凪のあすからを誤読する8(10話)

 前回いたたまれなくなりましたが(毎回そうなっていませんか)、今回もやっていきましょう。ついに話数が2桁に突入しました。といってもまだ半分も行ってませんが……。

第10話 ぬくみ雪ふるふる

 前回のいたたまれないシーンから巻き戻してスタートです。開幕から人の心がない。早速オープニングです。

 社殿。巻物を広げて昔話。海神様の御隠れによって海にも陸にもぬくみ雪が降っていましたが、娘が会いに行って説得したことで世界が救われました。しかし現在、人々が信仰を忘れていることで海神様の力が失われ、またぬくみ雪が降り、世界は凍えることに。そこでは人が生き永らえることはできない。つまりここで語られているのは世界の終わりなんですよね。『凪のあすから』は終末アニメ。

「そこで、長い眠りによって時間を稼ぎ、いつかまた海神様の力が蘇るのを待つ」と、うろこ様。話を受け入れられない光。

 外に出る光とまなか。後ろにいるまなかに話しかけようとする光ですが、案の定避けられます。俯瞰で映るまなかの足跡の軌跡が最高ですね。透徹して人の心がない。

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光を避けるため遠回りをしたことがわかる。ぬくみ雪という特性を活かした演出。

 ひさびさに帰宅する光。(あいつの身体、すげえ熱かった……)とまなかを思い出しながらモノローグ。前話サブタイトル「知らないぬくもり」は一見まなか視点の言葉のように思えますが、光にとっても知らないものだったようです。話を挟んだ二重写しの言葉。そこに父の灯。宴会について。食を絶てば胞衣が厚くなり、冬眠の準備が整うようです。「最後にたらふく食っておこうってことになった」

 いっぽうでふさぎ込むまなか。「眠り、眠っちゃったら……」地上の人間のこと、紡ぐのことを考え、「わかんない……わかんないよ……」そして光のこと。「わかんないよ……」

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最後の「わかんないよ」で魚が瓶にぶつかってキス。場の特性を活かした演出。

 翌朝。集まる4人。ちさきも要もうろこ様の話は聞いていたようです。そして地上の学校の話に。「うそこ様の話がほんとうなら鴛大師の連中にも教えないとまずいだろ」と光。しかしちさきは消極的な様子。

「地上の人たちに言わなきゃいけないこと? だって助かる方法はないって。わたしだったらそんなこと知りたくないかも。やっぱり地上の人と私たちは違うんだし……」

 これまでの話で海村のメンバーは地上の人間と比較的仲良くなっているはずですが、ちさきはそうでもないというのがまたエグいですね。彼女の精神は結局10話かけてほぼ変化していないということになります。

 海神様の力が足りないのであれば、おふねひきをやればいいと考える光。「ならん」とうろこ様。そして恋愛感情も看破されています。そして通学に関しては「義務教育」なので許可が下ります。そこはいいのか。

 至のアパート。世界の終わりについて訴えますが、あかりは聞き入れません。「でもまあ、ここんとこキンメが妙に釣れたり、寒かったり、おかしいことはおかしいんだよなあ」と至。キンメについては5話の「ウミウシになってくれる」のくだりの前に紡が言及していましたし、気温の低さについてはプール回をはじめ何度も描写されていました。要するに伏線だったわけですね。不安がる美海。

 クラスメイトにも事情を話す光。現実感がないためか、あまり信用されない様子。しかし「俺は本当だと思う」と紡。「じいさんが、もうずっとおかしいって言ってるし。昔の海と今の海は全然違う。もう、元の海には戻らないだろうって」

 言葉だけを切り取ると人新世っぽいですが*1、ここでは古来からつづく人と神の関係が重要で、それをどう治めていくか、という問題になっています。神話的な環境観*2。そのいっぽう、終始会話に加わらないまなか。

 世界が終わっていくので、形見分けについて話す美海とさゆ。「ねえ美海、大切ってどうすれば大切のままにしておけんの? 大切がいなくなったら、それってどうなんの?」とさゆ。彼女らはまだ失恋を経験していないんですね。

 紡の家。「じいちゃん、最近のぬくみ雪とか寒さって、いまだけのもん? それとも、もうこれからはずっとこうなわけ?」

「そうだな。人ひとりが生きているあいだにどうにかなるもんではないような気がするな。気候や環境の変化ってのは、受け止める側によって変わる話でな。ぬくみ雪を喜んでいるもんも自然のどこかにはおるのかもしれん。人間には悪い変化だったってだけの話でなあ」

 こちらはあくまで大局的な環境論っぽいですね。人間中心的でない。こういうものの見方を光はできないわけで、老人ゆえの達観ともいえます。感覚の相対化。

 公会堂。汐鹿生の村の人間が集まり、宴会がおこなわれています。台所で皿洗いをするまなか。そこにやってくるちさき。「こないだから変だよ。どうかした?」「そっかな、普通だよ」と返すまなか。そしておばちゃんがやってきて起きる順番について。「みんなで一緒に眠って一緒に起きるんじゃないの?」と不安がるまなか。というかナチュラルに女性陣だけが台所仕事やってる描写なわけですがこれは意図的でしょうか。田舎って感じではあります*3

 宴会場でまなかに絡むおっちゃん。「目覚めたとき、若いもんが元気でぼっこぼっこ子供産んでくんねえと」「誰の種だろうといいんだよ、とにかく子供だ! 汐鹿生の胞衣を持つ子供!」「最後だ、飲め!」なぜだかこのアニメは田舎の嫌なムーヴを確実に決めてきます。恨みでもあるのか。それをかばってやる光。

 外に出るまなか。そこにやってくる要、ちさき。「起きたとき誰もいなかったらどうしよう。眠っちゃったら、もしかしたらお別れになっちゃうのかな」と泣き出すまなか。なぐさめるふたり。

 帰宅するまなか。光とのこれまでの会話を振り返り、ふと瓶のあいだにウミウシがいることに気づきます。構図の反復。手に取るまなか。「こんなときにお前、なんで赤なの?」それから息を吸って、「あのね……」で暗転。

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ウミウシのカット。魚のキスは前振りの演出だったことがわかる。

 朝(宴会は金曜日だったので翌週?)。ちさきの家に迎えにきた要。

「もう、傍観者でいるのに飽きたんだ」

「?」

「ちさきが光を追っかけるうちはいいかって思ってたんだけどね。そうも言ってられないみたいだし」

「ちょっと要、なに言ってんのよ」

「僕、ちさきのことが好きなんだよね。かなり前から」

  というわけで衝撃の告白。今回はここでエンディングです。告白(のようなもの)ではじまり告白で締める。ここにきて矢印がさらに増えました。感情のビリヤードが本格的に活発になっています。

 ではここで要の行動を振り返ってみましょう。2話の「この場所にいたいのは、そのほうが楽だからだよね」「別の場所にすこしでも憧れを持ってしまえば、つらくなるから」というのは彼自身の実感をそのまま込めた言葉です。序盤の物語における彼の役割はちさきの理解者ではありましたが、同時に片思い経験者でもあったというわけです。

 4話でちさきに「大きいほうが好きなやつもいるよ。あんま痩せてないほうが、中年男は好きらしいよ。テレビで見た」といったのも自分の感情を隠した好意のパスです。8話の電車のシーンでは終始目をつむりちさき→光→まなか→紡の関係に不干渉な態度を取りますが、最後にちさきを見つめるカットが入ります。まさしく感情の矢印の最後尾にいることを示すカットでもあったわけです。

 直近の9話では要の感情はさらに露骨になります。胞衣が乾いて海に行ったちさきを行方を聞くシーン(さゆの感情を無視するシーン)は彼にとってちさきが優先順位の高い場所にあることを物語る台詞ですし、そのあとの「あいつはちさきにそんな顔させるんだね」わかりやすいほどに嫉妬の感情です。『凪のあすから』そういうことをするアニメです。

 というわけで影の薄かった要もようやくメインキャラの関係性のなかに入ります。こうした伏せていたカードを表にすることによって視聴者のキャラに対する印象を変える手法は、美海が至の娘だったのを明かしたときとおなじものといえます。キャラクターの感情の向きを切り取ってみせる青春群像劇の手法といえるかもしれません。

 また今回ですが、まなかと光はいっさい会話らしい会話をしていません。1話の時点ではほとんど意味がなかった「ひーくんとはお喋りしないよ!」がここで効力を発揮しています。痴話喧嘩です。あの言葉がシリアスな重みを持って戻ってきていたわけです。PCもしくはスマホの前のみなさんは思い出せましたか。ブログ第1回でもいちおう言及しています*4。『凪のあすから』はそういうことをするアニメです。

 10話といえばワンクールものでしたらもう畳む準備に入らなくてはならない段階ですが、まったく終わる気配がありませんね。贅沢なつくりならではの展開です。

 とはいえ半分の節目にはすこしずつ近づいてきています。人類はどうなってしまうのか。おふねひきは実現するのか。ウミウシに訊いたまなかの思いは?

