特殊設定ミステリよもやま話

 タイトルの通りです。

 先日Clubhouse*1内で「特殊設定ミステリとは何か」という部屋が開かれました。登壇者は大滝瓶太、千葉集、円居挽(敬称略)の三名で、途中からほかの作家や翻訳家が登壇するなどしていました。リスナーはたぶん最終的に100人強くらいにまで増えていたんじゃないでしょうか。実作者目線での話が聞けて、ミステリファンおよび創作者にとってはとても有益な時間だったと思います。ただし詳細は省きます*2

 というわけでその感想戦というか、よもやま話です。実益になることはないと思うので、戻るなり、ブラウザを閉じるならいまのうちです。結論はありません。

 よろしいか。

 

特殊設定ミステリの定義について

・たんに特殊(=special)な設定のミステリではない。

・現実と違う物理法則、科学技術、生物など、ほぼ”現実ベース”の世界にひとつ(あるいは複数?)架空のルールを追加するイメージ。それをもとにした謎解きがある。

・むしろ非現実(=unreal)といったほうが適切では。語感が悪いね。

・まあだからSFミステリとジャンルとしては近いのだと思う。

・特殊ルールミステリ? 相沢沙呼は以下のような発言をしている。

 ・また、特殊な条件下(標高数千メートルの山中、砂漠のなか、日本の常識が通じない異国、異教が支配する地など)のミステリは現実世界の話なので特殊設定ではない。

・定義論争は荒れるのでこのくらいで。

 

特殊な条件下の例(これは特殊設定か?)

 これはミステリ研時代、同期が書こうとして結局未完のまま終わった作品の話なのだけれど、まあ時効だと思うし書いていいでしょう。ごめんな。

・舞台は現実ベース。

・ゾンビが出てくる。

・登場人物たちはショッピングモールに閉じ込められるor閉じこもる。

・要するにクローズドサークルになる。

・そこで「人間の手によって」殺された死体が発見される。

・死体には感染していた様子はない。

・犯人は当然、生きている仲間以外にありえない。

・なぜ殺したのか?(whydunit)

・答えについて考えてください。

・考えましたか?

・では答えです。

・「いちばんの足手まといを一人殺したほうがメンバーの生存率が上がるから」

・いかかでしたか?

 正直、自分はこれを面白いと思う。ほかでは絶対みられない動機のはず。

 ただしここで生じるかもしれない問題。これをいわゆる「特殊設定ミステリ」と銘打った場合の印象について。殺人の動機そのものは「特殊な設定」に起因しているわけだけれど、おこなわれる殺人行為じたいに「特殊設定」が関与しているわけではない

 つまり、ゾンビを音や光などで呼び寄せて、それによって殺した、といった特殊なトリックや犯人指摘のためのロジック/推理などがあるわけではない。要するに「見たかったものと違う」というミスマッチが起きるかもしれない。

 またこれに対し、「特殊設定ミステリではない」というお叱りが発生する可能性すらある。とはいえここで自分は詳細な定義はしない。まあ言いたいことはわかりますよね。争いはなにも生まないんだよ。

 

特殊設定ミステリとその真相について

 ちなみに「特殊設定ミステリ」という言葉が流通する前に出たSF・ファンタジー作品に片理誠『屍竜戦記』というのがある。竜の死体を屍霊術で動かし、人々を脅かす竜と戦っていくハイファンタジーふうの物語。ちょう面白い。

 その第1巻では殺人が起きるものの、その真相に屍霊術はかかわってこない(むろん物語の根幹にはかかわる)。ミステリ部分が主軸ではないから当然とはいえ、しかしこれを特殊設定ミステリとして2021年に出されたら読者が怒ると考えるのはむずかしくない。

 つまり、ここでは「特殊設定ミステリ」で提示される設定は、真相にからまなくてはならない、というのが要請されている。すくなくとも、本格ミステリとしてはそれが望ましい。

 また本格ミステリとして特殊設定作品を出す場合、その「特殊設定」は前もってしっかりと説明される必要がある。フェアプレイ精神。『アシモフのミステリ世界』のまえがきにもそう書いてあったはず*3。解決編でいきなり「ワトソン君、じつはここに犯人を発見する秘密の科学技術があってね、問題編には登場しなかったのだけれど」ではお話にならない。読者の推理の余地がない。

 

特殊設定ミステリを書くのは簡単か

 以前、年間ランキング本かどこかのムックで、小林泰三が「SFミステリの書き方」的なコラムを書いていた憶えがある。詳細は忘れたが、記憶を頼りに内容を以下に記す。たぶん細部どころかほとんど間違っていると思う。それを承知で読んでいただきたい。

・物語は近未来。時間移動の技術が発明される。

・密室で人が殺される。

・警察の捜査の手が入る。犯人は殺害後、密室から脱出したはず。

・しかしトリックが使われた形跡が見つからない。

・そのまま捜査が終了する。

・終了後、密室に人が突如現れる。謎の人物はそこから現場を出ていく。

・そいつが犯人だ。

・犯人は時間移動をすることで密室を脱出した。

・四次元密室。概念の拡大されたミステリ。

・ね、簡単でしょ?

