ミステリ系100冊リストをめぐる冒険

ミステリーのベスト表作りが楽しかったのは、せいぜい二十代の半ばくらいまでだ。その頃までは私的なリスト作りが、自分のミステリー観を他人に伝えるための、有効な表現手段になりうると信じていた。

   ――法月綸太郎「ミステリー通になるための100冊(海外編)」

 ハルヒの新刊が出て、読んで、長門有希の100冊(長門有希の100冊とは (ナガトユキノヒャクサツとは) [単語記事] - ニコニコ大百科))はなんだかんだいって大学時代のミステリとSFの読書の指標にはなっていたんだな、と思い直すなどしました。新本格前後の作品がそれなりにあったし、それをありがたがるくらいにはなにも手掛かりを持たない読者でした。

 では、いまの読者はどこから本を読めばいいのだろう? ネットにあるうろんな情報を鵜呑みにすればよいだろうか? まあ正直それでいいかもしれませんが、選択肢があることに気づける場は有用じゃないですか。

 なので思いつくかぎりリストをあげてみました。みなさんもこれはと思う100冊リストの情報をシェアして完璧な読書ライフを構築していきましょう。ネット世代なんだしぼくたちは集合知に頼るべきだとおもうんですよね。

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非公式アンバサダーの岸辺さんからのコメント(ネットで拾ったコラ画像より)。

 

「東西ミステリーベスト100」

 参考(東西ミステリーベスト100 - Wikipedia

 ミステリ100冊リストといえばこいつ、というくらいには有名。膨大な人数の読者を対象としたアンケート方式なので集合知の力がある。1986年版と2012年版の二種類があり、その両方にランクインしていればだいたいスタンダードで王道なミステリの読書ができるといっても過言ではない。

 アンケート方式のため直近の作品が高ランクに入るかと思いきや、2012年版では保守的な読者が多かったのか、古典の強さが際立っている。

 詳細については企画を文庫化したものがあり、そこで読むことができる。

東西ミステリーベスト100

東西ミステリーベスト100

 

 

「読者が選ぶ海外ミステリ・ベスト100」

 ミステリマガジン1991年6月号誌上で一般読者を対象に投票した結果を集計したもの「東西ミステリー」は投票者が関係者に限られていたが、こちらはまったく関係のない、すなわちより開かれた人たちによるリストになっている。

 詳細については『ミステリ・ハンドブック』で読むことができる。傾向として、サスペンスやハードボイルド作品が何作もランクインしているのが特徴。マイクル・Z・リューインが多い。トレヴェニアンの名前もある。書籍ではランク外の作品について語る鼎談といった企画もある。ハンドブックの名は伊達ではない。

 このリストの更新版である海外ミステリ・ハンドブック (ハヤカワ・ミステリ文庫)では読者投票はおこなわれていなかったはず。

ミステリ・ハンドブック (ハヤカワ・ミステリ文庫)
 

 

「読みだしたら止まらない!」シリーズ

読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 (日経文芸文庫)

読み出したら止まらない! 国内ミステリー マストリード100 (日経文芸文庫)

読み出したら止まらない! 女子ミステリー マストリード100 (日経文芸文庫)

 近年で独自性を出してきたリスト。とりわけ「海外」「国内」は「東西ミステリー」の結果を踏まえてあえての選出をしている。古典らしい古典を読むのがダルい、という(自分のような駄目な)人間にとってはありがたいリスト。もっと名作が読みたい、というよい読者にとってもありがたいリスト。

 これまでになかった、という点では大矢博子による「女子ミステリー」は画期的。いかんせんミステリーという枠組みとして無理があったのでは、という気もしないではないが、単純なリストにはならない点で読みがいがある。

 

東雅夫金原瑞人「ふしぎ文学マスターが薦める100冊」

 参考(ふしぎ文学半島プロジェクト「ふしぎ文学マスターが薦める100冊」|田原市図書館

 愛知県田原市の図書館の企画。東雅夫金原瑞人のふたりのふしぎ文学マスターによる、それぞれ100冊、図書館らしい充実したリストを選出している。ミステリというよりは怪奇・ファンタジーよりだが、東のほうは「新青年傑作選」「怪奇探偵小説集」といった現代のリストではあまり取られにくいミステリも拾っている。

