凪のあすからを誤読する18(24話)

 前々回に引き続き前回も最高のエモが抽出されましたね。しかしそれも越えていくのが『凪のあすから』です。まだまだ展開は広がるぞ。今回もちさきの感情が早々に限界になり、彼女が限界になればむろん彼もダメージを受けます。では気合いを入れてやってやりましょう。

 

第24話 デトリタス

 下校中の美海、さゆ、まなか。光を見つけます。駆け寄るまなか。ウミウシの石に気づく光。顔をそらす美海。彼女の思いはまだ光にはぶつけられていません。

 汐鹿生。ちさきに語りかける紡。

「お前と一緒に過ごした5年。ずっと、隣でお前のこと見てきた。海のそばで暮らして、海のことがわかってきたみたいに、お前のこともわかるようになってきた。怒るタイミングも笑うタイミングも、泣くなってときも、感じられるようになった。そう、感じてたんだ。お前の気持ち、いまは俺にあるって。それ、俺の勘違いだったのか?」

 迷う表情のちさきを抱き寄せます。顔を赤くし、しばらくしてからはっとするちさき。

「は、離して」

「勘違いなら離す」

「紡……」

「でも、勘違いじゃないなら……」

「やめて……! わたしは紡のことなんて、好きじゃない!」

  そういって走り去っていくちさき。「気持ちが……漂ってる」とつぶやく紡でオープニングです。

 紡の家に戻ってきたちさき。高校入学のころでしょうか。おじいさんに写真を撮ってもらったさいのことを思い出します。紡を見つめる瞳が揺れています。

f:id:saito_naname:20200526200202j:plain

惚れているやんけ、と突っ込みたくなる表情。

f:id:saito_naname:20200526200245j:plain

おじいちゃんの入院によって忘れられているかもしれないが、14話からこうだった。

 家に入り、何気ない日常の記憶が目に入ります。モノローグ。(たった5年。紡と過ごした時間は、たった5年。光たちとは、生まれたときからずっと一緒にいたのに……。なにに……どうしてたった5年で……!)涙を浮かべてその場にくずおれます。

 そこにやってくる要。「紡?」「え?」「昔から変わらないから。ちさきは好きな相手のことになると、普通じゃなくなる。よかったら、ちさきの気持ちを話して。それで少しでも楽になるなら。僕の気持ちはいいんだ」

 ちさきの感情に歩み寄ったかと思えば、要はあっさりと身を引きます。紡と正反対の動きですね。だから要はちさきの恋愛対象になれなかったんだよ。

f:id:saito_naname:20200526201218j:plain

境界線。要は近づかないし(しゃがんで影が距離を取る)、近づけない。

「昔からどうしたって、蚊帳の外だったんだから。ちさきが光とうまくいかなくても、次は僕じゃなく紡だってわかってたらから」それからぼろぼろと泣き出すちさき。

「違うの! 好きじゃない! 紡のことは好きになっちゃいけない……。そう、光以外の人を好きになったりしたら、眠り続けているみんなを、時間を止めたままのみんなを裏切ることになるって思って……。わたしは、わたしは光が好きなんだって、ずっと、忘れないように、ずっと思ってて……。光が戻ってきたとき、怖かったの……わたしだけ大人になっちゃったこと……。それだけじゃなくて、見破られちゃうんじゃないかって、色んなこと。でも、光は変わらないって言ってくれた……。わたしうれしかった。わたしは光をちゃんと好きなんだって。いまでもちゃんとって……。でも……」

「もういいじゃん」

「え……?」

「僕たちはここにいるんだから。帰ってきたんだから。ちさきの気持ちをごまかすことなんてないんだ」

  そういって立ち上がる要。「まなかは紡が好きなの。まなかの好きな気持ちを目覚めさせるためには、紡の気持ちを受け入れることはできない」「まなかは関係ないでしょ」「ある!」「強情なのも変わらない」

 汐留家。波のような音を聞くまなか。そこにあかりと晃。晃が幼稚園で手紙を書いてきたそう。「まなかだいすき」逃げ出すまなか。泣きそうになる晃。

 ひとり寝室にいるまなか。「これ、なんだろう」と手紙を見ながら涙がこぼれてきます。波の音。「うるさい。うるさい。うるさい……!」

 いっぽう縁側にいる美海。(光は、自分がどんなに傷ついても、まなかさんの気持ちを取り戻そうとしている。わたしに、できること……)そこに光がやってきて、まなかのペンダントのお礼をいいます。旗や汐鹿生に行けたことについても。ガキ扱いできないことを認める光。「らしくない。まなかさんのためなら、性格まで変えられるんだ?」と美海。(まなかさんを思う光に、せめてわたしができること。光に、この気持ち、気づかれないようにすること)

 翌朝。登校する光とまなか。「ねえ、ひーくんは誰が好き?」と訊ねるまなか。「わたしね、よくわからないの。好きってどういう気持ちか。不思議なの。みんなのこと好きだと思うのに、なのに、なんだかよくわからないって感じがする」ごまかす光。

 病院。おじいさんに寮暮らしをしたい旨を伝えるちさき。紡との距離を取りたいのかもしれません。「好きにすればいい」とおじいさん。それから地上に戻ったおじょしさまの話の続きを訊ねます。

「愛する男は死んでいた」

「え?」

「消えたおじょしさまを探し、海に入って溺れ死んだと」

「そ、それで?」

「地上に戻ったおじょしさまを待っている者はだれもいなかった。それだけだ」

 説話に続きがあったことも驚きですが、あまりよい話ではありません。

 歩いている紡。そこに下校中の光、要、美海、まなか。まなかのペンダントに気づく紡。「光、要、ちょっといいか。男同士の話がある」と紡。

 祠に来た3人。「もう一回、呪ってもらえないですか」とうろこ様に頼む紡。断られます。「おふねひき。おじょしさまを捧げれば、また地上の終わりは緩やかになるんじゃないかと。それに向井戸の気持ちも、元に戻るかもしれない」

 紡は多くの思いがデトリタス(プランクトンの死骸や微細な生物の生きた跡)のように海に漂っているのを感じたと述べます。「海神だけじゃない。鹿生で暮らした人のものなのか、泳ぐ魚なのかもわからない、思いの欠片たち。名前もない、時代もない気持ちたちの中に、よく知っている気配を感じたんだ。きっとあれは向井戸の気持ち」

「向井戸が生贄になっていたことで、海神の思いの欠片と御霊火の意識が一体化し、均衡が取れていたと。だったらもう一度、生贄を捧げれば……」それからまなかのペンダントを木のおじょしさまにつけて、まなかの代わりにならないかと提案します。「向井戸が戻ってきたと海神の思いが勘違いすれば、奪われた向井戸の気持ちも元に戻るかもしれない」

 それを聞き、手を貸してくれるといううろこ様。こうして村の協力を仰いだおふねひきがまたはじまります。5年前のクラスメイトも戻ってきました。「なんか、懐かしいね。楽しいね、ひーくん!」とまなか。

 造船所の部屋で衣装を縫っているちさき。そこにやってくる紡。「まなかは、わたしが地上にいるあいだ、5年間もずっとおじょしさまになってくれたんだよね。そしたら、今度はわた」「ちさき!」その会話を部屋に入らず聞いている要。その要の視界に入らないようにしているさゆ。

 とぼとぼと帰る要。「サボり」と呼び止めるさゆ。「好きなんだ。ちさきさんのこと」「バレてた?」と笑う要。「ばっかじゃん!」「え?」

「そうやって、なんでもないふうでカッコつけてさ。ちさきさんに告白したんでしょう?」

「それも聞いてたのか」

「聞いてたよ! 振られたのかなんか知らないけど、もっとまっすぐぶつかればいいじゃん! ちゃんともっとさあ、さっきみたいにつらそうな顔、ちさきさんに見せなよ!」

「見せてどうなるの。同情されたとして、いまの僕とちさきじゃ、あかりさんに慰められる光みたいなもんだよ。それってダメージ大きすぎ。僕が冬眠しなければいまごろはって、思ったりもしたけどね。でも関係ないんだろうな。5年前からちさきは、紡のことが気になってたし、僕はずっと蚊帳の外だったからね。いつもちさきの目は僕じゃない誰かを見て、僕のこと」

「悲劇のヒロインぶるな!」

  泣きながらそう怒るさゆ。

「あんただって同じだろちさきと! ずっと、ずっと見てたよ……。わたし、あんたのことずっと見てた! ずっと待ってたんだから! あんたがいるから、だから頑張ろうって。あんたに釣り合いが取れるように、あんたに子供扱いされないように。あんたにちゃんと、女の子として見てもらえるように! あんたがいないあいだも、あんたここにいた。ちゃんとこの真ん中にいた!」

f:id:saito_naname:20200526220325j:plain

警報が鳴るなか、遮断機を越えて叫ぶさゆ。境界を越えようとする意志。

 それから踏切を電車が通り過ぎ*1、「そうか。僕は、さゆちゃんのなかにいたんだ」と要。泣いています。

「ほんとは、寂しかった。地上に戻ってきて、光にはあかりさんの家族がいて、ちさきには紡の家族がいて。僕のことは誰も待っていてくれなかったんじゃないかって」

「なんだ。やっぱ子供じゃん」

「子供だよ。がっかりした? 憧れのお兄さんがこんなんで」

「自分で憧れとか言うな」

「返事、したほうがいい?」

「どうせ、駄目でしょ」

「僕、ちさきばっかり見てたから」

「わかってる。もういいよ」

「さゆちゃんのこと。これからちゃんと見てみる。ちっちゃな女の子じゃなくて、同じ年のひとりの女の子として。そこから、とりあえず考えてもいいかな。さゆちゃんとの今後」

「上から目線だよね」

「あのさ」

「なに?」

「ありがとう」

  お互い「子供」というフレーズを使う瞬間に涙を拭っていて画面のリズムが心地いいですね。それからふたりの視線が重なり、はじめてシンメトリカルなカットが入るのも心地いいです。「わかってる。もういいよ」で背中を向け、そのまま振り返らないも上品ですね。なにより自分を殺してる男の子が自分の思いに素直な子によって救われるというのがよいですね。『凪のあすから』にもこういう優しさがあるんだね……。

f:id:saito_naname:20200526220840j:plain

シンメトリカルなカット。遮断機が上がって、思いが通じたという印象が強まる。

  朝の造船所。狭山の車に送ってもらう美海。残っているまなかと光。「ひーくん、ちょっと元気ない?」「ああ。あの日以来だからさ。色々変わっちまったの。なんかもう一度ってちょっと怖くて」「わたしは楽しみだな」