 

 

 続く。

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*1:『天気の子』とそれを絡めるくらいのゆるさで言及している。

*2:じゃあそれはもう『天気の子』では? 違う。

*3:もしかしたら男性陣もやってるかもしれないが描写はない。

*4:凪のあすからを誤読する1(1話) - ななめのための。

凪のあすからを誤読する7(9話)

 というわけで続きです。今回も例にもれずいたたれなさがやってきます。これぞ『凪のあすから』です。やっていきましょう。

 

第9話 知らないぬくもり

 前回のぬくみ雪が積もった地上。あかりと光は引き続き至の家で暮らしています。「地上に降ったりするんだな」「ぬくみ雪?」「なんだったんだろう、あれ。なんかちげーっつーかさ、気持ちわりいっつーか」と光は違和感を口にします。あかりは前回もらったペンダントをつけています。

 海村でも地上に降ったぬくみ雪が話題になっている様子。青年会の壁にある絵には雪が降り人々が凍える姿が。日照りの絵は1話でアップのカットがありましたが、こちらのアップははじめてですね。演出の意図的な取捨選択でしょう。「言い伝えみてえに、この先は凍えていくばっかなのかよ」とおふねひき縁起と関係があると思われる発言も。

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壁にかけられた一枚。これもおふねひきと縁起と思われる。

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1話のカット。言及はされていないが、映ってはいた。

 そこにやってくる灯とうろこ様。「今日集まってもろうたのはほかでもない。この先訪れる、禍つ事についての話じゃ」ここでオープニングです。

 朝の学校。木工室でどうおじょしさまを直すか思案する光。まなか、ちさき、要もそこへ。海村では大人たちが会合を開くので追い出された様子。

 大人たちではなく、自分たちでおふねひきをやろうと考える光たち。紡の家に持ち込み、作業をはじめます。まなかと光を見ているちさき。

 サヤマートで買い出しをしているまなか。あかりは父を心配していないかとまなかに訊ねます。「ひーくんはちゃんと、お父さんのこと、お父さんのこと、心配してて」「そっか。お互い思い合ってるのに、上手くいかないな」

 紡の家に戻ってきたまなか。おじいさんと話します。紡について。9つのときにこの家にひとりで来たそうです。両親は町に。それを聞いたまなかは、

「ちっちゃいころから、紡くんは紡くんなんだ」

「ん?」

「えっと、紡くんは自分のこととか、周りにあるいろんなこと、見つけるのが上手だって思って。きっとちっちゃいときにも海の好きを見つけて、だからここに来ることを選んだのかなって。自分の大切。大切なものをわかってるから!」

 前回に引き続き、自分の思っていることを自然と言葉にできるようになっています。いっぽうで複雑な事情がありそうな紡の家庭。しかしまなかの純真さゆえか、そういったところには向かわないようです。先に尊敬の念が出ています。

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幼い紡の写真。肩に手をやっているのは両親か。

 胞衣が乾いてしまうちさき。戻ってきた要に声をかけるさゆですが、注目してもらえません。こうして見ると、さゆ→要の感情は割とはっきりと描かれていますが、美海→光はそこまで明確ではない感じがします。

 海。胞衣を濡らすちさきとそれに付き添う紡。「まだ、ウミウシ必要か?」と問いかけます。しかし「ううん」と答えるちさき。

「必要ない。わたしにはもう、必要ないの」

「それって光を諦めるってこと? なんで?」

「なんでって、変わっていかなくちゃ、だから」

「あんたの変わるって、そういうこと?」

「だって、大人になるってそうでしょ? 自分の気持ちばっかじゃいけなくて、ちゃんと前に進まなきゃ駄目で……」

「それでなしにすんだ、自分の。」

「え?」

「いまの自分が許せないからか」

  8話で光に伝えた「光の気持ちはなしにしなくていいと思う」が自分に返ってきています。顔を歪ませるちさき。「紡くんにはなにも、なにもわからない」対して紡は「俺はいまのあんた、嫌いじゃない」。その言葉でちさきの表情に怒りが。

 そこにやってくる要。「気分がよくないから、帰る」とちさき。海へ潜るふたり。「あの人大嫌い」「あいつはちさきに、そんな顔させるんだね」海村に戻ろうとすると雰囲気が違うことに気づきます。

 戻ってきた光。においに気づき、台所にいるまなかのところへ。ほっぺに人差し指。「ひざかっくんのおかえしだよ」微笑ましいですね。

「ひーくん。わたしね、ひーくんがいてくれたから、いまのわたしがいるよ。いつも、いつもありがとう」

「なに真面目くさっ……あ」

「だれかが傍にいてくれると心強いの、ひーくんがいっぱい教えてくれた」

「友達……だかんな」

「だから、だからね。もし家に帰りづらかったら、わたしも一緒についていくよ」

(…)

「お互い思い合えてるの伝えられたら、もっと強くなれる。もっと嬉しくなれるよ」

  手を握られ、頬を赤くする光。思い合うの意味がまなかと光とでずれているような雰囲気がありますね。案の定、光は外へ出て自己嫌悪に。

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手を握られたときの光。ヒロインに負けない表情。

 海村に戻るまなか。両親が待っています。「まなか、もう地上に行っては駄目だ」

 翌日。まなかへの思いに煩悶する光。遅刻してくると、まなか、ちさき、要は登校していません。おふねひきの妨害と思った光は汐鹿生へ。こちらでもぬくみ雪が降っています。だれも見つからず村をさまよう光。

 青年会のおじさん。「さあ、早いとこ、うろこ様に会いに行くぞ」と連れていこうとします。しかしそこにまなかが。ふたりで中学校に行きます。

 説明をするまなか。しかし状況はよくわかりません。「だったらお前なんで、ひとりで外に出て」「だって、だってひーくんに言わなくちゃって……!」それを見つめる光。

(お互いが思い合ってても、まなかのそれと、俺のとは違っていて。けど、やっぱり俺は……俺はまなかのこと……!)

 腕や膝、唇、潤んだ瞳を映すそれぞれのカットがなまめかしいですね。ラブコメっぽい*1

 意を決して抱きしめる光。数秒後、はっとして引きはがすまなか。「嫌っ!」と突き飛ばします。駆けだす光。さもなくば海はいたたまれなさでいっぱいに。

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抱きしめる直前の光。彼も限界だったことが察せられる。合掌。

 校舎を出るとおじさんと灯が。「もういいだろう光。家に戻ってこい」「地上に、なにが起こるってんだよ……!」

 というわけで名残惜しいですがここでエンディングです。今回は光の感情が決壊しました。このアニメ数話に一回は誰かの感情が決壊しますね。これまで大人になろうと、気持ちをなしにしようとしたものの、できなかったのが光というわけです。

 とはいえ今回の話がよい一層エグく思われるのは、こうして光が限界になった遠因として紡がいるからでしょう。彼がまなかにちゃんと言葉にすることを教え(6話)、そうして好意(恋愛感情ではない)を光に伝えたことでいろいろと駄目になってしまったというのが今回の構図です。台所のシーンも、学校のシーンも彼女の行動の根本には紡がいたということになります。やっぱり人の心がない。

 そしてついにはじまってしまった感情のビリヤードも見物です。まなかも光を意識せざるを得ませんし、ちさきもちさきで、まなかや光だけでなく紡からもダメージを受けるようになりました。おかしくなりつつある世界のなかで、どう彼/彼女らの関係は変わっていくのか。見届けていきましょう。

 

 

続く。

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*1:ブコメか?

