2015年4月/5月

生活環境が変わったとはいえ、思っていた以上になにも読めなかったのがショック。そのせいか4・5月はリハビリのために漫画ばかり読んでいた。


表題作の、自分が好きだと感じていた部分が相手にとってはそれほど大したものではなかったと気づいたときにすーっと冷めてしまう瞬間が話のなかできちんとかつあっさりと(劇的ではなく)描写されているのには流石というしかない。あと二作目の女子高生がスーパーのレジ打ちやっている四十すぎのおばさんのところにやってきて手をすりすりするって場面が、やっていることはただそれだけなのに強烈な背徳感を醸し出していて、こう、なんというかコストパフォーマンスの高さに圧倒されてよいです。全編百合もの。『フラグタイム』は再読。発売当時は単純に楽しんで読んでいたのだけれど、ちょっとした発想レベルを起点にし、その一点を媒介させるだけでストーリーもキャラクターの心情も過不足なく追えるようになっているあたりストーリーテリングが尋常じゃなく上手い。特に最強ヒロインっぷりなふるまいの村上さんが最高で、彼女は主人公に対して(コミュ力の高い・観察力のある・そのいっぽうでなにを考えているかわからない)強者という立場にあるため、それを説明する絵として流し目をしている表情が多用されるのだけれど、あとになってその意味と心情が逆転する構図になっていることにようやく気づいてため息が出た。これも百合もの。
『空想少女』は長編じゃなく短編でも上記のレベルでストーリーテリングもライトな奇想ラブコメもそつなくこなせる作者だという証明なので特にいうことがない。

なによりも推理小説を少年漫画のフォーマットに落とし込むということを本当にやってのけていることが事件だと思う。なにせ大抵の作品はすこしでもミステリ要素が入った瞬間にお話のフォーマットは推理小説になってしまうのであって、構造的にそこから逃れることはほぼ不可能ではないかと個人的に思っていたからだ。にもかかわらずこれはその呪いから脱出できており、かつ推理の魅力自体は減退していない。つまり推理小説であることをやめたわけでもない。ではなにがなくなっているかといえば謎(およびその解決)によるストーリーの牽引という部分で、物語が答えに収束するようになっていないのだと思う。それでいて読者を飽きさせないように話をつくっているのだから舌を巻くほかない。


もともと読んでいたのは「滝」のみ。「滝」以外の四作のキーとなる人物はそれぞれ、本を介した集まりのなかで関係性の構築を失敗している(それは読書会という個人間のものから教会での説教というなかば公的なものまである)。原因はその人物のパーソナリティーが周囲とは違うものであり馴染みそうにないというものなのだろうけれど、人物の頑なな態度ゆえに浴びせられる理不尽な暴力にはどこか宗教じみた苦難の色があるような気がした。けれどもそれは視点人物には(むろん読者にとっても)最後までわからないものでもあるから同時につかみどころがなく、それゆえに目が離せない面白さになっていてとにかく圧倒される。技術的な面でいえばそれを裏打ちするためにエピソードの積み重ねの上手さなどがあるのだろうけれど(そうした部分は「滝」の異様な展開と説得力の高さにもある気がする)、まだ自分にはそこまで読み取れる力がないので、再読したい。

明日の狩りの詞の (星海社FICTIONS)

明日の狩りの詞の (星海社FICTIONS)

廃墟と化した東京で宇宙生物を狩って、食べる、という映像描写的出来事的な快楽はもちろんあるのだけれど、それ以上に石川博品が素晴らしいと思うのは視点人物の語りがまったく違和感がないということなんじゃないかと改めて思った。ふつう男子高校生の語りなんてものを出してしまえば、精神年齢の異様な高さや、逆に幼すぎやしないか、と思ったりするものだけれど、そういったことが一切ない、というより、そう思わせないような話の持っていき方をやってのけている。たとえばタイトルにあるように狩りに関する言霊についてのエピソードが重なっていくなかで、主人公は狩りのあいだだけ周囲との軋轢から開放される(そのあいだだけは言葉を必要としないコミュニケーションができている)のだけれど、たぶんそれ自体の危うさに自覚してしまうまえにヒロインからもまったく同じようなことを言われることであるとか(しかもそれが語られるタイミングのためにもっと別の部分に注目せざるをえないので言葉や軋轢の問題はたとえ意識下にあったとしても主人公にとって正面から捉えられることはない)、青春小説ってこういうものだよな、という部分をもれなくがっつりやりながら描写が心地よく、いつまでも読みたくなってしまう。

ずば抜けてスゴイ、というわけでもないが、舞台設定や推理のための実験をする探偵役など、こういうものが好きでやってますという感じが前面に出ているのでハマる人は確実にいる印象。本命と思われる推理は比較的シンプルなものでわかりやすく、どんな人が読んでも楽しめるという点ではエンタメだと思う。個人的には探偵役の職業ゆえにとある容疑者を除外できるようになっている手つきなどのほうがよくできていると思う。キャラ造形に関してはラノベ出身だからといって妙な気を回して中途半端にするよりも、もっと色を出してくれたほうがトンデモ系のトリックや推理ができるのでは、と思ってしまうのは『トリックスターズ』を読んでいるせいかもしれない。すでに次作にとりかかっているようなので、期待。