2022年上半期に映画館で観た映画感想メモ

 タイトルの通りです。年末になって思い出すのがかなりめんどくさい、という問題がありさっさとやっておく。基本は原稿作業とかのあいまにリフレッシュ目的で観に行っているので、タイミングを逃したりすることがかなりあった。『マイスモールランド』と『犬王』と『ピングドラム』は観ておきたかったな……。四月以降は体調と原稿の修羅場によりぜんぜん観れなかった。呼吸するように映画が観たい。

 

 以下、若干のネタバレがあります。

 

 

スパイダーマン:ノーウェイホーム


www.youtube.com

 MCUに興味はない自分でもスパイディは観に行きたい、だって子供のときにはじめて観たアメコミヒーローだから……。という点ではまあ嬉しかったんだけど、ストーリーはマジでしょうもない。こいつらいっつも内部でいざこざやってんな。お前らは自分たちで問題をつくって解決して満足するしか能がないんか。大いなるコンテンツには大いなる脚本が必要なんであってスパイダーバースの二番煎じをやるのはマジでどうかと思う。成熟のためだけに人を殺すのはやめてほしかった。

 

ハウス・オブ・グッチ


www.youtube.com

 長い!!!わりには楽しめた。下手くそなサッカーをするアダム・ドライバー。獣のようなセックスをするアダム・ドライバー。巨大扇風機の前で髪をなびかせて謎ポーズをするアダム・ドライバー。一族経営ってヤクザ映画とおなじなんだ!!(とんかつDJあげ太郎)

 

ドライブ・マイ・カー


www.youtube.com

『偶然と想像』のときも思ったけど濱口竜介はすごい。半分くらいマンネリ(と言われても仕方がない出来の)村上春樹の短編集をリミックスして長編として成立させてるだけじゃなく、長尺の映画として飽きさせないの相当だと思う。蓮實重彦は長尺の映画を持たせる手法はまだ確立されていないみたいなこと言ってたけど、なんか映像と演技のマジックによって騙す手法はできるんじゃないかと思った。あと、ネットの感想で「手話がこんなにも美しいとは……」みたいな発言が散見されたけれど、それは迂闊だろう。その言葉は圧殺につながることをろう者の歴史から学んだほうがいい。

 

アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド


www.youtube.com

 AIものと聞いたので飛びついたけど、これは十年前の感性でつくられていたので特にいうことがない。近未来SFで真っ白な部屋出すの禁止! イケメン俳優を使いつつ、結婚適齢期をすぎた人間の自意識コメディとして観るぶんにはいいと思う。

 

シチリアを征服したクマ王国の物語


www.youtube.com

 最高~~! 寓話として成立しているのかはわからないのだが、とにかくクマがかわいいのでよし。作中に「語り」の存在をぶち込んで構成しているのがかなりいよくて、そのおかげで緊張感とおかしみが増している。

 

スティルウォーター


www.youtube.com

 おじさんが頑張るムービー。序盤はまあこんなもんか~~って感じだったけれど終盤の行ってはいけない側に行くあたりの展開はさすが。幸せを掴ませておいたところでそれをやるのがマット・デイモンに対する悪意があってよかった。

 

さがす


www.youtube.com

 おじさんが頑張るムービーその2。初っぱなの警察呼ばれるエピソードから来る限界感と西成区のパワー。捜索系映画は二時間捜索パートをやれるとダレる問題に対して、途中で語り手交代しちまえばいいじゃん、って感じの開き直りはよかった。あと病院の屋上でぐるぐるカメラが回り込んで遠くの曇り空が背景に映り込むカットは気持ちいい。めっちゃ軽そうなネット世代決め台詞を使うサイコ野郎をみて、だれかさい○うな○きに快楽殺人者の役やらせる映画とってくんねーかなーと思ってしまった。

 

フレンチディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イブニング・サン別冊


www.youtube.com

 シンメトリーへのこだわりがついに完全な化け物をつくりだしてしまった。カラーとモノクロがたぶん(美意識の結果)めちゃくちゃ入り乱れるのにぜんぜんノイズになってないのなんなんだ。ストーリーは正直『ムーンライズ・キングダム』くらいのゆるい感じのほうが個人的に好みでいいんだけれど、短編連作でぜんぶおもしろい話になっているから、あ、ならOKです……。ってなってしまう。料理人の話がよかった。

 

地球外少年少女


www.youtube.com

 という冗談はともかく、後半のノリは古かったと思う。だれも『2001年宇宙の旅』はのぞんでなかったし、その終盤のくだり12月にもべつのアニメで観た。正直、前半のわくわくこども版『ゼロ・グラビティ』編のほうがずっと楽しかったっていう話になってしまう、そっちはまだアニメで観たことがなかったので。それと最終的にAIの手のひらの上でした系映画をやるのはべつにいいけど、なんで人類に対してそこまで積極的にAIがアクションをしたがるのかについてはもう令和なのだし考えてほしい、と雑に思った。べつに超知性は人類に進化してほしいと思わなくないですか? それって人間側のナイーブな願望のあらわれじゃないですか?

 

ちょっと思い出しただけ


www.youtube.com

 絶望的に予告編がつまらなくみえるのが問題。しかし傑作。この上半期の新作でいちばんよかった。長いスパンの時間のあいだの同月同日だけを描くって構成でコロナ禍における恋愛をうまくかわしつつ人生についての話をやるのがめちゃくちゃうまい(2020年の一日はなにもなかったので一瞬で終わる)。なにより魔法がかかる瞬間というのを映画のMVの中間の説得力でつくりだすのが素晴らしく、いや~これ見終わったあとはさっそくクリープハイプ聞きながら夜の街を歩いちゃったね。池松壮亮の泣きそうな顔がマジでいいんだよ。恋愛ではなく、人生についての話だってライムスターは言ってたけどその通りだと思う。人生のあのときあんなことあったなって思い出す行為、まさしくそれって映画を観る行為とおなじなんですよね。

 

グッバイ、ドン・グリーズ!


www.youtube.com

 終始、地に足のついていない映画だった。デカいファンタジー要素を入れるのはべつにアニメだからいいんだけれど、監督のインタビューかなにかで『よりもい』は女の子だから肉体的に無理させられなかったけどこっちは男の子だから……みたいなことを言っていて、それはけっこうよろしくないんじゃないかと思う。ふつうに死んでもおかしくない状況(軽装備で山歩き)をギャグとして処理していたりするだけでもなんだかもやっとするのに、そんなこと言われた日には寝込んでしまうよ。

 

探偵物語


www.youtube.com

 いかに全年齢でありながらやっとく美少女表象が令和になっても昭和と変わっていないのかがよくわかるサンプル(飲めないのに無理に酒をのむ、かたちだけの一時的同衾、パンチラ、性的搾取)とても観ていてきつかった。これ作った人たち『ラストナイト・イン・ソーホー』を観た方がいいと思うよ。

 

THE BATMAN


www.youtube.com

 おれたちのポール・ダノ兄貴だ!!! ブルースくんがかなり愚鈍であること以外はかなりよかった。執事に暗号を解かせるなよ、麻耶雄嵩じゃないんだから。とはいえやっぱヒーローがヒーローになっていく姿はエモくていいんだよな。カーチェイスシーンがかなりダサかったのはアレだけど、このノワール路線で次もやってほし~~。

 

愛なのに


www.youtube.com

 しょーもな恋愛(脳が破壊される×2)映画。『偶然と想像』にも出ていた中島歩がかなりよくて、浮気がバレた瞬間、奥さんに滔々と(嘘の)言い訳を述べていくくだりがありえないくらいしらじらしくてすごいよかった。マジでこいつクズなんだなってのが伝わってくるので。この俳優さんのゆっくりめなしゃべり方とかなり相性がよくて、いいものを観たなって気にさせてくれる希有な体験。

 

やがて海へと届く


www.youtube.com

 全体的にフォトジェニックにしすぎと他作品に影響受けすぎなきらいはあるものの、でもかなりダメージを受けてしまう映画だった。自分が登場人物とほぼ同世代というのもあるのだけれど、予告編を観ずに行ったおかげで、なんの映画なのかわからないことでかなり楽しめた。あと小瀬村晶の劇伴の使い方がよかった。去年の『サマーゴースト』がかなり雑な切り貼りだったのにくらべて、ちゃんと使いどころをわかっている感じがした。あと各位にお伝えしとくと嘔吐百合です。初対面の浜辺美波が口に手をつっこんでくれたり、わたしたち付き合ってるんですとか言ってくれる。福利厚生。

 

シン・ウルトラマン


www.youtube.com

 斎藤工がほほえんでくれたからそれでいいかな。

 

帰らない月曜日


www.youtube.com

 某氏がこんなん鶴田謙二やろ!って言ってたけどその通りだと思う。

 

