凪のあすからを誤読する11(14話)

 やってきました、第2部です。第2部? 見た人はもうわかりますよね。というわけでやってやりましょう。後編スタートの14話です。岡田脚本。

第14話 約束の日

 雪を踏みしめる足音。見たことあるような、けれど違う顔。ちさきです。坂から振り返り、海を見ます。13話までとは違い、厚い氷に覆われた海。なにかが決定的に変わってしまったことの証左。そして新しいオープニング。

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これまでにないほど深い空の青。一瞬で物語が違う段階に入ったことがわかる。

 新OPについては詳しく語らずにただ見て殴られてほしいので割愛します(のちの回で語ったりはするかもしれません)。ただ初回は3周くらいしてほしいですね。実質ノベルゲーの第2OPみたいなものなので。『凪のあすから』は全26話のテレビアニメであってノベルゲーではないんですが……。

 病院にやってきたちさき。ちさきは看護学校に通っているようです。病室には紡のおじいさんが。どうやらふだんから世話をしているようです。紡の話。紡は大学生でしょうか。棚に入っている財布を渡せる仲。

 バスに乗って鴛大師へ。途中、折れた橋脚が見えます。あの日の痕跡。

 駅前に着くと狭山(クラスメイトのひとりでしたね)が。サヤマートまで送ってくれるそうです。江川(クラスメイトのひとりでした)の話。できちゃった。「みんな変わったね。たった5年なのに」とちさき。ここではじめて時間経過が明確に語られます。団地妻扱いのちさき。

 サヤマート。髪型の変わったあかり。その隣には子供も。あかりと至の子でしょう。瞳が美海とおなじハーフの色合い。回想。おふねひきのあと、あかりは晃を身ごもったようです。「産めるわけない」と口にするあかりですが、「きっと、弟だよ」と美海。彼女の言葉によってあかりは出産を決意します。

 回想終わって浣腸。「ごめんね、いま浣腸がブームで」とあかり。ぼーっと見ていると世界や人々の変化に思考が引っ張られてしまいますが、団地妻といい、浣腸といい、できちゃった、という台詞といい、とにかく下ネタをぶち込みたがる岡田脚本の癖(へき)が自然と出ています。お気づきいただけたでしょうか。

 中学校。居眠りしている美海。それを起こそうとするさゆ。ふたりの関係は相変わらずのようです。そして先生も。巴日について。(大気)光学現象があたかも天文現象のように予測できるのは謎ですが、そういう世界なのでしょう*1

 焼却炉。将来について語るさゆ。「美海、髪、伸びたね」5年間伸ばしていたわけではないでしょうが、時間の経過を感じさせる言葉です。回想。「あのとき、わたしは泣かないって決めた」

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倒壊した橋脚。事故の記憶のキーとして複数人物が共有していることがわかる。

 回想続き。帰ってきたあかりが「光はまなかが好きだったから」とこぼします。その際、アップになる美海の顔。画面(カメラ)が揺れています。動揺ですね。しかし時間を飛ばしたうえの回想でこういうことをする手口は結果的にいえば自然なんですが、こんな入り組んだ作劇のアニメがあまりないせいで不思議と際立ちます。ふつうに人の心がないことをさりげなくやる悪質さがあります。そしてモノローグ。(わたしはいまでもここから見てる。光たちのいる、海を見てる)

 買い物を済ませたちさき。教授と紡を見て、ご飯に誘います。キンメの煮付けが都会では食べられないというのは、教授がそういう料理に触れない生活をしているからなのか、それともこの世界の物流が発達していないからなのか。おじいさんの思惑は外れて田舎料理のほうが教授には高評価ですが、代わりに「肉、美味いよ」と要。お金かけているものを理解しているのかもしれません。

「海村は日本に14か所しかありませんから。しかもどれもがいま、中に立ち入ることができない。(…)海村は最早存在しないって専門家まで出てきちゃってて」となかなかなことになっています。少数民族否定論に進みそうな。学術的な話になるところをうまく逃げていくちさき。「お前ほんとうになにもないの?」と教授。しかし紡は「あるわけないですよ」「あいつには、ずっと前から好きな男がいるんで」

