上に応募していたのですが選外になり、どうしましょうかと思っていたところ、
— VG+ (バゴプラ) | SFメディア (@vagopla) 2022年10月11日
のスペースで最初に講評をいただいたので、せっかくのことですし、すこし手直しを入れたところ、本記事で掲載したいと思いました。
タイトルは「時間のかかる密室」です。
締め切り当日に急ぎで書いたので粗いところもありますが、お読みいただければ幸いです。スペースでは5000字でミステリをやっていたところを評価していただいたようです。録音のアーカイブが聞けるのは数日ほど?だそうですので、合わせてお聴きいただけると、どこが拙いのかもわかって面白いのではないでしょうか。
以下、本文です。
* * *
その塔のような建物が長いあいだ、だれひとり訪問客を招き入れなかったことは、出入り口が蔦と根に覆われていたことから察せられた。おれたちは植物たちによる封印をあたかも子供がプレゼントの包装を破るかのごとくレーザーカッターで乱雑に裂き、屋内へと足を踏み入れた。そして顔を見合わせた。
白骨化した死体が一名、倒れていた。
手にはバッテリーの切れたウォッチがひとつ。やはり発信はそこからのようだった。屋内はひどく蒸し暑かった。活動をやめた肉がこの温度と湿度のなかどろりと腐り落ちて跡形もなく土に分解されるまで、いったいどれだけの時間が必要だったろう。そこまで想像をして、考えるのをやめた。服の染みがそのエグさを説明してくれていた。わざわざ想像する必要もなかった。
それからおれは相棒に声をかけた。
「どう思う」
「衣服に目立った外傷の形跡なし。事件性はない」
遺体の傍らにしゃがみ込んだスコットが、カメラ越しにAIの判断をあおぎつつ答えた。ここで記録したデータはいずれ銀河帝国管轄の調査本部に送られる。
「外傷なし? じゃあなにかに襲われたというわけじゃないのか」
「服には腐った肉の形跡はあれども、傷らしきものは見られないな。骨にヒビも異常もない。教科書の記述みたいに綺麗に腐り落ちたって感じだな」
「なら死因は」
「餓死、もしくは衰弱死ってところじゃないか。じっさいここは外部との行き来ができなくなっていた。閉じ込められて、そのまま力尽きたっていうのは?」
「餓死ねえ」
そう訝りつつ言葉を返す。にわかには信じられなかった。
むろんスコットもその結論を口にしつつ、疑念を抱いているようだった。
「お前の言いたいことはわかる」
おれたちはこの塔に似た建物の内部を仰ぎ見た。
高さ十五メートルほどの、円柱状の空間。底になっている地面の部分、すなわち円の直径は短い。五メートルほどだろうか。運動には不向きといっていい。
ドーム状の天窓と中央部の培養灯から注ぎ降る人工光を受け止めるように、壁面に対し根を下ろした無数の樹木たちが葉を繁らせ、息をしていた。それらは遺伝子改良を施されたほぼ土いらずの存在でありながら、短期間のサイクルで栄養価の高い実を常に落とすという宇宙開拓用の植物だった。
かつて祖先の星の一部では、この植物が植わっていた場所を〈桃源郷〉と呼んだそうだ。楽園に実った果実は、不老不死の仙果とも呼ばれた。すなわち隠者の実。
「ならタロットの位置は正か逆か」
「なんの話だ?」
「ちょっとした古いおまじないの話だ」
それはともかく、仮にここでひとりの人間が塔の内部に閉じ込められたのであれば、その実は間違いなく生命線となったはずだ。だからこの状況は明らかにおかしい。
オーケイ、とスコットは改めて問題を指摘する。
「これまでの情報を合わせると、ここは年中食糧の収穫のできる果樹園だ。外傷も骨折もなしに餓死か衰弱といった結論は難しい。閉じ込められたとしても、発狂しない限り生存できたはずだった。なんなら樹を登って天窓から脱出だってできたかもしれない」
「じゃあどうして死んだ? SOSまで発信して?」
「つまり、だ」
と、相棒はそこでどこか芝居がかった表情を浮かべる。
「これはいわゆる〈密室〉というやつだろ」
塔のなかは暑さのせいか、ひどく甘ったるい香りが漂っていた。
それは太った果実のもたらす独特のにおいであり、同時に地面に落ちたそれらが土と混ざり腐っていくにおいでもあった。円形の白い天を覆う緑の点描たちと、淡い紅色から黄色へと移りゆく果実たちのアクセント。
かつて人類が夢見た〈桃源郷〉という場所は、生と死のサイクルがゆるやかに調和しつづけるこうした景色なのかもしれなかった。
おれは壁面に手を触れて、しばし考えることにした。
この小さな楽園で死を迎えた人物は、いったい最期に何を思っただろう?