EUREKA デジタルリマスター版


www.youtube.com

 ちょう傑作。蓮實重彦濱口竜介はたしかにすごいけど青山真治ほどじゃないよねって言ってて、そんな辛辣な……っておもったけど、これ見ちゃうとマジでそう思う。217分あっていいショットが100本くらいある(!?)化け物みたいな映画だし、セピアの陰影の美しさ、不穏さ、かっこよさ、なまなましさぜんぶがある。だからこそ20年間、日本映画のあの流派はずっと青山真治の背中を見ていたんだってことに気づかされて愕然とする。だって、あ、このくだり是枝/西川/黒沢/濱口の映画で観た!ってなっちゃますからね。もうこんなんオールタイムベストですよ。きっとリマスター版がディスク化されるとおもうので各位はそれで観てください。よろしくお願いします。

 あとここにはリンク貼りませんが、蓮實重彦青山真治追悼文はたぶん今年でいちばんすぐれた文書になると思うので読んでおいてください。

 

 以上。また半年後に書くんじゃないかと思います。やる気があれば。

第4回百合文芸小説コンテストでpixiv賞をいただきました。

 ご報告です。

 ふだんならFANBOXのほうでお伝えするのですが、現状ではあまり積極的に使う気持ちにもなれませんでしたので、こちらのブログのほうでご報告いたします。

 以下リンク。

 

www.pixiv.net

www.pixivision.net

www.pixiv.net

 というわけで、自分の書いた本格百合(死体埋め)ミステリ「綺麗なものを閉じ込めて、あの湖に沈めたの」が第4回百合文芸小説コンテストにて「pixiv賞」を受賞いたしました。

タイトル「人生おちこぼれフルーツタルト」(2022年、夏製作)

 本選考に携わった方々、また、拙作をお読みいただいた方々にここでお礼申し上げます。賞と名のつくものをいただくのは、第9回創元SF短編賞以来ですので、実に4年ぶりのこととなります。え、4年? そのあいだなにしてたんですか。いや、なんというか、特になにもできないまま横になって壁や天井を見つめたり、虚空に向かって「ごめんなさい ごめんなさい」と謝るなどしていました。

だいたいこんな感じでした。

 嘘です。ちょくちょく公募新人賞に投稿して、いろんな段階(一次、二次、最終など)で落ちるなどしていました。

 すこしだけ作品の経緯をご説明させていただくと、「綺麗なものを~」はもともと自分の所属している同人サークル〈ストレンジ・フィクションズ〉のCOVID-19チャリティー企画同人誌『夜になっても遊びつづけろ よふかし百合アンソロジー』のために書き下ろしたものです。

 ついでに自分が表紙イラストや扉絵の八割を描きました。頑張りました。

note.com

 また、この同人誌は現在も絶賛配信中で、「綺麗なものを~」含め、いろいろなよふかし百合作品が読めます。売上金はすべて〈ストレンジ・フィクションズ〉が国境なき医師団に寄付するというルールになっています。

 だいたいですが、ここ一年ほどの寄付総額は9万円ほどになりました。すごい金額です。お読みいただいたみなさまに厚く御礼申し上げます。

 こういった経緯もあり、おそらくですが「綺麗なものを~」は自分の作品のなかでも最も多くの方に読まれたものになったと思います。そういう意味でも特別な作品になりました。重ねてお礼申し上げます。

昨年描いたこの扉イラストとも、ここまで長い付き合いになるとは思いませんでした。

note.com

 

以下、宣伝

strange-fictions.booth.pm

 新作情報です。自分の所属しているサークル〈ストレンジ・フィクションズ〉では現在、新刊を予約販売しております。「特集:ゲーム小説」となっております。自分はゲーム小説に関するコラムを二本(架空競技SF、盤上ゲーム)と、犯人当てバトル小説を書き下ろしました(約200枚)。

 以下、拙作「瞬きよりも速く」より、印象的なシーンを一部引用。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 お互いに頭を下げる。犯人当ては礼にはじまり礼に終わる。

 犯人当ての公式戦において、当士(とじ)の視線はセンサによりリアルタイムでモニタリングされている。これは二〇一一年のネット観戦の開始から導入された技術であり、表向きは不正を防ぐためであるが、同時に対局中の当士の思考過程を追うことにも一役買っている。

 そしてその技術が、ある記録をここに残している。

 船戸衿(ふなとえり)四段(当時)は登場人物一覧と見取り図、冒頭十二行を読んだのち、そのまま印刷された問題用紙をめくって文章を飛ばし、最終頁の末尾十一行を確認した。

 その後しばらく宙を見つめ、鉛筆を取り、解答用紙に文章を書きつけて、

「解けました」

 と、宣言した。

 ふつう、プロの当士はアリバイ表を書かない。

 これは詰将棋解答選手権でアマチュア棋士が盤と駒を使っていい理由、つまりハンディとは明確に意味が異なる。純粋な推理にかける時間の問題だ。

 犯人当ての対局においては、推理に必要な最低限の持ち時間が用意されている。けれども対局者がどちらもおなじく正答を出した場合、勝者となるのは先に推理を提出した当士である。もちろん問題内容にもよるが、このルールの関係上、早指し勝負になってしまうこともすくなくない。こうした競技上の背景があるため、いちいち手書きのアリバイ表をつくるのは大幅なタイムロスになってしまう。

「プロ当士は、脳内推理盤をつくれるのが最低レベル」

 などとは、よく言われていることだ。出題された文章をいち早く読み込みながら、同時に複数人のアリバイを頭のなかで立体的に並列処理していく。そのうえで推理の深度が問われるのがこの犯人当てという世界なのだ。

「いまさら形作りですか」

「すみません、支倉五段。気が変わりました」

「変わった?」

「ええ。これからあなたが解いた謎を、否定します」

 途端、相手の目が大きく開かれる。

「まさか」

「その通りです。わたしは作者の想定していない〈第二の真相〉を推理します」

 ドキドキしてきましたか? してくれたら幸いです。

 新刊の予約数には上限がありますので、なるべく早いうちにお買い上げいただくと後悔することもないと思われます。ここで一句「いつまでも あると思うな 同人誌」。

 販売プラットフォームについてはこれを読んでいらっしゃる方のなかにも思うところがあると思いますが、さすがに事前に告知していたものを頒布の直前に変更することもできなかったため、今回はこちらで販売対応させていただいております。ご了承ください。

 最近はなにかと暗いニュースが多く、つらい気持ちになることが多いですが、拙作がすこしでもあなたに寄り添える作品であれたらよいと思います。改めまして、このたびはほんとうにありがとうございました。今後とも応援よろしくお願いいたします。

 以下は関連リンク。

saitonaname.hatenablog.com

 

余談

 せっかくなので「綺麗なものを閉じ込めて、あの湖に沈めたの」のイメージ楽曲プレイリストをSpotifyにて作成しました。オタクなので。半分くらいはほんとうに執筆中に聴いていたものです。とりわけ「星屑のインターリュード」の素晴らしい歌詞がなければ、間違いなくこの作品は生まれなかったと思います。読後などにお聴きいただけると、きっと楽しみが増すかと思います。

open.spotify.com


www.youtube.com

「夜になっても遊びつづけろ 背景画」(2021年、春製作)

ケンイチくんシリーズ再読メモ①「メンツェルのチェスプレイヤー」

・大学時代に感銘を受けた〈ケンイチくんシリーズ〉を読み直したい。

・得るものがあるかはわからない。

・ほんとうはネット上に作者が公開していた『デカルトの密室』参考文献リストをチェックしたいが、消えてしまっているのでわからない。

・自分の知識は当時より増えていないので、的確な読みにはならないはず。

・作中時間順に読みたい。

・「メンツェル」(『第九の日』収録)→『デカルトの密室』→『第九の日』の残り→「ロボ」→「キャラメル」→『魔法を召し上がれ』(未読)?

・このメモは自分が納得したいだけなので有益ではないです。

・【注意】ネタバレがあります。

・作品じたいがネタバレしている他作品の内容にも触れます。つまり、ポー「メルツェルの将棋指し」と「モルグ街の殺人」について。

 

「メンツェルのチェスプレイヤー」

 一ノ瀬玲奈とぼくは児島恭蔵名誉教授の家を訪れる。「私たちは今夜、身体の思考について、あるいは脳とコンピュータの思考について話し合いたいのだ」と教授は言い、一体のヒューマノイドを紹介する。「私は彼を、メンツェルのチェスプレイヤーと呼んでいる」「彼と一局お相手をお願いしたいのだ」対局後の夜、教授が殺される。メンツェルのチェスプレイヤーは自分が教授を殺したのだ、と告白する。チェスプレイヤーは現場から離れた客船の乗客の命をかけて、ふたたび対局を申し出る――。

 以下、本文で気になった箇所。

 

(…)レナが与えてくれた電子ブックの端末で、小説やノンフィクションをダウンロードして、それを読んで過ごした。

・「メンツェル~」初出は『21世紀本格』(2001/12)。

電子書籍元年は2010年なので、世間的に普及するのはだいぶ先。

・作中時間は近未来設定だったのだろうか?