 布団を敷くちさき。巴日に誘う紡ですが「巴日はみんなで一緒に見なきゃ意味ないの」とちさき。回想。おふねひきの事故の直後。おじいさんが引き取ってくれた経緯とその後の生活が語られます。高校への入学。おじいさんが倒れたこと。大学で海村について研究するという紡。「あいつらはきっと無事だ。すべてがいい方向に変わっていけば、きっと、また会える」

 海。炊き出しをする中学生たち。美海に告白をするという峰岸。観測をする教授と紡。(あの日から、ずっと海は凪いでいる)と美海。そこに峰岸くんがやってきて告白するも彼女は当然断ります。しかし好きな人についてはいえず。

 光る海。潮の流れが変わり、巴日が出現します。導かれるように走り出す美海。同時に観測した影を見て走り出す紡。出会ったふたりの足元がさらに発光し、気づくと倒れている人の姿が。光です。「変わってない。あのころと、なにも」と紡。「息、してない」と気づいた美海が人工呼吸をおこないます*2

 目覚める光。「まなか!」と起き上がります。美海を見て「お前、誰だ?」「美海だ」と返す紡。その言葉に驚き、さらに紡を見てショックを受ける光。

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2クール目も『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 周囲を見、立ち上がる光。そして美海のモノローグ。

(光のその瞳は、悲しげに動きを止めた、凪の海だった)

 というわけでメインヒロインが一切出てこないままに今回はエンディングです。作中で5年が経ち、それぞれのキャラクターに回想できる過去があるという積み重ねをやりつつの回想がいっさいできない、おふねひきと地続きの記憶を持った光という対比がじつにエグいですね。

 視聴者としても冒頭から24分間ほぼガード不能攻撃を食らっていたようなもので、光と同じ体験ができたはずです。こんな膨大な時間経過による語りができるのはノベルゲーくらいだと思いませんか。いや、『凪のあすから』はノベルゲーではないんですが……。

 具体的にいうと、テロップで「5年後」とは出さず、映像のみによって世界が変わったことを否応なく説明する攻撃力はほかのアニメにはなかなか用意できません。なぜならそれをやるためには複数クールにわたる作品時間と密度を要するので、そんな作品はめったにつくられないためです。ノベルゲーには用意ですが。

 またこうした作劇に類例はあるでしょうが、それを紹介したりすればただのネタバレになるので難しいですね。半分叙述トリック*3のようなものですし。

 そういうわけでネタバレにも触れず、ちゃんと各話を見てきたみなさんだけが味わえるのがこの第2部の快楽です。おめでとうございます。今後もよいアニメライフを送っていきましょう。

 また今後この時間によって生まれた登場人物間の落差というモチーフはいくつかの岡田脚本作品でも変奏されている、といえるかもしれません*4

 有名作『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』ではヒロインめんまだけが死者として幼い精神年齢のまま周囲と関わりますし、『さよならの朝に約束の花をかざろう』では長命な種の主人公が短命な人間を育てます。近作の『空の青さを知る人よ』では13年の月日で人生が変わった人間たちのなかに13年前の夢を抱いていたころの自分が放り込まれます。

 それぞれの作品でアプローチは変わっていますが、『凪のあすから』では時間による落差と恋愛の問題が当然のように絡んできます。恋愛だけをやるなら1クールで足りるでしょうが、それだけにならない関係の複雑さが今後も展開されていきます。それについてはまた各話を見ていきましょう。

 

 続く。

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*1:凪のあすから』はSFではなくファンタジーだと思う。

*2:ただし正しい人工呼吸にはなっていない。中学生なら講習を受けていないことも大いにある。

*3:作者が読者に仕掛ける、という意味合いで。

*4:これについては千葉集氏(名馬であれば馬のうち)から示唆をもらった。

凪のあすからを誤読する10(12~13話)

 謎の全話レビューブログも2桁の大台に入りました。このペースで続けていければいいですね。5月中の完走ができたらうれしいです。今回もやってやりましょう。12話は久々の岡田麿里脚本回です。13話はちょうど半分です。

 

第12話 優しくなりたい

 美海のアップ。空地で花嫁のブーケ用の花を探す美海とさゆ。「なんでか光には冬眠してほしいって思えなかった」とこぼす美海。さゆも要に対しては似た感情を抱いていたようです。そこにやってくる灯。ベンジョグサをかましてやってオープニングです。

