凪のあすからを誤読する19(25~26話)

 残すところ2話となりました。思えば遠くへ来たものです。もうここまでくれば筆者はただの台詞を機械的に引用するパーソンになるしかないのですが*1、気を緩めずやってやりましょう。ついに感動のフィナーレだ!

 

 

第25話 好きは、海と似ている。

 おふねひき前日。準備が進んでいます。光とまなかのもとにやってくるあかりと晃。晃はまなかに振られたことを根に持っているようです。おじょしさまにはペンダントが。「なまかの」「そうだよ。このペンダントのなかに、まなかさんの好きが詰まってる」それを奪い取る晃。しかし転んで、海に落としてしまいます。

 飛び込む美海。思いが溶けていきそうになるペンダントからは「ひーくんが好き」という声が。「やっぱりそうか」と紡。「やっぱりって、どういうこと?」5年前の回想。網にもう一度かかったとき。12~13話ですね。

「ひーくんは、海なの」

「え?」

「わたし、海から出てきて、太陽が輝く地上は楽しくて、どきどきしたけど。海がそこにあったから、だからこそ地上に憧れることもできたんだって、気づいたの。わたしは海のそばじゃないと、胞衣が乾いて、息ができなくなる」

「それって、光を好きだってこと?」

「……」

「どうして泣くんだ」

「ちーちゃんの気持ちがわかった。ひーくん好きなの言わないでって。わたしも言わないでほしい。誰にも」

「それでいいのか?」

「……うん」

  現在へ。「どうしていままで黙ってたの」と美海。対して「言わないでって言われたから」と返す紡。好きな相手からのはたらきかけはもう済んでいることになります。「きっと、好きは海と似ている」「楽しさや、愛しさだけじゃない。悲しみも苦しさも、色んなものを抱きしめて、そこから新しい思いが生まれる」それを聞いて浮かび上がる美海。「両想い、だったんだ」

(光とまなかさんは両想いだった。おふねひきで、まなかさんのだれかを好きになる思いが戻ったら。そしたら……そしたら……)

 夜。一緒の布団で横になるまなかと美海。「わたしが悪いの。わたしが好きをわからないから」と耳をふさぐまなか。「波の音が消えない」美海が手をあてると音は消えます。「すこし、このまま。いい?」

 紡の家。作業をしているちさきのところへ紡。「要から聞いた。お前の気持ち」「な、なにを?」「嘘つかなくていいんだ。もうなにも」「違う」「お前だけじゃなく、向井戸も」それから紡はまなかのほんとうの思いを教えます。

「わたし、ほんとうに最低だ。願ってた。昔から。いまもずっと願ってた。光がずっとまなかを好きでいてくれるようにって。まなかもずっと光に守られてほしいって。大好きな4人で、なにも変わりたくなかったから。光とまなかには、両想いであってほしかった。それがわたしたちの変わらない、昔からの関係だったから」

「いまはそうじゃない。4人の関係を守りたいからじゃない。お前は俺のことが好きだ。だから、ふたりには両想いであってほしかった」

  ちさきの変わりたくないという思いが、5年かけたいま変化を求めていることを紡は指摘します。そしてまなかの想い人が光である以上、紡の好意をちさきは否定できなくなったことに。このシーンの会話はこれまでの物語の状況説明に聞こえますが、じっさいは紡がちさきを説得しに≒口説きにきているシーンでもあります。最後の壁が崩されたちさきはもう拒絶の意志を見せません。ちさきを抱きしめる紡。「駄目……駄目……」といいながらもそれ以上はなにもないちさき。(わたしだけが幸せなんて……駄目……)最後のモノローグが駄目押しの状況説明になっていますね。だからここはまだハッピーエンドではない。

 胞衣を塩水で濡らす美海。偶然、外に駆けていく光を見つけます。追いつく美海。船を調べようとしていたらしい光。会話をすっとばしてまっすぐに訊ねる美海。

「まなかさん好きなんだね」

「な、なに言ってんだお前」

「好きなんだね」

「……ああ。まあな」

「もっと言って。もっと言って。まなかさんが好きだって」

「ば、馬鹿じゃねえの」

「言って。色々してあげたお礼に」

「どういう趣味だよお前……」

「言って。お願い」

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キメキメのカット。月夜にシルエットが映える。ほぼ恋愛映画でしょこんなの。

「……まなかが好きだよ」

「もっと」

「まなかが好きだ!」

「もっと……もっと!」

「おい、お前いい加減……」

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アップを先に出さず、シルエットの変化で説明するかっこよさ。

  泣いているのに気づく光。「美海……」そして逃げ出す美海。「どこ行くん」「帰るの!」

(痛い。光を好きな気持ちが痛い。もっともっと、痛くなって。光を思うのが限界になって、投げ出したくなって。そしたら、わたしは……光を諦められますか?)

