中西鼎『君が花火に変わるまで』感想。

 タイトルの通りです。中西鼎『君が花火に変わるまで』読みました。

 

 

 幼い頃に難病にかかっていたはずの子と高校で再会し、「付き合って」と言われる「ぼく」。しかし彼女の行動の裏には秘密があり――。というメディアワークス流難病ものプロットをやりつつ、作者らしいほの暗いテーゼが全面に出た本でした。

 ストーリーらしいストーリーは、前述の通り難病ものプロットで、ミステリアスなヒロインとのちょっと浮いた、それこそ映画っぽいきざな言い回しの会話を楽しむ部分と初恋のほろ苦い回想とがサンドイッチされていく構成になっており、エンタメというよりはかなりしっとり寄りなのですが、その裏に感じられる主人公たちのどうしようもない卑屈さや厭世観、そして充満するタナトスがあり、それこそすでに終わることが予感される花火のような感触ばかりが想起され、本編の核も実際そこにつながっていくことがわかります。

 なかでも印象的だったのは、序盤から中盤にかけて、高校生で完全に陰キャと化していた主人公がヒロインと付き合うことで文化祭委員をやる(ある意味遅れてきた青春を謳歌する)シークエンスです。その打ち上げのさい、クラスメイトに感謝されるシーンがとりわけ鮮烈でした。

「俺、ハルと村瀬が頑張ってくれたから今年の文化祭楽しかったよ」
 その言葉がぼくは嬉しかった。自分でも驚くほどに嬉しかったのだ。ぼくはまるで人間としての強度が上げられていないのだろう。誰かの言葉がこんなにも胸に響くなんて。
 砂浜が花火の光できらきらと光っている。一生忘れないと思いながらも、たぶんすぐに忘れてしまう秋の夜の光景だった。

 なぜ印象的だったかというと(ここには「人間強度」©西尾維新のワードが出てきてつい笑ってしまうところではあるのですが)、後半の段落では、一瞬で消えて行くことになるであろう、さりげない時間を花火というモチーフに仮託し、わざわざ「忘れてしまう」という言葉まで使うことで、じつは出来事と語り手とのあいだにさらりと距離を生ませているからです。

 本作を通読すると、むしろこの距離が生まれることじたいが(記憶というフォルダのなかにしまわれ、忘却されることじたいが)重要なのだとわかります。

 主人公はこの風景を見たのち、理由のない悲しみに襲われ、自分をコントロールできなくなって泣いてしまいます。もちろんそれは後半の秘密が明かされるくだりによってほんとうの意味がわかるのですが、しかしそれはたとえば難病ものに伴いがちな矛盾点「だれかの死によって生かされていることの自己啓発的な側面」への意識的なカウンターでもあります。

 わたしたちは燃えていくうつくしい命を見て、いっとき感動はしても、いずれはその感情をたぶん忘れてしまいます。その消費の構造がどうしようもなく「悲しい」ことに気づいているからこそ、「ぼく」は泣くのです。だとすれば「消費」に抵抗する唯一の行為は、いつまでも憶えていることなります。ですが、当然ながら記述者の「ぼく」はその不可能性にも気づいています。

 書くという行為は忘却に抗う方法のひとつです。しかし完璧な手段ではありません。であればあえて「忘れてしまう」と書くことは、すくなくとも「忘れない」と約束するよりは誠実でしょうか。結論は出ませんが、そのことに対する自覚と抗いとが作中には残されている気がしました。

 浜辺で打ち上げ花火をしたときに最後に残るのは、おそらくもう輝くことのないゴミでしょう。ではそのゴミを浜辺に置いたままにしてしまうのか、ビニール袋に入れて家にまで持ち帰ることができるかどうか。もしかすると本作はその程度に要約できてしまう話なのかもしれません。なにしろわたしたちが失われる光に惹かれるのはどうしようもない文化的な/生物学的な習性でしかありませんし、それじたいは肯定も否定もできません。

 それでもあの花火はなんか綺麗だったな、と細部までは思い出せずとも、なんとなく生活の底に眠らせながら、明日のゴミ出しをちゃんとしようと朝起きて、日々を肯定する。そんな本作は、いわゆる難病ものでありながら、やがて失われていく美しいものを見に行くとする、レクイエム・フォー・イノセンスのすぐれた一例なのだと思います。

 

 以下、余談。

 扶由花が見たいと言っていた映画は、有名が監督が撮っているとかで、ニュースでも時たま見るものだった。

 一九七〇年代の田舎の島を舞台にした映画で、ボーイスカウトのキャンプに参加した十二歳の男の子と、島に住む同じく十二歳の女の子が駆け落ちをする。二人と二人を追う大人たちの群像劇が描かれる。子役の体当たりの演技がよく宣伝されていて、海辺でキスを交わすシーンがある。

 どう考えてもウェス・アンダーソン『ムーライズ・キングダム』じゃねえか! さすがに趣味がよすぎるでしょ。デートでウェス・アンダーソンを観に行く高校生をぼくは心から応援したい。

 


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エンディング:ART-SCHOOL「Moonrise kingdom」


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