For RIKKA ZINE vol.1 Theme : Shipping(rejected)「宇宙移動美術史のために」

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 SF書評家・翻訳家の橋本輝幸さん主催による同人誌『RIKKA ZINE』vol.1 のテーマ「Shipping」の公募に送り、リジェクトをいただいたものを改稿して以下に載せます(もともと8000字規定でしたが、改稿の過程でオーバーしました)。

 よければお暇潰しにどうぞ。

 一読すれば、リジェクトされた理由もわかるというものです。昨年末に完結したとあるSFアニメーション作品にひどく感銘を受け、自分なりに書いてみたものになります。

 

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 宇宙移動美術史のために

 

「この宇宙はとてつもなく広くて、けれど一度だけ狭くなって、そしてまた元の通りに広くなった。だからこれは、そのたった三年間の、きみとぼくと星々の話だ」

        ――TVアニメーション『共示詩典アストロブライト』第一話より

 

 

■ムカイ・アサクラ(+15

 現存する記録が正しければ、ムカイ・アサクラは〈四二年〉にサードアースエンタテインメント社から二十七歳でデビュー作を出版した。彼は以後、年一冊ペースで新作小説を刊行したが、七冊目を上梓したのちに沈黙してしまう。しかしそれは、本格的に取り組むべき題材を見つけたがゆえのデッドロックだった。

 当時、彼が書こうとしていたのは〈ワープ航法〉と〈分断〉をめぐる物語だった。保護期間終了後に閲覧可能となったブックリストとそのメタデータにあたると、三十五歳から四十五歳のあいだにおよそ七百冊もの商業非商業を問わない戦争体験記や〈隣宇宙〉出身者による回顧録、もしくは軍事関係資料等を購入していたことが確認できる。むろんこれらの資料はすでに散逸し、データ上に名前が見られるだけである。

 また、消去されなかった作品メモのデータをテキストマイニング解析すると、三十五歳以降の文中には、それまでまったく見られなかった「アズサ」と「ミウナ」という固有名詞が頻出しはじめる。むろん現在の読者からすれば、これがアズサ・ムーンブーツとミウナ・ナツカのふたりを示していることは明白なのだが、当時、ふたりの存在はまったく知られていなかった。アサクラがこのふたりを知ったのはおそらく商業ルートに乗らなかった海賊出版と戦争体験者の話を通じてであろう。歴史の影に時折現れるふたりの子供たちの足跡を探すことが、次第に彼のライフワークとなっていった。

 そして〈五九年〉、彼は『アストロブライト』というジュブナイル大長編を発表する。修学旅行生のアズサは記憶喪失の少女ミウナと火星で運命的に出会い、〈隣宇宙〉からの難民によってもたらされた技術〈ワープ航法〉によって生まれた利権をめぐる陰謀と戦争に巻き込まれる。ふたりは三年間に渡って戦禍を見つめ、最後にはワープ技術の根幹となっていた火星深部の座標指定装置〈ブラックボックス〉を破壊する。これにより宇宙規模の〈分断〉が発生し、実質的に戦争は継続不可能となった。また、それは同時に〈隣宇宙〉からの難民が元の世界に帰るための希望を失うことを意味していた。

『アストロブライト』発表の翌年、アサクラは書店でのイベント講演中に銃撃を受けて亡くなった。享年四十五歳。彼の作品は「青少年の思想を歪める危険がある」とされ、サードアースでは以後三十年に渡って販売停止措置がなされた。彼の原稿データの多くは消去され、現在はその一部が閲覧できるのみである。

 現在では、アサクラの両親は〈隣宇宙〉出身であったという説が有力である。

 

 

