下半期よかったもの2024書籍編

 みなさんあけましておめでとうございます。昨年はお世話になりました。というわけで年末まとめブログを年明けに発表ドラゴンになります。

 なお、上半期については以下のリンクをご参照ください。下半期は集中的・体系的に読めなかった反省もあるのですが、とりあえずあげていこうと思います。2024年はオーディブルをかなり本格的に使うようになったので、そちらで聴いたものも一緒にあげていきます。

saitonaname.hatenablog.com

 

 オーディブルにて。中年以後にやってくる虚無との向き合い方としては、桜庭一樹『名探偵の有害性』と好対照であるものの、昭和世代が内面化しているものと現在新しく生まれつつある価値観の中間に身を置いた人の話として刺さるものがある。

 

落としもの

落としもの

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『埋葬』表題作もよかったが、「トンちゃんをお願い」で描かれる関係がかなり最悪よりの百合でよかった。ついでに読むことにした過去刊行された短編集『落としもの』に収録されている、女性が女性と出会うことで絶妙な価値観のゆらぎを経験する「残念な乳首」もよかった。

 

 転生もの。一巻が終わってもなおだれひとり精神状態が回復しないどころか、パーティー外の人間まで病みはじめる勢いがよかった。ソードアート・オンラインのアリシゼーション編でキリトくんが役立たずになってヒロインたちが泣くのが好きな人におすすめ。

 

 好感の持てるライトノベルというのがあって、ここで描かれている出来事や人との関わり合いが起こす結末はとても肯定していきたい気持ちになる。さっぱりとしたラストも良い。

 

 技術論ではなく、探偵小説が内面化している思考の態度がどこに依拠しているのかを語るもの。こういうアプローチはもっと読みたい。

 

 著者自身の態度として、本格ミステリにはストーリーも舞台も思想もテーマも語りもそれほど求めておらず、謎を解く方法論やメカニズムにしか興味がなさそうなのでいかがなものか……と直感的は思う。しかし本格ミステリを評価するとき、ここ二十年あまりでその指標がもっとも強くなっていることを示す好例になっている本でもあると思う。それだけじゃないよ、と抗うにしろ、ここからはじめないといけないのではないか。

 

 めちゃくちゃ寝かせていたが読んでしまった。「ドロップD」という見えない犯人の設定がおしゃれすぎる。津原作品は今後も刊行予定があるらしく、うれしいかぎりである。

 

 どう考えてもロス・マクドナルドのあれすぎる。だれだってやりたいのを正面からやれてしまうのが陸作品のよいところだと思う。

 

 これは赤狩りの時代の話だが、ここで語られているような、いっさいの証拠なく、ただマイノリティであるというだけで共同体内において「こいつがやったことはわかっているんだから」と勝手に判断されてしまう悲惨な状況がまったく古びていないことを喜ぶべきか、悲しむべきか。

 

 大学の一般教養でやる内容っぽい本。章ごとで語られている内容はかなり基本的なことの範囲であるのだが、参考書籍のリストが潤沢で、それ含めてジェンダーを学ぶためのテキストとしてよい本になっていると思う。

 

 前々から気になっていた作家。同作者の『アリス連続殺人』はよくできた文学ミステリという感じだが、『ルシアナ・Bの緩慢なる死』はミステリの構造そのものを強烈な想念にしてしまった小説で、すさまじい呪いが読者にふりかかるようで読後放心してしまった。

 

 インターネットではどんどん主観性のつよい歴史観や修正主義が跋扈するなかで、最低限であってもなるべく手に取れるものから自発的に読んでいくべきという気持ちがあり、その点岩波(ブックレット)からの刊行物には助かっている。

 

 といっても、基本的に他人の意見を説得で正面から変えるようなことは難しく、相手は自分の認識に反することを指摘されると反論材料を探してさらに強固になるらしいのですが。

 

