするコメディ。今年でこれも完結だが1巻は2015年か……。巻を増すごとに面白くなっていくタイプの漫画で、最終4巻はキャラクターの感情の矢印がかなり増えていてめちゃくちゃよかった印象。作者の新作も出る雰囲気がありそうなので待ちづづけるぞ。

 

神絵師JKとOL腐女子(1) (ヒーローズコミックス)

神絵師JKとOL腐女子(1) (ヒーローズコミックス)

  • 作者:さと
  • 出版社/メーカー: ヒーローズ
  • 発売日: 2019/06/14
  • メディア: コミック
 

『フラグタイム』のさと先生の新作だ! ありがとう2019年!! 同人女子高生とツイッターイラスト感想全部長文コメントオタクの組み合わせをやろうというハイセンスさ(そうか?)や最大瞬間風速的に見せるセリフのトガり具合はやっぱ『りびんぐでっど!』の作者というかコメディ出身の作家なんだなってひしひしと感じる。

 

今日、小柴葵に会えたら。 (1) (REXコミックス)

今日、小柴葵に会えたら。 (1) (REXコミックス)

 

政宗くんのリベンジ』の原作担当の竹岡先生が百合を……? しかもフライ先生による漫画で……!? というだけでラブコメ好き好き太郎としてはかなり衝撃的だった作品。そしてこの導入が上手すぎる2019といっていい出来。表紙から高校の話かと思いきや数年後の同窓会から物語をはじめ、感情のスケールのデカさを否応なくわからせる演出だけでもう5万点ですよ。外面よくて本質地味子の主人公と天然訳あり系ヒロインってあたりはべつに突飛ではないはずなのにこの入りだけで印象がめちゃくちゃ変わる。つまりいかにして主人公がヒロインの存在に呑み込まれたかって話をこれからするぞ、と明示しているわけですよ。これがラブコメ作家の実力……。そしてフライ先生描く顔がよいキャラクターたち。20万点。

 

ヴァンピアーズ(1) (サンデーGXコミックス)

ヴァンピアーズ(1) (サンデーGXコミックス)

 

 テンポ感がとにかくいい。コメディチックなバイオレンス、アンド適度に湿度感のある演出がうまい。緩急のよさ。そしてこれまた顔がいい。そして主人公がチョロいのでよい。楽しいをずっと引き出してくれる作品はいいよね、と読んでて思うくらいによい。画風をみてオッとなった人間には確実にヒットするはず。これによってヴァンパイア百合界がまた強化されたことは間違いない……*5

 

包帯少女期間 (girls×garden comics)

包帯少女期間 (girls×garden comics)

 

  なんらかの共依存と駄目人間がたくさん出てくる2019年ベスト短編集だよ!! それしかないよ!! 最高!!!! フゥーーッ!!!! サンキューGOT!!!!

 

うさぎのふらふら1 (電撃コミックスNEXT)

うさぎのふらふら1 (電撃コミックスNEXT)

  • 作者:隈井
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/10/25
  • メディア: コミック
 
うさぎのふらふら2 (電撃コミックスNEXT)

うさぎのふらふら2 (電撃コミックスNEXT)

  • 作者:隈井
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/09/26
  • メディア: コミック
 

  2018年は間違いなく『うさぎのふらふら』元年だったわけですが、どういうことか触れている人がほとんどいないのでここで言及するしかない。とにかく試し読み(うさぎのふらふら 無料漫画詳細 - 無料コミック ComicWalker)をしてその定義不可能な世界に度肝を抜かれてほしい、こんなことをやっている百合漫画はどこにもない。2巻のスカイツリー回は宇宙の法則そのもの。あなたたちはまだこれをお読みでないのか。

  

『かけおちガール』*6単行本化しないかなー、と思っていたところトーチでおなじ作者によるやべーのがはじまっていたが。百合というか引力を持っているやべー女の話。いまのところ2話まで読める*7志村貴子フォロワーの気風を感じる。

 

きたない君がいちばんかわいい(1) (百合姫コミックス)

きたない君がいちばんかわいい(1) (百合姫コミックス)

  • 作者:まにお
  • 出版社/メーカー: 一迅社
  • 発売日: 2019/11/18
  • メディア: コミック
 

  表紙のきれいなピンクがかわいい(物理書籍の印刷を見てくれ)。1話だけのコンセプト重視かと思ったらほかの話もさまざまなアプローチで仕掛けてくるのでたいへん好感を抱ける。これも説明したらよくない作品なので気になった方は心して試し読み(きたない君がいちばんかわいい 1巻(最新刊) |無料試し読みなら漫画(マンガ)・電子書籍のコミックシーモア)に向かってください。いちおう注意したからな。

 

一端の子 (少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)

一端の子 (少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)

 

  漫画がうまい、という話を聞いたので手に取ってみたらほんとうに漫画がうまくてびっくりした。自分はあんまり漫画技法(コマ割りとかそういうもの)を考えずに読む人間なのだがこれは感情を説明するのに人の配置とか間の使い方、なにより言葉がしっかりと乗っていて読者を掴んでくる。そんなことを思いながら読んでたら連作の最後でわざわざ「言葉」を強調していて案の定みぞおちにヒットするなどした……。百合専門誌とかWEBじゃなくて少年誌でやる話になっているのがつよい。わざわざ一年も経てば古びてしまうような時事ネタを作品に入れるのもつよい。

