「アリバイ探し」ミステリを探しています。

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TVドラマ『アリバイ崩し承ります』より

強いて拙作の特徴をあげるならば、これは、アリバイを破る従来の型とは違って、アリバイをさがす点にあるだろう。海外に例を求めれば、W・アイリッシュの長編《幻の女》とフレドリック・ブラウンの中編《踊るサンドイッチ》くらいしか思いうかばない。

 以上の文は鮎川哲也が自作短編「急行出雲」について触れたときの文章*1

 自分はこういう作例を「アリバイ立証型ミステリ」となんとなく脳内でネーミングしていたけれども、ジャンル内では「アリバイ探し」という呼び名が慣例的に用いられているらしい。初出は不明。でも大山誠一郎先生もそういってるし、それなりに歴史のある言葉なのかもしれない。どうなんでしょう。

 やってみなくちゃわからない、わからないならやってみよう、と萌黄えもさんも言っているわけだし、「アリバイ探し」型のミステリ短編はどのくらい作例があるのか探してみた(インターネットで)。ついでにアリバイ崩しの名作長編も読みたいわね、と思いましたが光文社文庫から鮎川哲也『アリバイ崩し』という短編集が出ているおかげでインターネットは汚染され、なにも見つかりませんでした。だれもおまえを愛さない。

 

シャーロット・アームストロング「アリバイさがし」

 『ミステリマガジン700【海外編】』に収録。宇野輝雄訳。《ミステリマガジン》1965年5月号掲載で、原題は”The Case for Miss Peacock”。訳題がずばり「アリバイさがし」であることから、この概念がわりと前から存在したことが想定できる。

 ある日、ミス・ピーコックは洋品店の店員を倉庫に閉じ込め、そのあいだ店員のふりをして一日分の売り上げをかすめ取った犯人だと指摘される。もちろん本人にはそのような記憶はない。しかしアリバイを証明しようにも、ミス・ピーコックは二か月まえにカリフォルニアに引っ越してきたばかりのひとり暮らしで、知り合いはどこにもいない。ミラー刑事とミス・ピーコックは、ふたりで彼女のアリバイを探しはじめる。

 謎解き本格ミステリというよりは、地道な捜査小説。しかしこの小説が目的としているのはアリバイ探しによって、人ひとりの生活が案外他人には見られていることが判明してしまう皮肉というか、生活者の悲哀めいたものが浮かび上がるオチのほう。またヒロインのミス・ピーコックはミステリ読者で、時折ミステリオタクっぽい発言をするので捜査過程には適度なほのぼの感もある。小森収によれば、本編はエドガー短編賞の候補になっていたとのこと。

参考:Webミステリーズ! : 短編ミステリ読みかえ史【第123回】小森収

 

フレドリック・ブラウン「踊るサンドイッチ」

 フレドリック・ブラウン『復讐の女神』に収録。小西宏訳。原題”The Case of the Dancing Sandwiches”。訳の初出は1951年の《宝石》。参考:踊るサンドウィッチ - フレドリック・ブラウン

  カール・ディクソンが車のなかで目覚めると、目の前には死体があり、拳銃が転がっていた。昨晩酒をはしごして一緒に飲んでいた相手にはめられたのだ。警察に証言をしても、彼がその夜に飲んでいた相手はいっこうに見つからない。結果、彼は法廷で有罪となり、死刑はまぬがれたものの妻をひとり残してしまった。妻スーザンは刑事ピーター・コールにそれまでの出来事を伝え、探偵を紹介してもらおうとする。カールの証言によれば、彼は事件当夜に「アンシン・アンド・ビッグ」という店を訪れたというのだが……。

 中編。前述のとおり、鮎川哲也はこれを「アリバイ探し」型のミステリといっているのだが、正確には容疑者となったカールのアリバイを直接立証する話ではない。どちらかというと、彼の「証言」の正しさを証明するために奔走する話になっている。よってカールの証言にある店を探すのが物語の目的で、これの特定が真犯人の使ったトリックを看破することにつながっている。古典的だが、見映えのする謎解きは楽しい。

