2022年上半期よかったものブログ

 タイトルの通りですが、まともに生きていないので、本と音楽くらいしか言うことがない。そのときそのときで面白いものはブログに適宜書いていましたが。そちらが見たい場合は、いい感じに遡ってくださると助かります。やっていきましょう。

 

 

安井高志歌集『サトゥルヌス菓子店』

 インターネットで紹介を見て、思わず購入した一冊。以下はいくつか引用。

 飛び降りた少女はわたしをおいていくその脳漿の熟れる八月

 みずうみの底にはしろい馬がいた鱗のはえた子をころす妹

 おびただしいガラスの小瓶 あの人は天使をつかまえようとしていた

 思春期の妄想に近い感触のある歌(適度になまなましい語彙が出てくる)がほとんどを占めていて、とくに水(と死)のイメージが何度も重なっていく。こういう感性をあざといとか稚拙だとか言うことも簡単にできるだろうけれども、それを殺さずにちゃんと結晶化させて発表しつづけるのはなかなかできないとも思う。空想が破壊されていない。それを特にかんじるのは、たとえば次のような歌。

 ある朝、かぼそい歌がとぎれた 彼女は雨になってしまった

 ここにどのような感触を覚えるかは個人しだいだろうけれども、自分はやっぱり惹かれてしまった。

 

藤宮若菜『まばたきで消えていく』

 表紙買い。とおもってページを開いたら下のような巻頭歌が出てくる。

 寝ころんであなたと話す夢をみた 夏で畳で夕暮れだった

 その書籍タイトルからその歌が出てくることの連想で、なんだか胸にくる歌だと思い、襟を正して読むことになる。そうして読み進めていく内に、歌の向けられている相手が女性であり、どうやらもう現在はいないのではないのではないか……ということが想像されていく(もちろんその点については解説等でも述べられている)。加えて生きていくこと(あるいは生きてしまったこと)への強烈な感触を示すことばがつづく。

 生きる側の人間になる 夕暮れにながく使えるお鍋をえらぶ

 自殺防止の広告は感じだらけで、いいなこどもが自殺しないとおもってるようなひとたちは

 だんだんと消えていくあざ きみがみたこともないからだで花束を買う

 とにかく一首ずつに打たれてしまう。おすすめです。

 

彩坂美月『向日葵を手折る』

 少女漫画的ミステリ。夏、閉鎖的な田舎にやってきた少女といじわるな男子と物静かな男子。次第に惹かれ合っていく様子などが往年のヒーロー複数型の少女漫画という筆致で、なによりミステリなのに終盤に人が死ぬのがいい。ちゃんと人間模様を描いたうえで悲劇になっている。冒頭100ページで殺せ、っていうのは結局メインストリームが勝手につくったルールでしかないんですよ。夏と思春期に世界のすべてがあると思っている人は読んだほうがいいです。

 

浅見克彦『時間SFの文法』

 古今東西の時間SFの名作を読みまくって分類しまくる稀代の書籍。たんに作品を渉猟するだけではなくて、SF作家による時間SFへの見解なども載せており、あの名作は実は矛盾しているよね、とかいろいろ話題があって面白い。時間移動が可能になったのにもかかわらず、むしろそれによって自由が失われる逆転現象が発生することへの考察は納得感があるし、やっぱり「商人と錬金術師の門」ってかなり計算されている発想の作品なんだな……と実感した。SF読まなくちゃな、と思わせてくれるいい本。

 

深沢仁『この夏のこともどうせ忘れる』

 最初の一編からおっとする。主人公の男の子に対して、ある日、なんの前触れもなく首を絞めてくるようになった母親。以来、時折首を絞めてくるようになる。しかし主人公もそれを受け入れてしまう……といったところからはじまる。コロナを挟んだせいで一世代まえの物語になってしまった印象はあれど、地方都市のなかに生きる少年少女のどこか閉塞した感触というものが言葉になっていて、目が離せない。

 

町屋良平『ほんのこども』

 傑作。物語ることについて物語る小説、のなかでも記憶に残る一作だと思う。

 

 齋藤純一・田中将人『ジョン・ロールズ 社会正義の探求者』

 ロールズ関係の復習のために読んだ。短いなかにかなりロールズの変遷やトピックをまとめてあり、よかった。正義論や政治的リベラリズムはめちゃくちゃ分厚いので。とはいえ要約でしかないのでここから具体的な本を読まないと厳しい。

 

荒木優太「反偶然の共生空間――愛と正義のジョン・ロールズ

 小説の参考にするために読む。偶然性を排するロールズのロジックと現実という偶然性しかないものの相克をどう解決するのか(と自分は読んだ)。従来のロールズ論とはだいぶ違うし、高橋たか子の作品を援用しつつ飛躍させていくのが、なるほどこれが評論の面白さなのか、と感じられた。