 

  いま最もアツい百合ラップ漫画こと『Change!』。この漫画のいいところはラップがなにを大切にしているかちゃんと丁寧に描いていること、少年漫画的なバトルをやっていること*8、なによりそれらと並行してケンカやご両親への挨拶などちゃんとステップを踏むところは踏んで百合をやっていること。

 今月で最終巻が発売ですが、12月16日までその前の5巻までの収録ぶんが以下のリンクからすべて読めるので2019年が終わる前にちゃんとみなさんは履修しておいてください。こちらからは以上です。喜びのサイファー。

pocket.shonenmagazine.com

 

 

*1:ガルラジ-「ガールズ ラジオ デイズ」-公式サイト

*2:2003年だぞ……。

*3:新装版レズビアン短編小説集 (平凡社ライブラリー)

*4:とんがりモミの木の郷 他五篇 (岩波文庫)

*5:『となりの吸血鬼さん』や『キリング・ミー!』などの勢力のことを指している。

*6:かけおちガール プチキス(1) (Kissコミックス)

*7:追記:と思ったらこの記事を書いた直後に最終話が更新されていた。単行本描き下ろしもあるそう。

*8:巻数が増えるたびに戦いの複雑さ奥深さがわかるようになっており、主人公の急速な成長の基盤も説明してくれる。話の構成が合理的に組み立てられている。

2019年に読んだ言語関係とベンヤミンの言語関係の本

 言語について考えたいというより、言語についての小説が書きたくて読み漁ったのにすでにだいぶ記憶が落ちている。よくない。 なのでなんとなくの記憶でメモをする。

言葉と無意識 (講談社現代新書)

言葉と無意識 (講談社現代新書)

 

  とりあえずソシュール研究の第一人者からはじめようと思って『言葉と無意識』を読む。これは『生命と過剰』を含めた前著の自己パロディとして書いたものまえがきにあり、要は新書として短くまとめられていてわかりやすい。ソシュール記号学の面だけでなく暗号に傾倒していった部分までも書かれているので、人物像としてのイメージが掴みやすいのがよかった。

 ただ後半になると東洋思想(雑な言い方)やフロイトラカン心理学とミックスされたかのような無意識観へ話がシフトする。ここではチョムスキーの思想に一貫していた言語=記号観への批判が向けられつつ、ラングではなく、コード化される以前の言葉≒ランガージュに重きが置かれるようになる。

 内容をより深くしたのが『生命と過剰』の第一部で、自分は全集ではなく単著版のほうで読んだ。こちらは『言葉と無意識』のテーマとニーチェ思想が組み合わされ、新書では触れらなかった部分により近づこうとしている。

 ただし第二部にあたる『ホモ・モルタリス』のテーマは死生観と言葉で、これについては一般的な言語論というよりは丸山の思想が煮詰まった本といった趣がかなり深くなっている。さらに最後にはその思想を反映したかのような小説が挿入されており、言語観を持った人間がつくりだした観念的世界が語られる。

 正直なところ、ところどころで出版された時代の文化批判といった向きも多く、丸山哲学を学ぶつもりがないのであれば、いま軽く読むのは『言葉と無意識』のみで事足りるのではないかと思う。調べたいのがソシュールだけであれば『ソシュールを読む』が内容も量もベストだろうと思う(買ったのに部屋の本棚から見つからなかった)。

意味の深みへ: 東洋哲学の水位 (岩波文庫)

意味の深みへ: 東洋哲学の水位 (岩波文庫)

 

  丸山圭三郎が東洋思想的な言語観を取り入れていたがその元ネタ部分がちゃんと理解できる内容でしっかり書かれている。そういう意味で「言語アラヤ識」は丸山圭三郎の理論とパラレルな位置にある。とにかく文章がやさしくかつ情報量は多く、さらに論点が整理されていて読みやすい。イスラーム神秘主義空海密教インド哲学などにおける言語の取り扱いを紹介してもらえるほか、井筒によるデリダ論が読める。興味のピントが合えば面白く読めると思われる。

生成文法を学ぶ人のために

生成文法を学ぶ人のために

 

 概観するという点では一冊でまとまられている量のバランスがよいというか、ほぼ教科書。生成文法の言語観や研究するうえで前提とする捉え方もわかるし、個別の研究方法も基礎的な内容なら理解できる。素人の頭ではすべて理解できたわけではなかったけれど、なんとなくの研究イメージを掴むという点ではとてもわかりやすい本だったと思う。

言語存在論

言語存在論

 

 ソシュール以後百年分の成果は出たので、そろそろ別のアプローチをしていくべきでは? という態度の分厚い序論。言語の意味の部分にフォーカスするのではなく、言葉が存在する場(送話者や受話者がいてはじめて形成される)という部分から言語を捉えなおす。言葉が意味を持つという考え方を否定し、むしろ意味を持たなかったり、意味になりそこなったりするほうが日常茶飯事であるという素朴な見方から学問をはじめるべき、というのはかなり斬新に見えた。あとハングルがどのように生まれたかについても一章がまるまる割かれていて、そこはふつうの読み物として面白い。

