2020年ベスト姉ヒロイン大賞

 少なくとも 姉は何かを失敗したことはなかったはずだ

                     ――ゴブリンスレイヤー

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前年に引き続き、本大賞アンバサダーを務めるゴブリンスレイヤーさん

 ベスト姉ヒロイン大賞とは、その年1月1日~12月31日までに発表されたアニメ作品(劇場作品も含む)のうち、姉に対する描写が特に優れていたものに贈られる賞です。昨年の選考も大いに盛り上がり、姉フィクション界の誇るべき充実が世間に訴えかけられることとなりました。

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 2020年でベスト姉ヒロイン大賞も発足してから八年の月日が経ちました。わたしたちの歩みを振り返る意味を込め、ここに改めて各年の受賞作を列記いたします。

 

2013年『境界の彼方

2014年『グリザイアの果実

2015年 受賞作なし

2016年『響け!ユーフォニアム2』

2017年『ノーゲーム・ノーライフ ゼロ

2018年『あかねさす少女』『ゴブリンスレイヤー』(同時受賞)

2019年『ぬるぺた』

 

2020年ベスト姉ヒロイン大賞候補作および受賞作品

 2020年ベスト姉ヒロイン大賞の選考は、事前の候補作品選出(推薦=エントリーについては公募制)ののち、2020年12月30日から31日未明にかけておこなわれました。例年通りであれば関西の某所が選考会の会場の予定でしたが、昨今の事情を鑑みリモートでの開催となりました。

 選考委員には、百合アニメオタク、ゆるアニメオタク、姉原理主義者の三名が出席しました。また記録係として筆者が出席しました。

 今回の最終候補作品は以下の六作品です。

 

『グレイプニル

『泣きたい私は猫をかぶる』

日本沈没2020』

『Lapis Re:LiGHTs』

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会

『アサルトリリィ BOUQUET』

 

 上記六作品をもとに討議した結果、

 受賞作品を『アサルトリリィ BOUQUET』と決定いたしました。

 また、特別賞として、上田麗奈さん(声優)を表彰いたします。

 以下には各選考委員の選評を掲載いたします。

 

選評 百合アニメオタク

 今年は多くのアニメの製作や放映が停止/延期してしまったという点で、製作者側、視聴者側ともに覚悟を問われた年だったのではないか。それでもなお、姉を描くアニメが欠かさず供給されたことには救われる思いがあり、ここで感謝を述べたい。

 候補作にNETFLIX配信作品が入ったことは、昨今の時勢や潮流からして当然のことと思われる。『泣きたい私は猫をかぶる』はもともと劇場上映作品のはずだったが、covid-19の影響によって上映の機会が危ぶまれたのち、即座にネット配信へと舵を切った。英断である。もちろんこの判断自体は作品ほんらいの価値とはなんら関係はない。しかし劇場上映をした場合に比べ、知名度が大きく下がったことは言うまでもない。これは憂慮すべき事態である。

 いっぽう『日本沈没2020』はネットフリックスオリジナルシリーズであるが、のちに二時間台にまとめた総集編を映画館で上映した。これによってネット配信サービス登録者に限らない、新たな視聴者を得ていたように思われる。今後、作品を拡散させていくモデルケースとなるうえで重要であることは間違いない。2021年もこのような枠にとらわれない、変則的なスタイルが見られることを期待する。

 作品個別の話に移ろう。逆風のあった映画情勢に比べると『泣きたい私は猫をかぶる』も『日本沈没2020』も姉フィクションとしては正直言って弱い。前者は昨年『空の青さを知る人よ』で上質な姉アニメをつくってみせた岡田麿里によるオリジナル脚本。最小限の描写で恋愛にうつつをぬかす姉とそうではない弟の対比を手際よく面白おかしく描いていたが、いかんせんサブプロットの域を出ていない。これでは受賞に値しない、と早々に判断を下した。

日本沈没2020』も同様である。歩は主人公というよりは視点人物として、日本の家族のサンプルとして姉の役割が配されているが、だからといって姉が姉であること比重は置かれていない。あるとすれば漂流パートの一部シーンだけだろう。むしろ、これこそが姉のリアルである、という方向で製作側の意図を考えることも難しくはないが、それにしては物語性に欠けすぎている。この淡々とした、残酷にすら思えるストーリーテリングを単独で評価することは可能だが、姉アニメとしては評価できない。

 しかし、声優・上田麗奈が姉キャラクターの声を担当するという事態は三年間連続して続いている。この奇跡のようなめぐり合わせはいつ終わるかわからない。ならばいつ評価するのか。今しかないのではないか。そのように発言した。結果、特別賞ならどうだろうか、という意見が出され、そのまま決議された。