■イズー・ナァクタ(+52

〈一二〇年〉に出版された自伝によれば、カロン開発区出身のイズー・ナァクタが『アストロブライト』を読んだのは、九歳のころだった。つまり〈六一年〉にあたる。すでにサードアースで販売停止措置がなされたあとだったが、輸入業を営んでいた父親がオンデマンド版を入手していた。それを隠れて読んだという。彼女はネット上のファンアートを漁りはじめ、自身もイラストレーションを学びはじめる。その七年後から晩年に至るまで、彼女は〈分断〉をテーマとした作品の表紙を幾度となく担当した。

 また、ナァクタはべつの機会にこうも語っている。

ミウナが〈隣宇宙〉からやってきた少女であることはすぐわかりました。だって、彼女のほうにだけ語るべき過去がありませんから。アズサには山ほど情けないエピソードがあるのに、ミウナが強調できるのは広すぎる余白だけ。たしかに一行たりとも明言はされていませんけれど、それってつまりはそういうことでしょう?」

 彼女のような見解を述べる人はすくなくない。ある調査によれば〈六〇年〉時点、ミウナ・ナツカの描かれたファンアート群において、彼女が身につけていたペンダントに〈隣宇宙〉様式の特徴が見られたのは、全体のおよそ十五パーセントだったという。

 ただしこれについて、発信力のあるイラストレーターが積極的にミームを拡散させた結果であって、過度な〈誤読〉が流布しただけだと述べる研究者もいる。

 

 

■キド・ベイカー(+64

 ジュブナイル小説『アストロブライト』が引き起こしたのは、戦後初のフィクションへの規制、そしてファンアートを介した〈隣宇宙〉出身者による星間コミュニティの活発化であったが、人類と〈分断〉をめぐる運動はそのあいだにも数多く現れ、そのどれもが波のように一進一退をくり返していた。

 たとえばキド・ベイカーに代表される、歴史修正主義の隆盛もそのひとつだった。彼が活動していたのは主に〈九〇年〉以降、すなわち戦争を経験した世代の孫、ひ孫の時代にあたる。すなわち宇宙戦争とは無縁となってしまった世代である。

〈九二年〉にダイヨン報道局がネオマーズ大学の学生二百名に対して「あなたは〈ワープ航法〉について説明できますか?」というアンケートをおこなった。正しく説明できたのは、全体のおよそ五パーセントで、学生のうち四割は「わからない」と答え、二割は「昔の戦争映画に登場する架空の技術」と説明した。一割は「聞いたことすらない」と答えた。

 また〈九五年〉には一部の星系で使われていた教科書の〈ワープ航法〉に関する記述が「科学的に正しくない」という判断のもと削除され、激しい議論を巻き起こした。

 こうした時代背景のなか登場したキド・ベイカーは〈隣宇宙〉の人類といったものは存在しない、それを肯定する人間は宇宙の平和を乱す危険分子だ、と発言し、その歴史修正主義的な態度を宇宙規模で波及させることに成功した最初の人物だった。当然ながら彼は多数から非難を浴びたものの、彼自身は自分を現実主義者であると規定していた。

 こうした歴史修正主義の流行には複数の要因があった。そもそも〈隣宇宙〉からの移民は〈時空震〉と呼ばれる現象によってわれわれの存在する〈基底宇宙〉へとやってきたのだが、この影響でもともと所持していた電子記録をすべて失ってしまっていた。すなわち客観的な人類史を持ち合わせていなかった。結果として、それは戦後に〈隣宇宙〉側の歴史記述が数多く出版されることにもつながるのだが、修正主義者との軋轢のなかで開発されたAIによる大規模な〈フェイクドキュメンタリー運動〉によって、その信憑性さえも失われてしまった。

 加えてこの戦後百年あまりのあいだで、彼らは〈基底宇宙〉の人類と多少なりとも関わり、その多くは歴史の内部へ溶け込んでいった。差別を怖れて〈隣宇宙〉出身者であることを隠して暮らした層も潜在的には相当数が想定され、〈分断〉によって宇宙のあちこちにちらばった隣人の血筋は、もはやその時点においてだれにも把握できていなかった。