 それから「俺さ、好きな人いるよ」と光。誰なのか訊ねるまなか。「好きな人ってのは、そう簡単に言えるもんじゃないの」と返し、「お前にもすぐにわかる。うん。おふねひきが終わったら」「おふねひきが?」「おふねひき、成功させような。旗、めいいっぱい振るからな、俺」

 5年前のまなかを繰り返すように宣言する光で今回はエンディングです。ごんごんと感情が弾けていますね。今回は全編を通してそれぞれが自身の感情をどう扱っていくか見せていく回でした。まっすぐに滔々と語る紡。自分の思いはぶつけないで身を引く要。無理やり拒絶しようとするちさき。思いを隠そうとする美海。泣きながら自分ごとぶつかっていくさゆ。自分が傷ついても構わない光。

 いっぽうで地上に戻ったおじょしさまの話もどこか不安を誘います。恋愛のうまくいかなさは、7人の恋愛とどこかパラレルに映ります。

 しかしまだ全員の感情がぶつかったわけでも、昇華されたわけでもありません。あと残すところ2話。次回はついに二度目のおふねひきです。予告編にいっさい劇中の映像が出てこないあたり作り手側の本気を感じます。こちらも本気で取り組んでいきましょう。

 

 

 

 続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:そうやって人類はいつも踏切越しに告白をやらせようとする。

凪のあすからを誤読する17(23話)

 前回最高のエモが抽出されて呆然状態になってしまったかと思いますが、ついにここからは岡田脚本。本気でやってやらないと命を落とします。致死量のエモが襲ってきます。やってやりましょう。

 

第23話 この気持ちは誰のもの

 汐留家の庭。晃と遊ぶまなかを見つめる光。回想。まなかを助ける方法について。「答えはわからん」とうろこ様。「光、わかったじゃろう。世の中にどうにもならんことは確実にある」回想終わり。涙を浮かべている光。美海に呼ばれてオープニングです。

 海岸沿いの道。「お前、大人ぶんなよ」と光。先ほどの美海の呼びかけは嘘によるフォローだったようです。しかし続く言葉は「ありがとな」です。だいぶ前、大人ぶったちさきに感謝したことがあったように、光もすくなからず成長しています。「近ごろの光、泣き虫だから。どうしたってこっちが大人になる」と美海。

 それから「おふねひきが終わったら」の約束について美海に話します。「あれ、紡に告白しようとしてたんじゃないかなって」と光。「なんでそうなるの!」と美海。しかし光は確信を持って「それはないから。絶対に、ないんだ」

「みんなに相談しよう。うろこ様に聞いたこと」と美海。みんなとはまなかも含めたみんな。けれど光は「それはどうしてもできない」「それも、絶対?」

f:id:saito_naname:20200525161553j:plain

久々のキメキメのカット。ふたりの視線の向きは交差しない。

 紡の家。まなかを除いた6人で相談。しかし全員がまなかの感情について光のように飛び込むことは考えていません。紡は冷静です。「好きになる感情を失うって、どれくらいのダメージなんだろうね」と要。「まなか楽しそうに見えるし、失ったことでなにか困ってる様子もない」それに対しちさきは「わたしだったら、すこしほっとするかもしれないな」とやはりちさきです。しかし「勝手なこと言うな!」とさゆ。涙を浮かべています。

「好きな気持ちがないほうがいいとか、勝手だよ。まなかさんに聞いてもないじゃんか」

「さゆちゃん」

「なんなんだよ。知らなくてもいいとか、大人ぶんな! あんただって子供のくせに! ばっかみたい!」

  去っていくさゆ。追いかける美海。そして紡、要、ちさきの3人を見て「なんかさ、お前らおかしいぞ。気色悪りいよ、なんか」と出ていく光。造船所前。「好きは大事じゃん。好きはあったほうがいいじゃん」とさゆ。そこで解散。

 代わりにやってくるまなかと晃。まなかは海に光っているものを見つけます。光が潜って取ってくると、赤ウミウシの吐き出した石だとわかります。「そうだ、前にわたし、赤ウミウシになにかを話したなあ」とまなか。「なんて?」「ん? あれ、なんだっけ。そこまで思い出せないけど」ウミウシの言い伝え。白い石だと思いは正しい。黒だと間違っている。「これ、お前が持っておけ」と光。「大事に大事に持っておけ」

 汐留家。「あれ、まなかの石だ」と光。「まなか。ウミウシになにを話したか思い出せないって言ってたよな」「うん」「ってことは、きっとまなかがウミウシに話したのは、人を好きになる心に関係あることなんだ」

 そして「やっぱ、紡に頼むしかない」と光。「ウミウシに話すほどの強い気持ちならさ、きっと思い出せると思うんだ。好きな相手の手助けさえあれば、絶対」その感情に対し一方的に葛藤を抱く美海。しかし口にすると、こないだと言ってしまえる光。「好きにならなければ苦しくならない」は5年前に家出した美海が光に語った言葉でした。

 夜。まなかに声をかける美海。具合が悪いわけではなく、「耳の奥で波の音がすごいする感じ」がするとまなか。また「ひーくんはわたしのことで、なにか一生懸命になってくれている。でも、どうしてあんなに必死になってくれてるのかな」と気づいています。そして「黙ってるってことは、きっとひーくん、言いたくないことがあるんだと思うから。この石は綺麗だけど、見てるとなんかわからなくて、変な気分になるんだ」

(まなかさんのなかの、誰かを好きになる心が持っていかれて。好きのあった場所が、ぽっかり空いて、その場所が叫んでるんだ。寂しいって、叫んでるんだ)

 そう思い石を貸してもらうように頼む美海。「もっと大事にできるようにするから!」

 翌朝。紡の家。朝食をつくるちさき。そこにやってくる紡。「大学に戻っても、ちゃんと野菜食べなきゃ駄目だよ? 紡なにかに夢中になると、ご飯食べるの忘れるんだから」「わかってるよ」「睡眠もちゃあんと取らなきゃ駄目だからね。ソファとか床とかでごろっと寝ちゃうの禁止。疲れ取れないから」「わかってる」長年お互いを知っている言葉。ラブコメですね(そうか?)。「俺からも聞いていい?」と紡。「どうして、好きな心がなくなったらほっとするんだ?」なにも答えないちさき。

 木工室。石をペンダントにしている美海。その横にさゆ。「やっぱりわたし、好きがなくなるのは嫌だって思うんだ。それが片思いだって。やっぱり好きはあったほうがいい」「人を好きになる気持ちがなくなったら、楽だったろうけどさ、いまのわたしじゃなくなってる。きっと。だからさ」「わたしさ、要に告白する」

 完成したペンダントをまなかに渡す美海。「これならほんと、もっと大事にできるね。なくさない! ずっと一緒!」とまなか。それを聞いて泣き出す美海。「まなかさんが綺麗で……。綺麗で、優しくて、楽しくて。まなかさんは全部持ってる。そんなまなかさんがなくしものなんかしちゃいけない……」

 氷の上。テントなどの設備を畳んでいる紡。大学に戻ることを光に伝えます。光はまなかの心を取り戻すための協力を願いますが、拒否する紡。

「悪いけど、向井戸にはそういう欲求を持てない」

「そんなのフリだけでいいんだよ。嘘でもいいじゃんかよ」

「向井戸が好きなのは、本当に俺なのか?」

「そうに決まってんだろ。お前見ると顔真っ赤にしてさ、紡くん、紡くんって甘ったれた声出して」

「それが、好きな証拠になるのか?」

「まなかの気持ちを疑うのか!」

  キレて掴みかかろうとする光ですが、簡単にあしらわれます。そしてその様子を偶然バスから見つけてしまうちさき。「止めてください!」と運転手に言います。光の腕を背中にやる紡。

「だからなんでなんだよ。お前が好きって言ってやれば、まなかは元に戻るかもしれねえのに」

「好きって気持ちは、どんな理由であれ、もてあそんでいいもんじゃない。それに、俺はちさきが好きだ」

「でも、だからってよ……え?」

「俺は、ちさきが好きだ」

  それを聞いてしまうちさき。

f:id:saito_naname:20200525175235j:plain

こんな逆光、1話でまなかと紡を目撃した光以来ではないか。やはり表情がいい。

 思わず海に飛び込むちさき。それを追って飛び込む紡。彼は溺れそうになるなか音を聞きます。美海が以前海に落ちたときのように。

(聞こえる。懐かしい、声みたいな。向井戸の胞衣が。いや、それだけじゃない。多くのいくつもの感情が、この海のなかに漂っている)

 そして紡も海中で呼吸できるように。「ああ。そうか。これが、胞衣があるって感覚なのか……! そうか……!」同時にうろこ様の呪いも解けます。そして光に「悪いけど、ここから先はひとりで行かせてくれないか」と告げます。「きちんと、ちさきと向き合いたいんだ。でないと、先に進めない」

 汐鹿生。ちさきに追いついた紡。困惑するちさきですが、紡の肌に胞衣ができたことに気づきます。そこで紡は語りはじめます。

「俺の親は、海が嫌いだった。海から離れたがらないじいさんを置いて、町へ出て、でも、俺は海が好きだった。海のそばにいたかった」

「紡……」

「覚えてるか。5年前、江川たちがおじょしさまを壊したって光が勘違いして」

「あ、うん」

「あのとき、ほんとうのことを知って、お前は光をかばおうとした。なんて……愚かだって思った。人って、誰かのために、あんなにみっともなくなれるんだって。いつもは静かで、穏やかで、なのにときに激しくて、手がつけられないくらいになる。あのとき俺……お前のこと……海みたいなやつだなって思った」

