姉ミステリ十戒(試論)

ただの個人的なたわごとです。
世界に(本格)姉ミステリが広がることを求めて。
といっても完璧な姉ミステリは存在しません。最強の姉ミステリはいまだ決まっていない。


■1、姉は物語の当初に死んでいなければならない。
 世界のルールです。これ以上に明確なテーゼはないでしょう。当事者と死者とのあいだにおける位置エネルギーの違いこそが正しい姉の像を結ばせてくれるのです。


■2、探偵過程において、姉の超自然的能力と常人的能力を明確に区別しなければならない。
 姉は天才であっても凡才であっても構いませんが、視点人物の主観と客観性は語りのなかできちんと線引きするべきです。


■3、姉には当事者の知らない秘密がひとつ以上なくてはならない。
 姉に必要なのはある種の神秘性(特異性)であり、それが捜査の過程ではがれようと、はがれなかろうと魅力的な姉に通じることこそが重要です。


■4、未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する技術を姉に用いてはならない。用いる場合は、論理的説明を省いてはならない。
 SF姉ミステリは存在してもよいでしょうが、やはりロジックがスィングしなければアクロバットではないでしょう(©都筑道夫)。


■5、欠番。
 元ネタが現在は人種差別的な色あいを含む可能性があるため、欠番扱いです。


■6、探偵は、姉に関する偶然や第六感によって事件を解決してもかまわない。
 天啓とはすなわち神の言葉に触れることであり、姉はその点では中間領域の存在者*1です。本格ミステリとしておかしくとも、それは「偶然の審判」(©アントニイ・バークリー)である限りにおいて、姉ミステリとしては成立します。


■7、登場人物を騙す場合を除き、姉自身が犯人であってはならない。
 被害者≒犯人は1に反します。それでは姉クライムノベルといったものになりかねません。


■8、読者に提示していない手がかりによって姉を推理してはならない。
 姉ミステリは魅力的な姉を描くことがその本質ではありますが、あくまでフェアプレイに徹していなければその魅力を十二分には見せられないでしょう。


■9、“弟(妹)役”は自分の価値観を全て読者に知らせねばならない。
 彼ないし彼女の考え方こそ、物語における必要条件となります。ただし、それが「判断」であるかは、ここでは明言すべきではないでしょう*2


■10、姉の双子・一人二役の可能性は予め読者に知らされなければならない。
 姉の複数性について、つまり可能(姉)世界の複数性についてです。分析哲学*3について詳しく述べるべきではありませんが、素朴な可能性としての姉、すなわち様相実在論は、今後の姉ミステリの分野開拓において非常に有益となる理論であることは間違いありません。こんにちのメタ言語的世界観における姉解釈は確実に姉フィクションの領域を広げうるでしょうし、それを裏付ける理論として、すでに志村貴子は姉妹を描いています*4



■姉ミステリ(およびフィクション)の一例

 収録作の「青密花」が死んだ姉の話。 被害者が双子の姉(フォーチュンの姉ではなく、登場人物たちの語りによって姉の実像が結ばれている)。
日影丈吉全集〈5〉

日影丈吉全集〈5〉

「戯れに死は選ぶまじ」(「オネエサマは、そういうひとだったと思います」が姉)。 メインヒロインそっちのけで何故姉が最強にならなくてはいけなかったのか、を語る上で完璧な姉アニメ。ミステリではない。
グリザイアの果実 -LE FRUIT DE LA GRISAIA- - PSVita

グリザイアの果実 -LE FRUIT DE LA GRISAIA- - PSVita

 天才の姉がいかに死んだかを語るルートは姉ミステリ。
しあわせだったころしたように

しあわせだったころしたように

 死んだ姉の話。
沙羅は和子の名を呼ぶ (集英社文庫)

沙羅は和子の名を呼ぶ (集英社文庫)

 収録作「オレンジの半分」が姉ミステリ。死んではいない。
狩久探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

狩久探偵小説選 (論創ミステリ叢書)

 収録作「落石」が死んだ姉ミステリ。
繭の夏 (創元推理文庫)

繭の夏 (創元推理文庫)

 スリーピングマーダー姉ミステリ。



 みなさまの姉ミステリ情報を心よりお待ちしています。

*1:キリスト教におけるメッセンジャー≒天使

*2:なぜなら姉を殺したのが彼ないし彼女である可能性は最後まで検討されるべきだからです。

*3:http://www.csun.edu/~vcoao0fk/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E8%A7%A3%E8%AA%AC.pdf

*4:わがままちえちゃん (ビームコミックス)