 

ケンブリッジ・アナリティカ関係

 興味深いところもありつつ、どこまで真面目に受け取ればいいのかわからないところもありつつという感じ。性格診断テストやりますと称してユーザーの同意を勝ち取り、facebook上にある個人情報をビッグデータとしてぶっこ抜くくだりはドン引きしてしまった。

 

伊吹亜門「遣唐使船は西へ」

 837年、遭難した遣唐使船内で密室殺人が起きる。船員たちの心の支えになっていた筈の老僧はなぜ殺されなければならなかったのか。密室じたいはたいしたことはないものの、倒錯した動機が最高にいい。おすすめ。

 

谷川健一『神に追われて 沖縄の憑依民俗学

 神に見初められ、いわゆるユタとなった人の体験談などを文章化したもの。なのだが、起きていることが現代日本(1990年前後)とは思えないレベルで、どう受けとめていいのかわからない(どうやったら女神にささやかれた男が洞窟内の乳房のようなかたちの岩に向かって毎度××するようになるのか)。河出書房はここ最近こういった民俗学系の本を定期的に文庫化しているので、ちょくちょく読んでいきたいところ。

 

小川哲「君のクイズ」

 一千万円のかかったクイズバトルの最終問題で問題文をゼロ文字目で正解した対戦相手はほんとうに不正をしていたのか? しかし問題を一問ずつ追って検討していくうちに「人生」というものが浮かびあがっていく……。ラストにツイストがほしい、といえばほしかったところだが、直近で犯人当てバトル小説をサークルの同人誌で書いていた(しかも主人公が冒頭でだれよりも速く解答して不正を疑われる)ので、気が気でなかった。いろいろと気づきを与えてくれたので、これを活かして改稿したいと思う。

 

リチャード・パワーズ「七番目の出来事」

 完璧な短編小説のひとつ。引用というテーマでここまでのものがこのページ数で出されたら降参するしかない。

 

夏樹玲奈「シスター」

 第17回女による女のためのR-18文学賞読者賞をとった人による、とある姉妹と男に関する短編。歪な姉妹の関係と感情がぐずぐずとしていて、終わりがじつによかった。この憎しみあいに近いものが百合であるかどうかは識者の見解を待ちたいと思います。

 

ウィリアム・ギブスンニューロマンサー

 初読。じっさい読んでみてたしかにこれはオールタイムベストになってしまう、と認識できたのでよかった。とにかくかっこいいし、あの途中でウィンターミュートからの電話が一歩ごとに鳴り響くシーンのクールさといったら。序盤の固有名とルビ連打はいまの読者にとってはなんなく読めてしまうものだが、以降の語りのぐちゃぐちゃはマジでわからない。知人と話したところ、おそらくギブスンは自覚的に記述をわからなくしているのではないか、と言っていた。つまりどういうことかというと、『ニューロマンサー』は読めるドラッグなのだという。これを期にスプロール三部作や『スノウ・クラシュ』にも手を伸ばしたいが、自分に扱いきれる読書になるかどうか。

 

藤近小梅『隣のお姉さんが好き』

 シチュエーション型一対一ラブコメについにメタを張った漫画が登場しており、われわれはこの結末を見届けなくてはならない。ならないのである。

 

丁丁框画集『揺光』

comicup.booth.pm

 絵が上手いのはもちろんだが(ほぼ学生の時期に描いたもの? すごい)、構図の切り取り方がめちゃくちゃ勉強しているんだろうな~という印象を与えてくるのですごい。買ってから何度もページをめくって、そのたびにため息をついている。寒色がかっこいいイラストレーターはよく見るのだけれど、暖色がかっこいいというのがまたかっこいいんだよなあ。

 

きみしま青画集『Bloomin'』

 名著。

 

伴名練「葬られた墓標」

 人格転移(コピー)ものの短編。なのだけれど、そこにメタを張ってさらにエグい話に仕上げているのが伴名練らしい。キャラクターに対する手心をいっさい加えないで作劇ができるのはほんとうに怖ろしいと思う。

 

野呂邦暢『失われた兵士たち』

 1975年~から連載されたもの。戦後30年という節目にしてすでに戦争経験が忘却されつつあるということ、また戦争文学が梅崎春生大岡昇平島尾敏雄原民喜など(野呂は代表となる10作品を例にあげて)ではない、商業、自費出版問わず500冊の戦争体験本を渉猟して、語れなかった者による歴史を語り直そうとする。試みとして成功したか失敗したかは読んでいただいた方それぞれによるだろうが、とにかく労作であることは伝わってくるもので、時折、感傷的になる野呂の文章にはっとさせられる。たとえば第五章の書き出しは、