 さすがにみんながおもしろいと言うわけである。これらを読むことで、法月綸太郎が『三の悲劇』を出すことがどんどん難しくなってしまった理由もまたわかる。

 

 好きな人の真似ばかりしてしまう子の話である、神戸遥真「わたしのホワイト」が素晴らしかった。こういう一緒がいいよね的な感性ってどう付き合えばいいのかむずかしいところ含めて書かれていてよかった。

 

 めちゃくちゃ在校生数がすくない学校の子供たちがみんなでポッドキャストをはじめ、それをぜんぜん関係ない人が書き起こしているという小説。会話内容にも適度なユーモアの味わいがあったり、キャラ同士の見ているものの違いがやんわりと肯定されていくことも好ましい。

 

 これについては読んでくださいとしか言えないかもしれない。今年いちばん読めてよかった本だと思う。

 

 アンコントローラブルな出来事に振り回される子供たちの話で、終始読んでいて苦しかったのだが、超常的な解決もミステリ的な解決もせず、残った側にできることをささやかながらに提示するのは節度ある語りだった。

 

 語り自体はからっとしていて心地よいのだけれど、さりげない出来事の裏でだれかが勇気を出していたことや、関われたことが救いになる話になっている。百合。

 

 冒頭からめちゃくちゃつらいことがあって、その後もぜんぜん救いにはならない出来事ばかりなのだけれど、わかり合える相手に出会えたときのシーンでうるっとしてしまった。ふたりがネラ・ラーセン『パッシング』を読んでいたのも印象的だった。レズビアン小説としてもっと読まれてほしい一作。

 

『イエルバブエナ』で出てきたので読んだ。めちゃくちゃ暗い本で、とくに生まれてくる子供の肌が黒くなってしまうかどうかで思い悩むあたりなどはアメリカ社会がいかに黒人を排斥してきたかの証左であって、なにも言えなくなる。たまたま気づいたが、この『パッシング』が出た1929年にアメリカで出版されたとある有名な推理小説の動機もまたパッシングで、そのことをようやく自分は意識した。

 

 塾のあとの門限まで、すこしだけ外で話す友達の話。自分の置かれている環境の外に自分なりの言葉を持ち出すきっかけとなるような本で、親からの押しつけを相対化させていこうとする語りも内包している。百合。

 

安達としまむら』はあまりにもエンディングの向こう側に行ってしまったシリーズなのだが(たとえばとある巻では老年の話が入る)、入間人間という作家がいま改めて距離が縮まっていくタイプの心理重視の百合を描くとこれだけの攻撃力になるのかと驚かされる。

 

 2024年ベスト恋愛自意識ラノベ。これについてはこちらで書いた。

saitonaname.hatenablog.com

 テクストを読むことについては今後も課題にしていきたい。

 

 入門書としてはかなり助かった。横着しないでちゃんと主著に取り組むべきことがよくわかる。

 

 もとはPHPから出た本ということもあってか、松下電器がラジオを普及させた話が載っている。この手の話はどうしても大本営発表NHKのイメージに傾きがちだが、いわれてみれば技術なくしてラジオ文化は普及しないのだから、このような切り口の語りもまた生まれうる。

 

 子供の想像力をいかに引き立てるかにおいての描写力が高すぎる。さすがにオールタイムベスト児童文学かもしれない。

 

 長門有希の100冊に入っただけのことはある、萌え萌えヒロインミステリだった。森雅裕のイメージがどんどんキャラ小説うま人になっていく……。

 

 これについてはちゃんと時間取ってブログを書きたい。青春群像劇ラノベがある種のイデオロギーバトルに近いところを上手く切り取っていると思う。

 

 町屋良平が『ほんのこども』を書いてからかなり小説との距離に格闘しているのであろうことが伝わってくる。文フリで出していた批評の話の前段階にあったと思われる内容も書かれている。

 

 青島もうじき「うたうきかい」は合成音声を扱った佳品。

 

 読まない理由がない本じゃないでしょうか。

 