 また、この作品の構成は鮎川に影響を与えたと思われ、三番館シリーズ「春の驟雨」には容疑者の証言にしかない建物を探すパートがある。

 補足だが「踊るサンドイッチ」を含むブラウンのミステリもの短編集その2は越前敏弥による新訳となって9月に出る予定とのこと。旧訳はかなり言葉が古いので新訳で読んだほうがまちがいなく楽しめると思う。

参考:不吉なことは何も - フレドリック・ブラウン/越前敏弥 著|東京創元社

 

鮎川哲也「急行出雲」

 鮎川哲也『五つの時計』ほかに収録。

  ゆすり屋の三田稔が殺された。容疑者となったのは殺害された日に三田の住む宝來莊を訪れた唐沢良雄で、一度被害者を殺したあと、煙草の吸殻を取りに戻ってきたのではないかと考えられたのだった。唐沢は死亡推定時刻には急行”出雲”に乗っていたと主張し、何号車のどの座席に座っていたのかも警察に伝えた。しかし当時座席の周囲にいた人間を呼んできても、唐沢と乗り合わせたとは証言しなかった。唐沢にもその人たちと一緒にいた記憶はない。この奇妙な食い違いはなんなのか。

 鬼貫警部ものの短編。この作品について、鮎川自身は「本編も平均点を越える出来にはなれなかった」と述懐していて、じっさい真相はシンプルな鉄道トリックで構成されている。これをスマートと見るか、一発ネタと見るかで評価は変わると思う。また、アリバイさがしというわりには、鬼貫が目星をつけた真犯人をあげることがメインで、結果的に容疑者のアリバイのほうも証明する構成になっている。

 先にも書いたが、鮎川はアリバイ探しについてはいろいろと思うところがあったらしく、「春の驟雨」では容疑者の証言の確かさを証明しようと動いたり、容疑者が事件当時飲食店にいたというのにだれも目撃していない「新ファントム・レディ」*2などの作品を残している。どちらも三番館シリーズで、このシリーズでは第一容疑者になってしまった人を助けるために私立探偵が捜査を頼まれる、というパターンが多い。とはいえ、これらもアリバイ立証がメインというよりは、べつの真犯人を見つけて濡れ衣を晴らすという筋が基本。

 

西村京太郎「幻の特急を見た」

 西村京太郎『雷鳥九号殺人事件』に収録。

 池袋で宝石商の社長、山本勇一郎が殺された。容疑者はふたり。別居中の妻と、被害者の個人秘書で、マンションで一緒に暮らしていた星野和郎。捜査では星野に容疑が傾いたが、彼は事件当時、静岡県富士川の川べりにおり、橋梁を走る下りの特急電車を見ていた。その車掌に手を振ると、手を振り返してくれたという。この証言が正しければアリバイは成立するのだが、彼が見たという時間に走っていた下りの特急電車は、時刻表を調べても一両もないのだった。

 十津川警部ものの一編。当然ながらこちらも鉄道ミステリ。枚数が少なく、知識もの的なアイデアで構成されているので推理というわけではないものの、時刻表に意外な穴が存在するという鉄道ミステリの楽しみを味わえる出来になっている。アイデア一本のアリバイ立証になるとこういう短さになるんじゃないか、という例でもあるが、アイデアの強さがあるのであまり気にならない。

 

小泉喜美子「オレンジ色のアリバイ」

  小泉喜美子『痛みかたみ妬み―小泉喜美子傑作短篇集』に収録。

 わたしはことし十九歳。デザイン関係の仕事で一本立ちできたらいいなと思って、そのときの名前を自分で考えてみたの。虹丘梨路(にじおかりろ)っていうんだけど、ある日、親友の奈々子が待ち合わせに遅れてきて、その次の日に殺人事件の犯人にされちゃった。被害者の家から『オレンジ色の服を着た女』が出てきたっていう目撃証言があって、たしかにその日、奈々子は目もさめるようなオレンジ色の服を着ていたの。でも――でも、奈々子は犯人じゃありません! それはあたしが証明します!