凪のあすからを誤読する6(7~8話)

 というわけで続きです。

 

第7話 おふねひきゆれて

 おじょしさまが完成しました。オープニングです。

 アイスをおごりたがる先生。「つーか先生、今日はアイスさみーよ、プールも中止になったんだぜ」前回に続いて寒さに関する発言が出ています。

「おふねひきしたい」という言葉がハモるまなかと紡。(思った以上に痛えや……)と深刻な光。特に気にしていない紡は「海も地上も総出でやってたころみたいなの、やれませんか」と本来のおふねひきをやりたいようです。しかし難しいのではないかと考える先生の発言で表情を曇らせるまなか。それに気づいた光は「やろう」。紡を鴛大師のまとめ役に、光が汐鹿生まとめ役に。うれしそうにまなかは「すごいね」。答える光。

「絶対叶えてやるよ、おふねひき」

「うん」

(……お前と紡と願いを)

  サヤマートの前で署名運動。「なんかすごいね、光」「あいつ、なんであんなに」「もやもや晴らしの全力疾走ってとこじゃない」その言葉だけで表情が沈むのが比良平ちさきです。ちさきですね。あかりと至も協力してくれています。「なんか、地上に海のきみたちが手に手を取って……ってなんだか他人事に思えなくて」と至。鏡映しのように、ふたりの関係に光は紡とまなかを見ています。

 しかし光の父、灯は「駄目だ」。集めた署名を見せた説得にも通じません。しまいには「俺に頼るのか?」「じゃあ協力なんか要らねえ!」。今回のつらいポイント、理解のない親描写です。

 翌日。陸側である漁協のほうは話を受け入れてもらえたようです。光も父親の説得には失敗しましたが、青年会には話が通りました。「見てろ、やりとげてやる」とつぶやく光。静かに目をそらすちさき。ちさきですよ。

 頑張っている光を見て違和感を持つまなか。「きっと変わろうとしてるんじゃないかな」とちさき。それを聞いて必死になるまなか。「変わるんだって決めて、ひたすら頑張ってる人を止めることなんか、きっと海神様だってできないよ」

 鴛大師の漁協。話し合いの場。光の父もやってきます。友好的な雰囲気。「よし、じゃはじめてくれ」「え、もうはじまってますが」「違う、あんたらの謝罪を聞くって言っているんだよ」その言葉から因縁のつけ合いがはじまります。

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「なんか雲行き怪しいんじゃねえか」の台詞に合わせて雲行きが怪しくなる。

 仲裁しようとする光。しかし「ガキは黙ってろ」。ほんとうにこういう大人は見たくないですね。画面も暗い。あかりと至もやってきますが事態は収拾しません。腕で払われる光。おじょしさまが倒れ、首が折れてしまいます。「気が済んだか」よくこんな台詞が出てきますね。

 喫茶トライアングル。灯とあかり。「海の人間と地上の人間は、どうしたって相容れねえんだ」といわれ、気づくあかり。

「ずっと、なんか違うって思ってたのよ。それがいま、はっきりわかった。あたしはね、あたしと至さんの話をしてるの。なのに、父さんはいつも、海と地上の話にすり替えてるんだ。昔、母さんに聞いたことがあるんだ。どうして父さんと結婚したのか。母さん言ってた。理由なんて簡単で、ただふつうに父さんのこと好きだから結婚したんだって。それ聞いて、あたしうれしかった。だから思わず聞いちゃったんだ。もし、父さんが陸の人だったら、って。そしたら母さん、笑ってたよ。それでも、きっと父さんと一緒になってたわよって」

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滔々と語るあかり。窓を伝う雨によって変化する光が壁面に差し込むのがよい。

「あたし、美海ちゃんの母親になります」と宣言。

 シーンは変わって、荷物をまとめているあかり。「出ていくのか?」と光。「うん、ごめんね光」「謝んなくていい、俺も出ていくから」

 揺らぎが大きくなる御霊火。「お世話になりました」とうろこ様に告げるあかり。海村を出ていこうとするふたりですが、うろこ様が邪魔をします。「やれるだけのことはせんとな」「守らねばならんのよ。あの方の裔(すえ)を」うろこ様にも役割や目的があるようです。あの方、というと最初に生贄になった女の人でしょうか(海神様ならそのまま海神様と呼ぶでしょうし)。とはいえ明確ではないですね。

 鏡に映ったふたりを見て、耐えられなくなった灯がそれを止めるよう頭を下げます。「後生です。どうか」。妨害は止みますが「本当にいいのか?」

 というわけで複雑な表情の灯でエンディングです。彼にも色々と思うところがあるのですが、それはまだわかりません。うろこ様の言葉もなにを意図したものかはわかりません。今回は話が進むというよりは頓挫し、逃避していくところが多かったようです。種は蒔いているようですが、見ているぶんにはストレスが多いところです。

 とはいえ、光が他者の恋愛を積極的に取り持とうとしているのは大きな変化ともいえます。果たして光は恋のキューピッドになれるのか? ちさきは? ちさきは大丈夫なのか?(大丈夫ではない)閉塞的な話題に終始した今回ですが、次回は解放的になります。ほんとうに?(ほんとうに)

 

 

第8話 たゆたう想いのさき

 前回のあと、地上に出てきたあかりと光。至と美海が迎えにきてオープニング。

 至の家で夕食を摂る4人。光が使おうとした湯呑みはみをりのものだったようです。寝室で横になっている光と美海。台所で話すあかりと至。「あたしね、海に戻れなくてもいいの」というあかりに対し、「ちゃんと、結婚しよう」と答える至。3話で答えられなかったのがようやくここにきて言葉になりました。それを聞いている光と美海。

 深夜。胞衣を塩水で濡らす光。「ママも、よくそうしてた」と美海。それから美海はあかりの結婚が反対されていたことに触れ、自分も上手く接することができなかったのを後悔します。アバンで迎えにきたとき、父の背に隠れようとしてしまったのはまだ向き合い切れていなかったということですね。それからプレゼントをしようと考えます。

 翌朝。なぜか外に出ていた美海。まなか、ちさき、要と合流すると女子ふたりはおめかししているようです。「町って聞いたから……やっぱり……」「へ、変かな……」照れる光。数年ぶりのラブコメ描写に涙が止まらない*1。あったけぇな……。切符の値段がわからない光。あるあるですね。

 電車に乗る6人。なにげない会話シーンですが、視線が語るものが多いですね。紡にうれしそうに反応するまなか。それを見て「頼りにしてっから」と光。そこから目をそらすちさき。無干渉の要。いまいちわかっていないのは美海です。

 都市部へ。町の意匠が青いですね。ブルーを基調としたデザインは汐鹿生と鴛大師特有のものではなかったようです。この世界そのものの傾向なのかもしれませんね。胞衣を持つ人間のための水場などもあるそうです。ちょっとだけしゅんとした表情の美海。

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駅前の風景。水族館(イメージ上の)っぽさがある。走っている車はすべて三輪。

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都市部のほうが少数者への配慮が行き届いている。

 アクセサリーを探す美海たち。エクスペンシブ。エレベーターでは人数が多く、光とちさきで別行動に。あかりの話からまなかの恋愛の話へ。「いつか、いつかまなかも」とこぼしたちさきに対し、「地上に行っちまうかもな」光。

「まだわかんないけど、もしそうなったらおれ、あいつを応援してやる」

「え? それってどうして? 光はいつだって、まなかを守ろうってあんなに頑張って」

「お、お前なに言ってんだよ」

「光、ずっと好きでしょ。まなかのこと」

  爆弾が投下されましたね。ようやくラブコメっぽくなってきました。

 先に店を物色している美海たち。しかしお目当てのものは見つかりません。紡を見ているまなか。「あいつのこと、まなかはどう思ってるの?」と要。

「紡くんはね、わたしに気づけないものが見えてるの。それがたくさんすごいなって、そう思う。うん、そう思ってる」

「そっか。まなか、はっきり言えるようになったね」

  まなかの変化を要も言葉にしています。やはり紡との対話(6話)が契機になっていいるようです。

 いっぽう、エレベーターで気まずい光とちさき。「あー、だっせ」と光。「でも俺、応援してやるって、諦めるって決めたから」

「でもいろんなまなか見てきて。あかりのこともあってさ。だったら俺はまなかのこと、笑顔にしてやりてえって、そう思った」

「でも、だからって、光の気持ちはなしにしなくてもいいと思う。光は、ずっと変わらないでいいじゃない。光が決めたことなら、わたしは応援したい。だけど、光はそのままでいいって思う」

  こちらも6話からの積み重ねが生んでいる言葉ですね。変化する光。変わってほしくないちさき。「お前ってほんといいやつだな。ありがとな」と光。わかっていません。「違うよ」けれどもそこでつよがってみせるちさき。本心は語りません。

 やはり貝殻のペンダントがほしい美海。小遣い前借り12か月ぶん。さすがに至も困惑します。「大好きな海の、貝殻のがいい」とこぼします。4話の「海が大好き」とつながっている台詞です。