 なにしろ〈規定宇宙〉の人類が彼らを〈隣宇宙〉という言葉によって表現したのには、いわゆるマルチバースからやってきた人類という意味以外にも、そこに遺伝子的な差異がほとんど見られず、お互いがかつて遠宇宙に存在していた同じ祖先を持つ人類同士であったのではないか、という説を排除しきれなかったことによるからだ。

 それらふたつの人類が混交してしまえば、DNA等による単純な識別といったものは当然不可能になっていく。ゆえにキド・ベイカーの発言は皮肉にも、人類のタイムラインがひとつであるという科学的な知見を大きく逸脱したものではなくなってしまった。

 

 

■イーリン・ナバーロ(+87

 星間移動は〈一〇〇年〉になっても困難を伴った。シンプルに言えば、移動時間の問題が未解決のままだった。かつて戦争期に普及した〈ワープ航法〉は〈ブラックボックス〉の破壊によって恒久的に利用不可能となった。人類に残されたのは、まったくべつの理論によって支えられているゼロ時間通信のみであり、〈分断〉以後はそれによって各星間における外交を成立させていた。

〈一二一年〉、イーリン・ナバーロはゼロ時間通信の技術を応用し、〈小時間航法〉の技術理論を確立した。それまでも研究がなかったわけではないが、倫理的なハードルが常につきまとっていた(※ゼロ時間内における生物への影響については説明を省略)。

〈小時間航法〉はその倫理的問題をクリアしつつ、従来の三次元エリア航法を用いたときと比較して、およそ五倍の速度での移動が可能とされた。また「この理論は〈隣宇宙〉からの移民の幸福のためにのみ使われることを願います」とナバーロは発表時に告げた。しかしそれは宇宙的な〈分断〉のもたらした距離に対しては、現実的にはまったく有用ではない、といった苦言を多方面から呈されることにもつながった。

 ナバーロは以後、生涯に渡って〈小時間航法〉の研究に携わることはなかった。

 

 

アドニス・キーン・ジュニア(+99

 美術品の星間移動は〈分断〉以後の一世紀のあいだ、ほとんどなされなかった。たしかに物体芸術は廃れなかったものの、素材の供給面などの問題から星系ごとに次第に差が強調されていったのと、じっさいの美術品の移動にかかる時間コストの問題が解決できず、星々を跨ぐ共時的なムーヴメントといったものは起きなかった。

 もちろん美術品を三次元解析したデータをゼロ時間通信によって他星に送信し、高機能3Dプリンタで再現して展示するといったことは幾度となくおこなわれたが、それはインスタレーション的価値しかもたらさず、人類史の持つレプリカへの価値を変動させることにはつながらなかった。

 しかしそうした逆境下において、メガ・コーポ由来の巨大資産を武器にしたコレクターは存在した。その筆頭がアドニス・キーン・ジュニアである。〈一三〇年〉にキーン財団は〈小時間航法〉の特許を法外な値段で買い取り、俗にマグロ漁船と呼ばれていた星間輸送船とその乗組員を雇うことで収集をはじめた。保険がいっさい適用できない美術品の星間輸送は、テロや海賊行為などを回避するため極秘裏に進められた。

 キーンズ・コレクションはおよそ四十年かけて周辺惑星圏にあった美術品約九十点を集めたが、そのほとんどを人々は肉眼で見ることができなかった。なぜならキーン財団による収集行為の多くは、脅迫などを前提とした違法な交渉に基づくものであったことが匿名で告発されており、その貴重な品々はすみやかに元の星々に返還されたためである。これらの返還手続きが完全に終了したのは、〈一九二年〉のことだった。

 

 

■アワン・ウラシマ(+136

〈隣宇宙〉の概念がふたたび人々に知られ、興味を持たれたきっかけはムカイ・アサクラのジュブナイル小説『アストロブライト』を原案としたSFロボットアニメーション『共示詩典アストロブライト』が〈一七〇年〉に発表されたことだった。