  というわけで感情の乗った言葉とともに今回はここでエンディングです。まなかの真実を知ったそれぞれの感情が動いたというか暴れることになった回でしたね。

 今回、直接の言及がされることはありませんでしたが、光の根っこの部分にはおそらく5話の「だけど、よう。誰かを好きになるの、駄目だって、無駄だって、思いたくねえ」があると思います。さゆも明らかにこの方向から物事を捉えていますね。そして自分の問題にけりをつけるため、さゆは告白を決意しています。

 そして今回のラストは紡の持つ海への憧れがそのまま恋愛感情にオーバーラップする実にエモーショナルな言葉ですが、5年前から間接的に描かれていた彼の人生とオーバーラップしているのもまたいいですね。「海が好きだった、海のそばにいたかった。」がそのままちさきのそばにいようとしていた5年間に重なります。年季の入った告白ならではの重さがあります。中学生にはなかなかできないところ。

 むろん告白以外の感情も台詞のエッジが利いている印象がありますね。「大事に大事に持っておけ」とかふつうの言い方ではしませんが、感情の乗りによってパワーが生まれていますし、まなかの前で泣き出す美海の感情の決壊は複数の言葉によってが全体のパワーを引き出しています。多くは言及はしませんでしたが、木工室で自分語りするさゆも恋愛を肯定したい感情が乗った台詞になっています。やはり岡田脚本は強い。言葉に感情の具体性がある。

 こうしてドシドシ感情に訴えかけてくるであろうアニメがあと3話も残っています。相変わらず世界がどうなるかは全然わからないというのに。彼/彼女らの恋愛もまったくわからない。いやあ『凪のあすから』ってほんとうにいいものですね。

 この先も油断せず見ていきましょう。

 

 

 続く。

saitonaname.hatenablog.com

凪のあすからを誤読する16(21~22話)

  前回は美海の感情を成長させた回で、その結果(?)ついにまなかにも変化が。そろそろ終わりまでのカウントダウンが入るところですが、まだまだ話は広がります。やってやりましょう。

  

第21話 水底よりの使い

 前回の「キスして」から続きです。「ひーくん! 女の子そんなに怒っちゃ駄目だよ!」はっとして見やる光と美海。美海を見て「誰?」と訊ねるまなか。それから走ってあかりを呼びに行く美海。微笑むまなかでオープニングです。

f:id:saito_naname:20200524221604j:plain

安心感のある笑顔。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 ところで今回からオープニングに新しいカットが追加されています。冒頭、サビ、ラストのくだりですね。過去回想的なシーンでしか登場しなかったまなかが。サビでは美海と同じ衣装を着て御霊火を手にしています。またこれまでのOPのラストで飛ばされた美海の傘を掴む腕だけは描かれていましたが、その人物がようやくわかるようになってもいます。

f:id:saito_naname:20200523155919j:plain

御霊火ということは海神様に関係があるということになる。のちの話で説明される。

f:id:saito_naname:20200523160117j:plain

サビといい、飛ばされた傘といい、まなかと美海のふたりが強調される。

 出かける美海。遅れて出る光とまなか。晃に名前を呼ばれ続けるまなか。「ずいぶん好かれたな、お前」と光。「好かれた?」とピンと来ていないまなか。

 サヤマート。要とちさき。お菓子をくれる狭山。そこに光とまなかが合流します。「ちーちゃん、今日寒いね」とまなか。見た目が変わったことに対し衝撃を受けていません。「えー、ちーちゃんはちーちゃんじゃないの?」それから紡に会いに行くことを提案する光ですが、「それより港行こ!」とまなか。

 学校の水場。美海とさゆ。美海は乾いた胞衣を濡らしています。「光たちといればよかったのに。誘ってもらったんでしょ?」とさゆ。対して美海は「行けないよ」「なんで」「資格ないもん」俯く美海。

「なに、うれしくないの? まなかさんのこと」

「うれしいよ! やっと、やっと起きてくれたー、って思って、自分がうれしかったのがうれしかったんだけど、なんか違くて、なんか思ってたのと違うって……」

  前回の紡との会話の延長ですね。「うれしくなりたい」という気持ちの通りにいったんうれしくはなれたし、そのことに安心したようですが、まだ腑に落ちてはいないようです。

 漁協前。氷に驚くまなか。とにかくはしゃぎます。「僕らの頑張りってなんだったんだろうね」と要。それから「光はどうだった?」「ん?」「起きたばっかのとき。僕は怖かったよ。見覚えのある町だけど、微妙にずれていてさ。かたちは同じだけど、知っている人が誰もいない世界だったら、どうしようって。すごく、怖かった」光も同様に戸惑いと恐怖を覚えていました。そしてまなかを見て「なんであいつ、あんなに笑えるのかな」

「あいつさ、覚えてないんだって」と光。回想。まなかが目覚めたあと。おふねひきの前に言う約束について訊ねようとしますが、言い出せません。代わりにおふねひきのあとについて質問します。何者かの声を聞いたらしいまなか。「なにかあげるって言ったか、くれって言ったような……」それ以上のことはわからないそう。

 学校にやってきた4人。こちらでもはしゃぐまなか。「もう胞衣もないのに、海に戻れないのに……なんで」と光。対して要は「まなかはまなかだよ」「そっか。そうだよな」と一緒にはしゃぎはじめる光。よく見るとそこには美海とさゆも。テスト勉強について訊ねるまなか。勉強の話題に。

f:id:saito_naname:20200523165418j:plain

みんなが騒がしく話すなか、ひとりだけ表情が暗いちさき。

 「わたしそろそろ病院行かなきゃ」とお菓子を渡して去っていくちさき。5個入りのシュークリーム。ぴったりになります。

 おじいさんの病室。ちさきがいるところに、紡もやってきます。まなかの話に。そして「みかん食べる?」とちさき。「コーヒーゼリーも買ってあるぞ」とおじいさん。

 デイルーム。コーヒーゼリーを食べるふたり。「おいしい。わたし、シュークリームより好きかも」とちさき。やはり中学生の感覚は合わないのかもしれません。それから「月末あたり、大学に戻ると思う」と紡。「そ。それっていつ?」「だから、月末」コーヒーゼリーで甘くなった舌がみかんを酸っぱく感じるちさき。「アパートに送るね、みかん。研究室のみんなで食べて」「うん」もう家族の会話ですね。

 みかんが鴛大師で栽培されているかについては明確ではありませんが、前回みかんジュースが好きだということが発覚した紡のことを考えると、みかんも好物なのかもしれません。それがちさきに知られているといいですよね……そうあってほしい……。

 帰り道を歩くちさきと紡。以下ラブコメ

「そんなに離れてないし」

「うん」

「なるべく早く戻ってくる」

「うん」

「電話するし」

「うん」

「なにかわかったら、すぐ知らせる」

「ふふっ、なに紡、寂しいの?」

「俺じゃなくて、ちさきが」

「なに言ってんのよ、こっちだって忙しいんだから」

  ちゃんと大学で研究するよう、紡に言うちさき。「うろこ様に聞けるといいのに」と紡。うろこ様はえっち。こうして移動シーンそのものを会話で繋ぐのは珍しいですね。基本的に移動はぶつ切りでひたすら情報を積むのが『凪のあすから』という作品の傾向な気がしますが、今回は会話のおかげでふたりの距離感がよく出ています。そしてなにかを踏んでいる紡。

 帰宅すると教授が電話口に。

 汐留家。鍋を囲んでいます。ちさきと紡は不参加。椀をこぼしてしまう晃。あかりがすぐに水で冷やします。大事はなかったことに安心する一同ですが、まなかだけ反応が薄い*1。「まなか、ちょっと来い」と光。

「おふねひきが終わったら話すって言ったこと、いま聞く。なんの話だったんだ?」

「怖い顔しないで」

「紡のことか?」

「え?」

「紡のことじゃないのか?」

「なんのこと? ひーくん……」

 壁ドンした光の手が震えています。それ以上は聞き出せないまま終わります。光としては告白に対する答え(のようなもの)のはずで、聞きたくてたまらないでしょうが、残念ながら消化不良。

 翌朝。走って汐留家までやってくる紡。みなが集まったところで服の袖をめくります。腕に魚が。呪いです。うろこ様の呪い。

「ってことは、いるんだ近くに。うろこのやつ!」と光が宣言したところで今回はエンディングです。

 これまでまなかが戻ってきて、目が覚めて、というかたちで話が進んできましたが、なんとなく違和感というか座りの悪い感触が出てきました。その正体はよくわかっていません。けれどまなかを見てきた光だけはすこしだけ触れつつあるのではないか、というのが今回の話です。

「なんであいつ、あんなに笑えるのかな」という部分は重要ですね。光にしろ、要にしろ、変わってしまったことにショックを受けていたわけですが、まなかは笑ってばかりです。ほかにも重要な箇所はあるのですが、それについてはのちの話で言及します。

 またいっぽうで、ちさきは相変わらずな印象です。5年の差をいまだに感じてしまうあたりが彼女が彼女たる所以ですが、だとするなら彼女の感情はどう向かうのか。

 そして世界についてもちょっとずつ変化がやってきます。まなかを救出したことで、鴛大師は寒くなっているといいますが、次回ではそれについても話が進みます。

 

 

第22話 失くしたもの

 キッチンでたけのこを炊いているまなか。彼女に上手く接することができない美海。「お風呂、先入るね」と逃げていきます。入浴。お湯のなかに顔を入れると、海の中(のようなもの)を幻視します。まなかを見つけるときに聞こえた音。剥がれた胞衣のような、もしくは鱗のようなものも。

 いっぽうで寝転がり、思案顔の光でオープニング。

 空き地。うろこ様を探す光と美海。さゆとまなかも。うろこ様用に浜で拾ったえっちな雑誌とタッパーに詰めた煮物。まなかに先日問いただしたことを思い出す光。そしてぬくみ雪が降ってきます。美海のモノローグ。

(このところぬくみ雪がよく降るようになり、テレビのニュースによれば、海から遠く離れた町や都会でも降りはじめているということでした)

 世界の寒冷化が進んでいるように思われます。

 紡の家。うろこ様捜索地図を広げる一同。村のいたるところを探しているようです。

f:id:saito_naname:20200524201203j:plain

カットを180度反転したもの。作中の位置関係がわかる貴重な一枚。

 大学に戻る予定の紡も参加しています。呪いの魚の鳴き声を聞いて「おならみたい」とまなか。「お前のもそうだったろう」と光。「あの、まなかさんにも魚できたことあるんですか」と訊ねる美海。