 町の雑貨店を探し回る美海たち。次の店に向かうところで光が倒れます。すぐさまペットボトルの水をかける美海。朝出ていたのは海の水を取ってくるためだったようです。「塩水あります」の看板のとき、ちょっと残念そうな顔をしたのもそういう理由からだったことがわかります。プレゼント探しを再開する6人。

 しかし見つからず、帰りの電車。昔、魚の鱗をおじいさんにプレゼントしたことを紡が話します。

 夜。帰りの遅い美海を心配するあかりと至。汚れた6人。手作りのペンダント。

「美海の好きをね、あかちゃんにあげたくて」と美海。5話のときもそうでしたが、自分の好きを相手に伝えることが彼女のほんとうにしたいこと、素の部分なのでしょう。また美海の言葉は6話での紡の台詞とも重なっています。おじいさんにプレゼントをした理由としても読めますね*2。そして、好きという感情とどう向き合っていくか、とは『凪のあすから』のテーマでもあります。

 騒ぐ6人を見て、「わたし、ちゃんとしたい。一緒にいるだけじゃない。ちゃんと」

とあかり。今回の話の序盤で触れられた「ちゃんと、結婚しよう」にかかっています。こちらも好きという感情に対してどう向き合うかの回答のひとつです。反対に回答の出せていないちさきは、それを聞いて表情が曇ります。ほんとうに曇るのが似合う子ですね。現状維持とは好きという感情に向き合わないことでもあります。

 そして雪が降り出してエンディングです。ぬくみ雪。雪が降ってうれしい*3。夏に雪が降るアニメは傑作*4。端的にいって異常と思える状況なのですが、美海がはしゃいでること、幻想的な雰囲気になっていることであまりそれを感じさせないのがいいですね。

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重要なモチーフであるぬくみ雪。EDでもまなかの身体に積もっている。

  さて、今回はそれぞれのキャラクターが好きとどう向き合っていくかを描いた話でした。光は変わるし、まなかも変わりつつある。 まただれかに特別な好意を向けていないかのように見える紡もおじいちゃんにプレゼントしたことが語られました。こうしてだれもが好きに絡んでいくのが『凪のあすから』です。

 これから物語はどんどん彼/彼女らを取り巻く世界≒セカイ*5に向かって動き出します。何が起こっていくのかを見届けていきましょう。

 

 

続く。

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*1:やっぱりこのアニメラブコメだったんだよ父さん!

*2:「自分のいいって思うもの、自分がいいって思うやつらと一緒に見たいって」

*3:ここではトーチweb 雪が降って嬉しいのことを指している。

*4:ここでは『グラスリップ』のことを指している。

*5:ゼロ年代に人生を支配された人間の綴り

凪のあすからを誤読する5(6話)

 前回感動のフィナーレを迎えたような気がしましたが、物語は続きます。今回は輪をかけてつらいエピソードが盛りだくさんです。めげずにやっていきましょう。最後には感動が待っています。

 

 

第6話 巴日のむこう

 縫い物をしているまなか。水着です。海村の人間は服を着たまま泳ぎますが陸の学校ではそうもいかないということでしょう。ぼやく光に「ほんと変わらない」とちさき。どこか浮かない表情のちさきを見つめるまなか。前話で色々解決したような気がしましたが、ちさきの感情は解決していません。ふたりの関係が今回の軸です。

 そして水温を測る先生でオープング。プール回だ!

 教室で着替えはじめる男子。見ているまなかとちさきに「女子は更衣室」とクラスメイト。女子更衣室ではラップタオルを持たないふたり。何気なくほかのクラスメイトとも会話ができるようになっています。光の謝罪の成果でしょうか。

 プールサイド。「先生のストライクゾーンはド高め」「だって、こんなに寒いのに」蝉がわんわん鳴いている夏のはずですが寒い。もしかするとアバンの水温は低かったのかもしれませんね。とりあえずこの引っ掛かりは大事にしておきましょう。

「一緒に泳ごうぜ」とクロール勝負を紡に持ちかける光。要も入れて3人で。それを聞き、誰を応援するか話す女子たち。ちさきに視線を向けながら「ひーくん、だよね?」とまなか。悪意がないぶん余計に質が悪いですね。視線をそらして「そうだね」。

 しかし実際に勝負してみると先を行くのは紡。海の人間は水中で暮らしていても、水面での泳ぎには慣れていないことがまなかによって解説されます。ちょっとスポーツ漫画っぽい理論ですね。とはいえ負けてる理由として使われるあたりがぼくたちの光くんです。やっぱりこうでなくちゃいけませんね。そして光の視界にまなかが入り、回想。次の瞬間には大きな音と水。

 脚を抱える光。「ひーくん!」とまなかが飛び出します。プールサイドに上がると、爪が剥がれてしまったことがわかります。保健室に連れていくよういわれ、「ち、比良平さんも一緒でいいですか」とまなか。気を遣っています。しかし「先生、わたし、次泳ぎます」とちさき。

 保険室。好きな女の子にいいところ見せようとして/好敵手と思ってる相手に勝とうとして、大負けした挙句その好きな子に手当をしてもらっている状況。いたたまれないにもほどがあります。久々のつらいポイント。脚本には人の心がない。いらつく光。「ひーくん、怒ってる?」「別に怒ってねえし、くっせえ! 塩素くっせえ!」やめてさしあげろ。しかしやめない。それどころかさらなる追撃。

「マジで」

「え?」

「速すぎだろ、あいつ」

「だって、クロールとかあんまりやんないもん! 仕方ないよ! 海の中だと絶対、ひーくんのほうが速いよ!」

  今度は好きな女の子が敗北した言い訳を用意してくれました。つらいポイント再び。ほんとうに人の心がない。タオルが落ちます。「お前に褒められると、すげえ」「で、でもみんな知ってるから。ひーくんのすごいとこ。ちーちゃんも!」とまなかはちさきのためのフォローも入れます。悪意はないんですよね、悪意は。「もう帰れよ、自分でやるから」。廊下に出ていくまなか。「だっせえ」とつぶやく光でAパート終了です。

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敗北したプロボクサーもここまでみじめにはならんでしょ。

 冗談はさておき、この保健室のシーン、光は海の人間ですからタオルをそこまで被る必要はないわけで(胞衣が水を吸ってすぐに乾くはずです)、だとするならここで光は自分の情けない表情を隠したかったと解釈できます。しかしそれもまなかの手によって(悪意なく)払われてしまう。見られてしまう。ほんとうのほんとうに人の心がない。

 Bパート。教室に戻ってきたまなか。ちさきに話しかけるも無視されます。

 焼却炉。美海とさゆ。おじょしさまづくりに加わります。光が木工室に行くとクラスメイトたちも。ちさきにパスをつなごうとするまなかですが、露骨に避けられます。学校を出ようとするちさきを追うまなか。下駄箱で追いつきますが、ちさきは怒ります。

「なんでそういうことするの?」

「で、でも、いまのままだとちーちゃんよくないっていうか……」

「いいとか悪いとか、なんでまなかが決めるの!?」

 「ごめん、行くね」とまなか。光が怪我をしたときの回想。彼女はあのとき咄嗟に光のもとに向かうことはできませんでした。(なんで……)とモノローグ。だから比良平ちさきは向井戸まなかになれないんだよ。(もうやだ……!)

  そのまま木工室には戻らないまなか。紡に声をかけられ、泣き出してしまいます。荷台に乗せ、「巴日」について紡は訊ねます。回想。幼いころ、まなかだけが巴日を見れず、ちさきが怒ったことについて。ふさぎ込みそうになるまなかに紡はいいます。

「最後まで喋るようにしたら?」

(…)

「曖昧にごまかすのやめて、今日、光助けに行ったみたいに、ポーンと喋ればいいのに」

「あれは、あれはなんか、自然と」

「そうか。あれがほんとの向井戸なんだ」

「え?」

「かっこよかったよ、あのときの向井戸」

  そして去っていきます。その姿を目撃する光と要。構図の反復。それ以上の説明はしないのがいさぎよいですね。視聴者の印象に残るカットだったとわかっているのでしょう。それはそれとして、どうしてこんなにも人の心がないのか。

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今回の6話のカット。

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2話のあかりと至のカット。

 海中へ。海流が変わり、巴日が出現します。まなかはちさきを連れ出して学校へ。それを見て追っていく光と要。幼いころのことをまなかは「最後まで言うね」と謝ります。紡の言葉をきちんと受け止めたわけですね。「それでわざわざ呼びに?」「約束したもん。次は絶対見ようって!」情報の出し方が上手い。ひとつ上に積んでくるスタイル。対してちさきはつぶやきます。