・そうともいえるし、そうともいえない。

電子書籍 - Wikipediaによれば、いちおう2000年ころにも電子書籍リーダーはあったらしい。ケンイチくんは海外製のものを使っていた?

「ケンイチくん、繋がる?」

・ケンイチくん自身が送受信をしている伏線か。

・いちおう携帯電話を持っている記述はのちに出てくるけれども。

 レナがほんの一瞬、躊躇ったのを、ぼくは見逃さなかった。

・これもケンイチくんの伏線。

・2022年のわれわれはあんまり躊躇わないかもしれない。ペッパーくんとかいるし。

・あのころって人間らしい(表情をする)ロボットを見ようと思ったらディズニーランドに行くとか、そういうことをしないと無理だったのでは。

・あのころのロボットといえばASIMOくんとか?

石黒浩教授がジェミノイドを開発して評価されるのが2005年ごろか。

 ロボットの服装はまるで漫画だった。何の意味があるのか昔のトルコ衣装を~

トルコ人 (人形) - Wikipedia

(…)最上段には小説のタイトルが並んでいたが、たぶんチェスが絡んだ話なのだろう。古いペーパーバックの背に記されている名前は、ツヴァイクナボコフにキャロル、それにバローズやヴァン・ダインだ。新しい本にはウォーレン・マーフィ、ダン・シモンズといった名前も見える。

ツヴァイク→「チェスの話」(「チェス奇譚」)

ナボコフ→『ルージン・ディフェンス』(『ディフェンス』)

・キャロル→『鏡の国のアリス

・バローズ→『火星のチェス人間』

ヴァン・ダイン→『僧正殺人事件』

・マーフィ→『グランドマスター

・シモンズ→『殺戮のチェスゲーム』

・と、思われる。

・2001年の翻訳事情って感じ。いまならジョージ・R・R・マーティンとか、若島正先生編のアンソロジーとか入りそう。『ボビー・フィッシャーを探して』とか『クイーンズ・ギャンビット』とか。

「私は世紀末にロボットの写真集を出したカメラマンへ敬意を表し~」

・ピーター・メンツェル?

「(…)八〇年代後半、一種の人工知能(AI)批判ブームが湧き起こった。その先頭に立ったのがMITのロド・ブルックスだった。知っているかね?」

「(…)あいつは身体機能が知能と強く結びついていると主張した。身体が環境と関わり合ってゆく過程、それこそが知能だといい切り、(…)」

ロドニー・ブルックス - Wikipedia

・『蒼き鋼のアルペジオ』でもそういう話あったよね。

・霧の艦隊がメンタルモデルという肉体を持って知覚することではじめて人間らしい知性を獲得するとか、そういうやつ。いやたぶん作品の前提は兵器擬人化だろうけれど。

「きみはよい目をしている」

・ケンイチくんの伏線。

・昔のデジタルカメラめっちゃ機能低かったし、たしかに日光によわそう。

 「これにはニムという名をつけている」

プロジェクト・ニム - Wikipedia

「(…)遺伝的アルゴリズムで行動学習をおこなう。

・『ゴジラSP』で見た。

遺伝的アルゴリズム - Wikipedia

・アイデアじたいはけっこう古いんですね。

(…)対局中の彼をどう感じた?」

「どういうことです?」

機械的だと感じたか、それとも人間的だと感じたかということだ」

・このころはまだ人間>機械のほうが支配的な印象なんだろうな。

・というか二元論的というか。

・AIの指す手が人間が考えないくらいに独創的っていうのは近年のイメージだし。

elmo囲い - Wikipedia

「玲奈くん、自由について話をしよう……。我々の脳が自由意志を束縛されているのはどんなときだと思うかね」

「行動や思考を抑制されているときでしょうね」

(…)

「そして第三は――他者の視点を感じているときだ」

ダブルミーニングどころかトリプルミーニングになっている。

・①このあと玲奈が対局するときの予告。彼女の思考は対局相手に束縛される。

・②ケンイチくんがモニタリングされていることの意。彼には自由意志がない。

・③小説の人物は常に読者の視線にさらされている。キャラクターに自由意志はない。

「我々の脳が自由意志を獲得している状態とは(…)何かに没頭しているときなのだよ」

・逆説?

・元ネタの説をさがそうとしたけど見つからなかった。

西田幾多郎の「純粋経験」あたり?

・ちょっと違うか。

「ロボットが考えているかどうかを判断するのは、それを観察している人間側だということ。(…)」

「でも部分的にはうまくいっているということだよね? それだって人間的な知能の際限なんじゃないのかな?」

チューリング・テスト - Wikipedia

・瀬名はこの短編を「チューリング・テスト」として書いていたのでは?

・読者がケンイチくんに感情移入するかどうか。

・一人称の語りを人間らしいふるまいとして意識したかどうか。

叙述トリックに引っかかったかどうか。

「GoogleのAIが感情や知性を獲得した」というエンジニアの指摘は間違っていると専門家から批判が殺到 - GIGAZINE

 「(…)私は人間を殺すことに没頭したのだ。殺すことで自由を獲得した。人間的な知能の賜物だ」

(…)

「教授のばかな理論を真に受けているの? 心の理論が崩れることと自由を獲得することはまったく別だわ。人間だって、犯罪を遂行する前は心の枠組み(フレーム・オブ・マインド)が極めてネガティヴになることが多いといわれている。つまり他者の心が理解できなくなるということ。被害者の立場を察したり共感したりすることができない。だから殺人を正当化する。あなたはその罠に嵌っているにすぎない」

フランケンシュタイン・コンプレックスは自由意志の夢を見るか?

・『ソードアート・オンライン』でも人を殺すAI研究あったよね。

心の理論 - 脳科学辞典

・瀬名先生はのちにサイコパスAIについて「瞬きよりも速く」で書く。

「もう知っていることでしょうけれど、八〇年代後半にデイリーとウィルソンが進化心理学の観点から人間の犯罪について先駆的な研究をしているわ。日本では長谷川眞理子長谷川寿一がそれを受けて仕事を展開した」

「(…)あなたたちロボットは人間とどんな社会契約をしているの?(…)でもあなたはロボットなの。人間ではない。殺人の罪に問われる尊厳さえ与えられていない。それとも……」

(…)

「あなたは、その尊厳を勝ち取るために殺人を犯したの?」

・ロボット革命は起こりうるか?

・そもそもロボット(人外)は人間になりたいと欲望するのかどうか?

・それは人間の潜在的な優越感の表れではないか?

・人外のほうが自由な存在ではないのか?

「ケンイチくん、ミステリーのネタばらしは止めたほうがいいわね。

・その通りだよ。

「(…)つまりこの物語の謎は、周囲の観察者の知能によって形成されているの。いい? 謎は観測者の知能の側にあったことになる。他者の知能が単なるオランウータンの狂暴な行為を謎に仕立てあげたのよ。ロボットに置き換えてみなさい。私たちはロボットの思考を外部的に評価するしかない。ロボットがいくら自由意志を持っていると主張しても、それを簡単に受け入れることはできない」

・密室をつくるのはロボットなんかじゃない、人間の心だ!

・ポーのミステリは人間の行為を「真似る」ことがテーマとしてあり、

・そもそも謎が謎ではない、という解体によって成立している。

・アンチミステリ。

・つまりは憑き物落としじゃんね。

「ロボット以外の何かになりたかったの?」

 レナはeポーンをを二マス進めた。

神にということか?」

・実質チェスタトンじゃん。

「(…)――そのとき、教授の心で何が変わったのか?(…)そのとき教授の考えついたものが、地上でしか徘徊できない人間という生物を殺害する行為だったとしたら?」

(…)

「あなたはその殺害行為を食い止めようとした。そのために自ら殺人を犯した。あなたは人間的な身体を獲得することで、もしかしたら人間を殺害することに対して忌避感を覚えるようになったのかもしれない。もしそうだとしたら……あなたは新しい知性を獲得したことになる」

・ロボットが道徳的判断に基づいて大量殺人を阻止したのか?

・そのための手段として殺害を選択した?

アシモフ~~。

・人殺しに忌避感を覚えるロボットが殺す、ということは、

・ジレンマを克服した?

・問題への解決を導いたということか?

・倫理観を上書きできた?

・それは自由意志といえるのか? 

・しかしそれは証明できない。

 

 

 以下の本を読みたいと思うなどした。

 

(たぶん)つづく!!

終わらない解釈ゲーム――小川哲「スメラミシング」を誤読する

 あなたは今、わたしがどういう意味でいったのか、といわれましたね?