 今年の百合アニメ枠としては『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』と『アサルトリリィ BOUQUET』の二強であったが、後者については姉妹の思想を先行作品、具体的に言えば『マリア様がみてる』から借りている部分が多く、姉アニメのオリジナル要素として評価することは厳しいのではないか、と判断を留保せざるを得なかった。よって、より現代的な観点から描かれていた『ニジガク』を推した。

 

選評 ゆるアニメオタク

『グレイプニル』の序盤は魅力的だった。両親を殺し、失踪した姉。それを追っていくうち、否応なしにゲームと深い謎に巻き込まれていく妹と主人公。消える直前、姉は異形の存在となっており、ようやく出会ったとしてもまともに戦うことも会話もできず、その力は計り知れない。実に手に汗握る展開だ。しかし、その興奮は迂回するようなプロットによって次第に冷めていく結果となった。

 終盤、姉に関する一部の情報は明かされるものの、完結には向かわず、ただその部分に蓋を置くだけで済ませたのがエンタメとしては惜しい。姉の存在が謎であればあるほど戦闘能力が高くなる、というのは姉バトルものとしては定番であるところの描写で申し分ないが、姉の意図が中途半端に開示されたことによる若干の印象ナーフだけでなく、別勢力の登場という”ずらし”と風呂敷広げで終わってしまった。これではやはり消化不良という印象は拭えなくなってしまう。

『泣きたい私は猫をかぶる』および『日本沈没2020』が受賞レベルではない、という点は議論の早い段階で選考委員の意見が一致した。たしかにそれぞれに面白いところはあるものの、突破力という部分でやはり足りない。

 賞の選評という都合上、どうしても言葉が辛口になってしまうが、よくできていた作品の話もしておくべきだろう。2020年の収穫としては『Lapis Re:LiGHTs』と『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の二作品を挙げておきたい。どちらも思想として通底しているのは「姉が姉であることによって負債を抱え込む必要はない」という現代的なハッピーエンドへの欲求で、姉という従来は(妹/弟を救うために)悲劇性をまとっていた存在に対する批評を伴った答えとして明確に示されている。

 しかし『ラピライ』はそこに至るまでの語りが冗長すぎたのが大きな難点であり、一方で『ニジガク』はたった一話ぶんの尺でじゅうぶんすぎるほどに語り切っていた。特に『ニジガク』は情報の処理があまりにも巧みで、姉描写はまだこんなにも自由であっていいのか、と襟を正したくなる思いだった。具体的にはどういうことか。

 それまでの回では眠ってばかりの怠け者らしき描写で印象づけられていた彼方ちゃんは第7話「ハルカカナタ」の冒頭でアルバイトや家事をてきぱきとこなし、家庭を支えているという最小限の手際で印象の逆転を見せる。しかし一方で妹にとってはしっかりしている姉こそがふだんの姿であり、学校で眠ってばかりいるとは思わない。ここでは姉フィクションでは自然と隠されがちな姉の””秘密””が最初から視聴者に明かされていながら、しかし姉としての存在の””深み””は決して失われていないという超絶技巧が実践されている。この発明は姉描写におけるコロンブスの卵といってよいはずだろう。

『ラピライ』と『ニジガク』ではそのような描写の差が評価に大きく関わっている。結果として『ニジガク』は一気に大賞最有力候補の階段をのぼっていった。ほんらいであればこのまま『ニジガク』の大賞は確定であったかもしれないが、しかし今年はダークホースと呼ぶべきか、あるいは問題作と呼ぶべきか、『アサルトリリィ BOUQUET』の存在があったのである。そうして白熱した議論のすえ、『アサリリ』が大賞となった。おめでとうございます。

 

選評 姉原理主義

 今回の候補作も姉フィクションとして素晴らしい顔ぶれでしたが、賞という運営形態には限界があることを感じた一年でもありました。たとえば「お姉ちゃんに任せなさい」が口癖として広く人口に膾炙している『ご注文はうさぎですか?』も三期の『BLOOM』まで放送されたとはいえ、客観的な評価のタイミングを失ってしまったように思えます。また、この賞の目指す方向性では、姉描写がささやかであるものの佳品であるアニメ、例を挙げるなら『おちこぼれフルーツタルト』や『安達としまむら』、『恋する小惑星』といった作品たちを評価することは難しくなっています。