「おじょしさまが、完成しなければいいのにな」

「ど、どうして?」

「そしたら、ずっと夏でしょう? ずっとみんなとおじょしさまつくっていられる。ずっと一緒にいて、ずっと遊んだり、学校行ったり、話したりしてられる」

「でも」

「あたしね、変わらなければいいと思ってたし、変わりたくないよ」

 未来のことを考えられる(約束の履行ができる)まなか。反対に現状維持を願っているちさき。飛び出すことができるまなか。飛び出すことができないちさき。「同じものを見て、同じように笑って、同じように、ずっと友達で……」

 というわけで消えていく巴日とともにエンディングです。いつだってわたしたちは永遠の夏を願っていますが、それは叶うことがない。いっときの夢でしかない。それを理解しながら、言葉と映像の二重で語るというのが6話の演出の絶頂です。

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永遠という願いを一時的な(大気?)光学現象に託してしまう最高のカット。

 『凪のあすから』がノベルゲーだったら自分は間違いなくこの6話までを体験版にするでしょうね。誓ってもいい。いや、『凪のあすから』は全26話のTVアニメであってノベルゲーではないんですけれど……。でももしこれがノベルゲーの体験版だったら確実に本編プレイしたくなりませんか(錯乱)。

 次話はいよいよおふねひきに向かって動き出します。もちろんつらいポイントもあるのでお見逃しなく。ほら、だんだんこれがクセになってきたはず……。

 

 

続く。

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凪のあすからを誤読する4(5話)

 まだ5分の1にも到達してませんが続きです。今回は岡田脚本の台詞回しパワーが遺憾なく発揮される第一の盛り上がりでもあります。むろんパワーだけでなくテクニックもちゃんとあるのが見えてきます。盛り上げていきましょう。

 

第5話 あのねウミウシ

 朝。台所に立っているあかり。第1話冒頭で光が立っていたのを思い出します。変化ですね。出かけるさい、お父さん(灯)が「地上の男はやめておけ」に対し、「父さんもやっぱり海の人だね。わかってるわ」とあかり。相変わらず表情がいい。

 社殿。大きく揺れる御霊火。「地上と海とはその境を完全にするべし。やがて地上は……ぬくみ雪はその前兆」とまた意味深な発言。「あかりはお前次第じゃがな」といいますが「あかりにはあかりの人生がある」と灯。直接手を差し伸べることはありませんが、妨害をする気はないのかもしれません。ここでOPです。

 前回の重い感情を引きずっているのか、みんなとは登校しないちさき。お腹の赤いウミウシを探しているようです。気持ちの整理をつけたい、といったところでしょうか。陸に上がると紡が。「遅刻」「そっちだって遅刻じゃない」「今朝は大漁だったからな。近ごろ、おかしいくらいにキンメが獲れる」しかし話題をそらさずに、「昨日はごめんなさい!」と謝るちさき。すると「あんた、光が好きなの?」と看破されます。当然といえば当然ですね。

「そうか」といって学校に向かおうとする紡。しかしちさきは一方的に話します。この切り出し方がまたいい。

ウミウシになってくれる……?」

「え?」

「幼馴染の好きよりも好きよ。でも光を好きでいつづけると、どんどん嫌な自分になってく。どんどん自分、許せなくなってく」

「ストップ」

  顔を上げると、視線の先にはまなかが。俯瞰のカットとともに波の音が聞こえてきます。1話のカモメの鳴き声と同じ手法ですね。逃げ出すまなか。踏切の警報機の音、電車の走行音、蝉の声が重なります。青春のいたたまれなさが増幅されていきます。

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情報量の多いカット。警報機はちさきの心情と呼応しているか。

「聞いてないからね、なんにも!」「ひーくんのこと好きとか?」「うん、ひーくんのこと好きとか!」聞こえていました。ちさきは「忘れて」と懇願します。「う、うん。わかった」とうなずきます。造船所の逆光のカットも船が波をつくるカットも異様なほど綺麗です。コントラスト。青春がいたたまれなくなるほど世界は美しくなるものですからね。うんうん、どんどんいたたまれなくしていこうね。

 体育祭のダンスの練習。ちさきと光。それを見るまなか。これまで見えていなかったものが見えるようになってしまいます。「ちーちゃん……」感情のビリヤードがはじまる気配。

 サヤマート。あかりに会いにきた至。喫茶トライアングルへ。あかりがみおりや美海と会っていた場所ですね。「わたしたち、やっぱり別れたほうがいい」そして回想。美海があかりによく懐いていたことがわかります。

 再びサヤマート。「どっかい」のガム文字の前にいた美海に「わたし、ちゃんとどっか行くから。だから安心して。つらい思いさせちゃって、ごめんね」とあかり。ショックを受ける美海。ここでAパート終了です。

 台所で料理をする光。そこに電話。「うろこ様に確認して! 小さい女の子が海に落ちてないか!」と必死な声。あかりからです。美海が失踪したことが伝えられます。「俺が美海、見つけてやるから」と光。「いくら大人ぶったってな、お前なんか俺の母ちゃんの代わりにはなれねえんだよ! だから、とっとと美海の母ちゃんの代わりになれ!」と啖呵を切ります。当初は反対姿勢を取ろうとしていた光ですが、これまでの関わりのなかで心境が変化したのでしょう。

 探す4人。造船所のところで美海を見つけます。「絶対に帰らない」「心配してない」「美海はひとりだから」とこぼす彼女と一緒に夜を過ごすことにします。

 美海が見つかった知らせにくずおれるあかり。傍に寄る至。

「あたし、あなたが好きです」

「え?」

「美海ちゃんもみおりさんも好きです。光にはふられちゃったけど、好きです。みんな好き。」

「あかり?」

「あたし、光の言う通りなの。子供なの。欲張りなの。好きな人を、みんなみんな手に入れたいの。どうするのが正しいのか、わかってたって、それでも! やっぱり、諦められない! 諦めたくないよう……!」

  実際に映像で見ると感情の決壊という感じで一気に引き込まれるシーンです。唐突な「あなたが好きです」でぎょっとさせるのが上手いですね。会話ではなくほとんどモノローグなんですが、受け取り手がいて成立する緊張感といいますか*1。考えてみれば「ウミウシになってくれる?」のくだりもその手法ではありますね。

 造船所。魚を獲ってきた光。距離が近いだけで反応してしまうちさき。それを見てしまうまなか。「ちーちゃん……」(半日ぶり二回目)。

 まなかと美海。ウミウシの話。美海にも思うところがあるようです。しかしまなかは(赤いウミウシが見つかったら、なにを話せばいいのかな。なにに、答えが欲しいんだろう……?)とまだ自身の気持ちと向き合えていない様子。

 造船所に残った光と美海。「いっぱいいるだろ、お前のこと大好きなやつ」「いない」「いるだろ、だって」「いないの! いちゃ嫌なの!」急に海に飛び込む美海。しかし彼女は泳げません。「あたし、泳げない。どうして? ママは海の人なのに、どうしてあたしは泳げない?」抱きしめる光。

「ママが死んじゃって、お腹んとこ、悲しい感じでいっぱいになって。息ができないみたくなって。あかちゃん、ずっとあたしといてくれて。あかちゃんのことも好きになった。だけど、あかちゃんが新しいママになるかもって、怖くなった。また、ママが、美海の大好きが、美海の前からいなくなっちゃったらどうしようって。もう、あんな悲しいお腹になるのは嫌だ。大好きにならなければ、あんなに苦しくならない。だから、だから美海……」

 あかりに引き続き、美海も感情を吐露します。それを受け止めてやる光。(好きにならなければつらくならない)のモノローグに重ねてまなかの顔が浮かびます。やっぱり自覚はあるようですね。中学生だからコントロールができないだけで。

「だけど、よう。誰かを好きになるの、駄目だって、無駄だって、思いたくねえ」「あんたも、大好きな人、いるの?」「うっ……それはいるよ、いっぱい」「いっぱい?」「ああ、そうだ。お前のことも、大好きになったしな」彼もラブコメ*2主人公のはしくれなのでナチュラルに落としにかかっていますが、さきほどの「いっぱいいるだろ、お前のこと大好きなやつ」のリストに自分を加えてやるあたり、根は優しい子なんですね(どうも紡がいいヤツすぎるせいで霞んでいますが)。そしてドリコン認定。そして「手伝ってほしいことがある。あたしの、ウミウシ