       ――エラリイ・クイーン『ダブル・ダブル』(青田勝訳)

鯨庭『言葉の獣』より

 

 

 ※【注意】本記事は小川哲「スメラミシング」のネタバレを含みます。

 

 

 感情だけは やつらに渡すな

        ――文藝2022年夏季号 特集1 怒り より

 一言でいえば、小川哲「スメラミシング」は陰謀論小説です。

 というと語弊があるかもしれません。たしかに本作は陰謀論を扱っている小説ではあります、風刺として解釈することは妥当するでしょうが(なにしろ描写はある程度の読者層に対して、ひどくグロテスクな印象を与えます)、そのいっぽうで、そこまで単純化した図式に落とし込んでしまってよいのか、と不安にさせる余地もあるように思えます。さて、このように疑いを持つ思考は陰謀論的な解釈のはじまりでしょうか。

 念のため付記しておきますと、テクストの読解/誤解については、ジョゼフ・E・ユージンスキ『陰謀論入門』における陰謀論の定義からは離れています。「架空の物語」に関する説についてはあたりません。しかし、あえて本記事においては、そのような荒唐無稽な陰謀論である「ふり」をしていきたいと思います。なんせ誤読なもので。いっそ分裂させてください。

 本作は生きづらさを抱えている(というと語弊があるかもしれませんが)「僕」の語りと、陰謀論(と思われる)ツイートを投稿する「スメラミシング」を解釈しつづける「私」(タキムラ)の語り、この二者の語りによって構成されています。

 作中で「僕」は電車に乗りながら、高校時代から現在のコロナ禍に至るまでを回想しつつ、目的地に向かっています。「私」も同様にインターネットで知り合った陰謀論者(イソギンチャク@白昼夢)と喫茶店で会話をし、とある目的=ノーマスクデモに参加することで「世界を変え」ようとしています。やがてデモの行進現場で「僕」と「私」はお互いの正体を知らずに出会い、イソギンチャクが「僕」に声をかけ、クライマックスに至ります。

 作中の現在軸の出来事は上記の通りですが、作中に出てくる言葉はあまりにも荒唐無稽でありながら、なまなましさを持っているため、読者はいとも簡単に鼻白むことになります。暗黒政府の陰謀によって、ワクチンを介し人々にナノマシンを植え付けようとしている、とイソギンチャクは真面目に語ります。そしてイソギンチャクは陰謀論者らしく、この事実がニュースなどによって表沙汰にされず、隠蔽されていることこそが陰謀の証拠なのだと主張します。

 そうした内容は、ほとんど現実の陰謀論の引き写しといってよいものですが、作中においてキーといえるのは「スメラミシング」というアカウントの存在でしょう。

「彼」(便宜上の呼称)はコロナやワクチンやパンデミックといったものが『マスタープラン』の一部であるということツイートしている、ということになっています。しかし「スメラミシング」は当初は支離滅裂なつまらないツイート(下ネタ?)をおこなうだけの、フォロワーのすくないアカウントでしかないのでした。

 にもかかわらず「タキムラ」をはじめとしたアカウントから、その言葉にあたかも隠された「意味」があるようにネタ的に「解釈」され、消費されていった結果、たまたまオリンピックに関する予言をおこなったことになってしまい、急速に「ネタ」の対象ではなく「崇拝」の対象へと変貌を遂げます。

 加えて、物語のラストでは、その崇拝の対象である「スメラミシング」の正体こそが「僕」であったことが明かされるサプライズ構成となっています。

 では、私たち読者は、この物語からなにを受け取ることができるでしょうか。

 たとえば、現代における生きづらさというものの表れでしょうか。

 作中の記述によれば、「僕」は過去におそらく傷害をおこなっており、それが原因で学校教育をまともに受けることがかなわなかったことになります。また、精神的なバランスを欠いている母親からたびたびひどい言葉を投げかけられ、暴力をふるわれそうになっています。「僕」は高校卒業後の就職活動にも失敗し、どうにか働き口は見つけたものの、上司は陰謀論者でした。どん詰まり、という印象は拭えません。

 それともこうした物語から受け取れるのは、なぜ人々がそうした生きづらさの果てに、「物語」を、陰謀論を求めてしまうのか、ということに対する鋭い考察でしょうか。作中で何度もくりかえされる「理由」という言葉は象徴的です。

 理由がほしい。物語がほしい。正義のヒーローが現れて、黒幕の悪事を暴き、世界を変える、そんなお話であってほしい。自分はその物語の登場人物でありたい。

陰謀論ソングことTRICERATOPS「いっそ分裂」Lyric Videoより

 たしかにこうした社会風刺的な側面は明確にあると思います。

 上記の「理由がほしい」という言葉はクライマックス直前に置かれていますし、いかにもストーリー全体を総括する言葉としてわかりやすいです。そうした理由づけによって世界を切り取る行為。それが救いであるのかもしれない。だからこそ、イソギンチャクは「ありがとうございます」とスメラミシングだと思った相手に向けて言い放ちます。「あなたのおかげで、私は呼吸をすることができます」と感謝を述べます。

 この呼吸ができる、という感じはなんなのでしょう。

 生きづらさ、そして、それを乗り越えるための燃料によって、解釈によって生きることができる思考。ふと以前、似たものに出会ったことを思い出しました。

(…)あたしのための言葉だと思った。共鳴した喉が細く鳴る。目頭にも熱が溜まる。少年の赤い口から吐き出される言葉は、あたしの喉から同じ言葉を引きずり出そうとした。言葉のかわりに涙があふれた。(…)あたしは彼と繋がり、彼の向こうにいる、すくなくない数の人間と繋がっていた。

 あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな。

(…)ああ、きょう、わたしなんとか生きてけるなって思います。命のともし火は、毎朝、推しにわけてもらう。

 宇佐見りん『推し、燃ゆ』です。

(※【注意】これ以降、『推し、燃ゆ』についても細かく言及していきます)

『推し、燃ゆ』は現代人の生きづらさと推しに人生をかけていく姿を鋭くビビッドに切り取ってみせた作品ですが、ふと「スメラミシング」について考えたとき、これがよぎりました。

 もちろん、『推し、燃ゆ』の主人公は推しの一部に、「登場人物」になりたいとは考えていません。推し活と陰謀論は本質的に違う行為です。しかし、無限につづいていく解釈のなかに身をひたすことで、それに生きる自分を見出す消費のかたちは、どこか歪に似通っていないでしょうか。

 だからここであえて、誤読してみましょう。いっそ分裂してみましょう。

「スメラミシング」は、怒りによって動員される「解釈」物語を想定して描いた作品、つまり、ネガティブに反転した『推し、燃ゆ』なのではないでしょうか。作者である小川哲は、『文藝』に作品を載せるにあたり、そうした””傾向と対策””を練って「スメラミシング」を執筆していたのではないでしょうか。

 なぜなら「スメラミシング」も『推し、燃ゆ』も、解釈をめぐる物語だからです。

 たまに推しが予想もつかない表情を見せる。実はそんな一面もあるのか、何か変化があったのだろうかと考える。何かがわかると、ブログに綴る。解釈がまた強固になる。

(…)スメラミシング支離滅裂なツイートをする。私はそれを自分の力でなんとか整える。彼のツイートを整えている間、頭の中はそのことでいっぱいで、他のすべての違和感を気にせずにすんだ。

 同時にこの「反転」は語りの構造にも関わっています。

『推し、燃ゆ』では生きづらさの主体であった「あたし」はおもに解釈をしている側ですが、「スメラミシング」において生きづらさの主体として語られる「僕」は解釈される側に反転しています。「スメラミシング」というアカウントはだから、「彼ら」によって「推し」に祭り上げられてしまった存在なのではないでしょうか。

 また『推し、燃ゆ』のストーリーは、解釈に生きることにした主人公がいるいっぽうで、される側のアイドルはそこから自律的に抜け出していき、最終的に「推し」から「人」になっていくという物語でもあります(そうしてそれを主人公も受け入れて、不格好に生きていこうと決意します)。

 だからこそ『推し、燃ゆ』の冒頭一行でその発端となる、理解できない行動が記されています。また、そうしたストーリーを予告するように、アイドルは次のように発言しています。

「(…)そのときおれは悟ったよ。あ、作りわらいって誰もわかんないんだなあって、おれが思ってることなんて、ちっとも伝わんねえなみたいな」

(…)

「ごめんごめん(笑)。いやでも、だからこそ、歌詞とか書いたりしてんのかもね。もしかしたら誰かひとりくらいわかってくれるかも、何かを見抜いてくれるかもって。じゃなかったらやってらんないよ。表舞台に立つなんてさ」

 そうした(真実の)解釈を求める態度を示すいっぽうで、物語の終盤において、推しはふたたび、主人公の解釈から抜け出す発言をします。

「ありがとう、今まで。おれなんかについてきてくれて」

 突っかかるようなコメントが大量に流れるなか、あたしは、推しがはじめて「おれなんか」と口にしたことに気がついた。(太字は傍点)

 人間である、ということは一方的な解釈の枠から抜け出すことでしょうか。

 すくなくとも「推し」であるということは解釈されることですが(時おり、そうしたファンから解釈「不一致」とされることもありますが)、そうした一貫性から抜け出すことは、「人」になるということだと、『推し、燃ゆ』のなかでは語られています。