 全五十話のストーリーが、一年にわたって毎週一話ずつゼロ時間通信によって各星系に配信された。クリアでシャープなCG線画を意図的に劣化処理させたことによる、クラシックアニメーションらしい鉛筆と紙のマチエールを配したマニアックな作品で、とりわけミサイルの独特な弾幕表現は〈サーカス〉と呼ばれる古典主義的な作画技法の引用であるとファンからは指摘されている。また監督・脚本を務めたウラシマは親の経営していた民間セキュリティ会社を売却し、それを元手にした高レートギャンブルでアニメ制作会社を新設する資金を調達したという逸話でも知られている。

『共示詩典アストロブライト』は終始、歴史に対する脚色がつよすぎる、という批判を浴びせられる結果となったが、ウラシマは「ぼくたちが描いたのは〈リアル・フィクション〉です。そこに矛盾はありません」と、意味不明な回答を残している。

 ただ一点、その〈リアル・フィクション〉というものの誠実な面を肯定できるとすれば、ミウナ・ナツカが〈隣宇宙〉出身者であると明言しておきながら、その故郷の姿はいっさい描写せず、人々の台詞のなかにたびたび登場する抑制的な演出をおこなったことだろう。これによって、主人公ふたりと視聴者たちにとって〈隣宇宙〉とは、戦争終結と引き換えに失われることになる永遠の憧れでありつづけた。

 

 

■ハージ・ラズ(+160

〈一八〇年〉に配信された『共示詩典アストロブライト』十周年記念特番において、アワン・ウラシマは「これは制作中に聞いた噂ですけれど、〈隣宇宙〉を描いた絵を集めるプロジェクトがあるそうです。まあ、噂なんですけれど。でもぼくたちが〈隣宇宙〉を描写しなかったのはその話を聞いてたおかげなんです。あとになって矛盾があったら困りますから」と発言している。

 この特番を視聴していた当時二十歳のハージ・ラズはメディア学科の学生だったこともあり、卒業論文の研究テーマをその噂の検証調査に決定する。

 すでにムカイ・アサクラの資料リストは保護期間を過ぎて公表されており、その段階でアクセス可能であった書籍には〈隣宇宙〉出身者の名前も多く記されていた。ラズは確認できた〈隣宇宙〉出身者の親族にメッセージを送った。当初、移民四、五世世代となっていた彼らはラズの連絡に困惑するばかりだったが、じっさいに記録を遡って調べると、たしかに絵画が取引されていたログが見つかった。

 そうした絵画群は、確認できただけでも四十件以上あった。取引は太陽系の惑星からはじまり、次第に宇宙の各星系へと広がっているようだった。最も早い段階での取引はおよそ八十年前。しかしその取引相手の正体はまったく掴めなかった。

 ラズは卒論のための取材過程をドキュメンタリー動画として逐次公開していたため、その事実は瞬く間に『アストロブライト』ファンのあいだに知れ渡った。これはフェイク動画ではないか、という指摘も数多く寄せられたが、その次に配信された動画で、ラズ本人は「それでは一生学位は取れませんね」と苦笑いでコメントを返している。

〈時空震〉に伴うデータの消失によって、人々の記憶の内部にしか存在しなくなった〈隣宇宙〉の姿を移民がキャンバスに描くことはたしかにあった。しかしそのほとんどは稚拙な出来であったのと、前述した〈フェイクドキュメンタリー運動〉の影響で、美術品としての価値を認められていなかったという問題があった。

 むしろ〈隣宇宙〉発の文化としてはゼロ時間通信によって即時共有可能であり、かつフェイクという概念がほとんど意味を持たない音楽分野のほうが圧倒的に豊かな発展をつづけており、商業的価値も高かった。

