タイトルからして教養主義じゃん、という突っ込みはおそらく成立するでしょうが、知り合いに「4月だから初心者向けリストを書け」といわれたので書きます。わたしはミス研を卒業してもうだいぶ経つ人間なのでいやらしいリストになっている自覚はありますが……。
正直、ここ30年の本格ミステリの流れをざっくり知りたければ『新本格ミステリを識るための100冊』をプレゼントしてあげればいいと思います。正直自分の好みもそれに近いので……。おれだって『虚構推理』とか『medium』とか『凶笑面』とか『GOTH』とか『エナメルを塗った魂の比重』とか『リロ・グラ・シスタ』とか『刀と傘』読んでおけばいいよっておもう。
というわけでこの話題は終わりです。閉幕(カーテン・フォール)。
というわけにもいかないのでやっていきましょう。教養でない紹介など不可能ですが、やっていくしかないのです。
選定基準
・いわゆる90's「新本格」の作品を外す(たぶん興味があれば読むとおもう)
・くわえて上述の『100冊』に入っていない作品にする(差別化)
・文庫であること(絶版かどうかはわからない)
・なるべくシリーズ途中ではないか、つながりがなくても読めるものにする
・あとなんか好み
・順不同、てきとうに思いついた順なので
・読みやすいものではあってほしい
・きみも自分だけの最強のリストをつくって先輩風を吹かせよう
1 東川篤哉『館島』
館ミステリでぶっ飛んだもの、かつ初心者でも楽しめるものとして。ギャグのセンスは正直気になるところでありますが、発想だけでわいわいできるため、はじめての一冊としておすすめだと思います。東川篤哉のすごいところはハードコアをやりつつもまったくその気配を見せないところではないでしょうか。
2 北山猛邦『『アリス・ミラー城』殺人事件』
城ミステリでぶっ飛んだもの、かつ初心者でも楽しめるものとして。先輩判断で『ギロチン城』にしてもOK。こちらもある種のハードコアでありますが、ミステリという世界”らしさ”をつよく感じさせる筆致で、あるいはその世界の外はもうなにもないんじゃないだろうか、と思わせ、結果として謎という異質なものがありありと、くろぐろとした物質としてあなたの目の前に横たわります。
3 青崎有吾『早朝始発の殺風景』
館もいいけど、一幕ものも面白いよねって感じで。ここで展開される推理がすきそうなら『ノッキンオン・ロックドドア』でも『体育館の殺人』に行ってもOK。ラノベっぽい雰囲気(なんしろ人の名字が「殺風景」です)にちょっとだけ引いてしまうかもしれませんが、ウィットの効いたなるほど感を味わいたいなら本作は外せないところです。
4 三津田信三『のぞきめ』
ホラーミステリ枠。刀城言耶シリーズはいまからだと追うのが大変ですし、あとどちらにせよ単純にホラーの部分がめっちゃ怖いです。注意。なんならホラー単体のほうが真相よりもおもしろいかもしれません。その不格好さをミステリという枠で包み込むことの合理的な不合理さに触れてみるのはわるくない経験だと思います。
5 鯨統一郎『ミステリアス学園』
ミステリ研もの枠。初心者が読むとちょっとした知識もついてきます。軽く読んで、ささっと次に進みたいときにでもどうぞ。
6 森川智喜『スノーホワイト』
特殊設定(バトルもの)枠。探偵ってむちゃくちゃなこと考えるやつなんだなって思ってくれたら御の字じゃないでしょうか。コンゲーム的な世界のたのしさもミステリの面白さのひとつです。ミステリの持つ「ワクワク感」とでもいうべきものが、本作には最初から最後まであるのがいいところです。
7 石持浅海『玩具店の英雄~座間味くんの推理~』
安楽椅子探偵枠。シリーズものの途中ではありますが、独立しても読めるので。座間味くんの短編シリーズはどれもクレイジーな真相なのになぜか量産されており、手に取りやすいです。正直どれから読んでもOKです。こういうのが好きなのであれば、『殺し屋、やってます。』もおすすめです。こちらもサイコパス的な人間推理です。
8 泡坂妻夫『煙の殺意』
レジェンド枠。これはクレバーとクレイジーがじつは本質的に近いところにあると思わせる短編集なので。わたしはこれをはじめて後輩に読ませたとき「おめでとう」と言祝いであげました。そのくらいめでたい経験になるはずです。
