凪のあすからを誤読する11(14話)

 やってきました、第2部です。第2部? 見た人はもうわかりますよね。というわけでやってやりましょう。後編スタートの14話です。岡田脚本。

第14話 約束の日

 雪を踏みしめる足音。見たことあるような、けれど違う顔。ちさきです。坂から振り返り、海を見ます。13話までとは違い、厚い氷に覆われた海。なにかが決定的に変わってしまったことの証左。そして新しいオープニング。

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これまでにないほど深い空の青。一瞬で物語が違う段階に入ったことがわかる。

 新OPについては詳しく語らずにただ見て殴られてほしいので割愛します(のちの回で語ったりはするかもしれません)。ただ初回は3周くらいしてほしいですね。実質ノベルゲーの第2OPみたいなものなので。『凪のあすから』は全26話のテレビアニメであってノベルゲーではないんですが……。

 病院にやってきたちさき。ちさきは看護学校に通っているようです。病室には紡のおじいさんが。どうやらふだんから世話をしているようです。紡の話。紡は大学生でしょうか。棚に入っている財布を渡せる仲。

 バスに乗って鴛大師へ。途中、折れた橋脚が見えます。あの日の痕跡。

 駅前に着くと狭山(クラスメイトのひとりでしたね)が。サヤマートまで送ってくれるそうです。江川(クラスメイトのひとりでした)の話。できちゃった。「みんな変わったね。たった5年なのに」とちさき。ここではじめて時間経過が明確に語られます。団地妻扱いのちさき。

 サヤマート。髪型の変わったあかり。その隣には子供も。あかりと至の子でしょう。瞳が美海とおなじハーフの色合い。回想。おふねひきのあと、あかりは晃を身ごもったようです。「産めるわけない」と口にするあかりですが、「きっと、弟だよ」と美海。彼女の言葉によってあかりは出産を決意します。

 回想終わって浣腸。「ごめんね、いま浣腸がブームで」とあかり。ぼーっと見ていると世界や人々の変化に思考が引っ張られてしまいますが、団地妻といい、浣腸といい、できちゃった、という台詞といい、とにかく下ネタをぶち込みたがる岡田脚本の癖(へき)が自然と出ています。お気づきいただけたでしょうか。

 中学校。居眠りしている美海。それを起こそうとするさゆ。ふたりの関係は相変わらずのようです。そして先生も。巴日について。(大気)光学現象があたかも天文現象のように予測できるのは謎ですが、そういう世界なのでしょう*1

 焼却炉。将来について語るさゆ。「美海、髪、伸びたね」5年間伸ばしていたわけではないでしょうが、時間の経過を感じさせる言葉です。回想。「あのとき、わたしは泣かないって決めた」

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倒壊した橋脚。事故の記憶のキーとして複数人物が共有していることがわかる。

 回想続き。帰ってきたあかりが「光はまなかが好きだったから」とこぼします。その際、アップになる美海の顔。画面(カメラ)が揺れています。動揺ですね。しかし時間を飛ばしたうえの回想でこういうことをする手口は結果的にいえば自然なんですが、こんな入り組んだ作劇のアニメがあまりないせいで不思議と際立ちます。ふつうに人の心がないことをさりげなくやる悪質さがあります。そしてモノローグ。(わたしはいまでもここから見てる。光たちのいる、海を見てる)

 買い物を済ませたちさき。教授と紡を見て、ご飯に誘います。キンメの煮付けが都会では食べられないというのは、教授がそういう料理に触れない生活をしているからなのか、それともこの世界の物流が発達していないからなのか。おじいさんの思惑は外れて田舎料理のほうが教授には高評価ですが、代わりに「肉、美味いよ」と要。お金かけているものを理解しているのかもしれません。

「海村は日本に14か所しかありませんから。しかもどれもがいま、中に立ち入ることができない。(…)海村は最早存在しないって専門家まで出てきちゃってて」となかなかなことになっています。少数民族否定論に進みそうな。学術的な話になるところをうまく逃げていくちさき。「お前ほんとうになにもないの?」と教授。しかし紡は「あるわけないですよ」「あいつには、ずっと前から好きな男がいるんで」