 そのような観点から、今年はじめて特別賞が設置されたのは一ある種の決まりきった賞レースに対するアンチテーゼ的な、よい傾向だと思われます。特別賞は声優部門賞というわけではなく、姉にまつわるあらゆる事象を評価するための新しい軸ということでつくられました。もちろん読者のみなさんにとっては賛否それぞれあるでしょうが、優しく見守っていただければ幸いです。

 声優・上田麗奈さんは三年間という長期に渡り、『ゴブリンスレイヤー』、『私に天使が舞い降りた!』、『ぬるぺた』、『日本沈没2020』という複数の作品で姉役を務め上げました。前述の通り、特別賞は声優部門賞として発足したわけではありませんが、このようなかたちで姉を評価できることは姉研究の歴史的価値という点でも重要であることは自明です。謹んで賞をお贈りさせていただきます。また今年は『グレイプニル』と『Lapis Re:LiGHTs』の二作で声優・花澤香菜さんが姉を好演しています。受賞には至りませんでしたが、こちらも高く評価すべき、という声があったことをここに記します。

 各候補作品についてですが、『泣きたい私は猫をかぶる』と『日本沈没2020』は他委員の指摘通り、姉アニメとしてはじゅうぶんに力を出しきれていなかったように感じました。姉であることの素材性は両作品にももちろんあったのですが、料理の仕方が姉ではなかった、というべきでしょうか。

 とりわけ『泣きたい~』は姉を描くことで姉の魅力を引き出すわけではなく、姉をサブエピソードとして描くことで弟という存在を浮かび上がらせることに力が注がれていました。そうした間接的な手筋の洗練された上手さは群像劇の脚本家・岡田麿里の真骨頂といえる部分ではありますが、姉アニメという観点ではどこか正解だけを選んでいるパズルのような、機械パーツじみた人工性がかえって浮き彫りになった気配がありました。

 脚本のパズル性・機械的に思えるほどのウェルメイドさは昨年の『空の青さを知る人よ』にも見られた点で、たしかに綺麗にパッケージングされた作品はよいものですが、やはり視聴者としてはそれ以上の、いわば生っぽさを期待したくなる、というのが本心ではないでしょうか。そういう部分に肉薄していたのはむしろキャリアとしては過去の作品のほうに多く、その観点で回帰を望んでしまうファンを軒並み黙らせる作品を書いてほしいというのは高望みかもしれません。しかしポテンシャルは確実にあるはずなのですから、いまはそのような傑作が描かれるのを待ちたいと思います。

日本沈没2020』の姉・歩は中学生という年齢を加味したとしても、人生の先行性や責任性といった従来の姉像を徹底的に排した、じつに能力的にミニマルなキャラクターでした。彼女は常に状況に振り回され、何度も弱音を吐き、傍観者としてありつづけます。積極性や賢さといった部分はむしろ小学二年生の弟・剛のほうが多く持っている資質であり、ここではむしろ、持たざる者としての姉が模索されていたように思われました。

 歩が未来のオリンピック選手の候補でありながら、物語の早い段階で脚に怪我を負うというのは象徴的でした。彼女はストーリーにおいてひたすらに無力な側でいつづけます。そして無力であるからこそ、他者によって支えられ、救われたことに最終的に気づくのですが、それが姉という役割や要素と結びつかなかったのはそこにテーマが置かれていなかったからでしょう。

 テーマとしての扱いの難しさからか、””弱い姉””という観点から描かれる姉フィクションの傑作はなかなか生まれないのが実情です。とはいえその部分を本筋ではないとはいえ、徹底的にミニマルな姉というかたちでやった本作の挑戦は賞というかたちでの評価は難しいところですが、記憶には留められるべきだと感じます。

『グレイプニル』はクラシカルな姉像が使われているという点では、安心して見ることのできる作品でした。異形の姉・江麗奈はどこまでも強く、存在そのものが秘密めいていて、それでいて愛にあふれています。このアニメを見ていて、姉を姉らしくするのは愛のつよさかもしれない、と改めて思うようになりました。そう思わせるだけのパワーがあった作品でした。

 惜しむらくは、この作品じたいがまだ完結していないということでしょうか。序盤を引っ張ってくれた謎も解決しないまま投げられてしまっていますし、全13話のアニメでは真価が問われるまえに終わってしまった印象が残ります。江麗奈と紅愛の姉妹による修一の取り合いといったラブコメ要素も予感させるだけで残念ながら終わってしまいました。

 しかし、異形の姉の姿が不確定のままだった点だけは、かえって魅力を増していたかもしれません。ホラー映画でも敵の正体がわからないときがいちばん恐怖を感じられるように、姉の存在容態がわからないままであったのは、完結していない原作の魅力をそいではならないという製作側の誠実さをあらわしているようでもあります。