 というわけだが、ゼロ年代ならともかく、これは2021年ではパロディにすらならない。捜査は時間移動の技術を前提とするべきだし、だとしても、そのうえで時間移動技術をめぐるなんらかの物語が展開されなければ、正直食い足りないとおもう。時間移動技術を使用できた人物は三名のみ、ではそのなかで犯人を特定する推理はなにか、とか、そういう話。

 要するに、特殊設定ミステリを書くことじたいは決してむずかしくなく、ただしそれを面白く複雑にするのはむずかしい、といったところではないか。すくなくとも設定が作者本位にみえてしまえば、読者としてはつまらないと感じる。

 最悪な例として有栖川有栖の作中の語り手が思いついた叙述トリックがある。これも例によって記憶が死んでいるので詳細ではない。本筋ではないのでネタバレでないと判断する。

・近未来。

・犯人を追い詰める刑事。

・袋小路へ追い込んだ。やったと思う。

・しかし角を曲がってみると、犯人の姿はない。

・消失ミステリ。

・答え。

・事件の起きた場所は月だか火星だかで、重力が地球とは異なっていた。よって犯人はびよーんとジャンプして塀を越えて逃げた。

・はいクソ~。

 こういうことをされたらたまったものではない、という例。作者本位にすぎる。

 また、特殊設定を用いたトリックのさい、読者が提示された解決編以上にシンプルでよい答えを出してしまう可能性すらある。

 いい具体例は思いつかないが、昨年出た『LIFE IS STRANGE2』という傑作ゲームでサイコキネシスの力を手に入れた少年が、アメリカからメキシコに違法な手段で移動しようとして国境にある巨大な壁をその力で破壊するシーンがあった。

 たしかに迫力はあるのだけれど、見ていて、サイコキネシスが使えるなら、自分の身体を宙に飛ばしたほうがずっと楽じゃない? みたいなことを思ってしまった。こういうしょうもない話と思っていただければいい。

 特殊設定は既存のミステリに比べてジャンルとして費やされている検討時間がすくないのだから、作者の想定にない回答が出やすいのではないか。既存のミステリですら可能性の排除ができてないと減点対象とみなされるのだから、いわんや。

 

特殊設定ミステリは面白いか

・ひねたミステリオタクはつまらないと言う(ポジショントーク(ではない))。

・特殊設定ミステリは前提として、必要なルールを明示する必要がある。

・結果、ルールがそのまま重大な伏線になってしまう。

・「ABCDE」と書こうとしたら「ABCDE」と記述されるようなもの。

・答えを言っているに等しい。

・ふつうのミステリは伏線を敷いても、それに注目できるのは注意ぶかい読者だけ。

・つまり、ふつうのミステリのほうが作者にとって有利。

・要するに特殊設定ミステリでは情報を均等に記述できない。

・解決法として、伏線の意味を分散させる(伏線A+伏線B=真相Cを取り出す)方法。

・これをフェアにできるかどうかがたぶんむずかしい。

・解釈を肥大化させた結果、なにを言っているか作者にしかわからない、ということも起きうる。

米澤穂信『折れた竜骨』は伏線の数それじたいを大量にすることで問題を処理した。

・ただし、特殊設定に基づく推理の数は限られている。これをどう思うか。

 

特殊設定ミステリは異なった社会や人間を描けるか

・特殊設定があたりまえとなった世界をミステリは想像できるか。

・正直いって、得意ではないと思う。

本格ミステリが得意としているのはよくもわるくも記号的処理ではないか。

・某SFミステリで、とある技術が普及した描写として、現実世界にある一般名詞の頭に全部おなじ○○をつけて説明を終わらせたものがあり、それはさすがに絶句したが。

・というか特殊な世界の想像がそんな容易にできるのなら、SF(ミステリ)の傑作はもっと増えているんじゃないか、と言わせていただく*4

・その社会でしか起きえない問題などまで手を出したら、殺人をやっている場合ではないかもしれない。それはそう。

・300~400ページかけてひとつの事件を追っている作品で、人物の成長まで描けている作品のいかにすくないことか。ぶっちゃけそんな暇はないんですよ。

・どちらかといえばハードボイルドや日常の謎のほうが人間を描けているとおもう。そっちは人間の話(ヒューマンドラマ)に比重を置くスタイルなので。

 

特殊設定はミステリの可能性を広げるか

・『ミステリマガジン』2019年3月号、法月綸太郎→陸秋槎「往復書簡」

 これは私の個人的見解ですが――「新本格」以降の日本の現代本格は、ガラパゴス的な進化の袋小路に突き当たっているのではないか。とりわけ今世紀に入ってからの「異世界(特殊設定)本格」の流行は、そうした袋小路の最たるものではないか、という危惧を拭えませんでした。

・しかしそれがなければ『元年春之祭』の真価を読み取れなかったのでは、というのが法月の発言の意図。

・特殊設定はミステリの可能性を狭めているだろうか?