 であれば、なぜ〈隣宇宙〉の絵ばかりがわざわざ集められていたのか? しかしラズは納得のいく結論を見出せず、ドキュメンタリー動画の公開も卒論提出とともに終了する。また〈隣宇宙〉を描いた絵画の多くに付されていたメタデータは、〈フェイクドキュメンタリー運動〉の影響もあって、その情報じたいに対する証人や証書、証言がなければ〈隣宇宙〉のものと確定できないため、残された絵画の大半は後世の子孫や知人に気づかれないまま処分されたか、経年劣化によって自然と朽ちていったはずである。

 

 

■ミンファ・ヤガスリ(+192

『共示詩典アストロブライト』とそれにまつわる不可解なエピソードは、人々の〈隣宇宙〉に対する興味をかき立てた。ストーリーライティングの分野では〈隣宇宙〉ものと呼ばれるマルチバース概念を用いたサブジャンルが勃興した。とりわけSF分野において新多元宇宙論や様相実在論を用いた作品解釈の見直しがはかられ、その系統の作品のブームにあやかって『〈隣宇宙〉SFアンソロジー』といった書籍が出版されたこともあったが、それらは数年のうちに陳腐化していった。また学問研究においては、〈隣宇宙〉にアクセスする方法は戦後二世紀にわたり、まったく発見されないままだった。

 しかし、この流れにも特異点が存在した。〈二一六年〉にミンファ・ヤガスリによってネット上に突如公開された『新生:ホワイトノイズ・スーパースター』は複数分野の学者たちが一週間ぶんの作中時間、すなわち数十万ワードに渡ってひたすら『共示詩典アストロブライト』とわれわれの〈基底宇宙〉における史実との比較考察をつづけるだけの異様な小説であったが、これを目に留めたのがタロウ・ウラシマ――アワン・ウラシマの息子――だった。タロウ・ウラシマは長らく凍結されていた『共示詩典アストロブライトNT』の企画設定および脚本協力をヤガスリに依頼する。これにより『NT』すなわち新訳劇場版アニメの制作が開始される。

 劇場版は三部作の構成となり、〈二二二年〉に第一部『アズサ』、〈二二四年〉に第二部『ミウナ』、〈二二七年〉に第三部『ミライ』が公開され、完結した。第三部のキャッチコピーは「くり返し、更新される〈リアル・フィクション〉。」だった。とりわけ第三部ではこれまで描かれなかった後日譚があたらしく用意されており、そこに登場した新キャラクター、ミライ・クワンの存在はファンのあいだでも真っ二つに賛否が分かれた。興行成績じたいはまったく振るわなかったという。

 ミンファ・ヤガスリは〈二三一年〉に〈ワープ航法〉の仮説理論を提唱する。

 

 

■アルモニ・ビット(+260

〈二六七年〉、火星に〈コノテーションミュージアム〉が建設され、一般公開がはじまった。この背景としては〈ワープ航法〉の実用化にともなう輸送コストの大幅な値下がりがあった。館長は宇宙学芸員のアルモニ・ビット。施設内では『共示詩典アストロブライト』および『NT』三部作の企画書など、秘蔵の制作資料や限定グッズ、パンフレット、スタッフのメモ、大量の文献にもとづいた〈隣宇宙〉と〈基底宇宙〉の歴史研究資料、アーカイヴ動画などが展示された。

 またミュージアムの最終セクションでは〈分断〉によって〈隣宇宙〉に戻れなくなった第一世代による絵画群およそ八十点が展示され、「戦争の悲劇を二度とくり返してはならない」こと、そして「フィクションこそが真実を語り、世界を変える」のだというメッセージが大きく訴えられた。絵画群の多くは劣化していたものの、これらがレプリカでないことを強調するために、最新技術で修復可能にもかかわらず、あえてそのままの状態で保存処理がなされ、展示された。加えてそれらにはAR技術を用いて〈二五〇年〉以降に撮影された〈基底宇宙〉各所の画像データと重ねて見比べることができた。