言語の獲得と喪失 (言語の科学 10)

言語の獲得と喪失 (言語の科学 10)

 

  生成文法失語症について調べたくて読む。『生成文法を学ぶ人のために』を読んだため、基礎知識部分は理解でき、ほかはかろうじてなにを言っているのか見当がつくくらい。失文法失語患者についての研究は読み物として読んだ。やっぱ脳の理解のためには壊すのが最初に考えられる方法なんだよな、と思ったりした。

ことばの習得と喪失―心理言語学への招待

ことばの習得と喪失―心理言語学への招待

 

 こちらは細かい研究成果を追っていくというというよりは概論になりそうな成果と実例を含めた読み物で、幼い子供や言語喪失者の会話形態などが簡潔に説明されている。それゆえ学術書といった趣はあまりなく読みやすい。獲得過程(文章構造がどのように複雑になっていくかなど)や言語喪失(どう言葉を正しく使えなくなるのか)が個別具体に列挙されているので、そうした状態へのイメージを持ちやすい。

ベンヤミン・アンソロジー (河出文庫)

ベンヤミン・アンソロジー (河出文庫)

 

  もともとは「翻訳者の課題」(「翻訳者の使命」)が読みたかったのだが、冒頭に収録されていた「言語一般について また人間の言語について」(「言語一般および人間の言語について」)という人間の言語における楽園喪失について語られるほとんどファンタジーやオカルトめいた複雑な文章にノックアウトされる。ちなみにチャイナ・ミエヴィル『言語都市』のエピグラフはこの論考から来ている。ベンヤミン入門書としては最適だと思うが、ただただ入門する気持ちオンリーで行くと挫折する本。なにか並行して取り入れるサブテキスト(後述)がないと厳しい。

  ベンヤミンの論考にほれ込んだので、その短い論考についての解説(+新訳)だけで一冊になった本も読む。これ以外にもベンヤミン関連の本をいくつか読んだことでなんとなくのイメージがつかめるようになったが、さすがにこれだけでは論考の態度や、ベンヤミンの視点がどこにあるのかを把握するのは厳しいと思った。「言語一般および人間の言語について」サブテキストとしては最適。

ヴァルター・ベンヤミン―近代の星座 (講談社現代新書)

ヴァルター・ベンヤミン―近代の星座 (講談社現代新書)

 

  とはいえ反対にいえば、ベンヤミンがどういう時代背景にいて、どういう思想のうえで言語哲学を醸成させていったかの補助線を引けるようになれば、なんとなく見えてくるものがある。

ベンヤミンの言語哲学 ─ 翻訳としての言語、想起からの歴史

ベンヤミンの言語哲学 ─ 翻訳としての言語、想起からの歴史

 

  そのうえで『ベンヤミン言語哲学』を読んだところ、「言語一般および人間の言語について」から「翻訳者の使命」へのパラレルな関係と通底するテーマや、歴史の概念へと態度などをミックスした視点がようやく飲み込めるようになった。もはや言語に対する理解というよりはベンヤミンに対する理解になってしまったが、それはそれとして楽しい読書だったのでよしとする。他人に説明するには技術も体力もないのでそういうことをする気はないが……。

他者の言語―デリダの日本講演 (叢書・ウニベルシタス)

他者の言語―デリダの日本講演 (叢書・ウニベルシタス)

 

  デリダベンヤミン「翻訳者の使命」について語っていると聞いたので読む。難易度はまあまあ高い。デリダベンヤミン両方に興味のある人だけが読めばいいと思うくらい。ベンヤミン理解というとり、デリダから見たベンヤミンといった感じが強いので、そういう意味では重要度はそれほど高くないといったら怒られるかもしれない。

新潮 2017年 02 月号 [雑誌]

新潮 2017年 02 月号 [雑誌]

 
新潮 2019年 05 月号 [雑誌]

新潮 2019年 05 月号 [雑誌]

 

 個人的に読めてよかったのは山城むつみベンヤミン再読企画で、「暴力批判論」と「翻訳者の使命」をパラレルに読み込んでいくという試み。特に前者のほうは『ベンヤミン・アンソロジー』に徒手空拳で挑んだところ挫折した部分をうまく説明してもらえたという点で、かなり助かった。そういう意味で、サブテキストとしても使うことができた(でもしっかり論旨を取り落とさないよう読み込むには二周かかった)。

ベンヤミン (ちくま学芸文庫)

ベンヤミン (ちくま学芸文庫)

 

  こちらは あまり参考にならなかった本。ベンヤミンの生涯と著作が漫画でおさらいができるが、個別の文献に細かくあたっていくわけではないので参考とするのは難しい。というよりは知識としてこういうものがあるよね、と拾うための本。ただしベンヤミンの生涯というか性格のしょうもなさがわかる、という点では有意義な本。