人狼ゲームにあたらしい役柄が導入されるたび、ゲームが新奇性を帯び複雑になるように、すくなくとも狭い範囲での変化、面白さの探求、という意味はある気がする。

・ローカルルール・マイナールールの面白さ。

・紙城境介『継母の連れ子が元カノだった』はライトノベルだけれど、主人公たちがミステリオタク。近年、ロジック重視(推理重視といってもよいとおもう)のミステリが増えていて、特殊設定の流行りもその流れのなかにあったのではないか、みたいな話をする(何巻かは忘れた)。

・実感としてはそれがいちばん近い気がする。

作者側が新規かつ独特の推理を模索していった結果、特殊設定を構築する潮流が生まれた、ということにしておくと納得感がないすか、ないすか

・書くほうも読むほうも、そういう模索を楽しいと思っているのではないか。

・ただし、それが普遍的な面白さにつながるかはわからない。

・当然、流行り廃りもあるはず。

・とはいえ、チェスのクイーンがもともとは弱い駒で、のちに強く改変され、それが普遍的なルールとして採用されることになった、というお話もある。

・可能性は汲み尽くせていないのでは。

・ただし、既存のミステリを変える、壁を壊す、ということになるかはわからない。

・そもそも推理の枠組み(論理的思考)はふつうのミステリにしろ、特殊設定ミステリにしろ変わらないのではないか。

・それが変わるなら、もはや変格やアンチミステリなのではないか。

・SF的なアイデアエスカレーションと本格ミステリの両立は可能か。

・法月が本格ミステリ大賞の投票で森川智喜『スノーホワイト』を評したとき、真相を映す鏡がふたつあったなら、それらを向き合わせて真相が無限に生成されたのでは、みたいなことを言っていた気がする。それはたしかにSFっぽいかもしれない。

・そのとき謎とその論理的解明はどこかに行ってしまうかもしれない。

・そのときわたしたちはそれをミステリと呼べるのでしょうか。

 

勝利条件が特殊なミステリ

・推理は現実ベースだが、特殊な条件でそれに合わせた思考を求められる作品がある。

・これを特殊設定と呼ぶ人もいる。

・発想としてはむしろボードゲームに近いのかもしれない。というか実質そういうゲームの話でもある。あとディベート

円居挽『丸太町ルヴォワール』

城平京『虚構推理』

初野晴「退出ゲーム」「決闘戯曲」

・あんまり例が思いつかないな。この話終わり。

 

そんなことより面白い特殊設定ミステリの話をしようぜのコーナー

 厳密な特殊設定ミステリ(そんなものがあるのか?)かどうかの話は措く。

・J・R・R・トールキン指輪物語

(「魔王は人間の手によって(by the hand of man、何人たりともの意味もある)殺されることはないだろう」と予言されたアングマールの魔王の殺害方法。こんなん異世界ハウダニットでしょ)

ラリー・ニーヴン「ガラスの短剣」

(どんな魔法使いにも解けない呪いはいかにしてかけられたか?)

久住四季トリックスターズL』

(シリーズ二作目。前作前提。魔術によって閉じられた密室での殺人)

米澤穂信『折れた竜骨』

(さっきちょっとケチつけたけどその物量ふくめて傑作だとおもっている。魔法による捜査はたしかに化学捜査を魔法に言い換えただけ、という向きもある、しかしそこで描かれている物語がいい)

麻耶雄嵩『さよなら神様』

(一行目で神によって犯人が指摘される。そのうえで展開される物語)

・青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス』

(教科書的な推理なので特殊設定ミステリ入門におすすめ、人外がいる世界)

北山猛邦『少年検閲官』

(書物が駆逐されたポストアポカリプス?管理社会もの、厳密なSFではないが異形)

相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠

(タイトル通り霊媒探偵もの。真相にたどり着く推理の道筋が素晴らしい)

アイザック・アシモフ『われはロボット』

ロボット三原則もの。ルールの解釈が異形なホワイへと思考が拡大していく面白さ、厳密な設定ではない)

 ・八十八良『不死の猟犬』

(漫画。死んだら復活するという世界でのサスペンス。敵は完璧には殺さず半殺しにして相手の動きを止めようとするし、味方はフレンドリーファイアで即死させ回復させようとする、というルールを適用したバトルが面白い。本格ミステリではない)

・紙城境介『僕が答える君の謎解き』

(必要な情報が揃うと無意識に答えがわかってしまう女の子(JDCか?)の推理を理解しようとするラブコメ本格)

 

 

 みんなも最強の特殊設定ミステリでデッキを組んで友達に自慢しよう!

*1:音声SNSアプリのひとつ。詳しくは各自検索などしてください

*2:書き起こしなど含め、記録全般が規約で禁止されているため

*3:見つからないので詳細は省く。

*4:じっさいに傑作がどのくらいあるのかについては言及を控えさせていただく。