 しかし来場者数は思うように伸びず、〈二九三年〉には閉館の憂き目に遭っている。

 

 

■ミライ・クワン(+88

 十四歳の誕生日にもらった〈隣宇宙〉様式のペンダントが突然開き、いまこうしてこの自己組織化されていく文章を読んでいるのがあなた。ミライ、ハッピーバースデイ。おそらくあなたはいつか、ものすごく長い旅路をたどっていくことになるでしょう。それを想像するためのヒントは、これまでの文章のなかに記しておきました。これらはいわば、この宇宙での美術移動史がつくられるための備忘録、あるいはマイルストーンのようなものです。時間はまだまだありますから、それが具体的にどういう意味を持つのかはゆっくりと考えてみてください。いずれあなたは歴史(リアル)になり、物語(フィクション)になっていくはずです。いまこうして書かれているこの文章が事実そうであるように。

 

 

■アズサ・ムーンブーツ(-18

 これを読んでいるあなたのご先祖さまです。

 

 

ミウナ・ナツカ(+299

 これを読んでいるあなたのご先祖さまです。

 

 

■最後に

 しばらく待つと、こうして点々と書かれてきたトピックに対して、あなたがすべきことが文字の自然交配によってさらに細かく記述されていきます。どの時代のどんな人物に接触をはかっていけばよいのかは、もうだいたいわかっていることでしょう。迂遠なかたちになってしまいましたが、あなたにとっての〈未来〉に発生するはずの〈時空震〉の影響を受けないように言葉を残すアイデアは、結局これしか思いつきませんでした。わたしの予測どおりなら、きっといま、この文章が正しく読めているはずです。

 聡明なあなたのことですから、おそらくそこに一抹の不安がよぎっていることでしょう。それでもわたしたちは大丈夫です。あなたがこれを読めているということは、わたしたちはどこかで楽しくやっているということなのですから。もし今度こそすべてがうまくいったとして、あなたから見ておよそ二百年後の宇宙での〈時空震〉によって〈過去〉にやってきたわたしという歴史がどこかで歪み、切断され、あの人に会えなくなるとしたら、たしかにそれは寂しいことかもしれません。だとしてもそれは、わたしとあなたの生きるこの宇宙が前よりもよくなった結果なのですから、素直に喜びたいと思います。お気遣いなく。あなたの思っている以上にこの宇宙というのは複雑で、柔軟な存在です。

 もちろんあなたやその子供たちにはひどく大変な役目を負わせているという自覚は持っています。ほんとうにごめんなさい。ただ謝ることしかできません。

 もしかするとわたしたちは、もう何度も飽きるほどに、この悲しい歴史をくり返しているのかもしれません。それでもめげずにどうか、今回も頑張ってください。あなたならきっと、すこしずつであったとしても、この世界をよりよいかたちに導くことができるはずです。むろん、こうして書かれてきたフィクションたちにも、その力は備わっています。

 あらたに物語が書かれ、更新されるたび、そのストーリーは人々の心に灯をともし、世界はよりよい姿になっていきます。たとえ多くの記録や証言が時間や技術によって風化するのだとしても、そこで培われた人々の優しさは決して消えたりしないのです。

 この宇宙にも優しい人々が満ちていることを祈っています。

 あなたもそうでありますように。

 

            〈分断歴 三一五年〉星明かりの楽しげな夜に

                            ミウナ・ナツカ

 

 

 

 

【※この文章は〈分断歴 三六七年〉の〈コノテーションミュージアム開館百周年記念特別展覧会〉にてはじめて公開されたものです。いま現在も研究者によって解釈が分かれている状態ではありますが、資料提供者の意思を汲み、ここに「宇宙移動美術史のために」というタイトル名、およびTVアニメーション『共示詩典アストロブライト』第一話の台詞を冒頭に付記しています。】