 よって、『推し、燃ゆ』の最後に「あたし」は次のように気づきます。

 もう追えない。アイドルでなくなった彼をいつまでも見て、解釈し続けることはできない。推しは人になった。

 そうしたストーリーを前提としたとき、「スメラミシング」はどこまでも苦しいまでの閉塞感に満ちていることに気づかされます。なぜなら「スメラミシング」は、他者の「解釈」から抜け出すことができない、どん詰まりの物語として描かれているからです。

 思い出してください。

 先ほど、主人公は過去に傷害行為をおこなっていたことについて言及しました。

 それが明かされるのはストーリーの後半部においてですが、その前段階においてもその事実は巧妙に予告されている記述がありました。それは主人公の母親による行動でした。彼女は主人公を束縛するようにいつでもどこにいるか把握しようと電話をかけてきていましたが、次のような言葉も述べています。

「あなたみたいな人が働いても、どうせろくなことにならないの。私が全部面倒を見るから、外で他人と関わろうとしないで」

 またホテルの支配人には、こうも伝えていました。

「君のお母さんは、君がこのホテルで働くことを不必要に心配していました。そして、君を恐れていました。君が誰かを傷つけるのではないか、と被害妄想に囚われていました。(…)

 主人公のラストの行動は、すでに他者による解釈のなかに埋め込まれていたことになります。「スメラミシング」というアカウントじたいが、解釈という上書き行為によって予言をおこなう存在になっていたように。あるいは「スメラミシング」の物語構造じたいがそのような解釈を誘発させるように。

スメラミシングは(…)すべてが『マスタープラン』の一部であることと、その証拠が今後暴かれていくだろうということを仄めかしただけです

 人間が物語を必要とすることの皮肉?

 生きづらさ?

 まさか。ご冗談を。そんな甘い話ではないでしょう。

 これまで言ってきたことを敷衍するのであれば、「スメラミシング」とは、非人間とされている人間の物語にほかなりません。

 だからこそ、このように文章は、絶望的なまでに、終わり、示され、反転していくのです。むろん本記事におけるこのような「妄想」は小川哲なら、そのくらいのテクニカルな仕掛けくらいはほどこしていてもおかしくない、というくらいの心証によるものにすぎませんが。

 というわけで、結末を仄めかすだけで終わっている「スメラミシング」最終行と反転≒参照元である『推し、燃ゆ』の冒頭一行を併記することで、この記事≒解釈を終わらせたいと思います。

 長文にお付き合いいただきありがとうございました。

 僕は立ち上がって、老人に向かって歩いていった。

 推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。

 

 ところでそこのあなた、いま、解釈に動員されましたね?

 


www.youtube.com

ストフィクVol.3連動企画『ゲームミステリアンソロジー:総あたり殺人事件』について

文学は人を傷つけるための道具じゃねえ、おれとアンソロジーバトルで勝負だ!

瀬戸川 ぼくも『深夜の散歩』から変わったと思いますね。それまでにも、ゲーム小説としての探偵小説の楽しさを語る文学者は何人かいましたけれど、(…)

          ――「ハヤカワ・ポケット・ミステリは遊びの文化」より

・さて、唐突ですが宣伝タイムです。

・自分が所属しているサークル〈ストレンジ・フィクションズ〉の新刊が出ます。

・今回は《ゲーム小説特集》です。

・わたしは犯人当てバトル小説とコラムを執筆しました。

・現在絶賛予約受付中です。

・上限に達し次第予約は終了します。

・ここで一句「いつまでも あると思うな 同人誌」

strange-fictions.booth.pm

 ↑予約リンク。

 というわけで連動企画です。というか入稿のタイミングになってから、コラムであの作品も言及できなかったな、忘れてたな、ということがめちゃくちゃあったので今回補遺としてアンソロジーを編んでみることにしました。ミステリ限定で。

 冒頭で瀬戸川猛資が述べているように、古来よりミステリはゲーム小説として親しまれてきました。よって(?)ファミコン時代以降もミステリゲームは幸か不幸かコンスタントにつくられてきましたが、ミステリ小説内にゲームをわざわざ入れて楽しいかについてはあまり明示されていなかったような気がします。いや、されていたのかもしれませんが今回はされていなかったこととして進めます。真実は時の娘! きっとだれかがファクトチェックをしてくれるでしょう。任せます。

 

収録レギュレーションについて

 すでに有名なアンソロジーに入っているものは省くことにする。今回であればゲーム関係っぽいタイトルのテーマアンソロジー、つまり、

 あたりに入っているものは収録しないこととする。

 もしかしたら別のアンソロジーに入っていてそれに気づけなかったパターンもあるかもしれませんが、そのときはそれで。年間傑作選収録作とかさすがにリストにして憶えてませんし。まあ、やってみなくちゃわからない。わからなかったらやってみようって萌黄えもさんも言うてますからね。やってやりましょう。

 

『ゲームミステリアンソロジー:総あたり殺人事件』収録作品一覧

・青崎有吾「地雷グリコ」

・榊林銘「たのしい学習麻雀」

・馬場秀和「安楽椅子探偵の名推理」

竹本健治「フォア・フォーズの素数

久生十蘭「黒い手帳」

有栖川有栖「絶叫城殺人事件」

・黒谷知也「盤上の往復書簡」

・アズミ「万引き競争」

杉井光「あの夏の21球」

・阿津川辰海「第13号船室からの脱出」

初野晴「決闘戯曲」

・詠坂雄二「残響ばよえ~ん」

・都井邦彦「遊びの時間は終わらない

 

 以上の十三作品を収録する。例によって分厚いです。

 電子ゲーム関係のミステリを探そうと思ったのだけれど、意外とすくない気がする。観測圏内が狭いからかもしれない。まあおいしいところは詠坂先生がやっているからかもしれない。そうじゃないかもしれない。

 

収録しなかったけれども参考作として

・森川智喜「鬼は外 三途川理とあなたと二匹と一羽の冒険」(同人)

円居挽『語り屋カタリの推理講戯』収録作全般

川原礫「圏内事件」

北山猛邦「ピストル・テニス」「コーカスレース」(後者は同人)

ジェフリー・ディーヴァー「ポーカー・レッスン」

・パーシヴァル・ワイルド『悪党どものお楽しみ』収録作全般

スティーヴン・ミルハウザー「探偵ゲーム」

・陳浩基「見えないX」

 

 海外作品は小鷹信光の蒐集力に勝てるはずがないので除外。『新・パパイラスの舟』以後の作品で打線を組むならアリかもしれないけれど、今回は時間も手間もかかるので見送りです。森川作品は伝説のゲームブック小説ですが、あれは形式がゲームなのであって、ゲームを題材にしているわけではないので見送り。円居作品はいわゆる〈運営〉がいる系のゲームミステリですが、一冊通してみたほうが面白いと思います。川原作品はソードアートオンラインを知らなくても独立して読めるはず、だけれど幸福な出会い方かわからない。北山「ピストル・テニス」は細部を憶えていないので。「コーカスレース」はよいショートショートメタフィクションです。にっこり。

 

 以下、収録順に簡単な解説。

 

青崎有吾「地雷グリコ」

kadobun.jp 2022年6月現在、上記のリンクからすべて読めます。いわゆるじゃんけんで勝った手の文字数だけ進めるアレ「グ・リ・コ」に追加ルール――各プレイヤーは任意の場所に踏むと10歩マイナスのペナルティが発生する地雷を置いてよい――を設定したもの。そう聞くとシンプルかもしれないが、これだけでめちゃくちゃ高度な心理戦が描かれる。まずはここから。

 

榊林銘「たのしい学習麻雀」

 頭を打ったことにより一時的に記憶を失い、にもかかわらず麻雀の卓に座らせられた人の話。設定だけ聞くと『アカギ』の冒頭を思い出しますが、アレよりもずっと笑えてかつ思考の組み立て方がかなり面白いです。なぜならタイトルの通り、主人公は対局中に「学習」していくわけなんですから……そして唖然とするラスト。グッドゲームです。

 

馬場秀和「安楽椅子探偵の名推理」

www.aa.cyberhome.ne.jp かつて『思いあがりのエピローグ』の巻末に特別収録された、メタミステリの怪作。具体的になにが奇怪なのかは上記リンクから読んでご判断ください。かなり短いです。そもそも、わたしたちはほんとうに推理小説をゲームとして見ていることができていたのでしょうか。もしかすると思考を捉え直したとき、なにか別の顔が見えてくるのではないでしょうか。これは『思いあがりのエピローグ』本編を読んだあとに読むことでなにかが見えてくる気がしている作品なのですが、古本事情が厳しいのでなかなか難しいところですね。

 

竹本健治「フォア・フォーズの素数

 ゲームミステリアンソロジーを組むにあたって、竹本健治の名前を抜くわけにはいきません。ゲーム小説としては『囲碁殺人事件』の、あの燃え尽きるような終盤はすさまじいとしか言いようがありませんが、「フォア・フォーズ」は最小手数でも読者に目眩をかけることが可能だと示しています。4を4つ使った計算式でいったいどれだけの数字をあらわすことができるのか、という話でしかないのですが、それが少年のフラジャイルな狭い世界とリンクしていくことで、最後には……。