「小説ジュニア」という少女向け月刊誌(現在の「Cobalt」の前身)に掲載された短編。アリバイ探しの定番の証人探しをこなしつつ、けれども見つかった証言には色の齟齬がある、という構成が光る。肝心な謎解きは小学生でもわかる簡単なアイデアだが、手筋にはむだがなく、違和感を主人公が指摘するところもシンプルだが探偵然としていて気持ちいい。少女小説のノリが合うなら楽しく読める一作。

 

 大山誠一郎「時計屋探偵と失われたアリバイ」

  大山誠一郎『アリバイ崩し承ります』に収録。

 ピアノ教師の河谷敏子が殺された。殺害された当日、被害者はマッサージ店に行っており、その店主は敏子が妹の純子ともめていたと証言する。警察が話を訊きに行くと、事件当時純子は家で十八時間も眠っており、目覚めたとき、服に血がついていたという。彼女は言う、自分は夢遊病の発作を起こし、姉を殺してしまったのではないかと。それだけではなく、その日おかしな夢を見たのだという。つまりそれが夢遊病のせいだったのではないかと疑っているのだった。

 第一容疑者は眠っていたので証言にならず、そのため彼女を陥れたトリックそのものを見抜き、真犯人をべつに指摘することでアリバイを探す構成になっている。よって、こちらもメインはアリバイ探しというよりは、アリバイ崩しの変形パターンといったほうが正確かもしれない。トリックはかなりの剛腕だが、犯人を逮捕するための決め手の見つけ方はかなり計算されている。

 

米澤穂信「金曜に彼は何をしたのか」

  米澤穂信『本と鍵の季節』に収録。

 僕と松倉詩門は図書委員の後輩、植田登に、兄の容疑を晴らしてほしいと頼まれる。上田の兄、昇は学内でも有名な「不良くん」で、学校の窓を割ってテスト問題を盗んもうとした嫌疑をかけられたのだ。目撃証言は「背の高い男子」で、彼だけに嫌疑をかける理由はないのだが、教師に目をつけられてしまっていた。手がかりは部屋にある兄の私物とレシート、と事件当日にかけてきた電話。僕たちはその日彼が何をしていたかを推理する。

 アリバイ探しもののほとんどは被疑者の証言(基本的に嘘はない)をもとにはじめられるのだけれど、この短編ではその中心人物は最後まで登場しない。よって、そもそも被疑者がどこでなにをしていたのかを間接的に推理するつくりになっている。アリバイの立証に関してはシンプルだが、推理じたいがもたらす効果まで物語に含まれており、さすがは米澤穂信といった出来。足がかりとなる根拠も要所要所でしっかりと入れ込んでいるので隙がない。謎は小粒であるものの読後の余韻が残る一作。

 

「コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎」

 『本格王2021』に収録。

 カフェ〈アンブル〉では毎月「コージーボーイズの集い」が開かれている。ゆるゆるとミステリ談義をするという会であるけれど、その日、小説家の福来晶一はやってきて開口一番「ぼくには昨夜のアリバイがない」と言う。どうやら町の嫌われ者が殺されたらしいのだが、福来は事件当時酔っ払いすぎていて、どこで飲んだかの記憶がなかった。とはいえ彼がいた町の規模はそこまで大きくないため、一店一店あたれば見つかるはずと考える。しかし実際に調べてみると、彼が飲んでいた店はどこにも見つからず……。

 ミステリマニアたちが集って推理をしていくワイワイ感の楽しい一編。いかにもミステリ好きらしい推理が出てきたり、盲点をついた真相もわかりやすく、しかし意外性があって驚ける。なによりアリバイ探しの基本である「証言者探し」を「店探し」に置き換えて、謎の興趣を出そうという態度がうかがえるのがよい。この作者のシリーズはまだ単行本になっていないそうだが、出たらぜひ買っておきたいところ。

 