 翌朝。サヤマートの横で眠るふたり。それを見つけ、美海を抱きしめるあかり。ガム文字。ようやく1話から出てきた言葉が完成します。

「あかちゃんの目。青くて、涙が波みたいに揺れてて、綺麗。海みたい。美海ね、海が、大好き」

 しっとりとした上品な台詞回し。一度聞いただけでは気づきにくいかもしれませんが、おそらくこの台詞は美海が海に飛び込んだときの回想にあった、みをりの「ママは海が大好きだから」という言葉とつながっています。

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「美海は美しい海って書くの」と名前を教えてあげるみをり。回想にも意味がある。

 光の台詞の回収といい、今回は言葉の呼応が光ります。美海は母から受け継いだ好意のバトンを渡しているのと同時に、母に対して口にできてた「好き」をあかりにも向けることができるようになりました。文句のないハッピーエンド。

 これにてエピソード姉編第一部終了です。今回の話はあかりと美海それぞれの思いが吐き出され、それが合流していくことになる丁寧な構成でした。ちさきの思いについては保留されています。それを知ったまなかの感情も同様に保留です。

 またウミウシの話や、あかりと至の関係、美海と光の会話を通して、「好きという思いを抱くのは正しいのか、間違っているのか」というテーマが浮かび上がるようになっています。そのあわいを、陸と海のあいだを、人々が揺れている。これが『凪のあすから』の物語観でもあります。ここまで(いたたまれない描写にもしっかりと耐えて)見てきた人なら本作の空気というか態度みたいなものを感じ取れているかと思います。

 さて、この5話までが岡田脚本担当回で、次に岡田のクレジットがあるのは12話。とはいえ攻撃力の高い脚本はガンガン続いていきます。次話のみどころは落ち着いたかと思いきや久しぶりにいたたまれなくなってしまう光くんです。やったぜ。乞うご期待!

 

 

続く。

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*1:それはもうディアローグでいいのでは? とは思うがそのあたり定義をよくわかっていない。

*2:ブコメか?

凪のあすからを誤読する3(4話)

 本日2回目の更新。気合い入れていきましょう。

 

第4話 友達なんだから

 前回衝撃の事実が明らかになってからの4話です。小学生たちの名前は美海(みうな)にさゆ。協力体制になるかと思いきや姉のことを思い出し、「美海みてーな卑怯なやり口は嫌いだ」と去っていく光。思うところがある表情の美海でオープングです。

 あくる日、家庭科の授業でちらし寿司をつくる5人。べつの班のも試食し合うことに。たしかに前話で紡とは仲良くなったものの、ほかのクラスメイトとはほとんど距離が縮まっていません。それでも「これ、よかったらどうぞ」と皿を差し出すまなか。それを拒否する手がまなかを押し倒します。割れる皿。「謝れよ」と紡。彼はいいヤツなので常に正しい行動を取ります。先生に見つかり謝るクラスメイト。

 木工室。壊されたおじょしさま。「誰がこんなこと」「あいつらだ」キレる光。教室に走り、チェストを決めます。(たぶん)校長室。ひとりだけ帰宅するよういわれる光。その処遇に対し「わたしも帰る」とまなか。

 おじょしさまにつけられた落書きを落とそうとするちさきと要。ちさきは「まなかって可愛い」とこぼします。「怖がりだけど、意思が強くて、華奢な体でくりってした目で。いつも一生懸命」ここにも彼女の傍観者としての視線は見えてきますね。憧れがあったのか、もしかしたら多少の嫉妬もあったかもしれません。

 対して要は「大きいほうが好きなやつもいるよ。あんま痩せてないほうが、中年男は好きらしいよ。テレビで見た」とフォローになってないフォロー。いちおう褒められているちさきは「まなかみたいに、素直になれたらいいのに」。けれどもそうなれないのが比良平ちさきの比良平ちさきである所以ではあります。輝いていますね。

 おじょしさまの頭に「さゆ三じょう」の文字を見つけるちさき。「あからさまな犯行声明文だね。クラスのやつらじゃなかったんだ」と要。それを聞いて焦って消そうとするちさき。訝る要にちさきは答えます。

「このことは黙ってよう? わたしと要の秘密にしよう?」

「え? どうして?」

「だって、このことが知られたら、光が悪者になっちゃう」

「でも」

「光がこれ以上傷つくの、わたし見てられない!」

  光の幸福を願った結果、ナチュラルに物事の優先順位が狂ってしまっているのがベストオブ凪のあすから曇りヒロインこと比良平ちさき女史です。ここに来てこじらせランキング堂々の首位だった光くんを大きく突き放して独走状態に入ります。というかすごい自然に共犯関係を持ちかけてますね、この子。思考の瞬発力。

 しかしそこにやってくる紡。彼はいいヤツなので常に正しい発言をします。

「嘘つくのは、きっとよくない。どんどん孤立することになる」

「違う! わたしたちがつくったものを生臭いって言う人たちなんだよ!」

「みんな、ほんとうは悪いやつじゃない」

「ちらし寿司、わざとこぼすような人たちが? いい人だって思ってたけど、やっぱり紡くんも地上の人なんだね……」

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嫌悪と悲しみの混じった表情。失望されるのはふつうに心が痛くなるが紡はつよい。

  流れるように被害者感情を武器にするのが趣深いですね。「地上の人を嫌いとかってない」と口にしていた彼女が嫌悪を向けていることを考えるとなおいっそう趣深い。いっぽうの紡は「光がみんなを誤解したことで、みんなに光を誤解をされたくない」。彼の株がどんどん上がっていきます。もうこいつが主人公でいいんじゃないかな……。

 場所は変わってサヤマート。「どっかい」のガム文字の続きをつくろうとするが、光の言葉を思い出しためらう美海。そこに「やってやった! かましてやったよ!」とさゆ。「ぼっこぼっこにしてやった」(…)「どうしてそういうの」「え?」「卑怯だって! そういうの!」と自分のことを棚に上げてキレます。子供は言われた言葉をすぐ他人に向けますからね。サブキャラでもドラマをつくっていく気概を感じます。

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ブチ切れた美海。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 帰る途中の光とまなか。「お前さ、なんであのときあいつらのとこ、ちらし寿司持ってったんだ? いつもだったらあんなことしないだろ」彼女に変化が生まれつつあるのかもしれませんが、溺れているあかりの交際相手を発見して話はうやむやに。

 男のアパートでおかゆをつくるまなかと光。冷蔵庫のプリンにマジックで印がついているのが細かい。溺れた経緯を訊ねたのち、案の定キレる光。「不倫なんてな、絶対許さない」と口にしたところで、女性の遺影が置いてあることに気づきます。青い瞳。

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いわゆる祖霊舎(?)。独特のデザイン。

 いっぽう、社殿に御霊火をわけてもらいにくるあかり。美海の母、みをりのことを覚えているうろこ様。高校時代のあかりは陸で生活するようになったみをりと会っていました。相手の男、つまり至ともそのときに知り合っていたことになります。前々掲の美海の画像を見ればわかりますが、彼女の瞳孔の周囲は海村の人々と同様に青く描かれています。あかりの回想でも瞳が大きく映ります。海と陸のハーフというわけですね*1。そしてみをりは亡くなってしまう。

「わたし、ふたりの傍にいたいって思ったんだ。みをりさんの空白を埋められればって」

「物は言いようじゃな。ただの横恋慕じゃろう。みをりがいなくなってその後釜に入ろうとした」

「きっついな……うろこ様は」

「呪い。かけてやってもいいんじゃぞ」

「呪い?」

「惚れた男を忘れられる呪いじゃ」

「そんなのいらない。……自分でなんとかするもの」

  最後に静かに言って捨てる感じが最高にキマっているのですが、このシーンは過去の岡田担当作品の変奏かつ深化ともいえます。なぜなら他人を呪うキャラクターとしては『true tears*2の石動乃絵という女の子がすでに存在しているからです。第10話「全部ちゃんとするから」では好きな女の子にほとんど振られてしまった男の子、野伏三代吉が石動乃絵に会い、自分を呪うようお願いします*3

「石動乃絵」

「なに?」

「俺に呪いかけてくれねえか。誰も好きにならない呪い」

(…)

「誰にも心動かされない、クールな男ってかっこよくね? 俺、そんな男になりたくて」

  どちらも失恋から逃避するための呪いであることがわかります。ただし『凪のあすから』では去っていくあかりを見送ったのち、「まだまだ子供じゃのう」とうろこ様がこぼします。呪いに対する姉のふるまいもそうですが、それを相対化する目線も置かれているのが実にテクニカルです。そして意味深に揺れる御霊火。「海の人間を、いま地上にやってはならない」。この台詞は今度のストーリーに関わる部分です。