 オーディブルにて。基本的に会話文のみで進むので、かなり朗読向きの作品。加えて朗読している方の配信中コメントの読み上げノリがたいへん掴みやすくてよかった。ゆるい会話内で抽象度の高い異常なことが起きている、という連作スタイルが言葉と想像の空隙を突くようで面白かった。

 

 ロジック以外への興味がなさすぎる(ハウダニットの適当さ!)のだがグッドロジックではあるのでなんかよかった気持ちになる不思議な塩梅の本だった。

 

『論理的思考とは何か』と続けて読んだが、こちらのほうが取扱いとしては好み。

 

 やる気のないやつに対するやんわりとした悪口のオンパレードですごかった。まあたくさん見てきたからそう思えるのだろう……。

 

アーレントと黒人問題』も読めていないので二周遅れといった読書だが、一冊一冊気になったものを読むしかないので読んだ。複数の立場の人が論を展開しているので、学問領域ごとに〈悪の凡庸さ〉の受け止めが違って見え、得るところの多い本。

 

 ここで描かれている京都という土地が発するよそよそしさはわかるいっぽうで、すでに過去のものになってしまったことのほうがショックかもしれない。

 

 コリアン三世のパフォーマーの方の半生記。自身のアイデンティティが差別にさらされる話だけでなく、各国で演技をして見えてくる人々の態度の違いを見てきた語りにひきこまれる。とりわけパレスチナ難民キャンプでのパフォーマンスのくだりは、どうしても現在起きていることを考えずにはいられないし、同時に生活のすぐそばで起きていることにも連続している。

 

 収録の「太陽は引き裂かれて」2024年の9月末初版で流通する本の書き下ろしで、2024年現在起きているクルド人差別を中心とした問題を扱いながら綱渡り的な目配せによってお話を構成していて、肩に力を入れながら読んだ。おそらくこの短編は作者にとって技術的にも精神的に苦しかったはずで(なぜなら本作の執筆中と思われる時期にはひどい扇動報道や切り抜き動画が拡散されつづけていたので)これがいま書籍になっていることが、世間にすこしでもよい影響を与えていると信じたいばかりだ。

 

 小学生のとき将棋でボコボコにされまくっていた一個上の幼馴染と高校でふたたび接近するために主人公の男の子が頑張っていくラブコメ。いじらしい恋愛模様群像劇をやっているいっぽうで、女性の将来が周囲の環境によって簡単に規定されてしまうことをさりげなく記述するくだりなどもあって、そのバランス感が好ましい。とりわけ姉に命じられて具なしラーメンを主人公がつくってみせるシーンは素晴らしい。

 

 昨年の最後に読んだ本。歌人アイルランド文学の翻訳で知られる村松みね子の随筆集。翻訳や日々の出来事だけでなく、執筆時の語りのなかに戦時中の暮らしが当たり前のように交差していくのだが(彼女にとってはほんの少し前だから当たり前ではあるのだが)、そこで通りすぎていく人たちの影が、物騒であったりみずぼらしくあったり、滑稽であったりするのに不思議と記憶に残る影のかたちをしていて、やはりそれは作者の筆運びの巧みさなのだろうと思う。今年読めてよかった、よい佇まいの本だった。

恋×シンアイ彼女』より

 以上、上半期と同様に50冊あげた。上半期では『DJヒロヒト』に体力をごっそり吸われたこともあって、下半期ではあまり重たい本を手に取らないようにしたが、もうちょっと海外文学やノンフィクション、学術書に手を伸ばしてもよかった気がする。行き当たりばったりで読むとどうしても弱気になってしまうね。

 

その他:バンドリMyGO!!!!!二次創作「あの灯にはわたしにないものを」

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 2023年末のC103で頒布された『あのそよアンソロジー 迷惑星』に収録された拙作を公開しています。よかったらお読みください。また、以下は2024年のよかった曲のリストです。こちらもおたのしみください。

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