「うん、びっくりしたー」

「いなくなっても嘘ついてたよな。まだいるって」

「ん?」

  はっとして、難しい顔になる光。なにかがおかしいです。それを見て表情を暗くする美海。

 風呂場で魚に餌のパンをやるさゆ。そこに大福とお茶を運ぶ要とちさきの会話が聞こえてきます。

「その豆大福、患者さんにもらったの」

「男の人かな」

「やだ、なに言ってるの?」

「モテモテだね」

「馬鹿、おじいちゃんよ」

「なんだか妬けるね。僕ももう一度、告白し直そうかな」

 「冗談」と要はいいますが、さゆはそれ以上餌をやることができません。彼女が以前から要の感情に気づいていたかは明確ではありませんでしたが、ここでフィニッシュブローが入ったかたちになります。美海といいさゆといい、なんで間接的なかたちでそれを知るようにさせるのか。久々のいたたまれないポイント。人の心がない。

 それからしばらくして、教授が大学に呼び戻されることに。天候不順により内陸では交通網が麻痺したり、停電が起きたりしているとのこと。鴛大師の村でも除雪機が活躍し、氷柱ができるほどの寒さになっていることがカットで説明されています。山は雪で覆われています。紡はもうすこし残るようです。「残るのはちさきのため?」と要。肯定する紡。「いい加減答えも出したいし」

 サヤマート。美海とさゆ。「光とまなかさん、なんか様子が変じゃない?」と訊ねる美海ですが、さゆは返事をしません。彼女も彼女で思うところがあるためですね。そこにやってくる峰岸くん。「あ……」「あ……」「あ……」天気の会話をして終了。「美海、告白されたんだよね、峰岸に」とさゆ。「え、な、なに急に」「告白、か……」やはり思うところのあるさゆ。

 空地。タッパーとえっちな本が消えています。「きっとうろこ様だよ」とまなか。「わかんねーだろ、んなもん」と光。「ぜったい見つけようね」と明るい表情のまなかに対し、やはり難しい顔になっている光。

 学校にやってきた光とまなか。やはりうろこ様はいません。プール。紡と勝負して怪我したとき、まっさきにまなかが飛び込んできてくれたことを話します。6話ですね。ですがまなかは曖昧に笑うだけです。

f:id:saito_naname:20200524220430j:plain

曖昧に笑う感じが絶妙に出ている。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

「それも、覚えてねえんだな」と光。呪いの魚についても訊ねます。膝に魚ができたことは覚えていますが、嘘をついたことは覚えていません。ショックを受ける光。

「地上に、危ねーから地上に出るなって言われたとき、俺がお前のこと」

(お前のこと、抱きしめちまったことも)

「みんなが冬眠に入る前に波中に行って、俺がお前に」

(お前に、好きだって言ったことも)

「覚えて、覚えてねえのかよ」

  まなかは曖昧に笑うだけです。さらにショックを受け、逃げ出してしまう光。決死のアタックが全部なかったことにされたわけですから、仕方ないですね*2。久々のいたたまれないポイント2。そのいっぽう、まなかはよくわかっていない様子。

 美海とすれ違い、さゆを突き飛ばしても無視する光。「おいタコ助! レディを突き飛ばしてそのままかよ!」レディの巻き舌具合がいい台詞ですね。追いかける美海。

 あてもなく歩いていくうち、ふたりは見知らぬ祠へ。その屋根にはうろこ様が。美海を見て「メスのにおいがする」。当然光には意味がわかります*3。「なにか聞きたいことがあって儂を探していたのではないのか?」地上のこと、汐鹿生のことを訊ねますが、「聞きたいことはそれだけか?」とうろこ様。見抜かれています。

「まなかは、まなかはどうなっちまったんだ。あいつは、二度と海には戻れねえのかよ。それに色々眠りにつく前のこと、忘れちまってて。いったいあいつになにが起こってんだ」

「まなかはおじょしさまになっておったのじゃ」

「おじょしさまに?」

「海神様の生贄となり、子を成した娘。彼女は地上に思い人を残してきておった。いつまでもその思いを忘れることができず、ふさぎ込むようにしまった娘を見かね、海神様は彼女を地上に帰してやったのじゃ。あるものと引き換えにな」

「その話なら知ってるぜ。海神様は胞衣を奪ったんだろ。それがどうしたってんだ」

  その後、海神様は海に溶け、いまは善も悪もない、思いの欠片として漂っていることをうろこ様は伝えます。「まなかはあのとき、海神様の感情に巻き込まれ、生贄となった。かつて海神様がおじょしさまを求めていたときの感情が残っていたのじゃろう」よって世界は安定していました。

「じゃが、まなかのなかにあったとある気持ちは生贄であることをよしとせず、外に出ようとした。その気持ちは胞衣を壊し、すこしずつあふれ出し、か細い潮流を生み出した」

「汐鹿生に通じていた、あの潮の流れ」

(…)

「あの音は、まなかさんの胞衣。ううん、まなかさんの思い」

 美海はそれを聞いていたわけですね。さらにうろこ様は伝えます。

「お前たちがまなかを探しに行ったとき、おじょしさまを奪われると感じた海神様の思いの欠片は、かつてと同じようにまなかからあるものを奪い取った。そのときまなかに残っていた胞衣も、いっきに剥がれてしまったのだ。まなかが生贄だったから海は落ち着いていた。まなかを失ったせいで地上の終わりは早まるかもしれん」

「なんだよそれ。地上がおかしくなっちまったのは、まなかのせいだっていうのかよ。それじゃあまなかは、ずっと海んなかで眠ってたほうがよかったっていうのかよ! なんだよ! なんなんだよそれ!」

「慌てるな。早まるといっても、お前らが死んで、お前らの子供が死んだそのまたずうっと先のことじゃわい」

「あの、あるものを奪われて、そのとき胞衣が剥がれたって。じゃあ、まなかさんが奪われたものって胞衣じゃないんですか?」

 ここで海神様の言い伝えについてもようやく答えが出ます。うろこ様は光に訊ねます。「お前はまなかのことを好いておるのだろう」すると即座に表情が曇る美海。

f:id:saito_naname:20200524215358p:plain

シリアスな場でも個人の感情はないがしろにされないのが『凪のあすから』。

「お前の思いは未来永劫まなかには届かんかもしれん。いや、誰の思いもな」

「まなかが失ったもの、それは……それは……人を好きになる心じゃ」

「まなかはもう、誰も愛することができんのじゃ」

  というわけで劇的な結論によって今回はエンディングです。世界の終わりと個人の感情が天秤にかけられてしまっている状況がここにきて明示化されました。

 また彼女が人を好きになる心が失われていることは前話から描かれていました。晃に懐かれていることを、「ずいぶん好かれたな、お前」と光はいっていましたがまなかは「好かれた?」とわからないふうに答えていました。じっさいはふうではなく、わかっていなかったわけですね。

 けれどなにより、もっとわかりやすい異常があったことを考えてもよいかもしれません。なぜなら第1部でノルマのように毎回泣いていたはずのまなかが、この2話ではいっさい泣いていないからです。

 前回目覚めたさい、5年間の変化に衝撃を受けるはずでしたら、泣いてしまってもおかしくないのがまなかという少女のはずでした。光ですら泣いていたのに、弱虫であるはずの彼女が泣いていない。それに気づくことができたとき、アニメを見ているわたしたちはより強烈な空虚感を味わうことができるのです。光はもしかするとそのことに違和感を覚えていたのかもしれません。

 加えて、そのうえで21話冒頭の笑顔を思い出すと無限にエモくなれますね。感じていたはずの安心がゼロになってしまう苦しさが出てきます。この22話でようやく向井戸まなかはほんとうの意味でヒロインになってしまった。ただの内気だった女の子からけったいな運命を課せられた女の子になってしまった。もうわたしたち視聴者は彼女から目が離せなくなってしまっているはずです。

 また構成面でも対比が際立っています。これまで『凪のあすから』がそれぞれのキャラクターのなにを描いてきたのかを思い出してみましょう。そう、感情です。5年の時間によって変化したなかで変わらないもの、変えたいもの、すべてが感情に集約され、バトンを受け渡すように毎回それぞれの物語が描かれてきました。しかしまなかにはその変化の軸となる感情そのものが失われている。ここでもわたしたちは空虚感を味わうことができるのです。

 ほかにも美海、さゆの年下組もだいぶシリアスになってきました。同い年になれてよかったね、というところから、好きな人に好きな人がいることの 報われなさと向き合わざるを得なくなってきています。彼女たちのそれは悲恋に終わるのか。

 世界もだんだんと終わりはじめています。内陸部や都市部でも寒冷化の影響を受け、機能しなくなっている部分もでてきています。人類が滅ぶのは遥か先とのことですが、これまで通りがまずできなくなってしまうのは間違いないところです。物語が佳境になるにつれ世界もおかしくなっていくのはいいですね。夏に雪が降ってうれしい。

 そしてこれまであった言い伝えの海神様は人格的な上位存在でしたが、思いの欠片は非人格な上位存在にシフトしています。よって思いの欠片はセカイ系的には理不尽なルールを強いてくる厳しい世界そのものなのですが、ベースが感情にあるというのがやはり特殊です。これは前にも言及しましたね。あくまでドラマが感情ベースになっています。その感情の存在ゆえにまなかの一部は失われています。

 ではどのようにしてまなかを取り戻すのか。彼女の恋愛はどこに行くのか。これが今後語られていく物語の軸となります。そして残り4話は岡田麿里脚本。油断せず戦い抜きましょう。

 

 

 

続く。

 

saitonaname.hatenablog.com

*1:というか目からハイライトが消えている。

*2:ここでは任意の女の子による「やっぱり友達でいよ?」「聞かなかったことにしてもいいかな?」を想像するのがいいかもしれない。そうか?

