上半期よかった短編のはなし。

 タイトルの通りです。え、もう八月なかばなのに上半期のはなしを? ブログはどんな自由な発想で書いてもいいので……。順不同、新作旧作問わずとりあえず記録用に書いておきます。

 

エルサ・モランテ「一日」

 池澤夏樹世界文学全集レビューように肩慣らしによんだ。正直モランテは長編のほうが圧倒的に面白くてこの短編集は小品や習作だな、という感じなのだが、「一日」はもうひとりで起き上がれなくなった老人が朝起きて、介護を受けて、窓から通りを眺めてはその前を通るひとびとに声をかけて、ごはんを食べ、夜に眠るだけの話なのだが、ここにはスケッチ以上のものが宿っていて、なんだかため息をついてしまう。

 

林京子「道」

 昨年「祭りの場」をよんですご……と思っていたところ、顔の剥奪 文学から〈他者のあやうさ〉を読むで紹介されていたのでよんだ。戦争から何十年もたってたまたま地元に寄る用事ができ、そのさい母校に顔を出して、戦争で死んだ生徒や先生のリストを参照しつつ、知人の最期がどのようなものだったかを確認する……という話なのだが、これが「藪の中」のように、証言者によって死に方が違っている。ミステリのように答えが出るわけではないのだが、それでも生き残ったひとびとのあいだにいまも残るものが最後には現われて、こんなものを書けてしまうことにぞっとし、しばらく宙を見つめた。

 

佐多稲子「水」

 居場所をなくした人間が、極限の状態で、でも無意識になにをしてしまうのかの一瞬に収束する作品。短編小説ってこういうこともできるんですね。

 

 

松本清張「真贋の森」

「戻り川心中」の元ネタらしい「装飾評伝」が読みたくて手に取ったのだけれど、そちらはけっこう淡々とした構造がメインであって、どちらかというと肉の付き方がおもしろい「真贋の森」のほうが楽しくよめた。要するに美術界で村八分にされた主人公が贋作師を鍛えてその世界の重鎮を騙そうとするはなし。これも話じたいはシンプルなのだが、大真面目にやってる修行パートがよかった。

 

アリ・スミス「五月」

 読書会でよんだ。たまたま道を歩いてたところ、知らん人の庭に生えてた樹に恋に落ちる、というところでイメージ的に坂崎かおる「電信柱」を思い出したけれど、これのすごいところは、物語の視点をバトンタッチするところで、しかし状況の不思議さは決して客観的に説明されるわけでもなく、ただ人と人との距離みたいなものが平易なことばのなかでさらりと語られていくのが上品だとおもった。それでいて、何周か読むと一行で語られる奥行きやモチーフのつながりがちりばめられていて、短編の名手ってこういうのをいうのかもしれないとおもった。

 

つはらやすみ「パピヨン・ブラン」

『11 eleven』の帯だったかで「津原泰水は天才よ」みたいのがあったと思うが、もちろんそうなのだが、それは思考停止ではみたいな気持ちもあって、しかしこの作者のもつ幻惑的な、解釈の引っくり返し、的なモチーフはいったいいつからこんなに上手いのかがわからなくて、まんがですらそれを成立させてしまうとやはり天才なのか……とついつい思考停止してしまう。どのバージョンかはわからないけれど『夢分けの船』が出るのはうれしい。

 

高橋源一郎『「読む」ってどんなこと?』

 短編ではなくないか? でもここ最近の高橋源一郎のスタンスはここに集約されるのではないか、みたいな気持ちがあってかなり時間をかけて読んだ。あと並行して橋本治を読んだらこんなに影響を受けていたのか……とびっくりするくらい語り口が似ていてたまげるなどした。

 

野上弥生「京之助の居睡」

 野上彌生(子)、この時点でこんな切り口のはなし書けるの反則じゃないですかね。

 

魚住陽子「奇術師の家」

 小説で読者に魔法をかける方法はいくつかあるのだろうが、こんなすばらしい幻視の風景を書けるのはすごすぎる。そのあとに出てくるさりげない結末と主人公のスタンスもいい。奇術テーマアンソロジーがあるなら入れたいくらいいい。奇術師は一行も登場しないのにね……。

 

田中靖規『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』

 自分のなかで現代ホラーミステリにある実話怪談ルートに寄りすぎた結果、描写の持つふわふわした感じやオチの弱さを感じるときがあるのだが、これに対して、本作は特殊設定ミステリ的な豪腕によってすべてをクリアして、かっちりはめてくるので拍手してしまった。本編よまなくてもよめます。

 

ディーマ・アルザヤット「懸命に努力するものだけが成功する」

 吐きそうになった。

 

内田善美ひぐらしの森」

 またぶーけ作家に対する信頼が上がってしまった。漫画の描き方が洗練されすぎていて、すごすぎる。めっちゃ百合。

 

坂崎かおる「ベルを鳴らして」

 半年前に『百合小説コレクション wiz』で「人が惹きつけられる”もの”を書いてきた」と紹介させてもらったのだが、その後毎月のように作品が発表されていてとんちんかんなことをゆっていたらどうしようと思っていたのだが、「ニューヨークの魔女」含め、あたらずとも遠からず、くらいの気持ちになってほっと胸をなで下ろすなどしていた。でもほんとすごいんですよ、みんな読んでくれ……。

 

河野多惠子「遠い夏」

 戦争が終わってから物語ははじまるのだが、当初浮かんだ明るい気持ちは次第に裏切られ、どんどん主人公はみじめな気持ちになっていく。ただそうあるだけの日常が現われていくし、べつに終戦になったからといって、その瞬間にすべての人が死ななくなるわけではないということがあたりまえに書かれていく。

 

藤野可織「ブーツ」

 こんな面白い話が口述筆記で書かれてたまるか!!とおもいながら読んだ。オーディブルで朗読版もきけるのでおすすめ。女の子が憧れのブーツを見つけてほしいとお母さんにいって、クレカを渡されて買ったらお母さんが細かい傷や汚れを見つけてひたすら返却するように言って、デパートと家をみじめな気持ちで往復するはなし。

 

 

 今年は資料ばっかよんでて小説がよめてない。後半、あと四か月ですけどがんばりたいですね……。

 

 

エンディング:「Change」


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