 ついに美海も名実ともに限界になりました。いい加減にしてくれ。

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『凪あす』名物こと限界になると映える景色。この廃線はこの話にしか登場しない。

 おふねひき当日。紡のおじいさんもやってきます。造船所で準備をする女性陣。それを覗いている晃。まなかに気づかれて逃げるも、呼び止められます。「あのね、わたし、言うの忘れちゃってたことがあるの」「お手紙ありがとう」うれしそうな表情をする晃。浣腸して去っていきます。「好きは、ありがとうなんだね」そして波の音。

 いっぽうちさきと要。ちさきは要に「あの、ありがとう」と感謝を伝えます。しかしそれから要は真面目な表情に。

「ちさき、変なこと考えてないよね。今度は自分がおじょしさまの代わりになろうとかさ」

「ずっとみんな一緒だったの。わたしだけ地上でずっと……」

「駄目だよ」

「要……」

「駄目だから」

  比良平ちさきa.k.a.めんどくさこじらせヒロイン大賞の本領が25話に至っても遺憾なく発揮されています。彼女の5年間は紡といられた幸福とひとり冬眠できなかった罪悪感でできていますから、それを帳消しにできる(できるとは言ってない)おふねひきは魅力的な自殺(逃避)に見えるんですね。

 夕方。御霊火とうろこ様が到着。浜につくられた祭壇に。おじょしさまを見つめるうろこ様。「毎度のことながらまったく似とらんのう」「実際のおじょしのがずっといい女だったって?」と光は訊ねますが、うろこ様は否定します。

「ちんちくりんのそばかすだからけ。身体も弱くてのう。生贄なんて言葉を使っても、飢えた地上の人間にとって、結局は体のいい人減らしだったんじゃろうなあ」

「あんた、おじょしが好きだったんだろ?」

(…)

「おじょしのこと、地上に帰しちまって、ほんとにそれでよかったのか?」

「儂はこう、海神の肩甲骨のあたりに生えておったんじゃ」

「え?」

「右手の鱗だったなら髪を撫でてやることもできた。左手だったなら腰を抱き寄せることもできた。しかし剥がれ落ちた瞬間に海神とは別のものになってしまった。そうなればただの鱗。しかも肩甲骨の鱗じゃ。おじょしのなにを語れるか」

  おふねひきがはじまります。美海、さゆ、まなか、ちさきが御霊火を貰い受け、船が出航します。美海が直した旗を振る光。祝詞(?)とともにおじょしさまが落とされようとするとき、凪いでいたはずの海が5年まえのように荒れはじめます。そして大波が船を呑み込み、まなかとおじょしさまを海に引き摺り込みます。

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大波の様子。『凪のあすから』で最も暴力的なカット。

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13話との比較。25話のやばさがわかる。紡は二度も似たような目に合っている。

 まなかにはもう胞衣がありません。海のなかでは息ができない。すかさず飛び込む光、美海、紡、ちさき。要はさゆを助けます。まなかのモノローグ。

(海のなかがこんなに苦しいなんて。激しい。痛い。怖い。わたしをずっと守ってくれていた海が)

 まなかに追いつこうとする美海。彼女の周りにまなかの剥がれた胞衣のようなものが。それを見た紡が語ります。

「美海の気持ちに海が反応している。向井戸は光が好きだ。そして美海も。向井戸の思いと、美海の思いはよく似ている。だから、海に溶けた向井戸の思いが、輝きだしたんだ」*2

 美海がまなかを捕まえ、ふたりを思いが包み、まなかに胞衣が戻ります。

「やっぱりだ。美海ちゃんとこうしてると、とっても楽になる」

「わたしの胞衣が光を好きだって叫んでるからだよ」

「え?」

「光だけじゃない。海を、みんなを好きだって叫んでるから」

  思いの輝きが増しますが、竜巻がふたりを襲います。美海はまなかをかばい、海底へ流されていきます。追いかける光と紡。たどり着いた先はおじょしさまの墓場。その中央に倒れている美海。救い出そうとする光ですが、見えない力に阻まれます。胞衣の糸のようなものが美海を繭のように覆っていきます。