来たるべき哲学のプログラム(新装版)

来たるべき哲学のプログラム(新装版)

 

 ベンヤミンの思想や生涯はなんとなくわかったし、個別の短い論考くらいならもう読めるだろ、とおもったが、内容が理解できたのは三割くらいだった。文章が複雑というのもあるが、書かれた個別の意図を参照しなくては読めない。ちくまのコレクションのほうに挑むべきだったと反省している。しかしわからないけれど面白いとなってしまうのがずるいといえばずるい。

 

 

アニメ上の人間関係についての簡単な調査(2010年代アニメベスト語ろうのコーナー)

www.youtube.com

でも大丈夫さ

誰も壊せないものがここに一つだけ

置いてあるから

          ――TRICERATOPS「2020」

 

2010年:『アマガミSS

 といっても最初はちゃんと、ぼくたちがほんとうに求めていたものはなんだったのかを考えなくちゃいけないだろうね。それは『けいおん!!』だったろうか。ほんとうに? あのころからずっと、ぼくたちは永遠が欲しかった。けれどそこに至るためには『たまこまーけっと』(2013)から『たまこラブストーリー』(2014)を経由しなければいけなかったはずだ。そう、だから2010年はまだそのときではなかったんだ。

STAR DRIVER 輝きのタクト』のマリノ/シズノ回は永遠にかなり近かったと思う。だって買ってきたアイスの味を見ずにあてるシーンからもう最高だったんだから。そんなミズノの初恋。そしてマリノの初恋。すべてが姉妹のあいだでつながっていると気づいたあの瞬間のうつくしさ。そしてもちろん、最後の船のシーンさ。正直これ以上はもう話したくないな。けれど人生という旅は続く。それが作品のメッセージでもあったし、あのころのぼくたちは黙ってそれにうなずくことしかできなかったんだ。

 だからその点において、『アマガミSS』はなにもかも完璧だった。なぜなら永遠が6+1つもあったんだからね。それこそぼくたちが欲しかったものだ。きみは森島はるかの後輩だったし、棚町薫の悪友でもありながら、中田紗江の友達のお兄さんでもあった。七咲逢の先輩だったし、桜井梨穂子の幼馴染でもあり、絢辻詞とおなじ委員を務めてもいたんだ。だれがそこに永遠なんてなかったといえるんだろう?

 

2011年:『UNーGO』

 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』について語ることは避けられないと思うけれど「secret base~君がくれたもの~」という絨毯爆撃をしたことはやっぱり倫理的によくなかったと思うな。あれは永遠じゃない、ゼロ年代だよ。岡田麿里についてはどこかで真面目に話してみたいところだけれど、でもやっぱりあれはよくなかったと思う。唯一よかったと思うのは、めんまにつられて「おかえり」をじんたんが口にしてしまうシーンかな。あそこははとても人間的だった。

 とはいえ、Galileo Galileiというバンドがゼロ年代の邦楽ロックからドリームポップを経由してUS/UKの表現を吸収していったことのほうがずっと大事だよ。BBHFは素晴らしいバンドだし、新作アルバムの『Family』における視点の成熟についてもっと語るべきじゃないかい? えっ、さっさとアニメの話をしろ? そうだね。謝るよ。

『C』は面白かったアニメだと思うけれど、どうしても題材やストーリーの処理に難しさがあったよね。『東のエデン』(2009)が語れそうだったものをやっぱりここでも掴み損ねていたのかもしれない。なんだかいまでもそんな気がしてるよ。

 そう考えると『UN-GO』はどうみても上手かった。戦後を近未来に再設定したことも、原作の勝海舟をネットインフラの支配者に変えたことも、チープにみえる時代遅れのトリックを超能力バトルに組み替えたこともすべて天才的だった。それでいて探偵のオリジンさえ並行して語るんだから、じつにとんでもない話なんだ*1。最終話に現実が合流するのはちょっとどうだろうとも感じたけれど、それはそれで時代精神を語ろうという意思だったし、心に刻まれる部分はあったかもしれない。それは永遠のピースのひとつかもしれない。

 會川昇はあとで『コンクリート・レボルティオ~超人幻想~』(2015)も担当するけれど、あれは各話ごとのアクが強すぎたね。もちろん個別の話で好きだったものはあるけれど、生けるアニメ超人(≒辻真先)を題材にした小説版の完成度が高すぎたんだ。あちらのほうにこそ永遠があったとぼくは思うな。

 余談だけど『フラクタル』について触れようか。じつはあのアニメ、あの物語世界における後世の人間が主人公たちの人生を脚色してつくった映像作品だったという設定が『ダ・ヴィンチ』の連載版小説*2で語られていたんだ。だから、もしかしたらそうじゃないのかもしれない、という留保として見ることもできた作品としてもつくられていたんだ。

超人幻想 神化三六年 (ハヤカワ文庫JA)