 姉の魅力とは、年下との情報格差そのものである、ということは古くから訴えられてきた点です。『グレイプニル』は決して姉作品として新しいことをしているわけではありませんが、歴史的な教条に対するリスペクトのある作品としては、2020年で随一だったのではないでしょうか。とはいえ、魅力を出し切っているわけではない以上、進んで評価するのが難しい作品でした。

『Lapis Re:LiGHTs』の姉・エリザは強権的な、立ちはだかる壁としての姉でした。そのつよさに隠れた優しさがあるという点ではうつくしい姉だったと思います。とはいえ、物語全体に渡ってその強権性だけが強調される脚本になっており、印象として姉のいじわるさのほうが目立っていたのは惜しいところです。できるならその印象の逆転をもっと話数をかけておこなってほしかったところですが、両手では数えきれない大量のキャラクターを抱えるプロジェクトを脚本のマジックだけで解決するのは高難度にすぎたかもしれません。

 最終話で明かされる姉の悲劇性を乗り越えようとするハッピーエンド志向は、前向きでよいものでした。が、前述の通り、いささか急ぎ足すぎるきらいもありました。この悲劇は、むしろこれから長い時間をかけてケアすべき事態であり、それを描いていれば姉作品としてより明瞭に輝いていたかもしれません。じっさい、そこへの予感を以て物語が終わっているのも、製作側がその描写の難しさを理解していたからのように思えます。物語全般に広がっているギャグはよいものでしたし、それと両立するシリアスの重みがあれば……とないものねだりをさせてしまうだけの作品ではありました。結果的に、賞として推すにはいま一歩足りない、というところでした。

ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』はその一話一話が、わたしたちに踏み出す勇気を与えてくれる素晴らしい作品でした。スマホゲームにありがちな大量のキャラクターを抱え込むコンテンツではありましたが、それぞれのキャラクターにしっかりとスポットライトをあてつつ、同時にキャラ同士の細やかな関係も描くというはなれわざで、2020年ベストアニメにあげようと思った人も少なくないと思います。

 姉回としては近江彼方担当回のたった一話ぶんだけではありましたが、それだけでもほかのアニメと同等に扱えるほどの出来でした。家庭的な問題に対して、それまでの平均的なアニメであれば外部の人員が直接的な介入するようなところであっても、『ニジガク』はそうした一時的な解決策をおこないません。非常にぎりぎりのバランスで善後策を見つけようとする、どこまでも現実的で誠実な視点を持っていました。他者へのケアをたんなる物語的な演出の過剰さで解決しない、というのはこれまでの『ラブライブ!』アニメシリーズとはあきらかに異なる質感と方法であり、その挑戦は非常に好感が持てるつくりでした。

 姉と妹の関係も、よりフラットな立場からの見直しをはかっており、これは2020年のフィクションとして誇るべきところではないかと思います。これまでのフィクションであれば姉が妹/弟のためになにかを諦めることはふつうとされていましたが、それはほんとうに望まれるべき関係なのか、と疑義を唱えるのは考えてみれば当然のことです。むしろわたしたちはどうしてこのような発想に至れなかったのか、と反省すら覚えます。フィクションが現実の感覚に対してアップデートをはかろうとする瞬間は時代に制限されるためにごく稀で、姉フィクションともなればなかなか出会うこともかないません。しかし『ニジガク』は誠実さというただ一点でそれをやろうとしてみせました。じゅうぶんに評価に値する作品だと思います。

『アサルトリリィ BOUQUET』は候補作においてもっとも姉を描こうとした作品ですが、同時に選考会で激しい議論を引き起こした作品でもありました。

 作品としては『マリア様がみてる』に代表されるような女子校の姉妹制度を集団能力バトルものに移植しようとする試みで、それじたいはじつにマイナー雑誌連載漫画的なノリであり、その設定の複雑さをすべてテンプレを介したスピード感、およびアニメ演出のクールさで回避しようとする戦略的な作品になっています。演出の時間的配分もかなり気を遣われており、なにがしたいかを確実に視聴者側にみせつける、という点ではむしろ高度にテクニカルな出来の作品ともいえます。

 ここで問題とされたのは、「シュッツエンゲルの契り」という姉妹制度の設定についてでした。姉妹制度は理想的なふたりの生徒の関係を育むためのシステムであり、同時に物語のエンジンでもあります。じっさい『アサルトリリィ BOUQUET』作中でも、未熟な妹を姉が指導し、そのようなイベントの繰り返しによってふたりの関係もまた深まっていくという描写がなされています。加えて、姉の上にもまた姉がおり、より上位の指導者が存在していることで、姉のたましいとでも呼ぶべきものが継承されていく仕組みであるところが魅力となっています。