*3:発情期。

凪のあすからを誤読する15(20話)

  久々の単話更新です。前回はちさきの感情にフォーカスした回ですが、今回は美海です。彼女もまた複雑な感情を抱いています。やってやりましょう。

 

第20話 ねむりひめ

 汐留家。まなかが戻ってきて一週間。まだ目覚めないままオープニングです。

 放課後。ノートをふたつ取っている美海。「光、まなかさんのことでもっと取り乱してるのか思ったけど、割と前向きじゃん?」とさゆ。とにかく動いているようです。

 海に潜っていますがうろこ様は見つかりません。まなかを見つけたときよりも水温は下がっている、と要。海神様が関係しているのかどうか。ちさきも潜っているようです。濡れたちさきの姿に頬を染める光と要。中学生ですね。安易にサービス担当にされてしまうちさき。

 下校する美海とさゆ。「なんかさ、せっかく同い年になれたんだし、もっと色々できたらいいな、って思って……それでみんなの輪に近づけたらもっともっといいな、って……」とさゆ。ふたりが5人の輪に入りたいと思っているのは以前から語られていましたね。

 やはり見つからないうろこ様。光、要、美海の3人は17時に流れるおふねひきの歌を聞きます。そしてなにか思いつく光。漁協に行って協力を仰ぎます。

 紡の家に戻ってきたちさきと要。風呂の準備は終わって、入れ違いに出ていく紡。それを見て「ほんとまどろっこしいな、お前ら」と教授。傍から見てもそう感じられるようです。

 汐留家。漁協の人に歌の録音を頼んだことをあかり経由で聞く美海。「そうなんだ……」と浮かない顔の美海。帰ってきた光につい「このまま目覚めなかったら」と口にしてしまい、怒らせます。

 悪夢を見る光。翌朝からもうろこ様を探しに出て、学校では寝ています。

 放課後の図書室。「自分の気持ち押し付けるやつって最低だよねえ」とさゆ。はっとする美海。

f:id:saito_naname:20200522163931p:plain

”Snow White And The Seven Dwarfs”『白雪姫』。

「わたし、ずっと考えてたんだけど、王子様がよくするじゃん? 眠ってるお姫様にキス。してみればいいと思うんだ、誰かが眠っているまなかさんに」とさゆ。

「な……キ、キスって……」

「変な話じゃないよ? 誰かへの強い思いって、なにかを大きく変えちゃったりするんじゃないかなって」

「強い思い?」

「そういうの持ってる人いるじゃん? たとえば光とか」

  そこで光に人工呼吸をしたことを思い出す美海。「で、でも根拠とかなんにもないのに、そんなキスとかよくない!」自分のことを棚に上げていますし、光のキスが取られることを本能的に嫌がっていますね*1。「美海、まなかさんのこと、ほんとは目覚めてほしくないみたい」とさゆ。その言葉にショックを受ける美海。

 夜。おふねひきの歌をまなかに聞かせますが、効果はありません。そこに晃が突進してきたカセットプレイヤーが倒れます。その後、髪を梳かした美海をまなかと間違える光。倒れます。熱があるよう。

 翌日。布団で体温計を温めて嘘をつく美海。「みうもお熱?」と晃。「うーん。ま、そういうことにしておいてやるか」とあかり。見抜かれています。

 学校。「光のやつ、無理しちゃってさ。わたしも美海もみんないるのに」とノートを3人分取ろうとするさゆ。まなかのぶんはもともと美海が取っていたようです。手伝う要。

「光には休むなって言ったくせに」とズル休みをしてしまった美海。光の看病が目的だったようです。そのあと、まなかの顔を拭いているとプレイヤーが目に入ります。巻き戻し。再生。すると昨日晃がぶつかったあとの声が録音されています。「うろこ様、探しに行かなくちゃなんねぇんだ……俺が目覚めさせんだよ……俺が……」

(光は、どこまでもまっすぐで、まぶしい。それはきっとまなかさんへの思いがそうさせていて、それに比べて、わたしは……わたしは……)

 電話。紡から。しかしそこで泣く美海。「美海。いまから出てこられるか?」

 熱が引き、目覚めた光。「気持ちはわかるけど、ちょっとは周りも頼んな」とあかり。「まなかちゃんのこと思ってるのあんたひとりじゃないんだから」「わーってるよ」「どうだか」そこでノートに気づく光。

f:id:saito_naname:20200522170901p:plain

姉は常に正しいので、言葉にはちゃんと証拠が出てくる。光が見ていなかった部分。

 桟橋。美海と紡。美海はコーンポタージュで、紡はみかんジュース。子供が飲みようなみかんジュース。「ほんとう、俺ってわかりにくいんだな」と紡。「鹿生のやつらって、気持ちがあふれてて、それっていいな、って、ずっと思ってた。お前もな」「わたしはどうかな。きっとよくない。光たちとおんなじじゃないから」と美海。「わたしだけ、まなかさんへの気持ち、同じじゃない」

「俺も、あいつらが目覚めなきゃいい。正直そう思ってた」

「え?」

「ちさきが、俺の前からいなくなる気がして、怖かった。でも結局、目覚めたときはうれしかったよ」

「うれしい?」

「おかしいだろ。でも、うれしかったんだ」

「怖いけど、うれしかったの?」

「そうだ」

「わたしも、うれしくなれるかな?」

「美海は、ふたりとも大切だから苦しいんだろ。光も向井戸のことも」

「わたし、うれしくなりたい。心からよかったって、言えるようになりたい」

  紡は自分の言葉でちゃんと美海に語りかけるのでほんとうにいいやつですね。ふだん言葉のすくない人間が多弁になる理由としては年下相手を慰めるためというのがきちんと挿入されているのが偉い。

 というより紡は美海の理解者でもあったことがこのシーンでよくわかります。いつ、どのタイミングで彼女の好意を知ったのかは明示されていませんが*2、このふたりは好きな相手に好きな相手がいる同士でもあります。それぞれが持っている感情を語り合うのは青春ですね。ビリヤードではない関係*3なので穏やかでもあります。

 夜。ノートについてまなかに語りかける光。やってきた美海に「こいつ、起きるよな」「うん、起きるよ。きっと」それからさゆに聞いた話を伝える美海。「とにかく、キスして」それから慌てる美海。「まなかさんにしてあげてってことで!」光も中学生なので恥ずかしくなって声を上げます。しかし「ひーくん、女の子そんなに怒っちゃだめだよ!」と声。まなかです。

 というわけでついにまなかが目覚めて今回はエンディングです。これまででもそうでしたが、今回もキャラクターが自分の感情と向き合っていくことでお話が進んでいます。大展開というよりはゆっくりと着実に、といったところですが。

 いっぽうでキャラクターのこじらせ具合についてはまた今回も大きく深まっています。当初、美海は自分の感情を優先していましたが、紡との会話を経て、好きな人が他人とキスするのを許すようになりました(字面にするとこれはこれでかなり歪んでいやしませんか)。とはいえちさきのように、まなかのことを好きな光を好きでいることを考えるかどうかについては今後の見どころといえます。

 目覚めたまなかにそれぞれのキャラクターはどう思うのか。うろこ様は見つかるのか。世界はどうなるのか。引き続き見てきましょう。

 

 

 続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:そもそも彼女は正しい人工呼吸をしていたわけではなかった。

*2:とはいえ、15話で紡相手に食ってかかったときにわかるようなものではある。

*3:感情の接触事故が起きない、の意。

凪のあすからを誤読する14(18~19話)

 ここにきて新展開、というほどではありませんが着実に話は進んでいる『凪のあすから』です。しかしキャラクターの配置や矢印の整理はまだ終わっていません。話はさらに広がっていきます。やってやりましょう。

 

第18話 シオシシオ

 海に降り立った光、要、美海の3人。音を頼りに進みます。村には幕のようなものが。さらに潮流が邪魔をします。おそらくこれによって地上の人間も海の人間も入っていくことができなかったようです。

f:id:saito_naname:20200520205751j:plain

なにか幕/膜のようなものによって村全体が覆われている。

 しかし飛び込んでいく美海。追うふたり。美海のモノローグ。

(それは、不思議な音だった。しゃらしゃらと、砂がこすれ合う音のような。まなかさんの胸がどきん、どきん、って波打っているような。)

 潮流を抜け、汐鹿生村に到着してオープニングです。

 機械を設置する光たち。「ほんとうはこんなんじゃない」と美海に伝える光。ぬくみ雪が積もり、以前に見えたような極彩色な騒がしさはありません。

 村を探索する3人。みな眠り、いっさい動く気配がありません。「なに怖がってんだよ」と美海にいう光。「冬眠してるだけだって言ってるだろ。そんな驚いたらみんなに失礼だろ」「お前みんなのこと、死んでるみたいだって思ってるのか!」さすがにナーバスになっています。要に制止され、謝ります。

 そこから光と要はいったん自分の家へ。「俺のわがままなんだ」とこぼす光。「美海の生みの母ちゃんは、海の人間だったろ。やっぱせっかくなら綺麗だって思ってほしかったんだ」

 自宅に着いた光。社殿は倒壊しています。鳥居(らしきなにか)もぼきりと折れていますね。

f:id:saito_naname:20200520205322j:plain

中学生とはいえ跡取り息子だったわけで精神的に来る仕打ち。深堀りはされないが。

 住居のほうは無事のようです。眠っている灯。話しかける光。美海のおかげで汐鹿生に来れたことも。「そうだ。俺、言ってなかった。連れてきてくれてありがとうな、って美海に、言ってなかった」

 いっぽう、音を聞き、それを追いかける美海。「待ってまなかさん!」と思わず声に出します。着いたのは波路中学校。教室を見てまわり、廊下の柱にある身長の記録を発見したことで在りし日の学校を幻視します。「ここだ。わたしの思ってた、憧れてた、海のなかだ……!」それから自分の身長を柱に書き足します。それから音楽室では木琴を鳴らします。

f:id:saito_naname:20200520212700j:plain

期せずしてまなかと同じ行動をとる美海(音も同じ)

 外に出るとうろこ様が学校の屋根に。どうやら美海に幻視させたのはうろこ様の仕業のようです。「探しものは見つかったかのう?」そこでまなかの行方を訊ねる美海。ほんとうに探していたものなら教えるそうですが、「まなかさんです!」「嘘じゃな。神の使いに向こうて嘘をつくとは、とんでもない子供じゃ」と返されます。「子供じゃありません!」しかしそこに光と要がやってきて、うろこ様はどこかへ。