「ひーくんが好き」という声が落ちてくるおじょしさまとともに聞こえ、そこに意識を失いそうになる美海の思いが重なります。

(光。好き。わたしは光のことが、大好き。大……好き)

 叫ぶ光でエンディングです。あらゆる感情が限界になり、海に結び付けられています。好きは海に似ている。それ以上言うことはありません。心して向き合いましょう。

 

第26話 海の色。大地の色。風の色。心の色。君の色。〜Earth color of a calm

  光たちが美海を助けようとするいっぽう、海上の船は接岸し、あたりは騒然としています。「僕、もう一度行ってくるよ!」と海に飛び込む要。あかりは氷の上にまなかを引き上げるちさきを目撃します。まなかのモノローグに合わせて物語が映像で語られます。長いですが引用します。

(美海ちゃんに抱きしめられて、なくした気持ちが、すうって、呼吸するみたいに戻ってきて。そう、呼吸するみたいに。わたしだけじゃなくって、色んな気持ちが心のなかに入ってきた。美海ちゃんのお母さんは、美海ちゃんのお父さんに恋して、地上を目指した。あかりさんが、紡くんのおじいちゃんが、駄菓子屋のサツキさんが、コージ兄さんが、わたしの知らない色んな人が、誰かを愛するために、地上へ。そのなかに、おじょしさま。

 おじょしさまは泣いていた。輝く海で感じていたのは、海に溶けた物語。海神様の物語。海神様は生贄だったおじょしさまを愛するようになって、そしてつらくなっていった。おじょしさまは生贄になる前に、地上に思い人がいたこと。自分のせいでふたりの仲を引き裂いてしまったこと。おじょしさまは、それを一言も責めなかった。けれど、海神様は、彼女を愛すれば愛するほど、どんどん苦しくなっていって。思い人を忘れられず、隠れて涙するおじょしさまを地上に帰そうと決めた。

 だけど、海神様は知っていた。地上に残してきたおじょしさまを思い人は、おじょしさまを失った苦しみに耐えきれず、帰らぬ人となったこと。だからこそ、海神様はおじょしさまから、誰かを好きになる気持ちを奪った。その気持ちを持っていれば、愛する人を失った気持ちに耐え切れず、思い人と同じ道をたどってしまうかもしれない。凪いだ海はおじょしさまの心。もう激しく荒れることはない。愛を失った、平静の心)

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在りし日のおじょしさま。子供がまなかと光になっている。

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凪いだ海。好きと海は重なる。まなかはおじょしさまの感情も理解した。

 まなかとちさきのところにやってきた要。まなかは人工呼吸を施そうとしますが、胞衣があることに気づきます。目覚めるまなか。海が光りはじめます。「美海……美しい海」とまなか。涙がこぼれます。「海が語り出したか……」とおじいさん。言葉の理解は追いつきませんが、エモーションによってすべて感動できそうなシーンです。海神様の思いが美海(とおじょしさま)を生贄として取り込み、安定した状態でしょうか。

 海底では美海を救い出そうとする光ですが、弾かれてしまいます。「待て光。もうやめておけ。いま無理に連れ出せば、向井戸と同じことになる」と紡。「じゃあ黙って見てろって言うのか!」その場にうずくまる光。「美海は、ずっと海を見ていた」と回想。「光を待ってる」という小学生の美海*3。「きっと助かる方法はあるはずだ。軽率に動かないほうがいい。村のほうで、なにか異変が起きてないか見ている」と紡。社殿の前に行くとうろこ様が。

 いっぽうおじょしさまの墓場にいる光。

(まなかが俺を好きになってくれる。俺はずっとそれを望んでた。いちばん近くで、いつも笑ってたかった。まなかの笑顔を守りたいって。でも、陸に上がってきて、不安に押しつぶされそうな俺を、いちばん近くで守ってくれていたのは……。なのに、俺は、お前の気持ちに全然気づかなくて……。お前、すげえ傷つけて……)

「俺……お前、なんなんだよ。お前、アホだろ。どうして俺みてえなの好きになったんだよ。まなかと両想いだって……美海、お前がこんなになるようなら駄目なんだ!」

(お前があかりのこと好きになってくれたから、こんな幸せな眺めがある。だからあいつにも、思い出させてやりてえ)

「あんなのは違ってた。やっぱりお前の言う通りだった。好きにならなければつらくならない……」

(誰かを思えば誰かが泣く。誰かを犠牲にして傷つけて……そんなのが好きって気持ちなら……)