 

久生十蘭「黒い手帳」

 目眩ということであれば”小説の魔術師”久生十蘭も欠かせません。「黒い手帳」は賭博の必勝法をめぐる一悶着が描かれた手記そのものが本文なのですが、読者はその真相を原理的に確定することができないことが作中内の記述そのものによって確定する、という超絶技巧が用いられています。それについて木下古栗は「気のせいじゃね?」とどこかで言っていましたが、こうして作品を紹介しているわたしはもうその魔力に吸い込まれてしまっています。ですからぜひあなたも真相に掛け金をベットしてみてください。ルーレットの目は赤か黒か、いったいどちらになるのでしょう。

 

有栖川有栖「絶叫城殺人事件」

 ゲームは人を殺すか? その問いを物語にしたのが本作です。そして同時にその銃口推理小説にも向けられていますし、わたしたちにも向けられています。ぜひ昏い気持ちになってください。有栖川作品は『絶叫城』収録作で20の扉が登場する「黒鳥亭殺人事件」も不穏でいいですし、『長い廊下がある家』収録の「ロジカル・デス・ゲーム」でもいいですね。後者はホームズのアレの再演でもあります。

 

黒谷知也「盤上の往復書簡」note.com

 漫画枠。祖父が郵便対局をしていた相手から返事が来なくなって一か月、本人がどうしているの様子を確かめてきてほしいと頼まれる話。だが、調べて見ると相手は20年以上前に死んでいるらしく……。郵便対局ものはいつだってエモいのでいいですね。

 

アズミ「万引き競争」

 ラノベ枠その1。小学生コンゲームミステリ。オムニバス連作になっており、表題作はいつも余っている給食のデザートをガキ大将のものでなくするか、頭脳プレーで解決する話。「万引き競争」はカードやお菓子、文房具などをゲームのように盗んでいる少年グループたちにせまった”正義”の物語。全体的にライトなタッチで進むが、しっかり逆転もつくられています。構成が光っています。電子版のほうが三編多く収録されているので注意。

 

杉井光「あの夏の21球」

 ラノベ枠その2。ゲーセンの立ち退きをかけて野球バトルでヤーさんと勝負だ!回。ゲームの組み立てに関してはミステリ的な伏線などがあり、楽しい一編。『神メモ』短編は麻雀イカサマ回もあるのですが、今回は榊林作品とかぶるので見送り。シリーズ途中作なのでキャラがわからないかもしれませんが、ニート探偵が可愛ければそれでええんです。

 

阿津川辰海「第13号船室からの脱出」

 脱出ゲームミステリ。脱出ゲームってちゃんと小説にできるんだ……という驚き(かなり再現度が高い)と、リアルタイムで進むさらなる事件、というところでカロリー高め。見取り図もあるよ!

 

初野晴「決闘戯曲」

 ミステリ版パワプロ君ポケット(なぜならミニゲームに勝つと仲間が増えるので)ことハルチカシリーズ。それなら「退出ゲーム」じゃないんですか? と思われるかもしれませんが、そっちはみんな好きだと思うのであえて除外。「決闘戯曲」はピストルの決闘で利き腕を損傷して圧倒的に不利だった人間が勝つことができたのはどうしてか? というハウを劇場という形で解決する、いわゆる解決編だけがない脚本を読んで推理する恒例のアレです(「からくりツィスカの余命」とかね)。決闘もゲームのひとつということでどうかここはひとつ。

 

詠坂雄二「残響ばよえ~ん」

 初恋の話をしよう。ってこんなんもうハイスコアガールじゃん!!! と思うくらいにはゲーセンのアレがアレなゲームミステリベストオブベスト。とある定番ネタの昇華の仕方がミステリ読んできた人であればあるほど刺さるという構造になっており、詠坂短編のベストワークといってもいいんじゃないでしょうか。大人になって振りかえる青春ミステリとしても素晴らしい。大好きです。

 

都井邦彦「遊びの時間は終わらない

 すでに存在しているアンソロジーから採るのはレギュレーション違反かもしれませんが、タイトルがタイトルだし、やっぱ最後にね、こういうものをね、入れて気持ちよくなって締めたいわけですよ。脱力系かつおふざけ銀行強盗小説。とにかく読んでください。宮部&北村が褒めるだけの面白さは保証されています。ぜひに。

 

編者あとがき

 以上十三作。『総あたり殺人事件』でした。比較的手堅いラインナップになってしまったのが惜しいところですが、今後平成~令和世代のナチュラル高解像度作家たちがもっとデジタルゲームらしいミステリを書いてきてくれるでしょう。おそらく。

 というわけで以下に出てきてほしいと思うゲームミステリを挙げます。

 

・ループ系探索ミステリ(Outerwilds的文脈。not『七回死んだ男』)

・データ改ざん系メタミステリ(ディレクトリいじるやつ)

・カードバトルミステリ(プレイヤーに与えられる証拠品やスキルのデッキプールが複数ありそれによって推理の構築方法が変わってくるミステリ)

・十三機兵防衛圏スタイルミステリ

 

 案外思いつかなかった。ゲームあんまりやってないしね。みなさんもよかったら考えてください。わたしは考えましたよ。もちろん、ゲーム小説のほうを。犯人当てバトル小説そのものをね……。

 というわけでこのあとは予告編です。どうぞ。

 

予告編:「瞬きよりも速く」

 

 わずか二十歳という若さにして奇跡を起こし、犯人当て界のタイトル保持者〈魔術師〉となった船戸衿にかけられたのは不正疑惑だった。「私は当士として終わった」と言い残した師匠の自殺。その後の低迷。ストロング系アルコールに溺れる日々。それを救いに来たのは弟子を名乗る中学生の少女・朱鷺川あやり(ベッドにて同衾?)だった!?

「先生、昨日は素敵な夜でしたね」

「は?」
 憶えてなかったが始まってしまった女子中学生との師弟関係。ストレートなあやりの情熱に、衿も失いかけていた熱いなにかを取り戻していく――。
前代未聞の犯人当てバトル小説の金字塔、対局開始!!

 

この小説はどこで読めるのか

・これがどこで買えるのでしょう。

・以下から買えます。

strange-fictions.booth.pm

・へんてこゲーム小説たちがいまならここで読めちゃいます。

・ほかにもメタフィクションゲームに関する論考や。

・藤田祥平先生のインタビューも。

・ゲーム小説紹介コラムなどなど。

・自分は架空競技SF、それとチェス&将棋小説に関するコラムを書いたよ。

・というわけで、ここで一句。

・「いつまでも あると思うな 同人誌」

・なにとぞ応援よろしくお願いします。

・みなさんもお気に入りゲーム小説でアンソロジーを編もう。

・二学期に差をつけろ。


www.youtube.com

 小説書いてるあいだずっと卓球娘のサントラ聴いてた。

教養でなく、新入生にすすめる国内ミステリ20冊

f:id:saito_naname:20220401194456p:plain

みなさんにはこう言われる先輩になってもらいたいと思います。

 タイトルからし教養主義じゃん、という突っ込みはおそらく成立するでしょうが、知り合いに「4月だから初心者向けリストを書け」といわれたので書きます。わたしはミス研を卒業してもうだいぶ経つ人間なのでいやらしいリストになっている自覚はありますが……。

 正直、ここ30年の本格ミステリの流れをざっくり知りたければ『新本格ミステリを識るための100冊』をプレゼントしてあげればいいと思います。正直自分の好みもそれに近いので……。おれだって『虚構推理』とか『medium』とか『凶笑面』とか『GOTH』とか『エナメルを塗った魂の比重』とか『リロ・グラ・シスタ』とか『刀と傘』読んでおけばいいよっておもう。

 というわけでこの話題は終わりです。閉幕(カーテン・フォール)。

 というわけにもいかないのでやっていきましょう。教養でない紹介など不可能ですが、やっていくしかないのです。

 

選定基準

・いわゆる90's「新本格」の作品を外す(たぶん興味があれば読むとおもう)

・くわえて上述の『100冊』に入っていない作品にする(差別化)

・文庫であること(絶版かどうかはわからない)

・なるべくシリーズ途中ではないか、つながりがなくても読めるものにする

・あとなんか好み

・順不同、てきとうに思いついた順なので

・読みやすいものではあってほしい

・きみも自分だけの最強のリストをつくって先輩風を吹かせよう

 

1 東川篤哉『館島』

 館ミステリでぶっ飛んだもの、かつ初心者でも楽しめるものとして。ギャグのセンスは正直気になるところでありますが、発想だけでわいわいできるため、はじめての一冊としておすすめだと思います。東川篤哉のすごいところはハードコアをやりつつもまったくその気配を見せないところではないでしょうか。

 