「まなかさんは近くにいる」と美海。(おそらく)音を聞き、知らない場所にたどり着きます。見ると、これまで海に流されたであろうおじょしさまが積まれています。おじょしさまの墓場。その中央に近づく光と要。まなかが眠っています。

 それを遠くから見ている美海。そこにうろこ様。「あれがお前の探しものというわけじゃな。わたしは汐鹿生に行きたかっただけ、などというのは子供のたわごと」先ほどの会話からの皮肉ですね。「なにかが現れるとき、なにかが失われる。さすれば、足し引き同じになるというわけじゃ」

 美海の聞いた音の正体はまなかの胞衣がはがれる音だとわかります。「そんなことになったら、まなかが死んじまう」と光。崩れだす周囲。海神様が怒っているのではないかと考える要ですが、まなかを優先する光。墓場を抜け出すとき、なぜか美海を見つめているうろこ様。さきほどの台詞の意味するところは……。

 というわけで今回はここでエンディングです。基本的に探索のみで人間関係に対する変化等はほとんどないため、こちらでも取り立てて言及するところはありませんね。しいていうなら、木琴のくだりがうろこ様の「足し引き」とリンクしているだろうと考えられるところでしょうか。これが単純に胞衣の足し引きなのかについてはもうすこし見ていただければと思います。

 

 

第19話 迷子のまいごの…

 ちさきの回想。(子供のころ、まなかとふたりで道に迷ったことがあった(…)歩き疲れ、お腹も減って、泣きそうになっていたとき、わたしたちの前に現れたのは光だった(…)だから、光がまなかを見つけたと聞いても、あまり驚かなかったように思う)

 すごいですね。回想と前話の顛末が語られただけなのに(しかも序盤はちさきも見つけてもらう側だったはずなのに)、彼女のフィルターを通すだけでなんとなくちきさはもう光に見向きもされないのでは、という雰囲気が立ち上がっています。1話でまなかを探す光を見て、「敵わないな……」とつぶやいていたのが思い出されます。彼女はずっとそういう立ち位置です。告白の件についても変わった変わらないの話のせいで5年越しにスルーされていますし……。

 汐留家で医者の先生に診てもらうまなか。健康体。騒ぐ光と晃。「光、まなかが見つかってほんとうにうれしいのね」とちさき。なんともいえない表情の美海。

 先生を見送ってちさきが屋内に戻ると、まなかに話しかけている光。それを見ている美海。視線に気づき、逃げ出す美海。

(そっか。美海ちゃんも光のことが好きなんだ。可愛いなあ……。好きってことにただ一生懸命で、でも踏み出せなくて。ずっと子供だって思ってたけど、もうそうだよね。あのころのわたしたちと同い年なんだもんね)

(そっか。わたしのほうは、あのころのあかりさんとすぐ同い年になっちゃうんだ)

f:id:saito_naname:20200521155138p:plain

大人になりつつある自分を見つめるちさき。

  病院でまなかのことを聞くおじいさん。「海神様とおじょしさまの話には続きがある」「語るもんは少ない。なんせ悲しい結末を持った話だからな」

 紡の家。黙々と食べる要と紡。「帰ってきてからずっと口聞いてないよね。どうかしたの?」(…)「当分公表するつもりはないんだってさ」「納得できないね」と要。紡がいうには、論文にしなければ地上の危機を回避する研究の助成金が下りないし、美海のところにマスコミがやってくるのを避けるためでもある。紡の肩を持つちさき。「大人だね、ちさきは」

 自室にいるちさき。「大人、かあ……」波中の制服を見つけます。着替えるちさき。転ぶちさき。駆けつけるふたり。制服姿であられもないポーズになっているのを見られるちさき。サービスカットです*1

 ふたりを追い払うちさき。鏡に映った姿を見て、ため息。

f:id:saito_naname:20200521155318j:plain

大人になりつつある自分を見つめるちさき(その2)。

 夜中(深夜?)。コーヒーを切らした紡が台所に行くとちさきが。「お、おじいちゃんの梅酒をね、探してたの」「お前、未成年だろまだ」「いいでしょ。飲んでみたい気分なの。どうせ大人だし、団地妻だし!」「待ってろ、用意してやるから」

 梅ジュースで酔うちさき。「無理に大人ぶんなよ」と紡。今日会ったことをちさきは話します。「光、眠ったままのまなかに一生懸命話しかけてたの。それはあんまりショックじゃなかったんだ。でも」(あんな目……きっともう、わたしはできない)と美海を思い出します。

「身体は勝手に膨らんで、なのにいっぱいこぼれ落ちて、大人になるって、いろんなもの、なくしてくこと?」

「たぶんいっぱいなくす。でもなくしたぶんは、新しいもので満たせばいい」

 その言葉を聞き入れることなく眠ってしまうちさき。

 「お前と一緒のこの5年は、俺にとっては、そういう時間だった」

 そこにやってくる要。しかし紡は動じず、布団に運ぶのを手伝ってもらうよう言います。そしておふねひきのとき助けてくれた礼を述べます。対して要は紡を助けなかったかもしれないことを告げます。

「見過ごせばお前はいなくなる。そして、僕はちさきと一緒にいられる」

(…)

「あそこで見過ごせるようなやつだったら、絶対にちさきは渡さない」

「言ったね」

「ああ。でも、お前たちが戻ってくれて、ほんとうに感謝してる。ずっと宙ぶらりんだったからな。俺もちさきもこれで、やっと前へ進める」

  紡は年をとっても嫌なやつにはなりませんね。変わった点といえば彼の行動原理にちさきが組み込まれていることでしょうか。15話でちさきが光に会いに行かないのを美海に糾弾されたときも基本的にかばう言動をしていましたし(あくまで態度は中立でしたが)、14話や17話でちさきの家事労働が増えたときも「布団ぐらい自分で敷かせる」や「大丈夫?」と声をかけています。

 翌日。ジュースなので二日酔いにならないちさき。汐鹿生に向かいますがコンパスが利かなくなり潮に流されそうになります。すると「ちさき!」と声。光です。

 どうにか汐鹿生に着くふたり。ちさきのモノローグに言葉が続きます。(さっき、抱きしめられたとき驚いた。ちっともごつごつしてなくて、実習で触る大人の男の人とは全然違ってて、そうだよね。笑顔も身体も心も)

「5年前のまんま、なんだよね」

(…)

「でもお前だって変わってねえ。ふつうにちさきだよな」

「そうかな。自分では……変わったつもりなんだけど」

「いやあ全然。人の話を聞いてるようで実は聞いてねえのもまんまだし」

「そんなことないわよ!」

「あと、ちょっとからかうとムキになるとこも」

 光が5年間で変わっていないと判断する理由が内面にあるところは一貫しています。美海やさゆに対して変わってないと口にするときも基本的に内面を見ています。とはいえ、ちさきがそのことに気づけているかは微妙なところですね。変わってないといわれるのこれで二度目ですからね。人の話を聞いているようで聞いてない。

  それから光が汐鹿生に来ている理由について。やっぱりまなかです。そこでおじいさんから聞いた話を伝えるちさき。

「海神様に嫁入りした娘はやがて子を成し、その子孫たちは栄えていった。だが、時が経つにつれ、娘はどんどんふさぐようになっていったという。なぜなら娘は地上に思いを寄せた愛しい男を残しておったから。その男のことが気がかりで、娘はいつまでたっても地上を忘れることができなかった。それを知った海神様は手を尽くして娘を喜ばせようとした。だが結局、娘は地上を忘れられず、万策尽きた海神様は最後には娘を地上に帰した。引き換えに、あるものを奪って」

「あるもの?」

「思ったの。もしかしたら、それが胞衣なのかもって」

  それを聞いた光は、うろこ様を捕まえることを決意します。「実を言うと、すこし途方に暮れてたんだけど、これでどっちに行けばいいかわかった」と光。

「でもさ、つくづく勝手だよな、海神の野郎は。人間つくって言うこと聞かないと胞衣を奪ったり、逆に与えてみたり。子供かよ」

「そうかも。何百年何千年生きても、早々変わらないのかもね」

「ああ、きっとそんなの関係ねぇんだ。立場とか年とか、そんなんよか気持ちだろきっと」

「気持ち……」

  「地上のことだって、やっぱ諦めねえ!」と光。手を握り、泳いでいくふたり。ちさきは幼いころの記憶に光を重ねます。(ああ、そっか。やっぱりわたし、好きなんだ。光のこと)とモノローグ。

(こうしてまなかが戻ってきたことで、5年間、ずっと止まっていたわたしたちの時間がとうとう動き出す。と、そのときは、そう思っていました。けれど、それから一週間経っても、まなかはまったく目覚める気配を見せなかったのです)

 ささやかな幸福と思いきや突き落としてのエンディングです。半分くらいまでこれちさきが制服着たり酔ったりするサービス回なのではと思った方々もいらっしゃるかと思いますが、『凪のあすから』は残念ながらそれを長続きさせてくれるような作品ではありません。気まずい人間関係が基本です。

 今回の構図としては紡の感情がより明確に示され、変化を求めるいっぽう、ちさきは光への感情を再確認し、変わらないことを選ぼうとしている、といったところでしょうか。

 また5年前から要は紡を警戒していたこともここで明確になっています(そういえばあかりの衣装をまなか、ちさき、紡で買い出しに行ったとき、面白くない表情をしていましたね。ちさきをいらつかせる紡にも嫉妬していました)。

 そして当然ながら、ちさきは紡の感情をほぼ理解していません。「話を聞いていない」という光の言葉はあたっています。9話では「俺はいまのあんた、嫌いじゃない」と紡は伝えてますし(伝わりにくいにもほどがありますが)、5年後の15話ではちゃんと「綺麗になった」と言葉にしています(泣いている相手に障子越しですが)。

 ここでひとつ紡の微妙に報われていないシーンを思い出しましょう。12話。光への告白を決めたちさきの態度に気づいた紡は「なんか決めたのか」と訊ねていました。それに対するちさきの返答はどんなものだったでしょうか。答えは微笑みながらの「あんまり察しがいい男の子ってモテないと思うよ」

f:id:saito_naname:20200521175902p:plain

そのときの表情。間違いなく伝わってないな、と悟る少年の笑み。

 おわかりいただけたでしょうか。おふねひきのことがあったとはいえ、5年間なにも(でき)なかった紡くんもある意味でヘヴィ級のこじらせキャラといえます。味わい深いですね。このアニメには漫画連載のラブコメによくあるようなヒロインレース*2の側面はほとんどありませんが、代わりに行動ができない、あるいはしないキャラクターで満ちています。感情のビリヤードがまたすこしずつ動きはじめています。

 ほかにも海神様とおじょしさまの縁起にも続きがあり、海神様の感情めいたものも語られました。神様の時代にも恋愛で気まずくなる人間関係があったこと。これは現在の彼/彼女らの関係とパラレルでもあります。

 セカイ系の文脈を濃く引き継いだ作品でしたら上位存在は「足し引き」をするだけのものとして(ある意味理不尽なルールとして)描かれるような気がしますが、あくまで感情ベースのドラマとして描くのが『凪のあすから』のスタイルです。

 こちらにも注目しつつ、今後も見ていきましょう。

 

 

 続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:きみたちの目でたしかめろ!

