凪のあすからを誤読する1(1話)

【注意!】このアニメには思春期の中学生のいたたまれなさが大量に含まれています! 心臓の悪い方、心の弱い方、感情の矢印が重ならないことに果てのない悲しみを覚える方は気をつけてください! というわけで本編です。知り合いにとりあえず4話まで見せたところ、「つらい」を20回近く連呼されました(もっと多かったかもしれない)。ぼくはただアニメを見て楽しくなってほしかっただけなのに……。どうしてこんなことに……。

 本作はいくつものつらいポイント(楽しいポイントではない)があるのでそれを数えて見てみるのも楽しいと思います(いや楽しいんですって)。それではやっていきましょう。本編のネタバレはガンガンしていくつもりですのでご注意ください。

 

第1話 海と大地のまんなかに

 朝。主人公の光による調理シーンからはじまります。食卓には父と姉。テレビには「予想塩分濃度」と耳慣れない言葉。忙しなくご飯を食べ、制服に着替える光。姉の「まだ早くない?」「まなか呼びに行ってやらねえとよ」「あーはいはい、あんたたちいつまでも懲りずに仲良しだねぇ」「うっせぇ!」と顔を赤くする光。

 そして続くのはモノローグ。

(しゃーねーんだよ、だってあいつは……)

 家の引き戸を開けると魚やクラゲの群れが映ります。ここでようやく、彼がいた場所が海の中だったとわかります。開始からちょうど一分。綺麗なスタートですね。

(どうしようもなくヘタレで、俺がついててやらなけりゃ……)

 とのことです。海の街中を走り(泳ぎ?)、おなじ制服を着ている男女からの「おはよう」。しかしひとりだけ違う制服を着ている女の子が。「まなか! てめえ、その恰好!」と光が呼びかけます。彼女が件の「まなか」でしょう。どうやら彼らの通っていた学校が廃校になり、べつの学校に通うことになっているようです。よって、まなかの着ているのは通う先の制服ということになります。見ている人の注目を自然と向けさせる手筋が上手いですね。対比。

「やっぱ着替えてくるよ」と家に戻る彼女を置いて、陸に上がろうとする光たち。戻ってきたまなかはひとりになります。

 陸に上がる三人。光はその場に留まります。「先、行くんじゃないの」「一休みしてからな。服も乾かねえし」「やっぱりまなかが心配なんだ」とからかわれます。ここで光は前述の(俺がついててやらなけりゃ……)のモノローグの通り行動しているわけですね。

 けれども漁場を広げている船が現れ、まなかはその網にかかって揚げられてしまいます。直後、まなかの視線と網を揚げた少年の視線が重なり合う。

 そして光のモノローグ。

(俺は、見てしまったんだ。

 誰かが誰かと、特別な出会いをした、その瞬間を――)

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出会いを目撃した瞬間。

  キメキメのカット。どこまでも青い、吸い込まれそうな空が気持ちいいですね。カモメの鳴き声が響き渡っているのも情感を刺激します(まなかと少年が見つめ合ったときにはこの声が意図的になくなっているので、いっそう際立ちます)。ここからが光くんにとって苦難のはじまりです。というわけでタイトルコール、オープニングです。

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OPで燦然と輝く「シリーズ構成 岡田麿里」の文字。一部にはこれが殺害予告に見える。

  オープニングの映像も計算されてつくられています。基本的に海村の4人を中心としたカットになっていますが、のちに彼/彼女らと関わっていく漁師の家の子である木原紡(まなかと出会った肌の焼けている少年です)の描かれ方に注目すると面白いです。以下、紡の登場カットをいくつか。

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静止画にすると印象が変わるが、動きのある画面左側に視線が誘導される。

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関係性がわかりやすい一枚。光の視線がまなかに向けられている。

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左が紡。バストアップ以上では4人と同じ画面には入らない。