 両リストとも、図書館という施設の持つ利便性・網羅性を最大限まで利用した、本気度がうかがえる顔ぶれになっている。たぶんふつうの書店や出版社の企画ではこうはならないだろう、と思わせてくれる点でよいリスト。

幻想文学1500ブックガイド』は最強のブックガイドのひとつとして知られています。

 

有栖川有栖「有栖が語るミステリ100」

 参考(有栖の乱読

 手堅いミステリーベスト、というなかにSFがしれっと混じっているのが特徴。また平気な顔で「世界短編傑作集」「怪奇小説傑作集」と複数冊のシリーズ本が入っている。入手難易度の低いリストであることは良心的だが、スタミナがないと全制覇は難しい。基礎体力をつけるにもってこいのリスト。

 詳細については『有栖の乱読』で読むことができる。

 また神戸元町の中華街近くにある古書店うみねこ堂書林」では絶版・品切れ中の作品だけを集めた選書リスト「海外ミステリの楽しみ 有栖川有栖 見つけて読みたいミステリ20」という小冊子が販売されている*1。お近くの方はぜひ訪問して手に入れてみよう。

 

北村薫「ミステリー通になるための100冊 (日本編)」

 参考(ミステリー通になるための100冊 (日本編) 北村薫・編 - 本読みのスキャット!

 小説トリッパーの企画より。文庫縛りでありながら、野呂邦暢が冒頭から出てくるあたり渋い。一作家一作のみ、というわけでないのがリストとしては読みでがない部分ではあるものの、時折出てくる北村本人が好きなんだろうな、という気配でじゅうぶんに楽しめる。短編が幾度となくはさまっているのはアンソロジーおじさんとしてのプライドがそうさせるのかもしれない。

 詳細は『読まずにはいられない』で読むことができる。

読まずにはいられない―北村薫のエッセイ

読まずにはいられない―北村薫のエッセイ

  • 作者:北村 薫
  • 発売日: 2012/12/01
  • メディア: 単行本
 

 

法月綸太郎「ミステリー通になるための100冊(海外編)」

 参考なし(ネット上にあるにはあるが、コメントまで転載されている。)。

 小説トリッパーの企画より。こちらも文庫縛りでありながら選出にはかなり気を遣っていて、警察小説、スパイもの、ネオ・ハードボイルドにそれぞれ10作ずつとサブジャンルも適度に拾っている。それでいて謎解きの楽しさ、本格ミステリらしさめいたものが見えてくるのが法月らしい。リストの最後にはボルヘスカルヴィーノ、レム、といったミステリの枠組みから抜け出てくるような作品も入っており、目が楽しい。

 詳細は『複雑な殺人芸術』で読むことができる。なお法月は雑誌『ジャーロ』で「メタ・ハードボイルド全集」なる作品リストもつくっている。

 

野崎六助アメリカを読むミステリ100冊』

 参考なし。

 同名の本より。主著である『北米探偵小説論』(インスクリプト)を圧縮したようなつくりになっていて、リスト単体が効力を発揮するというより、あくまでそれらをどう読むかによって見えてくるものがあるというスタイル。アメリカを知る100冊リストはどこかにあるかもしれないが、ミステリによってそれを見出そうとする試みは野崎だけにしかないかもしれない。エラリー・クイーンが5冊も登場するが、かの作家はアメリカのミステリそのものだからね。

アメリカを読むミステリ100冊

アメリカを読むミステリ100冊

  • 作者:野崎 六助
  • 発売日: 2004/04/01
  • メディア: 単行本
 

 

佳多山大地新本格を識るための100冊」

 参考なし。

 タイトルの通り、新本格ムーヴメントによって生まれてきた作品の潮流を追うことのできるリスト。おおむね90~00年代のミステリから要所を拾ってきてくれているので、比較的最近の日本のミステリの歴史を概観できる。初心者に優しいブックガイド、という点では間違いなく良い。おもしろい日本のミステリのリストない? と聞かれたらまずこれを渡すくらいには良い。おすすめです。

 詳細については『新本格ミステリの話をしよう』で読むことができる。

新本格ミステリの話をしよう

新本格ミステリの話をしよう

 

 

 米澤穂信を作った「100冊の物語」

 参考(バベルの会 | 米澤穂信を作った「100冊の物語」

「最初に断っておきます。これは米澤さんの愛読書のリストでは決してありません。」という断り書きからはじまるあたりが米澤らしい周到さを兼ね備えている。コメントと並行して読むことで、米澤穂信をどうつくりあげたのかが見えてくるリストになっている。