超人幻想 神化三六年 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

2012年:『モーレツ宇宙海賊

 ところで『夏色キセキ』を見ていないならすぐに見たほうがいい。なぜならこれは夏休みのはじまりから終わりまでを描いたジュブナイルで、たしかに中学生だったころのきみは大切な友達との約束を破っていたに違いないし、空も飛べていたはずで、もしかしたら風邪を引いていたかもしれない。そしてきっと旅をしていた。あのころ、奇跡くらいなら売ってしまえるほどにあったはずなんだ。この物語はたしかに永遠ではなかったかもしれないけれど、でもそこに触れている瞬間はあった。あれはそういうアニメだったんだよ。

 そしてもうひとつ語るなら『あの夏で待ってる』かな。きみは知らないかもしれないけれど、じつは2012年には夏が2回もあったんだ。こちら側の夏で、ぼくたちは先輩を主演女優に据えた8ミリ映画を撮ろうとしていた。嘘みたいに懐かしい季節だった。けれど青い髪の女の子を泣かせたことだけはやっぱりよくなかったと思う。それは永遠であってはならなかったんだ。決して。絶対にね。

 結局、ぼくたちが最後まで笑っていられたのは『モーレツ宇宙海賊』だった。なぜって、これはとてもクールな作品だったからだ。宇宙海賊が一種の興行であるというミスマッチのようなベストマッチ。しかもそこでの金品巻き上げと保険会社による裏の結託というしたたかなビジネス感。なにより電子戦に重きを置いた戦闘スタイルで、なにもビームで撃ち合うことだけがSFじゃないってことをヴィジュアルで語る面白さがあったね。キャラクターたちの生き生きした姿も期待感を持たせてくれた。なにより毎週見るアニメはふつう楽しいものだっていう大切なことをこの作品はしっかり思い出させてくれた。だってその気持ちは永遠だと思いたいからね。

 

2013年:『ゆゆ式

きんいろモザイク』第一話はとてもファンタスティックだったね。この企画が単話オールタイムベストであればまっさきにランクインするじゃないかな。九条カレンの”Don't worry! Maybe we don't speak same language, but we can communicate as long as we try to listen to each other's hearts!”という台詞には個人的に何度も勇気をもらったよ。ありがとう。これはもともと漫画原作にはなかった台詞だったのだけれど、その在り方はちゃんと通底するテーマして互いにつながっているとぼくは思う。

 まあ、そうだね。たしかに『ガリレイドンナ』はあまりよい脚本ではなかったかもしれない。ただでさえすくない1クール内で2回もおなじイベントが繰り返されるという大きな問題はあったけれど、エネルギー資源が一部に占有されている社会というのはとても魅力的な題材だった。あそこに出てくる京都の街並みは現実とSFと合いの子になっていてそういう描写も面白かった。それに片理誠によるノベライズはとてもよいジュブナイルSFになっていたこともここでは伝えておきたいな。

境界の彼方』はラブコメをしながら別軸で最強にならないといけなかった姉の話をやるという点では稀有なアニメだった。なにせ2012年ベスト姉ヒロイン大賞受賞作だよ。えっ、知らないって? まあ、知らなくてもいいけど、姉は重要なファクターじゃないかって話さ。あとはそうだね、『てさぐれ!部活もの』も味のあるいいアニメだった。あれをアニメといっていいのかはよくわからないけれど、でもやっぱりアニメだったよね。

 けれどいちばんは『ゆゆ式』だった。5話を見て彼女たちを嫌いになれる人間なんてそうそういないくらいには永遠があった。もちろん情報処理部の面々は年を取っていくけれど、でも永遠はそこにあったって不思議と感じられるアニメなんだ。あの紫色に暮れる夕方をいつもぼくたちが思い出しているのは、だからきっとそういうことだったんじゃないかなって考えるよ。

ガリレイドンナ 月光の女神たち

ガリレイドンナ 月光の女神たち

 

 

2014年:『グラスリップ

中二病でも恋がしたい!戀』は、一期より二期のほうがずっと面白いアニメだった。なぜって七宮智音というとてもキュートな女の子が特別な存在感を放っていたから。彼女はピンクの髪をしていたけれど、ちゃんと染めているのかもしれないって思わせてくれるくらいには豊かな質感のある子だったんだ。そういう子を大事にしたいってきみも思わないかい?

 思い返してみると、この年はクールなアニメに恵まれていたのかもしれないね。『シドニアの騎士』、『ピンポン THE ANIMATION』、『ガンダム Gのレコンギスタ』。とりわけ『ノーゲーム・ノーライフ』のジブリール戦は最高だったからベストにあげたい気持ちもよくわかるな。

 もちろんキュートなアニメもあった。『ハナヤマタ』に『普通の女子校生が【ろこどる】やってみた。』。後者は数多くある綾奈ゆにこワークスのなかでもちゃんと語っておくべき作品じゃないかな。回を重ねるごとに彼女たちの歌唱が上手になっていくというのもよい質感があって天才だったね。

 それに『天体のメソッド』。ぼくたちがなくしたものはあのアニメのなかにあったんだ。ふたたび友情を結んだ彼女たちが墓参りで1話をまるまる使う小さな冒険になっていることもよかったし、最終話のラストシーンがいちばん最初のPVにつながっている趣向は素晴らしい永遠の表現だったよ。そうそう、『SHIROBAKO』も山あり谷ありの素晴らしいアニメだったよね。