「人を好きになるって……最低だ……! 奪ってくれよ海神! 俺の誰かを好きになる気持ち、まるごとどっか持っててくれ! そんで! 美海を助けてくれぇ!!」

  まなかにとっての光が海だったように、5年後の世界にやってきた光にとっては美海が海だったという切り返しがここで語られています。

 光の気持ちが海に広がっていきます。それを氷上で感じ取ったのか、「大丈夫だよ、ひーくん」とまなか。「美海ちゃんの気持ちは……」

 眠っている美海、しかし意識はあるようです。

(泣いてる。ああ、光は馬鹿だなあ。海神様も馬鹿だ。海神様、どうしておじょしさまの心を奪ったの。だって、おじょしさまは……ああ、教えてあげたいな。海神様に、光に。誰かを好きになる気持ちは……)

 うろこ様のもとにあった御霊火が柱のように燃えたかと思うと、龍のように汐鹿生村を勢いよく駆け抜けていきます。海神様の意志。それぞれの家先にも火が灯ります。

(光に伝えたい。こんなふうに、わたしを思って泣いてくれる人を、好きになってよかったって)

 墓場に海神様の意志がやってきて、打ち捨てれられていたおじょしさまたちに火が移ります。助けようとする光の手に、まなかのペンダントからの輝きが。

(光が教えてくれたんだよ)

(誰かを好きになるの、駄目だって、無駄だって、思いたくねえ)

(そう。駄目じゃない。好きな気持ちは、駄目じゃない)

  輝きとともに、繭が破れます。光は美海を救い出し、脱出を試みます。火に呑まれていくおじょしさまたち。「海神様……おじょしさまの気持ち……海に……」つぶやく美海。それからあたりに「忘れたくない。忘れたくない。わたしは、あの人を忘れたくはなかった」と声が。「だけどなにより、子供たちと、あなたの日々をなくしたくなかった。わたしのなかの、愛する心」おじょしさまの声です。それを聞いた光と紡、美海。

 そして笑い出すうろこ様。

「なんて愚かなんじゃ。神が聞いて呆れる。海神よ、おじょしから愛する気持ちを奪っておきながら、その愛が誰に向けられたものかまではわからなかったと言うか。そして、いまごろになって海に溶けたおじょしの本心を知ったと言うか」

(…)

「おじょしさまの代わりにまなかを手に入れ、海に溶けた海神の感情は落ち着き、海は凪となった。傷つかなければ波が立つこともない。しかし、そこに悲しみはないが、同時に喜びもない」

「御霊火は海神の意識、でしたね」

「ああ。御霊火はいままで自我を捨て、神としての役目を全うしてきたが、海に溶けたおじょしの心に思い出したんじゃろう」

「うろこ様……」

  崩壊していくおじょしさまの墓場。あたりにはおじょしさまの思いが光の粒として漂っています。「そう。儂は鱗。海神の鱗……」光に手を触れるうろこ様。(けれど……海神と同じく、おじょしさま……あなたを永遠に愛している……)

 そこにやってくる光の父、灯。「冬眠はどうしたんだよ!?」と訊く光。「海と地上の人間のあいだに生まれた子供は胞衣を失う。(…)しかし美海がいる。美海には胞衣がある。ならばこれから先の希望も残されている」と灯。そもそも冬眠の目的は海の人間たちだけで子孫を残せる環境になるまで待つことでした。その前提が破られたということでしょうか。そして「晃に会わせてくれ」と灯。冬眠中も意識はあったようです。「お前の声は届いていた。お前の気持ちも届いていた」

 海上では光がやわらいでいきます。まなかのモノローグ。

(永遠に、変わらない心。時の流れに変わっていく心。そのすべてが、間違いじゃない)

「おかえりなさい」

(凪いだ海が、動き出す)

  波が生まれはじめます。「あれを見ろ」とおじいさん。汐鹿生の人々が目覚めて氷上に出てきました。そこには光たちも。泣き出すあかり。船を出す地上の人々。再会を喜び合います。これまで出てきたカップリングもここで収束していきます。紡とちさき。要とさゆ。

(好きは、海から生まれる。穏やかで、優しくて、激しくて、痛くて。それでも、どこまでも優しい海。好きは、海に似ている)

 向かい合う光とまなか。しかしまなかはその横を抜けていきます。美海。

「美海ちゃん。よかった。よかったよ美海ちゃん」

「お前なあ、俺の心配は?