 天藤真「雲の中の証人」

   天藤真『雲の中の証人』に収録。

 製薬会社の会計課員が殺され、アパートに保管していた公金三千万円が奪われた。被害者の部屋はオートロック式で、容疑者とされたのはアパートの鍵を持っており、唯一出入りができた酒井松三ただひとりだった。事件当時、彼は妻とともに公園にいたのだが、配偶者の証言は法廷では効力を持たない。しかしそれを信じた北弁護士はT――探偵社の私を呼び出した。「早い話が、きみは百人の警察官が二か月かかって調べたことを、たった十日のうちにひっくり返さなければならない」。事件当時、酒井夫妻を目撃した人を探し、アリバイを証明しろ、という雲をつかむような話だった。

 短編ではなく中編。枚数があるため事件の描写が詳細で、捜査もかなり足で稼ぐ。容疑者の妻の証言にあった小学生の集団を見つけるために「私」がしらみつぶしに学校へ突撃していく姿は涙ぐましく、そのあいだにも別の陣営から協力を頼まれたり、ヒロイン(人妻)とひとつ屋根の下の生活に悩まされたりと、イベントも忙しい。ラストにはここぞとばかりに裁判パートが用意されている。ほとんど長編のノリといっていい。

 当然、後半には真犯人を推理するパートはあるものの、いかに被疑者のアリバイを証明するか、ということに問題が終始している点は「アリバイ探し」ものとしてかなり好感が持てる。法廷で明かされるその証明じたいはもはや反則レベルなのだけれど、それまで捜査の苦労が実を結んだがゆえの壮大なスケール感なので、これはこれでいいものを見たという気になれる。おすすめ。

 

まとめ

 以上九編を紹介した。これが知識のない個人の限界。

 こうして並べてみると、アリバイ探しものは、基本的には被疑者の証言がおかしいが、真実かもしれないと仮定して証言者(もしくは証言内の建物)を捜す、という捜査スタイルAと、真犯人をあげて濡れ衣を晴らすスタイルB、もしくはその両方を兼ねるスタイルCがあるっぽい。ほとんどのミステリは犯人をあげないと意味がないのでAに終始しているものはあんまりなさそう。

 基本的にミステリの第一容疑者の疑いを晴らす、というのは布石ではあるけれど、物語の決定打として描かれることはすくないので、今回見つけた作例の印象としては全体的に小粒な感じは否めない。天藤真だけはめちゃくちゃダイナミックだったけれども、あれは法廷ものにしたという発想の勝利といえそう。

 なお、今回は見つからなかったが、たとえば意外な物証からアリバイが証明される、とかそういう倒叙ものに近い方法論でアリバイが証明される作例もあってほしい。むしろそういうのが読みたいかもしれない。

 

 また、今回アリバイ探し作品を探すにあたり、アリバイものだけで構成された短編集は大山作品以外にもあるはずと思って適当に調べてみたが、海渡英佑『閉塞回路』、鯨統一郎『九つの殺人メルヘン』、有栖川有栖『臨床犯罪学者・火村英生の推理 アリバイの研究』くらいがヒットする程度で、アリバイものを最初から集めようとして書かれた短編集はめちゃくちゃすくないことがわかった。

 アリバイもの短編集に近い例(アリバイもの含有率は比較的高い)としては天城一とか山沢晴雄とかだろうか。現代の作家がアリバイものを書いていないわけではないが、ひとつの短編集でも多くて二編くらいの印象がある。アリバイものは密室もの不可能犯罪ものに比べるとインパクトに弱くとっつきにくい印象があるが、じっさい読んでみると作者がいかに工夫しているかが楽しめるのでおすすめです。クロフツの長編群に手を出すよりは短編はハードルが低い。

 というわけできっとまだ作例が埋もれていると思うので、これ知ってるぜ、という方は情報提供してくださるとうれしいです。目指せアリバイ探しアンソロジー発刊。 なにとぞよろしくお願いします。お読みいただきありがとうございました。

 

 

*1:初出時はフレドリック・ブラウンの名前をカーター・ブラウンに誤記していたとか。

*2:もちろん念頭に置かれているのはウィリアム・アイリッシュ『幻の女』。