 その一部は古典部シリーズの「折木の本棚」*2にも入っているし、先日のワセダ・ミステリ・クラブの講演*3でも取りあげられたことが記憶にあたらしい。単純におもしろ本の選書リストとして有用。ゲームブックとかがあって、奇をてらいつつすべらないリスト。なんというか漂ってくる読者としての”強さ”を感じますね。フアン・ルルフォを出してくるあたりとか。

 詳細については野生時代2008年7月号で読むことができる。図書館に行こう。

野性時代 第56号  62331-57  KADOKAWA文芸MOOK (KADOKAWA文芸MOOK 57)
 

 

皆川博子になるための136冊の本」

 参考なし。

 作家をつくった本リストシリーズその2。自身の生まれた年代の事情から読書がつくられていく人間はいると思うが、皆川もそういう人間のはずだということが序盤でわかり、しかし読み進めていくうちにその読書が現在進行形で広がり続けていることがわかるという驚異的なリスト。読書人としての底の見えなさは『辺境図書館』のシリーズをはじめ、言っていたら際限がない。

 さらっと書いてある中井英夫全作品は正直いって怖いが、ジョン・ファウルズ『魔術師』『コレクター』も平気で書いてあるのが怖い。皆川博子の選書はセレクトのめちゃくちゃよい古本屋を何件もはしごしてようやくスタートラインに立てるかどうかのレベルで、しかし海外国内の古典ばかり読まず古川日出男も読んだりしているくらいの貪欲さがある。まさしく怪物的。

 詳細は『はじめて話すけど…―小森収インタビュー集』で読むことができる。こちらも図書館へ行こう。 

  さて、名残惜しいですが番組はここでお別れのお時間となりました。なにか足りないと気づいたそこのあなた、載ってないリストあるよ、とこっそり耳打ちしてくれるとうれしいな。はい。それではお送りしますエンディング曲はtokiwa [feat.shully]で「Sticky Love」。

 みんなも最強の100冊リストを手に入れて二学期に差をつけよう! ! 


Tokiwa - Sticky Love (ft. shully)

 

追記

 この記事を書いたあとに以下のサイトの存在を知ったよ。ごめんネ!(ハルヒ驚愕発売延期時の画像)

mysterydata.web.fc2.com

 追記の追記

 放送終了直後から番組に向けて予想外の反響とエアリプをいただいております。以下ではお寄せいただいた情報をもとに追記いたします。ごめんネ!(ハルヒ驚愕発売延期時の画像)

 

伊坂幸太郎をつくった100冊」

伊坂幸太郎---デビュー10年新たなる決意 (文藝別冊)
 

 

森博嗣のルーツミステリィ100」

 参考(森博嗣のルーツ・ミステリィ100

森博嗣のミステリィ工作室 (講談社文庫)

森博嗣のミステリィ工作室 (講談社文庫)

 

 

桜庭一樹「煩悩の108冊ブックリスト」

 参考(桜庭一樹 煩悩の108冊ブックリスト - SSMGの人の日記

桜庭一樹  ~物語る少女と野獣~

桜庭一樹 ~物語る少女と野獣~

  • 作者:桜庭 一樹
  • 発売日: 2008/08/01
  • メディア: 単行本
 

 

 佐藤圭『100冊の徹夜本―海外ミステリーの掘り出し物』

 

 仁賀克雄

 

 現代ミステリー・スタンダード

現代ミステリー・スタンダード

現代ミステリー・スタンダード

  • 発売日: 1997/11/01
  • メディア: 単行本
 

 

瀬戸川猛資『ミステリ・ベスト201』

ミステリ・ベスト201 (ハンドブック・シリーズ)

ミステリ・ベスト201 (ハンドブック・シリーズ)

  • 発売日: 2004/12/01
  • メディア: 単行本
 

 

 池上冬樹『ミステリ・ベスト201』

ミステリ・ベスト201 日本篇 (ハンドブック・シリーズ)

ミステリ・ベスト201 日本篇 (ハンドブック・シリーズ)

  • 発売日: 1997/12/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 本格ミステリベスト100――1975-1994

 

 本格ミステリ・フラッシュバック