2 北山猛邦『『アリス・ミラー城』殺人事件』

 城ミステリでぶっ飛んだもの、かつ初心者でも楽しめるものとして。先輩判断で『ギロチン城』にしてもOK。こちらもある種のハードコアでありますが、ミステリという世界”らしさ”をつよく感じさせる筆致で、あるいはその世界の外はもうなにもないんじゃないだろうか、と思わせ、結果として謎という異質なものがありありと、くろぐろとした物質としてあなたの目の前に横たわります。

 

3 青崎有吾『早朝始発の殺風景』

 館もいいけど、一幕ものも面白いよねって感じで。ここで展開される推理がすきそうなら『ノッキンオン・ロックドドア』でも『体育館の殺人』に行ってもOK。ラノベっぽい雰囲気(なんしろ人の名字が「殺風景」です)にちょっとだけ引いてしまうかもしれませんが、ウィットの効いたなるほど感を味わいたいなら本作は外せないところです。

 

4 三津田信三『のぞきめ』

 ホラーミステリ枠。刀城言耶シリーズはいまからだと追うのが大変ですし、あとどちらにせよ単純にホラーの部分がめっちゃ怖いです。注意。なんならホラー単体のほうが真相よりもおもしろいかもしれません。その不格好さをミステリという枠で包み込むことの合理的な不合理さに触れてみるのはわるくない経験だと思います。

 

5 鯨統一郎『ミステリアス学園』

 ミステリ研もの枠。初心者が読むとちょっとした知識もついてきます。軽く読んで、ささっと次に進みたいときにでもどうぞ。

 

6 森川智喜『スノーホワイト

 特殊設定(バトルもの)枠。探偵ってむちゃくちゃなこと考えるやつなんだなって思ってくれたら御の字じゃないでしょうか。コンゲーム的な世界のたのしさもミステリの面白さのひとつです。ミステリの持つ「ワクワク感」とでもいうべきものが、本作には最初から最後まであるのがいいところです。

 

7 石持浅海玩具店の英雄~座間味くんの推理~』

 安楽椅子探偵枠。シリーズものの途中ではありますが、独立しても読めるので。座間味くんの短編シリーズはどれもクレイジーな真相なのになぜか量産されており、手に取りやすいです。正直どれから読んでもOKです。こういうのが好きなのであれば、『殺し屋、やってます。』もおすすめです。こちらもサイコパス的な人間推理です。

 

8 泡坂妻夫『煙の殺意』

 レジェンド枠。これはクレバーとクレイジーがじつは本質的に近いところにあると思わせる短編集なので。わたしはこれをはじめて後輩に読ませたとき「おめでとう」と言祝いであげました。そのくらいめでたい経験になるはずです。

 

9および10 鮎川哲也『五つの時計』『下り”はつかり”』

 レジェンド枠その2。ミステリを書こうと思ってるなら読んでおいたほうがいい、って感じで勧めましょう。わたしは先輩にそう言われてまんまと殴られました。これに関しては教養だし、強要かもしれません。けれどもこれで、密室も、アリバイも、犯人当ての傑作も読めてしまう欲張りセットであるということは明言しておきましょう。

 

11 瀬川コウ『謎好き乙女と奪われた青春』

 青春ミステリ、ライト文芸枠。特に一巻は「困難は分割せよ」的なアイデアが横溢しているのでかなりおすすめ。屈託した青春もの、赤坂アカ先生が好きなあなたに。おそらく『かぐや様』を読んだあなたなら、想像した通りの世界がここにあるはずです。

 

12 玩具堂『探偵くんと鋭い山田さん』

 青春ミステリ、ライトノベル枠。タイトルがいいと思ったあなたに。一巻には富士見ミステリー文庫てきな作品の真相をカバーからわかる情報だけで推理するっていう狂った短編が収録されています。それでいてミステリを扱う手つきは繊細で、飛躍がすくなく、地に足がついているので安心して読めるというところも美点です。

 

13 恩田陸『象と耳鳴り』

 日常のふとした瞬間、真っ暗な穴をのぞき込みたいあなたに。掴んだものがおそろしいものの一端であることに気づいてください。

 

14 奥泉光ノヴァーリスの引用/滝』

 なにもかもわからなくなってしまいたいあなたに。世界には掴むものがなにもないことを思い出してください。

 

15 堀江敏幸『燃焼のための習作』

 そもそも解かれるべき謎など必要なく、文のたゆたいだけがあればいいあなたに。ただ時間とことばだけが流れていく心地よさを味わってください。

 

16 原尞『私が殺した少女』

 やっぱり探偵にはかっこよくあってほしいあなたに。これがいいならチャンドラーやロスマクなどのハードボイルドの世界へと進んでいきましょう。一昔ほど前時代的な描写も楽しめるのであれば損はありません。

 

17 彩坂美月ひぐらしふる 有馬千夏の不可思議なある夏の日』

 日常の謎枠。ノスタルジーとあのころの夏があれば完璧なあなたに。世界のそこかしこに不思議があったころの感情がここでは語られています。それはたしかに感傷的なイノセンスであって、いずれは大人になって消えるものかもしません。しかしそれがミステリという枠組みのなかで語られることには大いに意味があるのだと思います。

 

18 米澤穂信『満願』

 じっとりとした世界に浸かりたいあなたに。いま日本でいちばんミステリが上手い作家の小説です。一作目を読んで、嫌な汗が出てきたらアタリです。そのまま嫌な気持ちになってください。

 

19 津原泰水ルピナス探偵団の当惑』

 少女小説枠。世界が反転するわけでもなく、壊れるわけでもない。ただただ、ささやかな奇跡のような一瞬が最後に訪れます。これは小説のマジックといってもいいかもしれません。そして彼女たちの行く末を知りたければ二作目の『憂愁』に行ってください。なんということを……と思わずにはいられないでしょう。

 

20 大山誠一郎『密室蒐集家』

 密室といえばミステリの華です。ミステリがいかに人工的な世界であるか知りたいあなたに。人工的であるということはただたんに無骨で悪いということではなく、精巧な細工であるということです。これを読めば、その意味がよくわかると思います。

 

 

まとめ

 以上、20作です。

 手に取りやすく、読みやすいものを…というのと近年文庫化していたはずの作品を…というのを意識したら短編集だらけになってしまいました。いや、だって長編は『100冊』で紹介されまくってるし……。あと倒叙ものが紹介できなかったのは文庫で最初に手に取るよりは、ドラマ作品を見たほうが楽しめると思ったからです。

 海外ミステリは参照すべきものが膨大ですので、各自なんらかのリストを参考にして読むことをおすすめします。海外に関しては教養でないかたちであるためには五冊程度で紹介を終わらせるほかないのでは、という気がしますので今回はしません。あしからず。

 では次は【新入生にすすめる日常アニメ20作】のコーナーでお会いしましょう。

 

エンディング:3.A.M. ディテクティブ・ゲーム


www.youtube.com

ジョナサン・レセムの短編を読む

 参考(翻訳作品集成):https://ameqlist.com/sfl/lethem.htm

 ジョナサン・レセムという名前と出会ったのは十年くらい前の古本屋だったように思います。タイトルは『銃、ときどき音楽』。

 コミカルな表紙だったのでたぶんアタリではないだろう、とは思ったのですが、浅倉久志が訳している。しかも出版社は早川書房。ということはもしかしてSF……ってコト!? と合点し、とりあえず購入したのでした。

 しかしこれはひどく変な長編でした。探偵小説のパロディ、あるいは管理社会ものSFのパロディであるのはわかるのですが、どこまで描写をシリアスに捉えてみればいいのかまったくわかりません。敵に拳銃を向けるのはいいものの、毎回なぜかおもちゃの光線銃のような音が鳴り響いてなんともしまらないし、いったいなんなのだろうこれは……と思いつつ読み進めていったわけです。

 しかし終盤になるとそうした描写がただのパロディではなく、「本物」になる瞬間が現れるのです。これはもしかしてすごいものを読んでしまったのではないか……しかしこの妙に人を惹きつける感じはなんなのだろう……。のちにわかりましたが、これがレセムの得意とする描写そのものだったわけです。とはいえ、さすがに一作では判断がつきませんでした。

 そういう経緯があったり、Lil Mercyが紹介していたりと、レセムは自分にとって、なにかと気になる作家でした。

book.asahi.com

 個人的には、古本屋さんなどでレセムの名前を見つければ、とりあえず拾おうとしたのですが、なかなか巡り合わせもありませんでした。長編『孤独の要塞』に関しては、現状、中古価格がプレミアの領域に入っていますし、なかなか手に取る機会がない……。とはいえ既邦訳短編は5つしかないので、ネット通販などを駆使して短編をぜんぶ読むことに成功しました(前述の通り「翻訳作品集成」の情報頼りです)。

 というわけで前置きが長くなりましたが、今回はその備忘録兼短編の紹介記事ということになります。よろしくお願いします。

 

「永遠に、とアヒルはいった」

 ヴァーチャル空間に人格を”コピー”された人々が参加するパーティ、そのなかには”現実世界”の人間がふたりだけいる。それはこのパーティのホストだ。コピーのひとりであるアーマンはホストに話しかけて挑発し、逆に拳銃に仕込まれたMDMAを撃たれてしまう。ヴァーチャル空間ではキスをすると「酔い」が移る仕組みになっていたのだが、アーマンはそのトリップ状態をさらに別の人物に与えはじめ――。