「ひーくんは頑丈だもん!」

「頑丈って」

「頑丈のがっちがちだもん」

「まなかさんが、まなかさんが、ちっちゃいころから知ってるまなかさんだ! おかえりなさい! まなかさん!」

  泣きながら抱きつくまなか。彼女に好きという感情が戻った証拠の涙。

(すべては、海から生まれる)

 後日。漁協の前を走っている晃。海に飛び込む音。

 人の声で賑わっている海中。朝食を摂る光と灯。

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社殿の再建もはじまっている。冬眠中にあった暗い色調もなくなっている。

 登校する光と要。まなかは忘れ物。「まなかとは相変わらず?」と要。

「デートでもすればいいのに。せっかく両想いだってわかったのに、なんの進展もなしって問題じゃない?」

 「ばっ、いいんだよそういうのは」

「いつかのちさきみたいなもの? 変わりたくないって」

「いや、変わってもいい」

「え?」

「だけど、変わらなくたっていい。自由だ」

  遅れて走っているまなか。そこに晃が。胞衣があります。海上にあがるふたり。漁船にいる紡。「今日、行くんだよね」「ちょっと、大学に戻る前に見ときたいなって、海」紙飛行機。後期エンディングで見たことある色合い。そしてふたりして、呪いの魚の真似「また会おうネ」「あた会おうネ」

 それを見ている光と要。光のモノローグ。

(まなかと紡が出会ったとき、運命の出会いだと思った。だけど……。運命なんかなにひとつない。すべては自分たちで変えてゆける)

 学校。髪型を変えるさゆ。美海のモノローグ。

(地上で暮らしていたわたしは、海の人を好きになった。その初恋で流した涙は、優しい海に溶けていった。すべてを溶かしたその海は、これからも新しい命と新しい思いを生んでいく)

 転びそうになるまなかを呼び捨てにする美海。変化の兆し。

 冬眠が終わっても、紡の家で暮らしているちさき。おじいさんは退院したようです。

 光のモノローグ。

(いつか来る地上の終わり。どうなるかなんて、まだなにもわからないけれど、思いがきっと変えていける気がする)

 サヤマート。あかりの描いたポップ。共同開発。地上と海が手を取り合っています。

 浜にできた祭壇にいるうろこ様。

「海神様。まっこと面白いですなあ人間というものは。傷ついても、答えはなくとも、それでもひたすらあがき、夢を見て、その思いが大いなる流れを変えることもあるやもしれん。ほう。ぬくみ雪がやみましたな」

 飛んでいく飛行機。

 海辺を歩くふたり。日差しが陸のほうにあるので早朝ですね。「ねえ、ひーくん覚えてる?」とまなか。あたりにはただ波の音だけが響いています。

「5年前のおふねひきのとき」

「終わったら俺に話したいことがあるってやつだろ」

「うん。覚えてた」

「忘れてたのはお前だ」

「でも、言葉にしなくても」

「もう伝わってる」

「海に溶けて、空気に溶けて。時間を越えて、伝わる気持ち」

「この世界には、たくさんの思いが輝いている」

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世界一美しいラストシーンのひとつ。エンドロールもなく、情感だけがある。

 ここでエンディングです。

 さあ、涙を拭いて。ぼくたちにはまだ仕事がある。

 このエピローグでのふたりは、それまで着ていた浜中の制服ではなく、波中の制服に戻っています。会話では「5年前」と言及してますから、時間は長く経っていないはずです。入道雲があるので気候としても夏でしょう。となるといったいふたりはいつ制服を用意したんだ、という野暮な疑問が浮かぶわけですが、この映像が5年後であるとはどこにも明言されていません。

 ですからここでは複数の可能性を考えることができます。5年前にこういう時間をふたりは過ごしたことがあって、その映像に合わせてふたりの会話が重なっていただけ、とも考えることができますし(実は回想だった)、曖昧な時間のなかに溶けた彼/彼女たちによる心象風景と捉えることもできます(回想ですらなかった)。台詞に合わせてまなかと光以外の5人は現れたり消えたりしていますし、画面そのものが思いによって構成されていると見てもいいはずです。解釈は自由だ。

 でもやっぱり答えが知りたいじゃないですか、と考えるも『凪のあすから』のファンブックも公式設定資料集も2020年現在では中古品しか出回っていらず、価格も地味に高騰しているという現状。公式の見解を現状手にする手段はなかなかない。しかしヒントはありました。美術監督東地和生氏のツイッター。2018年の投稿。