*
銀河帝国の調査部といっても、おれたちはただの委託業者でしかない。
なにしろ宇宙は広い。
すべてを把握するにはあまりにも広すぎる。であるからには地域ごとに委託業者といった下請けが成立し、事件とあらば管轄内でいちばん近い業者が動く仕組みになっている。それでも宇宙はまだ広い。恐ろしいほどに広すぎる。
だから今回の出来事も、宇宙から見ればただの小さな点にすぎない。
宇宙辺境区にある廃墟コロニー〈長久〉からSOS発信がなされた。そのコロニーは宇宙開拓の研究用に建てられたものだったが、終戦以来、長らく放置されていた。しかし通信設備は生き残っていたらしく、そこを訪れたひとりの緊急発信を管理システムが受け取り、全宇宙に共時ネットワークを介して再送信した。それを確認した調査本部がおれたちに仕事を回してきたというわけだった。
といっても、じっさいの発信から調査員の到着までには膨大な時間を要していた。おれたちがコロニーに着いたのは、発信からおよそ地球時間で六年を経過したのちのことだ。むろん、これはいたってふつうのことだ。
そもそも宇宙というのは些細な死にあふれている。
無重力での船外活動中に母船との〈へその緒〉が切れたが最後、クルーは永遠の旅路に出発することになるのだし、スペースデブリの雨にあたれば、最悪、空気漏れを起こして船員もろともゆるやかな終わりを迎えることもある。気を抜いたすきに機械に巻き込まれて全身がバラバラの死体、通称〈マグロ〉になった例も数えきれない。
だからSOSとあれば、じっさいはただの死の事前報告を意味している。
よってそこに救助活動の要請などというささやかな希望は含まれない。ではどうして事後調査の業務などという無意味なものがおこなわれているのか。
そうだれかに訊かれるたび、おれたちはただ率直にこう答える。
個人の尊厳と銀河帝国の威信のためだ、と。
われらが偉大なる銀河帝国は圧倒的な武力を背景に宇宙戦争時代を生き抜き、連合政府を駆逐した。しかしそこからはじまったのは各惑星やコロニー群に対する、厳格な監視社会化、つまりは支配の波だった。
ワープ航法は戦時中ならばともかく、そうでない場合ではなかなか使えなくなった。むろんそれは、ワープ燃料が有限の資源であるからだった。終戦後、そのほとんどを帝国は自身の管理下に置き、独占した。無断でワープをおこなった場合は処罰の対象となった。むろんこれは企業体による政府の乗っ取りや武力等の移動をみだりに起こさないようにするためだった。
結果、なにが到来したか。
集団武装蜂起レベルのことが起きないかぎり、ワープ航法は決して使われないという人命軽視の時代がはじまった。
しかし宇宙のどこかでSOSが発信された以上、宇宙開拓時代初期に策定された憲章に基づき、その死体を丁重に弔わねばならなかった。たとえどんなに時間がかかっても。それをおこなわないのは人倫にもとるだけでなく、帝国の基盤も否定することにつながっている(なぜなら帝国は宇宙連合政府による人民への非倫理的な支配を憲章に基づくかたちで糾弾し、開戦に踏み切った歴史があるためだ)。
よってささやかな給金と帝国の威信、そして故人に対する哀悼のため、おれたち調査員は星から星へ、コロニーからコロニーへ、すでに終わったあとの死の現場を訪れる。その調査結果を報告し、また次なる現場へ向かっていく。
あくまで事務的に。淡々と。
よって調査員はこうも呼ばれる。蔑むように。あるいは心からの愛を込めて。
〈腐肉漁り〉と。
*
「前に似たようなミステリに出会ったことがある」
塔の底で、ウォッチの情報をサルベージしながらスコットがつぶやいた。
「たしかロナルド・A・ノックスの『密室の行者』だったな。建物内にはじゅうぶんな食糧があったのにもかかわらず、そこに籠もった人間が餓死した状態で見つかる」
この相棒は星間移動中によく祖先の小説を旧式のボイスロイドに読み上げさせる。どうしてわざわざクラシックミステリなんだ、と気になって訊ねたところ、これにしかないヴィンテージの味わいがあるのさ、と軽く笑われた。
おれは端的に質問をぶつけた。
「どんなオチだった?」
「それは自分で手に取ってのお楽しみだろ、探偵さん」