*2:複数のヒロインがひとりのキャラクターをあたかも取り合うように行動する展開、の意。

凪のあすからを誤読する13(16~17話)

 なかなか複雑な展開を見せている『凪のあすから』ですがまだあと10話もあります。着実に、油断せずやってやりましょう。今回からまた岡田脚本ではなくなります。だからといって気の抜けないのがこのアニメです。よそ見していると刃物で刺されます。

 

 

第16話 遠い波のささやき

 中学校の教室。光がふたたび通うようになります。だれも突っ込みませんが、手を豚のかたちにしているのは1話の再現ですね。オープニング。

 教室に馴染む光。前回とは違って地上側にも受け入れる空気がありますね。光も邪険にしませんし。気を遣ってやるさゆ。(光は、いつもの光だった。いつもの光のふりをする、光だった。それならわたしも、いつものわたしのふりをしようと思った)と美海。

 下校する光と美海。身長の話をしていると自転車で通り過ぎる峰岸くん。乱暴な運転をする車からかばってくれる光にどきどきしているのを見られます。追いかける美海。「もうあれ、教えてくれなくていい。もうわかったから」そのやりとりを遠くから見て勘違いする光。「違うから」と美海。ラブコメですね。だれがなんといおうとラブコメなんですよ。

 帰宅するふたり。ちょうど紡が出るところ。制服を貸しにやってきたようです。しかし制服の丈が合わず、新しいものを買う話に。「電車に乗って、デパート行って、みんなでオムライス食べようねー」とあかり。にやつく晃。

 翌朝。熱を出した晃。制服を買いに行くのは光と美海にふたりだけに。

 駅前。待っているさゆ。やってきたふたりに声をかけますが、届きません。

f:id:saito_naname:20200518182510j:plain

距離を感じさせるカット。

 遅れて美海がさゆに気づきます。ちょっとだけ不機嫌になるさゆ。電車のなかでは「あのとき食べたイカスミチップスあったでしょ、黒いの」「美味かったよな、あれ。いまでもあんの?」と楽しそうにするふたり。8話の出来事ですね*1。さりげない会話ですが、話題によってあきらかにさゆを蚊帳の外に放っています。そもそもさゆは8話の遠征には参加していません。

f:id:saito_naname:20200518182557j:plain

8話に出てきたイカスミチップス。ちなみにその話のなかで言及されることはない。

 町。シャッターが下りた場所がいくつか。いちゃいちゃする光と美海。「ねえ、用事あるんだよね?」とさゆ。怒り気味。

 テーラー。サイズを測ってもらう光。いっぽう「あたし、なあんでこんなとこにいるんだろう」とさゆ。ごもっともです。浜中の制服を仕立ててもらうことに迷う光ですが、「いえ! 波中で。波中の制服つくってください!」と美海。

 外に出て待っていると、さゆが出てきます。「お店の人困ってなかった?」ととげとげしくいいます。そして悪い雰囲気に。それから「ねえ知ってる?」(…)「叔父さんと姪って結婚できないんだって。三親等だから」*2

「どうしてよ……」

「なにが?」

「喜んでくれたよね。よかったね、って言ってくれたよね、さゆ。なのにどうして!」

「それとこれとは関係ないじゃん」

「ある! なんかさゆ感じ悪い!」

「感じ悪いのは美海じゃん! どうしてわざわざ買い物に呼ぶの? ふたりでよかったじゃん! いちゃいちゃ見せびらかしたかった?」

「いちゃ……そんなのしてない!」

「してる! 自分はいいよね! 好きな人、目ぇ覚めて。美海ばっかり。いいこととかいいこととか、全部美海じゃん。ずるいよ! あたし、今日いったいなにしに来たの!?」

  久々に感情のこもった言葉です。小学生のときにはできなかった応酬がこうしてなされているのがいいですね。いや、これもいたたまれないんですが『凪のあすから』ってこういうアニメですもんね。どんどんいたたまれなくなっていきましょう。

 やっぱり波中の制服をつくるのはやめる光。店を出ると、口論になっている美海とさゆ。「ごめん! 先帰る!」と美海。その場で泣き崩れるさゆ。駅前の広場あかりに連絡し、ずっと泣いているさゆを見、「お前ら、全然変わってねーのな」と光。すると車のクラクション。狭山です。

 造船所。以前美海が家出したときのことを思い出します。案の定足跡が。「お前、全然進歩ねーのな」と光。落ち込む美海にさゆとの仲を取り持ってやることを伝えます。しかしそのタイミングでクレーンが崩れ、視界を悪くした美海が海に落ちます。

 溺れるかと思いきやなにかの音が。美海の肌にも胞衣ができ、息ができるように。そこに光が飛び込んできます。

(海の中で見る光はいつもの光と変わらないはずなのに、いつもよりまぶしい、特別な光だった)

 光自身は「いつもの光」であって特に問題も解決してはいないのですが、美海のほうでは変化があった言葉です。そして陸に上がると靴を持ったさゆが。「よかった」と仲直りです。

 いっぽう喫茶トライアングル。「すみません。今日っていつですか」と裸の人物。要の声ですね。

 というわけで今回もエンディングです。美海とさゆの友情を中心に描かれていたのが今回の話ですが、「お前ら全然変わってねーのな」や「全然進歩ねーのな」という言葉にあるとおり、前回の中心にあった変わってしまった人々に対する印象を光が改めていることがわかります。

 前回が紡とちさきの回だったと考えると、順当な流れといえるでしょう。13話まで蚊帳の外にいた小学生組の美海とさゆが、これからは本格的にキャラの関係に絡んできます。オープニングのタイトルカットを思い出してもいいかもしれませんね(まなか不在の6人が立っているカットです)。

 というわけでこの先も見ていきましょう。

 

 第17話 ビョーキなふたり

 前回の続きから。

 帰宅する光と美海。「要くんが、目を覚ましたって!」とあかり。漁協に向かうふたり。着くとそこには要が。「やあ、おはよ」とオープニング。

 漁協にやってくるちさき。「ほんとうに地上に残ってたんだ」と要。近づこうとすると紡もそこに。若干の間。「なんでもない」なんでもなくないですね。

 教授に事情を聞かれる要。ほとんど覚えていないとのこと。「そういえば、音が聞こえたような気がする」に対して「わたしも聞きました」と美海。さらなる聴取が必要なようですが、海村の目覚めが近いかもしれない、と教授。まなかたちを案じる光。それを見つめるちさき。さらにそれを見つめる要。この矢印の連鎖も久しぶりですね。温まってきました。「変わらないものもある」と要。

f:id:saito_naname:20200519175003p:plain

相変わらずの比良平ちさきが比良平ちさきたる所以。

 形見分けリスト(10話に登場)を見ているさゆ。大事に取っておいたのでしょう。

 紡の家にやってきた要。「ちさき、ほんとうにここで暮らしてるんだ」「そう言ったでしょう」「漁協にふたり揃ってくるからびっくりした、そういうことなのかなって」と気さくに言ってますが半分は本心でしょうね。要は紡の家で世話を受けるようです。

 台所でなにもいわず、阿吽の呼吸でコーヒーの準備をしていくちさきと紡。紡のほうに砂糖がなければすぐにそれを差し出すちさき。パジャマについて紡が話せばもう用意しているちさき。それを目の当たりにする要。人の心がない*3

f:id:saito_naname:20200519190837j:plain

前振りもなくパーソナルスペースに入るのを他人に見せるのをやめろ。

 翌朝。要も中学に通うことになる告知。要は女子に人気。動揺するさゆ。光はもう制服ですね。結局つくったのか、紡の丈を直したのか。「あのころはさ、遠くから見ているだけだった。一緒にいたけれど、すっごく遠くて、近づけば近づくほど離れていっちゃう感じがして」とさゆ。それを聞いた美海は「でもいまなら、あの輪のなかに入れるかもしれないよ」

 海を見つめる要。思い出すのは光を見るちさき、紡と息の合っているちさき。「変わってない……のかな」

 下校する美海、光、さゆ。さゆは途中で別れ、偶然要を見つけます。しかしわからない要に逃げ出すさゆ。「ひょっとして……」しかしちさきがやってきて追うことはできないまま見失います。

 話ながら帰り道を行くちさきと要。

「ちさきは、変わったのかな」

(…)

「要は、変わった?」

「変わってないよ。寝てただけだし」

「そうなんだ」

「……変わるわけない」

 このふたりのあいだにも変化に対する思いが生まれています。

 数日後。精密検査の結果、美海に胞衣ができたことがわかります。晃に対して「俺とおんなじだ」という光。嬉しそうな美海。

 翌日の教室。浮かないさゆ。「要さんのところいつ行く?」「行かない!」

 放課後。さゆを探す美海。いっぽう光は学校に来た要と会います。水場が使えるように。「美海たち、掃除してくれたらしいぜ」そして要を慰める光。「ほんとうに光も変わった」と要。対して光は「だったらもう変わらねえ。これ以上変わったらまなかが起きたとき、びっくりさせちまう」その宣言を聞いてしまう美海。彼女はこういうパターンが多いですね。後手に回りやすい性質。まあじっさい後手ですし、胞衣ができたからといってそう簡単に光には近づけません。