 戦後三十年めの夏がやってくる、という書き出しで始る文章が、今年は流行ることだろう。

 どこかさめていながら、でも、さめきらない感触がにじんでくることが多々あり、そういったものを経由してきたからこそ『愛についてのデッサン』というしみじみとした、しかし今とつながる作品が出てくるのだと思う。読めてよかった本のひとつ。

 

伊藤氏貴『同性愛文学の系譜』

 同性愛というものが明確な同性愛者というアイデンティティに変わり、そのうえでLGBTといった言葉になっていく過程の日本文学をさらっていく本。急ぎ足、という感じは否めないものの(なぜならそれだけで文学全集が編めるはずなので)、代表となる作品の紹介がされているので、これをガイドにしつつちょくちょく読んでいきたいところ。

 

連城三紀彦『ため息の時間』

 今年の春ごろはメタフィクショナルなミステリについて考えたくなっており、そういうなかで紹介してもらった一冊。ちなみにハードカバー版には各章に注釈がつけられていて、そこでさらにメタの階層が増えているので、なんなのだ、となってしまう。なかなか扱いづらいけれど、示唆に富んでいる作品だった。

 

田島木綿子『海獣学者、クジラを解剖する』

 クジラを筆頭とした海獣の研究者の日常をおもしろおかしく紹介してくれる本。日本は海に囲まれているせいか、生物のランディングが多く(年間約300件)、幼い頃、浜に上がったクジラを見たことのある自分にとってはわくわくだらけの本だった。

 

清塚邦彦『フィクションの哲学[改訂版]』

 フィクションと真理の関係についての考察がなかなかおもしろかった。各章で簡潔に話題を提供してくれるので初心者にもやさしいうえ、ときおり、面白そうと思わせるアイデアが転がっていたりして、ことあるごとに再読しておきたい一冊になった。とりわけぜんぶ嘘で書かれているノンフィクション、ぜんぶ真実で書かれているフィクションといったものについてはかなり自分が惹かれている題材なので考えたい(それについての考察は本書にはほぼないものの)。

 

キャサリン・M・ヴァレンテ「精巧な細工」

 SF作家というよりファンタジー作家として紹介されているヴァレンテ。今年No.1短編をあげろといわれたらおそらくこれになってしまう。暗さと甘さの同居するダークファンタジーとしてこれ以上ないオチも最高。とにかく読みましょう。そしてヴァレンテの短編集を出してほしい。

 

丸谷才一『樹影譚』

 すごいものを読んだ、という感触を適切に起こさせることのすごさ。

 

宮内悠介『超動く家にて』

トランジスタ技術の圧縮」がよすぎる。最初から最後までアイデアとプロットが生き生きとしている。こういうものがいいんだよな。

 

国木田独歩「運命」

 これについては以前ブログに書いたので(推理小説と〈偶然〉という回路について - ななめのための。)。

 

『続・吉原幸子詩集』『続続・吉原幸子詩集』

 惚れ込んでしまった。

 

 重々しくなりすぎない語りが絶妙によい。

 

P・D・ジェイムズ『死の味』

 上巻がだるい、という点はさておき(ジェイムズならだいたいそう)、終盤の悪との対峙は抜け出せない奈落に落ちていくようで息がつまってしまった。ここまで苦しい問題をずっと前に描いていたのか、と呆然としてしまう。ミステリはほんとうの悪をジェイムズのあとにどう描けるのだろう。

 

水原佐保「春愁う / 燕来る

 日常の謎がまだほんとうの意味で小品としてあったころの作品だと思う。「春愁う」は名作「砂糖合戦」のパロディとしての冒頭がいいし、「燕来る」も日常のなかに知りたいことを見つける、という少女の視点に見合った物語になっている。本格ミステリの技巧のまえに書かれて欲しいものがここにはある。

 

長野まゆみ『野ばら』

 完成されている。フリップフラッパーズがみたくなる。

 

 

 

 この上半期は書きたい小説を書くための資料を集めて、でもあんまり読めずに終わる、ということばかりだった。小説は、短編3、中編1書けましたが、納得のいく出来とは思えないし、30冊くらい読んでいない資料があります……。とりあえずあと三ヶ月(三ヶ月!?)でストフィクvol.3に書いた犯人当てバトル中編を完全版(長編)にすべく頑張ろうと思います。がんばります。いや、ほんとはほかにも書きたい小説がたくさんあるんですが、手がまわらない……。いやでもがんばります。ほんとうです。

 

エンディング:Codie「世界未知的終點」


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 以下は「2022上半期よかった曲」と夏なので「サイダー/ソーダ水のプレイリスト」です。夏なんでね。一生サイダーに思春期を仮託していきたいと思っちょります。

 

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