『C.M.B. 森羅博物館の事件目録』を全巻読んだ雑感

 タイトルの通り。知り合いとオンラインで一年ほどかけて読んだ。

『CMB』は同作者の『QED』シリーズに比べると本格ミステリ度は落ちるものの、独特のさめた人間観を結末に持ってくる回や、人間存在の持つ不気味さとしか言いようがない話は金田一少年名探偵コナンではまず見ない。

 トリック観も小説で発表している作家とは違う態度に見える*1。なにより漫画という媒体でミステリを描くスタイルが完成されていて、情報量の多さに戸惑うということがほとんどない*2。とにかく読みやすい。

 45巻も読むと、その決まり切ったスタイルに飽きる部分がないとはいえないが、ある程度読むと、やっぱりCMBはこの味なんだよな、みたいな気持ちにもなる。

 

東大・京大セレクション

 話数がとにかく多いので、出来もまちまちではある。そういう意味では東京大学新月お茶の会京都大学推理小説研究会がそれぞれセレクションしている、

『C.M.B 森羅博物館の事件目録 THE BEST 東京大学SELECTION』(加藤 元浩,東京大学新月お茶の会)|講談社コミックプラス

と、

『C.M.B 森羅博物館の事件目録 THE BEST 京都大学SELECTION』(加藤 元浩,京都大学推理小説研究会)|講談社コミックプラス

を読めばおいしいところはだいたい読める。収録作は上記のページからだと東大のほうはなぜか載っていないが、両者とも試し読みのページで確認できる。

 とはいえ、派手な作品やシニカルな真相に偏っている部分もあるので、連載漫画を追う楽しさは得られないし、作者の興味がどこにあるのか、という部分までを概観することはできない。これはすべて読んだ人間にしか得られない体験だと思う。 

 

 個人的によかった回(*は上記BESTに収録)

・「青いビル」(2巻)

  CMBとしては連載当初のまだスタイルが固まってない時期の作品なのだけれど、真相は島田荘司的な絵面の気持ちよさがある。

 

・「鉄の扉」(7巻)

 意外な密室の解き方が面白い。けれどそれだけでなく盲点原理を使ったオチも見事。どちらもシリーズ内で反復されるモチーフだけれど、この時点で完成されているんじゃないか。無駄がない短編本格ミステリ

 

・「一億三千万人の被害者」*(8巻)

 タイトルの意味とはなんなのか? ミステリ的なイメージのインフレ処理によって見えてくる構図。人を喰ったような論理。

 

・「太陽とフォークロア」(9巻)

 歴史的発見と事件が絡んでいくというCMB長編スタイルの典型的な例。壮大なロマンが語られることの興奮を味わえる。

 

・「ヒドラウリス」(10巻)

 シリーズ屈指の異様な装置。オチの処理は博物学者的にどうかと思うけれども、とにかくこういうガジェット的なものは、本格ミステリの読者なら好きだと思う。

 

・「夏草」*(13巻)

 一人の他者をどう理解するか、の話であり、デタッチメントの話でもある。日常の謎ともいえるけれども、なにかに沿って人を推理し、落とし込めるというより、人という存在そのものが目の前に現前するという話。

 

・「キルト」*(15巻)

 もし、推理の果てに見えるものが見たくないものだったら? わたしたちにはそういう物語にいつも惹きつけられてしまう弱さがある。

 

・「湖底」*(21巻)

 シンプルかつ大胆なトリック。ミステリでは比較的見るアイテムだけれど、あんな使い方をしているのを見たことがない。

 

・「ライオンランド」(26巻)

 死の危険が迫るサスペンスが読ませる。心に傷を負った少年が出てくるだけでかなりポイントが高く、そこに対する物語的な処理もよい。

 

・「空き家」(28巻)

 加藤ミステリの到達点のひとつ。物語の転倒。現代的な問題意識。ぞっとするようなラストの絵。冷え切った人間観。完璧。

 

・「マリアナの幻想」(34巻)

「幻想のなかに入り込んでしまった人間」は加藤ミステリが得意とするシチュエーションなのだけれど、じゃあその呪いをどう処理するか、ということ自体にも毒が用いられる。魔女という存在が物語のなかで多重化している。

 

・「鉱区A-11」(37巻)

 ロボット三原則もの。SF観は割と古いというか、出てくるガジェットはすべて戯画化されたSF表象という感じだけれど、真相の絵面にはミステリならではの迫力があり、同時に加藤作品特有の人間観も語られる。SFミステリのお手本のような作品。

 

 

 

 どうしても気に入った作品(ついミステリとしてどうかを考えてしまう)を並べるとシリアスに傾いてしまうが、CMBにはコメディ色のある話や人情もの短編なども多くあって、それらを挟みながら読むことでようやくCMB味になるという気もする。

 そう思うと、なんだかCMBはQEDに比べて妙に愛嬌のあったシリーズに感じられる。じっさいそうかもしれない。サブキャラクターが出る回はなんだかんだとワイワイしてて楽しい。

  めちゃくちゃ巻数の多い漫画はなるべく読みたくないので、QEDiffもCMBサイズまで連載が膨らむ前に読んでおきたいものですね。ですね。

 

 

*1:これは『QED』シリーズでも同様

*2:作者が意図的に事件を錯綜させていることは多々ある。