 しかしこうした在りようはそもそも『マリア様がみてる』によって培われた文化であり、『アサリリ』独自のものではない以上、評価すべきなのは『マリみて』であって、『アサリリ』ではないのではないか、という意見がありました。これは作品解釈に対し、非常に重要な発言だと思われました。ここから『アサリリ』のアイデアの核はどこにあるのか、という点で議論がなされました。

『アサルトリリィ』については、むしろ全体がそうしたコラージュによってできていることこそが魅力ではないか、という意見も出されました。設定はたんに「シュッツエンゲルの契り」といった姉妹制度だけでなく、一人ひとりに個別のレアスキルやユニーク武器が与えられるハードコアなバトルアニメ的側面や、カップリング要素のつよい百合アニメの側面を持つことが総体としての面白さにつながっている、ということです。いささかテンプレすぎる語りもそうした設定や要素の飽和を無理なく受け入れさせるための潤滑油であった、という見方には一定の説得力があるように思われました。

 とりわけバトルもの要素として、バーサーク能力持ちのお姉さま・夢結はその能力同様、精神的にひどく不安定であり、戦いのなかでは彼女を純真な妹・梨璃が支えていくという構図がくり返し挿入されています。こうしたしたたかな姉妹愛は、たんに『マリみて』の要素を組み込んだだけでは生まれるはずがなく、バトルものとして独自の発展をみせようとした結果生まれたマリアージュであることは疑いえないところです。

 設定面が瑕疵ではない、という意見に則るのであれば、『アサリリ』は素晴らしい姉アニメです。それまで一匹狼だったキャラクター・夢結が姉となり、姉としてふさわしい行動とはなにかを考え、妹・梨璃の誕生日に彼女の好物を探し求める第5話「ヒスイカズラ」はそれまで描かれた孤高の姉・夢結様像を打ち崩し、キャラに人間的な深みと魅力を与えてくれました。

 そしてお姉さまのさらにお姉さま・美鈴様は物語開始時点すでに退場しているというのにその存在感はつよく残り、姉の脳裏に焼き付いて離れず、幻覚として幾度となく現れ話しかけてきます。夢結の精神を縛る「死んだ姉」として、彼女のダークさが持ちうる薄暗い秘密は姉という存在のブラックボックス性を強調し、いささか平坦な語りになっていた物語をシリアスなトーンで引き締めてくれました。

 こうしてみると、『マリみて』からの設定の流用についても「もはやゼロ年代ではない」ということがいえそうです。百合漫画の分野でも『カヌレ スール百合アンソロジー』や『私の百合はお仕事です!』がヒットしていますし、過去の遺産の流用について目くじらを立てる時代ではないと考えます。むしろ、積まれてきた歴史をどう活かしていくか、ということについて『アサルトリリィ BOUQUET』はかなり自覚的だったはずで、これもまた『ニジガク』同様に2020年の作品だった、ということではないでしょうか。

 結果的に、大賞候補としては『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』と『アサルトリリィ BOUQUET』のふたつが取り合うかたちになりました。

 どちらも作品として甲乙つけがたいところでしたが、単純な面白さであれば一話ぶんで90点クラスを叩き出した『ニジガク』に対し、ワンクールを通して常に60~70点でありつづけた『アサリリ』のほうが総量として姉の魅力を多く出せていたことは否定できません。クールの物語を通じて姉を多面的に描くことができた、という点も加点対象とせざるをえないところがあるからです。

 またなにより、完璧でないという理由で顕彰しないのはあまりにも酷です。『アサリリ』のストーリーテリングにはテンプレをなぞったゆえの軽さがありましたが、だからといって作品の格が落ちるというわけではなく、それゆえの面白さを毎週提供できていたはずです。コラージュ的にイベントの詰まった物語は見ている人を飽きさせず、適度にシリアスさをまとめ、豊かな余韻のある結びまで連れて行く確かな力がありました。優れた作品を賞するための大賞なので、それを評価しないのは本末転倒ということにもなります。

 全体として、素晴らしい作品であり、幸福な体験であり、大賞とするべき作品でした。血のつながりのない相手を姉と呼ぶ文化についても、わたしたちはよりいっそうの理解を深めるべきだと思いますし、その機会をくれたという点で『アサルトリリィ BOUQUET』は2020年を代表する姉アニメになったと思います。おめでとうございます。大賞とさせていただきます。

 


【期間限定】TVアニメ「アサルトリリィBOUQUET(ブーケ)」第1話『スイレン』