 夜。至の家に帰ってくる美海。「おじょしさま、わたしがやった」「は?」「わたしがボコボコにした!」と嘘の告白。ランドセルを握る手が震えていますね。

 帰り道。美海を責めなかった光(や要、ちさき)に「守ってもらってばっかりだった」ことを自覚し、泣き出すまなか。けれども光を守りたいという気持ちにもなり、一緒にクラスメイトに謝ることを提案します。学校で自発的にちらし寿司を持っていったことも、おそらくはこうした思いがあったのかもしれません。一緒に帰ることにしたのも、光を守ろうとした結果だったと考えられます。だから比良平ちさきは向井戸まなかにはなれないんだよ。

 翌日。土下座する光。土下座するまなか。チェストで仲直り。微笑み合うまなかと紡。そしてこのときのちさき。ちさきですよ。

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比良平ちさきが比良平ちさきたる所以。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 校舎裏へ逃げていくさゆに声をかける要。「あの土下座はきみが光にさせたとのおんなじだから。僕は光の友達として、きみを許せないよ」。泣き出すさゆ。「わたしだって、美海の友達なんだ」と自分に起きたことを語ります。ここの回想パートはふつうの会話だったらあきらかに浮いているはずなのですが、自然に感じられるのがアニメならではのマジックという気がしますね。見ているあいだはたしかに説得されてしまう。ふたりの会話を隠れて見て去っていく美海。

 要に諭され、光に謝るさゆ。みんなが笑うなか、曇った表情のちさきのモノローグ。

(わたしは、わたしは、光をかばいたかった。だけど……)

 はい、というわけで感情が限界に近いちさきでエンディングです。

 とはいえ4話がすさまじいのはストーリーに関わるキャラクターが増えてかなり入り乱れているはずなのに、それをほとんど感じさせずアクシデントを起こし、まとめる部分はしっかりとまとめ、未解決な部分はちゃんと次回に流すという処理をしているところですね。

  • 光:おじょしさま事件→誤った報復→早退→謝罪
  • まなか:光を守るため早退に同行→謝罪を促す
  • 要:おじょしさま事件の犯人特定→さゆに謝罪を促す
  • ちさき:おじょしさま事件の犯人特定→隠蔽失敗(まなかの「守りたい」との対比=だから比良平ちさきは向井戸まなかにはなれないんだよ。
  • 紡:おじょし様事件の犯人特定→謝罪を取り持つ(誤解を解く)
  • 美海:卑怯といわれてさゆに八つ当たりする→光に嘘の告白→態度保留
  • さゆ:おじょしさま破壊する→美海に怒られる→要に諭される→謝罪する

 これらの状況変化をパラレルに描くだけでも大変なところ、さらに至と姉のエピソード、美海とさゆのエピソードを入れて1話にまとめているわけで、相当な圧縮、省略がなされているように思います。

 たとえばあかりと至の馴れ初めはいくらでも生々しく描けるし盛れるところでしょうが、あかりの主観による語り(美談化)とそれに対するうろこ様のツッコミで簡潔に済ませています。過不足ない出来。

 各々のシーンのつながりも忙しないはずですが、見直すと要らない部分はかなり切られていることがわかります。おじょしさまが破壊されてから教室に光が移動する部分や、その後校長室に呼ばれるくだりなどは綺麗に省略されています。溺れた至を救い出す描写もなく次のシーンではアパートにいますし、かと思えばベランダに干してあるウェットスーツで前後の想像がつきやすくなっています。過度に説明をしきらない上品さ。4話はこうした技巧の積み重ねによってつくられています。

 次回はエピソード姉編第一部の最終回となります。あかりと至は無事結ばれるのか? 美海はなにを思っているのか? 光は姉の幸せを願えるのか?

 

 

 続く。

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*1:脚本の粗をつつくなら、どうして至は海と陸のあいだの子が胞衣を持たないことを知らなかったのかという話になりますが、まあそれはそれです

*2:お前ほんとうに『true tears』すきだな。

*3:ただし、この第10話の脚本担当は岡田ではなく、森田眞由美とクレジットされている。とはいえ岡田麿里は『true tears』のことを相当気に入っていたのではないか。『さよならの朝に約束の花をかざろう』でもttの飛べない鶏が飛び立たないドラゴンに変奏されて登場している。

凪のあすからを誤読する2(2~3話)

 というわけで続きです。やっていきましょう。

 

 

第2話 ひやっこい薄膜

 朝。呪いが解けたまなか。魚は「またね」と外へ去っていく。そしてうろこ様のもとに行き、「呪い、ますか?」と問いかけます。彼女の膝にはまだタオルが。

 OP開けて教室。紡は呪いが解けたことを知らないので「彼は?」とまなかに訊ねます。その返しが「元気ダヨ(嘘声)」。ここではあからさまには明示されていませんが、まなかにとっては、呪いが紡との唯一の接点になっています。もうほんらいはタオルを巻く必要もないわけです。けれども外してその接点をなくしたくはない、といったところでしょうか。いじらしいですね。

 廊下でようやく「紡くんだぁ~~!?」とまなかの呼び方に気づく光。そして去ったあと、泣き出すまなか。それをなぐさめるちさき。

「ちいちゃんはどうしてわかるの? ひーくんの気持ちも、わたしの気持ちも」

「そんなの、ちっちゃいころからずっと見てきたもん。まなかのことも、光の、ことも」

 この台詞の通り、ちさきは常に傍観者だったキャラクターであることがわかります。紡という存在が現れなくとも、ちさき→光→まなか、という感情の矢印は以前からあったわけです。1話の女子更衣室でまなかに語りかけるシーンもこういう彼女だから成立したわけで*1。また、光のことも、と言うときは若干言いよどんでいます。矢印の最後尾にいたからこそ思うところがあるのでしょう。このちさきの感情や傍観者という属性はのちの話で深く掘り下げられていきます。

 そして校舎裏。サヤマートでいたずらをしていた小学生ふたり。「ざまーみたらし団子!」。独特の表現。現状ではよくわからないキャラですが、今後絡みが増えていきます。

「このなかでおじょしさまつくってみたい人いる?」と先生。「はい、紡ね」それを見て手を挙げるまなか。ほかの3人も。山のなかへ材料を取りに。汐鹿生(海村)に興味を抱いている紡。「俺は海の村、いいと思ってる」。まなかの視線の先に紡がいることに気づく光。その光の視線に気づくちさき。「見てきたもん」は現在進行形であることがわかります。

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ちさきの傍観者である側面が重ねて描写される。

 夕方。下校。姉あかりの乗る車が。キス。相手は地上の男。「村から出ていくつもりなのかな」と要。うまくいかなくて出戻りになるかならないか、でなく「地上の男と結ばれたら、村から追放されちゃうんだ」。海から出ていった人々が戻ってこないことに気づく4人。そして憤るまなか。

「意地悪だ! 大切な人と家族になりたいって、全然悪いことじゃないのに、素敵なことなのに、それなのに海から追い出しちゃうなんて……」

「それって、自分も地上の男とくっつきたいって考えてるのか」

  そうやって直情的に聞いてしまうあたり中学生ですね。 

「や、やだ。えっちなこと言うひーくんは嫌いだよ!」

「俺だってえっちなこと言うまなかは嫌いだっての」

「わたし、言ってないよ」

「なんか最近、気持ち悪りぃんだよ、お前」

  泣き出し、海に飛び込んでいくまなか。最悪ですね。さらに理解を示そうとしたちさきに「お前に俺のなにがわかるんだよ」とキレ散らかします。最悪その2。ちさきも泣いて海に飛び込みます。擁護のしようがない。要も「いまのは駄目だね」。

「なんだよあいつら、わかるわかるって連発しやがって……」

(俺だって、俺の気持ち、よくわからねえってのに)

  まなかをめちゃくちゃ意識してはいるものの、恋愛としてはまだちゃんと向き合えていないということでしょうか。それが八つ当たりになってしまうあたりのアンバンラスさが中学生ならではで、こういうのがあとでさらに手痛いしっぺ返しになるんですよね……。正直こういう部分が見ている人にとってのストレス要因にもなるのが難しいところで、しかしこの中学生の恋愛という未成熟なところが『凪のあすから』においては重要な部分でもあります。