「今回の死に方とは関係があるのか」
「おそらくない。あれは他殺だった。しかしこのコロニーにはほかに人間がいた形跡はなかった。ここは宇宙戦争終了とともに、とっくに破棄されたレガシーだよ」
そこで短く端末の通知音が鳴る。
電子音叉によるA音だった。サルベージは正しく終了したらしい。
さて、とスコットは残された文章を確認する。こういうとき、だいたい見つかるのは家族や恋人に託した悔やみの言葉や、愛を綴った手紙だったりする。その多くは平凡な言葉の羅列にすぎない。小説家でも、こういうときはつまらない文章を残すものだ。おれたちはそれを仕事の必要上から盗み読み、宛名に書かれた人物に向けて再送する。
しかしいっときののち、相棒の表情はつめたく固まった。
おれは再び訊ねた。
「なんてあった?」
無言で相手はこちらに向かってモニタを見せてくる。
それを訝しく思いつつ、俺はサルベージされた文字を視認した。
それはたしかに書かれていた。
だからそれはあまりにも短く、たった素朴な一言だけだった。
だからそれは、
『 よ う こ そ 』
と、かつての宇宙連合の共通語で記述されてあるだけだった。
しばらく、なにも考えられなかった。それからようやく頭が回りはじめた。
「なんだ、これ」
そう、こぼした。最初に脳裏をよぎったのはひどく単純な疑問だった。
ただの骨となった死者は、いったいなにを思いこの言葉を残したのか。わざわざ死体を見つけに来たおれたち調査員、つまり〈腐肉漁り〉への感謝を述べるなら、それこそ「ありがとう」が適切だろう。そういうのを経験上、見なかったこともない。
だからそれは、この場所にやってきた同胞を迎え入れるような言葉に思えた。
そして気づいた。――迎え入れるだって?
そこに小さな仮説がひとつ。
丸い果実が地面にぽつりと落ちていくように、おれの頭を打ち、汚く弾けていくのがわかった。ここはかつて廃棄された研究施設のはずだった。表向きは宇宙開拓のためだった。だがこの場所は、戦時中まではたしかに使われていたコロニーでもある。
ならば。
ただの開拓とはべつの目的に、手を染めていた可能性があったのではないか。
だからたとえば、
「ウイルス」
であるとか、そういったものの研究をおこなっていた可能性はあるだろうか。
つまり、生物兵器。
だから仮にそうしたウイルス、病気、感染症なりに接触した人間が、宇宙のすみっこにひとり取り残されてしまったとする。おそらくワクチンはつくれない。すでに研究施設は破棄されている。運よく薬がつくれたとしても、きっとほとんど手遅れであることだろう。そこでSOSを発信したとしても、宇宙の果てから救助は来ない。
だれも助けてくれやしない。
もしだれかが訪れる可能性があるとすれば、それは何年後になるのかもわからないタイミングで、ようやくやってくるおれたち〈腐肉漁り〉くらいのものだろう。
おれは考える。
未知の病による苦しみから逃れるための、冴えた方法がひとつある。
自死だ。
たとえば、薬物によって。これはたしかに楽に死ねるが、宇宙船に備わっているような薬品製造機はAIによるID管理である以上、致死量の精製はできないはずだ。
そこでおれは顔を上げた。
塔の果樹園。
植物が生きていくためには水が要る。いまもなお樹木たちが葉を繁らせているということは、水を供給する設備は生きていることを意味している。
塔はおれたちがやってくるまで、だれもその出入口を開けなかった。であればそこを閉じたまま、底を水で満たすことは可能だろう。最低限、溺れ死ぬことができる程度の量であれば。ただタイマーを設定し、規定量の水を溜めておくだけで済む。
あとは〈腐肉漁り〉が到着するまでの長い時間をかけて水は土に染み、蒸発し、跡形もなくなる。溺死体の肉は腐り落ち、骨だけが残る。密室が完成する。
以上、証明終わり。
「なあ」
同胞を見つめながらつぶやいた。甘ったるい香りのせいか、ひどく気分が悪かった。
「おれたちはいま、この死体とおなじ病気に罹患していると思うか?」
「わからない」
ただすくなくとも、と相棒は告げた。それはひどく冷静な声だった。
「ここが楽園と言えないことだけはたしかだろうな」