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OPラストのカット。綺麗に隠れている。

 上記のような工夫によって、簡単にはその後の展開がわからないようにされていますね。 ほかにも紡ひとりだけのカットののち、海村の4人のカットが入るなど、ちょっとした対比もおこなわれています。彼だけ制服のズボンの色が違うのでそのあたりに気をつけるとここにもいたのか、と驚くことができます。

 以下は、OPで個人的にすきなカット。

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 この建設途中で放り出されたような柱(?)は海底にまで伸びていて、 唯一陸と海にまたがって存在する建造物です(画面は海上ですが陸側にもあります。どのような経緯があったかは不明)。またすぐにわかりますが、陸と海の人々の関係は物語開始時点では険悪になっていて、この柱はある意味で物語を象徴する存在といえるかもしれません。過去の遺産的な。忘れられたつながり的な。ストーリーに寄与するわけではないものの、のちの展開を考えるとよく見て覚えておくのが吉です。

 OP開けて転入初日の挨拶。「魚臭い」vs「豚臭い」。よくよく考えてみれば転入して教室に朝会った「あのときのお前!」ってなるやつはラブコメの王道ですね。そこにNTRNTRではない)が入るだけでまた違った趣になりますが……。まなかからは「ひーくんとはお喋りしないよ!」といわれますが、割と深刻に受け止めないあたり、外野の言う「痴話喧嘩」という評は割と正解なのでしょう。

 女子更衣室から体育の風景を見て「あの人……陸の上を泳いでるみたい……」とまなか。世界がきらきらと輝いていますね。

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少女漫画か。

 追いつこうとする光。しかし脚を引っかけて倒れ、先生に怒られる。作品を通してこうした情けない場面は幾度か反復されることになります。脚本には人の心がない。

 下校。サヤマートで働いている姉から「どうしたのまなかちゃんは?」と問いかけられます。朝の会話の続きですね。しかし光はまなかと絶交中なのでつよがります。姉は当然のように弟を子供扱いします。お姉ちゃんポイント。

 店の横でいたずらをする小学生。ガム文字。「知ってるガキなのか?」「なんでもない。ほら、そろそろ帰んな(…)夜はあっさり潮汁がいいな」。なんでもなくはないのですが、意図的に話題をそらします。姉は弟に秘密を持つものなのでここもお姉ちゃんポイント。『凪のあすから』は姉アニメでもあります。

 場面転換。黒塗りに水の飛び込み音だけで移動を処理するの渋い演出。

 青年会。陸の人間が「おふねひき」をやらないという話。そして海から陸に出ていった人間の縁起について。

 海に住む俺らは、海神様と生贄の女がやらかした、その子孫らしい。

「これだから人間は」「俺らだって人間じゃんすか、いちおう」「胞衣も持ってねえやつらと一緒にすんな」「格が違う、格が」と大人のあいだにも陸の人間に対する差別的な感覚があることがわかります。そしてまた光が「鳴波神社の跡取り」であることもここで示されます。地域社会のしがらみですね。

 神社の前。宣言通り喋ろうとしないまなかに「悪かったよ、今日は」と謝る光。「うん」と満面の笑みのまなか。はっとして頬を赤らめる光。きっとこういうのに弱いのでしょう。

 ふたりはうろこ様のもとへ。うろこ様は海神様から分離したかけらのような存在です。土地神が実体化したようなものでしょうか。「メスのにおいがする」といわれ、煮物を叩きつけて逃げていくまなか。「うろこ様、メスのにおいって?」「発情期じゃ」岡田脚本マジ岡田脚本だな~~と思ってこの話題は終わりにしたいところですが、性的なモチーフは前述の海神様と生贄の女が交配したという言い伝えと同様、恋愛というテーマにつながります。本作はセカイの成り立ちと少年少女たちの恋愛がオーバーラップしていく物語ゆえ……。