 そういったアニメのなかでいちばんを決めるのは難しいけれど、ここであげておくべきなのは『グラスリップ』じゃないかな。ついていけなかったという人が多いのは知っているけれど、あれは普遍的かつ抽象的なテーマ、つまり「唐突な当たり前の孤独」を扱ったゆえだったし、それに失敗していたというのはたぶん違う。だってそう思うのは、きみが彼や彼女の孤独を理解したいと思っていなかったからだろう? そういう部分も含めての孤独と共鳴だったんだ。それにTVアニメとは思えないほどに陰影の表現に優れていたことも触れないと。ああいう映像が劇場作品でなくてもできたってことをぼくたちはいま一度思い出しておくべきなんだ。結局、永遠を手に入れるっていうのはそういうものの先にあるんだって改めて思うべきなんだよ。

 

2015年:『城下町のダンデライオン

『山田くんと七人の魔女』は原作の途中までだったけれど、いちばんいいところで区切ったという点ではラブコメとしてバランスのよい作品になっていたよね。バランス感覚といえば『響け!ユーフォニアム』の実写的カメラ演出もよかった。「そして、次の曲がはじまるのです」という台詞、あれはいま思うと連続テレビドラマを意識した手法だったと大いに感じるよ。

ユリ熊嵐』を見て泣いてしまった人は多いだろうけれど、あれはもう一種の神話だったね。ああいうお話の語り方が許されるってことは歓迎するべきだ。けれど永遠の在り方かというと難しいところかもしれない。『Charlotte』も10年代のお話としては難しいって思ってしまうところはあるかな。でも「ロックじゃねえ、ポストロックだ!」はオタク的な話法としてよかったといまも感じているよ。もちろん彼女が聴いていたのがどちらかというとオルタナロックだったという点を除くなら、という話だけれどね。

 とどのつまり、ぼくたちは毎週アニメを見てよかったと心の底から思いたいだけだったんだ。思い切り笑って、泣けて、そのあと気持ちよくベットに倒れ込んで眠りにつけるアニメ。だからそういうことを考えると『城下町のダンデライオン』に落ち着くってことにならないかい? そう思わないのはべつにいいけれど、ぼくたちならきっとわかってくれるはずだよ。『コンクリート・レボルティオ~超人幻想~』についてはさっきも言ったからいいかな。

 

 2016年:『アイカツスターズ!

 素晴らしかった作品といえば『魔法つかいプリキュア!』だね。必殺技シークエンスが長尺になる後半にかけてはやっぱり各話の進み方がよくなかったけれど、それを補ってあまりあるテーマ性だったよ。彼女たちがお互いの手を握った回数はたぶんこの年のアニメでいちばん多かったことは間違いないね。

ハイスクール・フリート』はいいアニメだったけれど、そう思ったのはじつはOVAを見終わってからだったんだ。船上生活とクラス内コミュニケーションを並行でやるってことはいったいどういうことなのかという概観がそこまでいかないと掴めなかったからだね。けれど最近になって最初から見直してみて、これはとても丁寧なアニメだったってことが改めてわかったんだ。

灼熱の卓球娘』は上矢あがりの才能の物語として最高だったし、原作にあったポテンシャルをこれでもかと引き出してくれたという部分もポイントが高かったね。なにより音楽がよかった、卓球らしいテンポ感とスピード感がそのまま音として伝わってくるというのはとても素晴らしい体験だったよ。劇中歌の「V字上昇Victory」はバンドアパート・リスペクト楽曲としてアニメ史に刻まれるべきだろうね。

 ひいき目になっている自覚はあるけれど『アイカツスターズ!』は100話のうちほとんどすべてが面白いという稀有なアニメだったよ。『アイカツ!』という3年半のスケールをもった作品のあとでなにかを語ることは難しいはずなのに、それに応える強度で才能や個性、勝負における明暗の話をやりつづけた。

 負けるとはどういうことなのか、勝ちたいと思うことはどういうことなのか。夢を叶えたいと思うこと。進み方がわからなくなること。ステージへの怖れ。『アイカツスターズ!』は基本キュートでポップな作品だけれど、そういう暗い欲望との向き合い方を真摯に描こうとしていた作品でもあったんだ。あと最終話が旅立ちでもあるというのも完璧だった。永遠っていうのはああいうことなんだと思えたんだ。

 それに2016年は『魔法つかいプリキュア!』と『アイカツスターズ!』が同時に百合を押し出したという点でも記念すべき年だったと思うな。『フリップフラッパーズ』もあった。もしかすると、2016年は百合がアニメ市場に大きく広がってきた年だったのかもしれない。もちろんその前から百合はいっぱいあったけれどね。これは個人的なただの実感だよ。


雀が原中学卓球部/V字上昇Victory

 

2017年:『Just Because!