 布団を敷くちさき。巴日に誘う紡ですが「巴日はみんなで一緒に見なきゃ意味ないの」とちさき。回想。おふねひきの事故の直後。おじいさんが引き取ってくれた経緯とその後の生活が語られます。高校への入学。おじいさんが倒れたこと。大学で海村について研究するという紡。「あいつらはきっと無事だ。すべてがいい方向に変わっていけば、きっと、また会える」

 海。炊き出しをする中学生たち。美海に告白をするという峰岸。観測をする教授と紡。(あの日から、ずっと海は凪いでいる)と美海。そこに峰岸くんがやってきて告白するも彼女は当然断ります。しかし好きな人についてはいえず。

 光る海。潮の流れが変わり、巴日が出現します。導かれるように走り出す美海。同時に観測した影を見て走り出す紡。出会ったふたりの足元がさらに発光し、気づくと倒れている人の姿が。光です。「変わってない。あのころと、なにも」と紡。「息、してない」と気づいた美海が人工呼吸をおこないます*2

 目覚める光。「まなか!」と起き上がります。美海を見て「お前、誰だ?」「美海だ」と返す紡。その言葉に驚き、さらに紡を見てショックを受ける光。

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2クール目も『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 周囲を見、立ち上がる光。そして美海のモノローグ。

(光のその瞳は、悲しげに動きを止めた、凪の海だった)

 というわけでメインヒロインが一切出てこないままに今回はエンディングです。作中で5年が経ち、それぞれのキャラクターに回想できる過去があるという積み重ねをやりつつの回想がいっさいできない、おふねひきと地続きの記憶を持った光という対比がじつにエグいですね。

 視聴者としても冒頭から24分間ほぼガード不能攻撃を食らっていたようなもので、光と同じ体験ができたはずです。こんな膨大な時間経過による語りができるのはノベルゲーくらいだと思いませんか。いや、『凪のあすから』はノベルゲーではないんですが……。

 具体的にいうと、テロップで「5年後」とは出さず、映像のみによって世界が変わったことを否応なく説明する攻撃力はほかのアニメにはなかなか用意できません。なぜならそれをやるためには複数クールにわたる作品時間と密度を要するので、そんな作品はめったにつくられないためです。ノベルゲーには用意ですが。

 またこうした作劇に類例はあるでしょうが、それを紹介したりすればただのネタバレになるので難しいですね。半分叙述トリック*3のようなものですし。

 そういうわけでネタバレにも触れず、ちゃんと各話を見てきたみなさんだけが味わえるのがこの第2部の快楽です。おめでとうございます。今後もよいアニメライフを送っていきましょう。

 また今後この時間によって生まれた登場人物間の落差というモチーフはいくつかの岡田脚本作品でも変奏されている、といえるかもしれません*4

 有名作『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』ではヒロインめんまだけが死者として幼い精神年齢のまま周囲と関わりますし、『さよならの朝に約束の花をかざろう』では長命な種の主人公が短命な人間を育てます。近作の『空の青さを知る人よ』では13年の月日で人生が変わった人間たちのなかに13年前の夢を抱いていたころの自分が放り込まれます。

 それぞれの作品でアプローチは変わっていますが、『凪のあすから』では時間による落差と恋愛の問題が当然のように絡んできます。恋愛だけをやるなら1クールで足りるでしょうが、それだけにならない関係の複雑さが今後も展開されていきます。それについてはまた各話を見ていきましょう。

 

 続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:凪のあすから』はSFではなくファンタジーだと思う。

*2:ただし正しい人工呼吸にはなっていない。中学生なら講習を受けていないことも大いにある。

*3:作者が読者に仕掛ける、という意味合いで。

*4:これについては千葉集氏(名馬であれば馬のうち)から示唆をもらった。