 海の下。波路中学校。光たちがもともと通っていた場所ですね。要とちさき。

「わたしは、地上の人を嫌いとかってないけど、やっぱり、ずっと海にいたい。まなかと要と、光と一緒に」

「この場所にいたいのは、そのほうが楽だからだよね」

「え?」

「別の場所にすこしでも憧れを持ってしまえば、つらくなるから。意外だったな、まなかがこの場所からの一歩を最初に踏み出すなんてね」

  このふたりの会話はのちのち効いてくる部分でもあります。いっぽう自室でクラス名簿を確認し、紡の苗字を呼ぶ練習をするまなか。「木原くん、木原くん、木原くん。これでもうひーくんに怒られないよね。木原くん……」*2

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わざわざ名前を指でなぞるカットを入れる凶悪さ。人の心がない。

 いっぽうそんなことも知らない光はあかりに地上の男について訊ねることができません。夜。戸の隙間からのぞく明かりを見て姉について考えるカット。なんでもないようですが、この構図はのちの話で反復されることになるシーンですね。自然とまなかのことが浮かぶ光。意識のあらわれです。

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夜の寝室。あかりと紐づけされるカット。

 翌日。木工室でおじょしさまをつくる5人。「今日も元気?」と魚について訊ねる紡。「今日は寝てるみたい」と嘘をつくまなか。当然膝にはタオル。なにも喋らないものの、光の作業音がイライラをみせているのがいいですね。そしてちさきのアップ。ここでも彼女は傍観者です。

 次のシーン。焼却炉ではちさきが(まなか、やっぱり木原くんのこと……)と考えます。同時に独占欲が顔をのぞかせています。そこにやってくる紡。自発的に4人のための水場をつくろうとしていることが明かされます。紡はほんとうにいいやつなんですよね。しかしちさきにとっては不安の種でもあります。

「まなかに、これ以上優しくしないであげて……。まなかには、光がいるんです……」

 光の幸福を願うちさき。彼女特有の面倒くささはこのあとも引き続き描写されていきますのでお楽しみに。

 うろこ様に「呪ってください」と土下座するまなか。嘘をほんとうにしたい。「みなに守られないところに行こうとしている」。要が波路中学校で言ったことと呼応しています。しかし本人はそれをまだ理解できない。

 すると外で声が。姉のあかりが大人たちに連れられています。「そろそろ光らも知っておくべきじゃねえか。村の掟に背いたらどうなるかってことをな」今回の最つらポイント、村の掟です。岡田脚本が得意とするところの閉塞的な田舎描写ですね。当然のように出てくる「面子が立たねえべ」も地域社会って感じでキツい。

 そうしてお父さんにうろこ様のもとへと連行されるお姉ちゃんでエンディングです。次回もどんなつらいことがあるのか楽しみですね。

 

第3話 海のいいつたえ

 シーンは前回の直後から。社殿でうろこ様と話すあかり。盗み聞きしようとする光とまなか。合流する要とちさき。気づくあかり。もう表情が姉ですね。気丈な姉でしかない。不安な光とまなかの表情を映してオープニングです。

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絶妙な微笑み。今回は姉のふるまいがテーマとなる。

 OP開けて、4人は波路中学校の教室へ。作戦会議。「男の趣味悪い」ちさき。会議は男だけに。女子は音楽室に。

 腹の赤いウミウシを見つけるまなか。

「お腹の赤いウミウシに誰にも言えない気持ちを伝えると、教えてくれるんだよね。これから先のこと」

「うん。口から黒い石を吐いたらその気持ちは間違っていて、綺麗な石を吐いたら」

「その気持ちは宝石みたいに、永遠に輝き続ける」

   これからの展開を暗示するかのような話ですね。案の定、ちさきはまなかに「紡くんのこと好きなの?」と問いかけます。「よくわからない……」とまなか。「ちーちゃんもひーくんも要も好き。それはわかる。でもつむ……木原君はちょっと違って。よくわからないの」それを聞いてしまう光。つらいポイントです*3

 帰宅すると、父もあかりもいつも通りに。けれども夜中、あかりの泣き声が寝室に聞こえてきます。前話に似た構図がありましたが、差異が見られます。

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前話の構図の反復だが、斜めに傾いでいる。

 画面が斜めになっているのは均衡≒平和が崩れたことの表れでしょうか。そして回想シーンに。あかりは母親が亡くなったときも人前では泣かず、夜になってから泣いていたことが語られます。さらには地上に出て専門学校で漫画家を目指すことを諦めます。「うちにはあたしらふたりが進学するお金がないんだよ」どうしようもなくつらいポイントですね。このアニメは平気でつらい話を重ねてくる。

(「姉ちゃん」が「あかり」になったって変わらない。呼び名なんて、どうだって関係なかったんだ。あいつがどんどん大人になっていくのは、俺のせいだって気づいた。相手の野郎にはムカついている。けど、よくわかんねえけど、ほんのすこし、ほっとしたんだ。あかりが、やっと自分のこと考えるようになったんだって……)

 しかし姉エピソードとしては説得力が高いのも事実です。姉は弟のために姉に、大人になっていった。その姉のために弟は動くわけです。

 翌日。鴛大師にある漁協へ。車を運転する男を見つけ、自転車で追う光。着いた先は木原家。男に掴みかかろうとしましたがおじいさんに網をかけられます。その後再び掴みかかりますが、おじいさんは陸と海の人間が交わることは並大抵のことではないとを伝えます。しかしライバル関係や漁場の問題ではなく「子作りはしとるのか」。色ボケかと思いきや「それが問題なんだよ」と紡。

 地上の人間と海の人間の違いについて。海の人間が水中で呼吸できるのは身体を包む胞衣があるから。しかし海の人間と地上の人間とのあいだに生まれた子は胞衣を持たない。村の掟の理由がここにあります。岡田脚本に挿入されがちな性の話が設定にちゃんと絡んでくるという珍しい例ですね。

「あかりと結婚するつもりなのか」の問いに答えられない男。光は当然キレて殴りかかりますが、途中でおじいさんに投げ飛ばされます。気絶。

 目覚めると夕方。胞衣について話し、「俺も欲しい」という紡。「憧れてるからだよ」。外に出ておじいさんと話す。すると彼の肌にも胞衣が。「もしかしてじいさん、汐鹿生の……」よく見てみれば、おじいさんの瞳の色は海村の人々と同様に青系統ですね。だいぶグレーががっていますが。

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「こいつは嵐だ」のカット。帽子のつばの影になってわかりにくくなっている。

 家に帰るとまたけろりとしたあかり。「禁断の愛でもいっか」と抱きつく。抱きつくのはお姉ちゃんの癖でしょうか。切ないですね。わたしもお姉ちゃんに抱きつかれたい人生だった。

 翌日。晴れて全員が「紡」呼びに。これまでの行動の省みる光。姉は弟を成長させるわけですね。姉かくあるべし。

 そして完成しつつあるおじょしさま。焼却炉の近くには水場が。「魚も、息したいかと思って」と紡。はっとするまなか。この話ではあまり膝に注目させるカットがありませんでしたが、まなかはずっとタオルを巻きつけていたのが確認できます。それから「嘘ついてました」と謝ります。呪いの魚の真似。紡がはじめて笑います。つられてまなかも笑顔に。しかし面白くはない光は紡を水に落とします。複雑な感情はあるでしょうが、ひとりの友達としても見ようとしている場面ですね。

 下校中、男の乗った車を見つけた光。ついていくと目的地はサヤマート。姉の職場です。隠れて見ていると後ろから小学生に襲われます。そしてもうひとりの小学生からは「協力して」「は?」「パパと女が別れるの、協力して」

 というわけであかりの相手は一児の親だったことが判明して今回もエンディングです。情報の出し方が巧みですね。男が結婚に対して即座に答えられなかった理由がここで回収されているわけです。小学生ふたり組のキャラにしても、これまでうるさいほうが目立っていたわけですが、親族という情報により一気に印象が塗り替わっています。

 さて、今回のサブタイトルであるところの「海のいいつたえ」は地上の人間と海の人間の交わりであるところの古い言い伝えでしょうが、大きな意味ではウミウミのエピソードも含まれそうですね。それにまだまなかはウミウシに思いを伝えていません。

 とはいえ『凪のあすから』エピソード姉編はまだまだ続きます。未成熟な自分たちの恋愛ではなく、他者を介して世界への理解を増やしていくのが変則的なジュブナイルという感じですが、果たしてどうなるのか。これでまだ3話。先は長い。

 

 

 次回に続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:「光はまなかのこと守らなきゃって思ってるんだよ」

*2:怒られるんだよなあ……。

*3:自分だったら泣いていたかもしれない。