終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』もいいアニメだったね。数年に一度、ああいうのを見つけると心が落ち着くっていうのかな、ぼくたちにも帰る場所があったんだって思える気がするんだ。そういう意味では『メイド・イン・アビス』もいいアニメだった。総集編映画まで見に行ったけれど、やっぱりリコの腕のシーンは10年代ベストに入れたいくらい最高にラディカルな声だったよ。それになによりもナナチはキュートだ。

 だからほんとうはこれ以上ないっていいたいくらいなんだけれど、『少女終末旅行』もクールだった。OPとEDの楽曲もよかった。だってあのEDの映像だよ。生きるのは最高だったよね。そう口にできるのはすごく大切なことなんだっていまならよくわかる。

 ぼくたちにとっては『ゲーマーズ!』もいい作品のひとつだ。色調もポップだったし、人間関係の絡ませ方はとてもひねくれていてじつに好みだったね。現代ものラブコメアニメはコメディを忘れがちだけれど、これはしっかりコメディを抑えていた点でよかったんだ。それから『アリスと蔵六』もよかったと思うな。キャラクターの生活や考え方があって、外連味があって、なにより生き方の話だ。最終話の『不思議の国のアリス』の引用は見ていて泣きそうになったくらいさ。

 でも2017年は『Just Because!』だったかな。冬の質感がちゃんとアニメになっていたってことがとても大きい。なんていうのかな、すこしだけ空気が白いんだ。それにキャラクターの細やかな描写もほんとうによくつくりこまれていた。だからいつまでも見ていられるアニメだったよ*3。これについては一時期ちゃんと考えようと思っていた時期があって、よかったら以下のリンクを読んでほしいかな(結局、途中で止まってしまったのだけれど)。

saitonaname.hatenablog.com

 

 2018年:『あかねさす少女』

ウマ娘 プリティダービー』は勇気をくれるアニメだった。小川哲が「ひとすじの光」というスペシャルウィークの系譜の話をしていたけれど、だいたいあれが面白く読めたのは『ウマ娘』で知識を仕入れていたからだし、とりあえずOPの映像を見てピンときたきみは見たほうがいいと思う。走り方にもしっかり重量感があって、そういう部分でもすごくつくりのいいアニメなんだ。

三ツ星カラーズ』はまだ日本にも国産ノワールができるんだっていう証拠になった意味でとても興味深い作品だったね。それに運行が休止になってしまった上野動物園のモノレールをアニメにしたという史料的価値もある。きっと十年後、二十年後になってより評価されていく作品になるんじゃないかな。賭けてもいいけれど、いずれ上野のどこかしらの資料館でこの作品はずっと流されるようになるだろうね。

 国産ノワールであれば『となりの吸血鬼さん』についても語らないといけないね。ヴァンパイアの女の子をトランクに入れて運ぶという7話のシナリオは『ぼくのエリ 200歳の少女』のラストシーンの引用だし、ほかに「インタビューウィズヴァンパイア」という副題の話もある。つまりこうした作品群の先にある関係性を描こうという態度なんだ。この先もアニメノワールから目が離せないよ。

 ストーリーの面白さでいえばベストはたしかに『宇宙よりも遠い場所』だけれど、それでもやっぱりぼくたちは永遠が欲しかった。だから『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』のほうをあげたくなるな。

 けれど永遠の見方についていえばもうひとつ『あかねさす少女』があったからね。これはつまるところ彼女たちの人生の在り方という意味でまさしくジュブナイルだし、もうひとりのわたしの話であり、世界の終わりの話でもあり、姉という贖罪の話でもあった。後年も語られる傑作かっていったら違うかもしれない。でもすごくいい作品なんだ。2018年ベスト姉ヒロイン大賞受賞作であり、2018年で影膳をお姉ちゃんが食べるアニメは『あかねさす少女』だけだった。あのとき、あの瞬間にしか見れなかった作品。つまりそういうことなんだよ。

嘘と正典

嘘と正典

 

 

2019年:『グランベルム』(暫定)

BanG Dream! 2nd Season』は正直いって化けた作品だったよ。一期もそれなりに面白かったわけだけれど、彼女たちの人生という時計の針をすこし進めた先でやることをちゃんとやっていたからね。そういう永遠とは違う在り方でもいいんだなって教えてもらえた点ですごく感謝してるんだ。そうだね、山吹沙綾さんにはちゃんと幸せになってもらいたいかな。

『ひとりぼっちの〇〇生活』は素晴らしくキュートなアニメだったね。事前に告知されていたキャラクターデザインを原作と比べたときは若干の不安もあったけれど、1話の冒頭を見た瞬間にそれが杞憂だとわかったから。とても嬉しかったんだ。あのカラオケ店の外でぼっちが号泣するシーンはほんとうに胸が痛かったよ。正直、さっき話した『メイド・イン・アビス』のシーンに比肩すると思ったね。それから『まちカドまぞく』もキュートでハードな演出がとてもよかった。OP楽曲「町かどタンジェント」は今年のベストアニメソングだ。

 おそらく2019年のダークホースは『ぬるぺた』で、現在7話まで進んでいるところだよ。簡単にいうと、これは死んだ姉を妹が機械によってつくりなおすという未来のおとぎ話だ。世界はどことなく不安定で、姉は最初から死んでいて、妹は宇宙でひとり孤独を思い出す。そういう物語。ぼくはとくに3話の死んだ姉にむかってポアンカレ予想の面白いところを話すシーンがお気に入りなんだ。あの瞬間にはたしかにぼくたちの望む永遠があったとつよく思うね。