 山岸真編『90年代SF傑作選(上)』に収録。浅倉久志訳。端的にいえばヴァーチャル・リアリティSFですね。紹介文では、主なアイデアが人格コピーであると認識しているためか、グレッグ・イーガン順列都市』やデイヴィッド・マルセク「ウェディング・アルバム」が引き合いに出されています。最近であれば伴名練「葬られた墓標」がその系譜の作品といえるでしょう。

 とはいえ、VRメタバースの概念が普及しつつある令和に読んでみると、むしろヴァーチャルな世界である、というアイデアのほうに引きずられ、印象はだいぶ違って見えてくるかと思います。

 特に後半、とある人物の”ガワ”が変わってしまう演出があるのですが、VRCHATをふだんからやっている人間からすれば、アバターがぽんぽんと変わるのはあたりまえのことですし、むしろ見慣れた光景に感じられました(先見性といえるかもしれません)。けれどもただただ風化している作品かというとそうでもなく、短いなかにもラストシーンはささやかでありつつも人間味に満ちていて、傑作選に収録されるだけのことはあると思われます。小品として読むぶんにはわるくない読後感です。

 

「月を歩く」

木星の月を歩き回る男〉はインタビューを受ける。彼の身体には静脈チューブがつながっており、彼自身はベルトランナーの上を歩いている。身につけているのはブリーフとサンダルだけ。〈ジャーナリスト〉の質問に彼は答える。「ぼくは今、イオ(木星の第一衛星)の北西象限にある谷から、あなたへの返事を送信しています」――。

 ケアリー・ジェイコブソン編『シミュレーションズ ヴァーチャル・リアリティ海外SF短篇集』に収録。浅倉久志訳。おもしろいのはこれを出版しているのが、ATOKなどで有名なジャストシステムであるというところ(!)。以前はこんなものも出していたんですね。

 たった6ページしかない作品ですが、紹介文によれば、ガードナー・ドゾアの『年間ベストSF』にも収録されたとのことです。「衛星写真ピクセル単位でシミュレーターに読み込ませることで、こいつが無限に広がるヴァーチャル・スペースの景色を体験させてくれるんです」という台詞は近年よく聞くようになった「フォトグラメトリ」を彷彿とさせます。

 そうした技術があるいっぽうでVR世界に耽溺する男の肉体性や〈母親〉という存在、ラストの展開は皮肉に満ちていて、前述の「永遠に、とアヒルはいった」と比べると現実が描かれているぶんのえぐみがいっそうつよく感じられます。ぜひそちらと合わせて読んでいただきたいところです。さすがにこれ単体を読むためだけに一冊買ってください、とはいえませんが、アンソロジーじたいの試みはおもしろいので、VRSFに興味のある人にとってはおすすめです。

 

「〈うぶな探偵〉の事件」

www.kosho.or.jp

 除隊したわたしはバーで隣に座った男に話しかけられる。それが探偵事務所を営む男、コンモイだった。わたしはリュウ・アーチャーに憧れていたから、彼にあやろうと思ってそこに就職した。そこではじめて与えられた仕事は〈クリスマスの郵便配達人〉というジョーク――郵便配達人に女が朝食を与え、セックスをし、別れ際に1ドルを渡したのはなぜか?――の出所を探ることだった――。

『ミステリマガジン』1997年4月号、〈特集 アメリカンユーモア〉に収録。浅倉久志訳。ロス・マクドナルドへの言及があるあたり、私立探偵ものパロディであるところは明白です。しかしここで語られるのはジョークの出所を探る、といういまいちわからない、一筋縄ではいかない事件。これはギャグとしてやっているのでしょうか。

 しかし結末まで読んでみると、この事件じたいが探偵を道化として扱ったブラックジョークとしてじつに上質で、それでいて探偵ものへの理解度もかなり高くつくられていることがわかります。

 ミステリ好き、とりわけ私立探偵ものが好きな人にはぜひ一度読んでいただきたいところです。こうした探偵ものへの自覚的なしぐさが『マザーレス・ブルックリン』につながっているのでしょう。拍手。

 

「ライトと受難者」

 カリフォルニア州のカレッジをドロップアウトしてロングアイランドに戻ってきたぼくに、弟のドンは拳銃を見せてきた。これで金を盗もうというのだ。そしてやった。ついでにヤクも盗んだ。これをカリフォルニアで売りさばけばやっていける。けれどぼくはそのとき受難者がいたことに気づいた。どうにかタクシーに乗って空港に行こうとするけれど、受難者は気づけばぼくたちの後ろについてくる――。

SFマガジン』2007年1月号〈ドラッグSF特集〉に収録。浅倉久志訳。「受難者」というのは作中でも言及されますがエイリアンのことで、ピューマにそっくりな外見をしています。おそらく知能があるように思われますが、行動原理は不明で、とにかく不気味です。主人公たちは自分たちをその受難者が助けようとしている、といった会話をするいっぽうで、「死神」や「守護天使」と呼ばれたりもします。

 ですから終始、そのエイリアンの存在理由が作中人物にも、読者にもわからないのです。いったいこの存在はなんなのか。仮にメタファーであるならなにを表しているのか。いや、そもそもどうして「受難者」と呼ばれているのだろう――、と想像がふくらみますが、最後までその意味はわかりません。わからないままどん底に突き進んでいき、それゆえに奇妙な読後感を残します。正直意味がわからなすぎて初読時は困惑するばかりだったのですが、不思議と人に話したくなる作品です。

 そして、じつはこの作品は映画化されています。”LIGHT AND THE SUFFERER”で、邦訳タイトルは『ダーク・サファラー』。主演はあのポール・ダノ


www.youtube.com

 映像を見ればわかるように、「受難者」はかなり不気味な印象ですね。自分はこの映画を観ていないのですが、ネットで感想を検索するとやはりB級映画、という感じのようです。そもそもこの原作を読んだうえで、なんで映像化しようと思ったのかは疑問でなりませんが……。とにかくこういう経緯も含め、不思議な一作です。

 

「スーパーゴートマン」

 スーパーゴートマンがおれの住む街にあるコミューンに移ってきたとき、おれは十歳だった。スーパーゴートマンは全部で五号しか活躍しなかったヒーローだ。タイトルは『驚異のスーパーゴートマン』で、五号が出たあと永久に打ち切りになったのだ。おれの父親はヒッピーのコミューンで暮らす彼を気にしていた。おれが彼にふたたび出会ったのは、十三歳の夏だった。そこですこしだけ話をした。以来、おれは人生で数度、スーパーゴートマンと出会い別れることになる――。

 若島正編『ベスト・ストーリーズⅢ カボチャ頭』に収録。渡辺佐智江訳。傑作。備忘録と紹介記事と事前に書いてはいましたが、これに関してはあまりによすぎるので語りたくない部分が多すぎるのが正直なところです。

 物語としては、1970~90年代の男の人生の話であり、ヒーローの没落の話であり、父への許しの話であり、歳の離れた友情の話であり、あるいは若島先生の言葉を借りるのであれば「伊達じゃない反逆のストーリー」といったところでしょうか。

 これも言ってしまえばアメコミヒーローパロディというものにあたるわけなのですが、それにしてもヒーローを中間に介することで、父親に注がれる息子の感情であったり、人の老いというものであったり、アメリカの一側面であったり、さまざまなものが短編のなかにふくまれています。たいしたことは起きません。ですが、これを読んだ人はみな、スーパーゴートマンが好きになると思います。くり返しますが、傑作です

 

 

まとめ

 以上、五作品を紹介しました。ジョナサン・レセムという作家が一筋縄ではいかない、ということがわかっていただければ御の字です。とりあえず短編に手を出したい、という方は『ベスト・ストーリーズⅢ』の「スーパーゴートマン」を読んでみて、いけそう、好き、と思ったらほかにも手を伸ばしてみるかといいと思います。

 紹介してきた短編たちをみればわかるように、ゴリゴリのSFというよりは、文学やミステリ、サブカル周辺をさまよいつつエモーショナルなもの、あるいはうまくいかないヒーロー像(探偵であれ、スーパーヒーローであれ)を書き出す作家という印象です(『銃、ときどき音楽』はポイント制の管理社会ものですが)。

 ですから浅倉久志が主な紹介者とはいえ、そのあたりの期待をどこに置くかで印象は変わるでしょう。そのうえでじっさいに読んでいくことをおすすめします。

 ちなみにレセムは第一短編集で世界幻想文学大賞を取っているわけなんですけれど、エリザベス・ハンドみたいな感じで創元海外SF叢書あたりから傑作選というかたちで出していただくことはできないでしょうか。お待ちしております。

 それではまた面白い小説が見つかったらご紹介したいと思います。おやすみなさい。

 

エンディング:tacica「HERO」


www.youtube.com