 造船所。さゆを見つける美海。話すうちに口論になるふたり。「決めた。わたしも変わらない」と美海。

「病気でもいい、漫画でも構わない。気持ち悪くても、みっともなくても、それでもわたしは変わらない。変わらない!」

 怒りながら帰るさゆ。先日要を見つけた場所で、今度は声をかけられます。キョドるさゆ。「相変わらずだね」と要。泣きそうになるさゆ。(わたしも……病気だ)

 夜。家を出ていく光。「汐鹿生に戻れるかもしれねえんだ!」

 漁協。教授によれば要と美海が聞いた「音」を頼り汐鹿生に入れる可能性があるとのこと。光と要がその調査に向かうことに。しかし「わたしも行きます」と美海。

 翌朝(?)。氷に穴を開け、海に潜る3人。音を聞く美海。美海のまだ知っていない光の世界に入っていきエンディングです。

 前回、今回と美海とさゆにクローズアップする回が続きましたね。そして一貫して変化についての話がついて回っています。要も登場してオープニングの6人がやっと揃いました。そして案の定感情の矢印が大変なことになっています。道理で第2部のオープニングでは全員浮かない表情をしているわけですね。それはそう。

 展開についても作中時間を5年かけて配置したキャラクターに基づいておこなわれているので詰め込みすぎず、スムーズな感じがします。第1部で幾度かなされていた、問題→解決→人間関係の深まり、という一連の動きをもう取っていませんね。あくまで時間による変化と差があり、それを個々人がどう受け止めるかが話の核になっています。

 いちおう世界の寒冷化というマクロな問題は依然として存在していますが、あくまでキャラクターたちは自身の恋愛感情というミクロな問題で動く部分が大きいです。つまり恋愛の問題と世界の問題がオーバーラップしている。だから『凪のあすから』はセカイ系の子孫なんですよ!(ここで突然机を叩き出す)

 というわけで次回は久々の汐鹿生村です。まだまだ先は長いです。

 

 

 続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:覚えている人間いるのか?

*2:同時に入る回想で義理なら問題ないとは言及される。峰岸くんのファインプレイ。

*3:明るいラブコメだったらここで「夫婦か!」とツッコミが入るところ。よって『凪のあすから』は明るいラブコメではない。暗いラブコメとは?

凪のあすからを誤読する12(15話)

 前回の衝撃的な語りのマジックからつづいて、今回は展開編ともいえる話です。

引き続き岡田脚本。やってやりましょう。

 

第15話 笑顔の守り人

 ちさき。時計を見ると夜の11時。前話の巴日が8時ごろという言及がありましたから、かなりの時間が経っています。足音。紡です。当然「遅かったね」と迎えるちさき。そして「帰ってきたよ、あいつ」「へ?」「光が帰ってきた」後ずさるちさき。「5年前のまま、変わってなかった」と紡。なにもいえないちさきでオープニングです。開幕から複雑な気配が漂っています。

f:id:saito_naname:20200517183221p:plain

光について聞かされた瞬間。どう見ても全面的な喜びの表情ではない。

 至とあかりの家。アパートから引っ越したようです。目覚めた光を医者が診たところでしょうか。教授が質問したがっているようですが、「色々調べるのはもう少し待ってもらえますか」とあかり。

 休んでいる光の部屋をのぞき込む晃と美海。それをのぞき返す光。「化け物見たような顔しやがって……」「ち、ちが」「こっちのほうが驚いてんだよ。なんだよお前それ、14だって。同い年じゃん」顔を赤くする美海。5年前よりだいぶ相手を意識しているようです。あとちゃんと確認したわけではないですが、第2部に入ってから使用されるサントラ楽曲が増えている気がしますね。このシーンも(たぶん)耳慣れない曲*1

 あかりと中学生っぽいやりとりをする光。それを見て(戻ってきた。光が、戻ってきた……!)と美海のモノローグ。

f:id:saito_naname:20200517184941j:plain

(戻ってきた)と口元に手をやる美海。この子人工呼吸したこと意識していないか。

 また眠るものの身体を起こす光。障子を開け、窓の外を見ると折れた橋脚。そしてまた障子を閉じます。あの出来事はなかったことになっていません。

 翌朝。光に会いに行かないちさき。「割と冷たいんだな、ちさきさんって」と教授。椀を強く机に置く紡。いっぽう(変わってなかった)と紡の言葉を思い出した直後、ちさきは乗るはずのバスの窓に自分の顔が映ったの見、その場にしゃがみ込みます。

 汐留家の朝食。部屋の隅にはみをりの遺影もありますね。「連絡したけど、今日はちさき忙しいんだって」とあかり。インターフォンを鳴らす音。狭山とさゆ。狭山に誘われ、車に乗せてもらいます。車窓から再び折れた橋脚。雪に覆われた村。声が入ってきません。

 漁協。囲まれる光。ぼろぼろになったおふねひきの旗。そこでまなかを思い出します。狭山に送ってもらう光。美海のモノローグ。(光はなにも変わらなくて、わたしは光と同い年になって。なのに……)

f:id:saito_naname:20200517191500j:plain

(なのに……)と美海。この子やっぱり人工呼吸を意識しているじゃないか。

 調査したデータを確認している教授と紡。はさみを取り紡がちさきの部屋に行くと、服を脱いでいるちさきが。謝る紡。その場を去ろうとしますが、「わたし、どうだった……?」

「あのころと変わった……?」

「お前、あのころも言ってたよな。変わるとか変わらないとか。あのころいっつも」

「みんなに、変わってほしくなかった。ううん、ほんとうは、光に変わってほしくなかった。それなのに、わたしが変わっちゃったんだよ……」

  泣き出してしまうちさき。5年分の助走をつけて殴ってくる言葉の暴力性。しかしそこで「そうだな。変わったよ、お前。綺麗になった。ずっと綺麗になった。あのころよりも。それじゃ駄目なのか」と紡。「それだけじゃ、駄目なのか」

 あれだけのいたたまれない関係性を見せてきたうえで、15話のこのタイミングで紡という存在の矢印を明確にする計画性。また同時にひとつ屋根の下ハプニングを料理の仕方次第でシリアスに処理できるという技巧。

 翌朝。散歩に出かける光。それを見て、ちさきが来ないことに不満な美海。漁船で作業をする紡に声をかけます。「どうしてなんですか? 帰ってきたのに、光。どうしてちさきさん、会いに来ないんですか?」と食ってかかる美海。「俺たちよりずっと長い付き合いだからな。あいつらにしかわからないものがあるんだ、きっと」と紡。けれども美海は「また仲間外れ……」

 海を泳いでいる光を見つけた紡。「なにやってんだ」「なにって泳いでんだよ」「なんでちさきに会いに来ないんだ」そういう紡の感覚は美海と正反対ですね。しかし「なんでこっちから行けなきゃいけねえんだよ」と光。それを見て「ほんと変わらないな」とこぼす紡。ここで光が切れます。

「あたり前だっての……。俺はおとといなんだよ! おとといなんだおふねひきは! 俺にとっては時間なんて全然経っちゃいねえんだよ! いまだって、もうじゅうぶん参ってんだよ! あかりにガキいるし、みんなだって……。夏だったのに景色までみーんな変わっちまって! そうだよ、(…)ずっと一緒にいたんだよあいつと! そのちさきが変わっちまったら……。これ以上変わっちまったもんを見たくねえ! 疲れんだよ! 色々考えたくねえ! 知りたくねえんだよ!」

 それを盗み聞く美海。光の訴えていた体調不良は嘘で、精神的に限界だったというわけですね。家に戻り、ダンボールのなかを探します。「光にも、旗が必要なんだ……!」

 陸に上がり、「だっせえ」と涙をこぼす光。おふねひきの歌が村に流れています。その音を追って歩いた先にはちさきが。

「光……あの、わたし……変わっちゃって……ごめん」

「変わるとかなんとかさ、お前、こないだもそんなこと言ったぞ」

「こないだって」

「俺のこないだ!」

「あ」

「目覚めてみてさ。ほんとわかった。変わるのって、怖えよやっぱ。でも、お前全っ然変わんなくて安心した!」

  こうして互いの存在が互いにとって救いになっているのが上手いですね。じっさいはマイナスをゼロにしただけなんですが不思議と説得力がある。アニメでは泣き顔を重要なシーンで使うとそれだけでなんか説得された気になるのでそういうマジックでもあります。とはいえ、ちさきの光に対する感情の積み重ねがあればこそ活きる救いでもある。

 走って帰宅する光。旗を修繕した美海。笑う光。そして美海のモノローグ。(光の笑顔が嬉しくて、わからないことばっかだけど、届かないものばっかだけど、それでもわたしは、この人の笑顔を守りたい)

 家に帰ってきたちさき。しかし戸を開けることができません。「そんなとこにいないで、中に入れよ」と開ける紡。今回冒頭の足音に気づいた描写がそのまま返ってきていますね。「ちさき、光に会ったのか?」と訊ねます。するとちさきは「どうして……」と目をそらします。

 というわけで今回はここでエンディングです。前回は5年の歳月の変化そのものを見せましたが、今回は時間の負の側面、光たち不在で進んでしまった人々の関係について深堀りされました。

 特にちさきと紡の関係は前話の教授の話にもあったようにひとつ屋根の下なわけで、一筋縄ではいかないのが察せられます。エンディング直前の会話なんか、抜き出してみればどろどろした恋愛ドラマに使われるような台詞なわけで、それをうまく関係の微妙さに落とし込むあたりやはり脚本の手腕がうかがえます。

 また14話15話と見てきたところで、物語の語り手に近い立ち位置が光だけでなく美海にも与えられていることに気づかされます。第1部でクローズアップされなかった美海の恋愛がこれから腰を据えて語られていくわけですね。

 それにまだまだ語られていない関係も残っています。引き続き話を追いかけていきましょう。

 

 

 

 続く。

 

saitonaname.hatenablog.com

*1:サントラを購入していないので以降サントラの話はしません