 放送が終わっている作品であれば『グランベルム』がいちばんかな。第1話で主人公がそこまで料理がうまくないのに、クラスメイトに弁当をつくってるシーンの意味が次の話で語られたときはすこし息が苦しくなった。けれどドビュッシーピアノ曲に合わせて戦うロボットはうつくしかったし、なによりラストには永遠があった。ぼくたちはいつもそういうものを探していた。だから胸を張って2019年のベストはこれだっていえるよ。

 

 というわけでこれまであげた作品を並べてみるよ。

 こうしてみると改めて選び方がボンクラって感じがしてくるのはどうしてなんだろうね。まあその直観は正しいんだけれど。といってもランキングなんてその場の雰囲気で変わるから、すべては有限性のあとでぬるぺたみたいに不安定なんだ。2010年代ベストOPは「せーのっ!」(ゆゆ式)でベストED「More One Night」(少女終末旅行)で決まりだね。終わるまで終わらないよ。もしかするとそれって永遠かもしれない。

 

 

補遺・映画作品編

2010年『イヴの時間』は実質の総集編だけどあまり観ていなくてほかに推したいものがなかったんじゃないかな。心から謝るよ。

2011年『マルドゥック』2作目はカジノだし、やっぱり入れておかないと。

2012年『おおかみこどもの雨と雪』があったけれど、いまだにうまく消化できた気がしていないんだ。3Dで観た『009 RE:CYBORG』は個人的には面白かったと思うよ。でもあれはアフター『東のエデン』の文脈がないとよくわからない作品だったね。

2013年『陽なたのアオシグレ』っていう早見沙織ヴォイスの女の子に絵をほめられる小学生の話があったけれど、これが『ペンギン・ハイウェイ』につながってほんとうによかったといまは思うよ。『かぐや姫の物語』はちゃんと観に行ったと思うけれど映像の暴力性としては『言の葉の庭』がいちばんかな。

2014年『アルモニ』がベストかなって思ったけど『イヴの時間』と監督が被るし、現代ナイズトされた『思い出のマーニー』も質感がよかったんだ。『劇場版 アイカツ!』はアイドルのたどり着く結論としてはものすごいところへ行ったと思うけれど、これはアイカツを全話見た人の感想だから信用できないかな。『輝きの向こう側へ』についてはいつか記事を書いたくらいには傑作だと思ってるよ。

2015年『劇場版 境界の彼方 -I'LL BE HERE- 未来篇』はTVシリーズで語り切れなかった姉の話をやっていたというすごい作品だよ。まあでも、ぼくはだれともこの作品の感想を交わしたことはないけれどね。

2016年『君の名は。』も『映画 聲の形』もあったけれど『劇場版 アイカツスターズ!』はたった1時間でやれることをしっかりとやり抜けた、奇跡のような作品だったんだ。だってぼくはあの映画でもう一度ちゃんと小説を書こうって、人生をやり直そうって思えるようになった。それから『ゼーガペインADP』に『この世界の片隅に』、『きんいろモザイク Pretty Days』。ほんとうに素晴らしい一年だったね。

2017年『夜は短し歩けよ乙女』といい、湯浅政明イヤーだったことは間違いないかな。とはいえ『ヤマノススメ おもいでプレゼント』があったことは記憶しておくべきだ。あと『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ』も機械少女がクールな映画だったよ。

2018年『あさがおと加瀬さん。』と『リズと青い鳥』はどちらも心の奥に響く作品だった。どちらも素晴らしい靴音が聞こえていたことがポイントだね。あの音はぼくたちの知っている永遠そのものだったと思うな。だからもうすぐ公開の『フラグタイム』もとても楽しみで仕方ないんだ。あれも永遠についての話だからね。

2019年『海獣の子供』は最高にDOPEでILLな映画だった。『グリザイア:ファントムトリガー THE ANIMATION』もクールだった。損傷した腕の骨を即座につないで相手の予測できなかったパンチをやるのはまるで格闘漫画の技じゃないか。それから『空の青さを知る人よ』。これは姉アニメ映画史に残る作品だろうね。永遠とは遠いけれど、それでもよい作品だったことには違いないよ。 なにより『天気の子』だね。これはあまりにも凶悪だった。あれでもうぼくたちは強制的に、2020年に進むべきだって教えられてしまったんだから。

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 だから、次の10年もたくさんアニメを見ていたいよね。


Aiobahn - 動く、動く [Future House, Girls' Last Tour Remix]

 

 

 

 

 

*1:UN-GO episode:0 因果論』のこと。劇場版かつ前日譚がTVシリーズの放映中に劇場公開された。それゆえ最終話を見る前に観てもよいし、最終話を見たあとでも観てよいつくりになっている。

*2:フラクタル/リローデット」のこと。連載はまとまって本にはなってはいない。

*3:見通すだけなら7周した。個別のシーンならもっと多く見た気がしている。