 泣いているまなかを追ってきた光。さりげなく髪をかき上げるしぐさに「発情期じゃ」の声を重ねるのが凶悪です。ほんとうに人の心がない。「うろこ様変なこと言う……」とまなかは口にしている以上、そういった自覚はないのでしょう。しかし光には自覚がある。そして中学生男子なりの所有欲もある。

(お前はこうして、俺のあとをくっついてくればいいんだ……)

 翌日。呪われたまなか。膝に魚が生えています。

「絶対、誰にも見せられない!」

「誰にもって、俺に見せてるじゃん」

「ひーくんはいいの!」

  ここでも引き続き所有欲を刺激されていますね。タオルを巻くようにしたのはまなか自身ではなく光というところもポイントです。なぜかというとこれは光の行動のため、裏目に出てしまうからです(光の行動なので)。

 放課後、クラスの女子たちに引っ張られ、肌を包む胞衣を確認させられるまなか。

「見て、聞いた通りだほら」

「肌ぴかぴか光ってる」

「ラップしたコンビニ弁当みたい」

「これが胞衣ってやつ?」

「人間じゃないんだやっぱり」

  ネイティブ差別ワードが具体性に満ちていることに引いたのは自分だけではないでしょう。また「人間じゃない」という発言の意図が海村の青年会のときと逆転していることもわかります。

 なによりその直前、男子が木工の授業で教室にいないことがさりげなく説明されていることも実にテクニカルです。彼女らは女子だけの空間だからやれることをやっているわけなんですね。陰湿な行動にもれっきとしたロジックがある。だからそこに男子である木原紡が「なにやってんの」と教室に入ってくることで差別プレイは止まるわけです。

 そして呪いを受けた膝が机にぶつかり、おならのような音。光のよかれと思っていた行動が裏目に出ます。その場から逃げていくまなか。山のなかを転がり落ち、胞衣がひび割れ落ちていきます。設定を出してすぐに展開させていくスピード感。

 いったん海に潜り、乾いた胞衣を濡らしてまた探しに行く光。「なんか、敵わないな……」とちさき。「傍から見てると、光とちさきのほうが夫婦って感じに見えるけどね。まなかはふたりの子供って感じ」と要。「それにさ、このままもしまなかいなくなったら、光の隣にいるのはちさきでしょ」「こんなときに、冗談でもやめて」そして目に涙を浮かべながら「わたしは、まなかが大切で……」と続けるちさき。ここで感情の矢印がさらに追加されます。

 倒れていたまなかを見つけ、風呂に入れてやる紡。そしてパンくずを持ってきて魚をやろうとします。そして殺し文句。

「綺麗だって思ったから」

「……」

「この魚、見たことない鱗してる」

「あ、魚……」

(紡、光る胞衣に手をやりながら)

「あんたも」

  落として上げる。途端に世界が輝き出します。水紋が風呂場じゅうに広がります。「きらきらして、綺麗だ」。綺麗なのはお前の頭のなかではなかろうか。

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少女漫画か(2回目)。

 夜。ようやくまなかを見つける光。しかしそこには紡の姿も。「紡くん」呼びにショックを受ける間もなく、呪いを受けた場所をタオルで隠していないことに気づいてしまいます。裏目その2です。

(そのとき、電流が走ったみたいになって)

(…)

(まなかがタオルを外して)

――「絶対、誰にも見せられない!」

――「ひーくんはいいの!」

(恥ずかしくないんだ。あいつには……)

  それまで持っていた所有欲が痛みに変わっていきながら、夜の海村を見据えてエンディングです。最初から密度の濃い話ですね。のちにわかりますが、いくつものシーンに種が蒔かれています。それでいて感情の導線はしっかりと敷かれています。

 また1話サブタイトルの「海と大地のまんなかに」には、境界という意味はもちろんありそうですが、うがってみれば、海(光)と大地(紡)のまんなか(まなか)に、という彼/彼女らの関係性を表した言葉としても受け取れそうです。

 

 というわけで次回に続く。

 

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