 「あったかもしれない世界。」どこまでシリアスに受け取るかによって印象は変わるかと思いますが、単純な時間軸で考えると違和感が生じるのは間違いなさそうですね。5年の時間が経って明かされるというのもエモです。そこまで考えてツイートなされているわけではないと思いますが……。

 というわけで『凪のあすからファンブック アクアテラリウム』もしくは『凪のあすから設定資料集 デトリタス』をお持ちの方、譲ってもよいという方はご一報ください。お待ちしています。あ、東地和生氏の美術背景画集『Earth Colors』もあればぜひぜひご連絡ください。

 そろそろ話すことも尽きてきましたが(というより終盤は情によるパワーで殴っていく作品なので解説することがありませんでしたが)、ここまでお付き合いいただいたみなさんに向けて、2020年に『凪のあすから』を視聴するルートだとなかなかたどり着かない情報を出して締めることにしましょう*4

 お手数ですが、以下の動画をご覧ください。


凪のあすから 電撃20周年祭 上映PV

 2012年、凪のあすからの製作発表PVですね。ナタリーによる作品製作発表の記事が同年8月*5なので、この動画は10月のイベントで上映されたようです。

 見ていただければわかる通り、作中にはほとんどでてこないシーンばかりで構成されてます。まさしく企画段階といった感じ。造船所はまんまですね。

 小さなステージでおじぎをするまなかとかどういう経緯だったのか気になりますし(ぬくみ雪はあるし魚も泳いでるし波路中でしょうか)、紡のデザインはどちらかというと女性向け漫画っぽさがあります。

 出てくる言葉も爽やか青春ものっぽさがありますね。とはいえ、この爽やか青春ものっぽさは放送前の2013年8月のPVでもしぶとく生き残っています。


「凪のあすから」PV

 PV開始15秒の「水面に揺れる、光の欠片たち。それは生まれたての、柔らかい気持ちたち。あなたに伝えたいから待って。あの海が凪ぐまで、もうすこしだけ待って」を信じて本編第1話を視聴したらさすがに温厚な人間でも吐いてしまうと思う。詐欺でしょ。いい加減にしろ。関係者は正式に謝罪しろ。すみやかに設定資料集を再版しろ。

 さて冗談は措いといて、前述の上映PVの1:28~、波の寄せる浜を俯瞰で撮った構図はそのまま本編のラストシーンに使われていますね。

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上映PV版。夕陽が差している。

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最終話。朝日が差し込む直前。浜にできた波跡は同一と視認できる。

 こうして企画段階はまなかひとりだけだったのが、光とふたりになり、美しいエンディングとなったわけです。そう思うと泣けてきますね。

 まあじっさいのところ世界の終わりが確実に避けられていたわけではなく、海神様の気持ちがようやく報われたというだけでしかありません。それに伴い海が感情の変化そのものを受け入れただけで、これからはどうなるかわからない。

 わからないけれどそれを肯定して生きていこうよ、というのがこの『凪のあすから』の結論です。そしてそのこれからをつくるのが彼/彼女たちという話でもあります。だから終わりゆく世界をどう生きるかの話。

 セカイ系的にどうなの、という部分に関しては、非人格的なルールそのものに物語によって人格性を与え、そこに感情的な救済をもたらすことで理不尽なルールそのものを失効させたのが『凪のあすから』です。セカイ系の系譜にはあると思いますが、セカイ系そのものにない手法で物語を解決に持ってきたという点で『凪のあすから』は画期的ですし、単純なセカイ系フォロワーとしてはなかなか語れない作品でしょう。構造が多層化してしまっている。

 しかし結論は単純です。海は好きに似ている。荒々しくも優しくもある。彼/彼女らは自らに生まれた海を、感情を、変化を受け入れた。だからこそ波の音で世界が包まれている。まなかはもう耳をふさぎません。凪の海は終わったのです。

凪のあすから』のタイトルの意味がようやく伝えられ、そして幕は下りていきます。

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ところでこれ森博嗣っぽくありませんか。

 オチ!!!(おしまい)

*1:最初からそうだった。

*2:さすがにこのあたりの説明は野暮ったい印象だが、思えば野暮ったい設定周りのことは紡が担当する役回りになっていた。デトリタス。

*3:以前20話のとき紡は美海の理解者だという話をしましたが、その理解者になった瞬間はこのときかもしれない。凪のあすからを誤読する15(20話) - ななめのための。

*4:筆者は2020年3月に『凪のあすから』を視聴し、5月28日に2周目を終えた。

*5:電撃大王×P.A.WORKSによるオリジナルアニメの製作決定 - コミックナタリー