9および10 鮎川哲也『五つの時計』『下り”はつかり”』
レジェンド枠その2。ミステリを書こうと思ってるなら読んでおいたほうがいい、って感じで勧めましょう。わたしは先輩にそう言われてまんまと殴られました。これに関しては教養だし、強要かもしれません。けれどもこれで、密室も、アリバイも、犯人当ての傑作も読めてしまう欲張りセットであるということは明言しておきましょう。
11 瀬川コウ『謎好き乙女と奪われた青春』
青春ミステリ、ライト文芸枠。特に一巻は「困難は分割せよ」的なアイデアが横溢しているのでかなりおすすめ。屈託した青春もの、赤坂アカ先生が好きなあなたに。おそらく『かぐや様』を読んだあなたなら、想像した通りの世界がここにあるはずです。
12 玩具堂『探偵くんと鋭い山田さん』
青春ミステリ、ライトノベル枠。タイトルがいいと思ったあなたに。一巻には富士見ミステリー文庫てきな作品の真相をカバーからわかる情報だけで推理するっていう狂った短編が収録されています。それでいてミステリを扱う手つきは繊細で、飛躍がすくなく、地に足がついているので安心して読めるというところも美点です。
13 恩田陸『象と耳鳴り』
日常のふとした瞬間、真っ暗な穴をのぞき込みたいあなたに。掴んだものがおそろしいものの一端であることに気づいてください。
14 奥泉光『ノヴァーリスの引用/滝』
なにもかもわからなくなってしまいたいあなたに。世界には掴むものがなにもないことを思い出してください。
15 堀江敏幸『燃焼のための習作』
そもそも解かれるべき謎など必要なく、文のたゆたいだけがあればいいあなたに。ただ時間とことばだけが流れていく心地よさを味わってください。
16 原尞『私が殺した少女』
やっぱり探偵にはかっこよくあってほしいあなたに。これがいいならチャンドラーやロスマクなどのハードボイルドの世界へと進んでいきましょう。一昔ほど前時代的な描写も楽しめるのであれば損はありません。
17 彩坂美月『ひぐらしふる 有馬千夏の不可思議なある夏の日』
日常の謎枠。ノスタルジーとあのころの夏があれば完璧なあなたに。世界のそこかしこに不思議があったころの感情がここでは語られています。それはたしかに感傷的なイノセンスであって、いずれは大人になって消えるものかもしません。しかしそれがミステリという枠組みのなかで語られることには大いに意味があるのだと思います。
18 米澤穂信『満願』
じっとりとした世界に浸かりたいあなたに。いま日本でいちばんミステリが上手い作家の小説です。一作目を読んで、嫌な汗が出てきたらアタリです。そのまま嫌な気持ちになってください。
19 津原泰水『ルピナス探偵団の当惑』
少女小説枠。世界が反転するわけでもなく、壊れるわけでもない。ただただ、ささやかな奇跡のような一瞬が最後に訪れます。これは小説のマジックといってもいいかもしれません。そして彼女たちの行く末を知りたければ二作目の『憂愁』に行ってください。なんということを……と思わずにはいられないでしょう。
20 大山誠一郎『密室蒐集家』
密室といえばミステリの華です。ミステリがいかに人工的な世界であるか知りたいあなたに。人工的であるということはただたんに無骨で悪いということではなく、精巧な細工であるということです。これを読めば、その意味がよくわかると思います。
まとめ
以上、20作です。
手に取りやすく、読みやすいものを…というのと近年文庫化していたはずの作品を…というのを意識したら短編集だらけになってしまいました。いや、だって長編は『100冊』で紹介されまくってるし……。あと倒叙ものが紹介できなかったのは文庫で最初に手に取るよりは、ドラマ作品を見たほうが楽しめると思ったからです。
海外ミステリは参照すべきものが膨大ですので、各自なんらかのリストを参考にして読むことをおすすめします。海外に関しては教養でないかたちであるためには五冊程度で紹介を終わらせるほかないのでは、という気がしますので今回はしません。あしからず。
では次は【新入生にすすめる日常アニメ20作】のコーナーでお会いしましょう。