 灯のアップ。「ごめんなさい」とふたり。そして灯にあかりと光の冬眠を願い出る美海。しかし「冬眠してどうなるかは誰にもわからない」と灯。

 中学校は下校の時刻。光曰く、紡はちさきとまなかと一緒とのこと。それが面白くない要。彼も感情を隠さなくなってきています。

 町に出ている3人。古着屋で海の人間の胞衣が反射する不思議な着物を購入。その帰り、「あのさ、ちょっと、付き合ってくれるか」と紡。駅前。女性がいます。「紡くんのお母さんだ。きっと」とまなか。彼女はおじいさんから紡の両親が町で暮らしていることを聞いてましたね(9話)。あまり仲はよくないのかもしれません。

 喫茶トライアングル。ふたたび灯と対面するあかり。前回はほぼ平行線でしたが、今回は海の事情も知ったうえなので互いに歩み寄っています。おふねひきと結婚式について。そういえば結婚式の衣装を子供たちが用意するというのは『花咲くいろは』でもありましたね*1。そして感謝を述べていくあかり。

「母さんが亡くなって、父さんが初めてつくってくれた磯汁の味、あたし、忘れない。大きくてごろごろした人参と大根と、不器用だけどあったかくて優しい、父さんみたいな味。父さんがくれた、あたしたちにくれた愛情を、美海や至さんにも注いでいきたい。最後の最後まで、わがまま娘でごめんなさい。長い間、ありがとうございました」

 岡田脚本にはこういうホームドラマ的な、家庭を舞台にしたCM的な台詞回しへの意識があると思うのですが、その最たる例といった印象です*2。ほら、「大きくてごろごろした~」のくだりとかそういう調味料とか味噌汁とかのCMっぽいと思いませんか。思いませんか。

 造船所。大漁旗を握る光。「すべてが正しい場所へと向かえるように」という言葉に思うところがあるようです。

 電車。眠っているまなか。話すちさきと要。要の母の話に。「悪いな。ふたりのこといいように使った。あんまり、話したくなかったんだ、あの人と」なんらかの原因で関係が悪化し、鴛大師に来たのかもしれません。おそらく幼いころは仲がよかったと思われる品が以前の話でありましたね。紡の手に注目。

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9話に出てきた写真。母親の手を握っているのがわかる。

 「わたし、自分ばっかり可哀想なつもりでいたのかもしれない」とちさき。謝ります。「なんか決めたのか。そういう声してる」と紡。するとちさきは「あんまり察しがいい男の子ってモテないと思うよ」

 造船所にやってきた紡たち。旗を振る光。きらきらしたSEが鳴っています。「ひーくんは、いつから男の人になったんだろう」とまなか。

 海の下へ。冬眠を待たずに眠ってしまった女の子。地上では歌の練習が。「お前らが教えてやれ」とおじさん。

 波路中学校。身長を記録した柱。「やっぱりすごいね、光」とこぼすちさき。「あのね光、わたし光に話したいことがあって、よかったらこのあと……」告白の準備をしようとしますが失敗します。それを見て真顔になる要。

 教室。先生の真似をする光。手をあげる要。「まなかのことどう思ってるんですか」「要! どうしてそんなこと」とちさき。しかし「このままでいいわけないよね。たくさん食べたって、胞衣はどんどん育ってきてる。冬眠したら、みんなが同時に起きられる保証は」「もう会えなくなるかもしれないんだよ」ほかの3人の脳裏に(もう会えない)という言葉がかすめます。

 泣きそうになるまなかを見て「俺は、まなかが好きだ」と告白する光。そこから顔を背ける要。俯くちさき。

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告白時のちさきと要。ふたりの感情が覗いている。

「ひ、ひーくん、やだ。なに冗談」

「冗談じゃねえよ。好きだ。お前が紡のこと好きでも、俺は……」

「わからないよ……」

「まなか?」

「わたし、そういうのわからない!」

  椅子を倒し、駆け出していくまなか。わからないは彼女がこの数話ずっと繰り返してきた言葉でもあります。それを追う光とちさき。「ひどいよ要! あんなのってない!」そういわれた要は机に突っ伏し、「こっちだって、いっぱいいっぱいなんだよ……」と彼も彼なりに限界だったことがわかります。つくづくこのアニメ限界になっている子が多いですね。

 外。まなかの背中を追う光。しかし「追いかけないで!」とちさき。「追いかけないで! わたしは、わたしは光のこと……!」転ぶちさきに光が近寄ります。泣いているちさき。いままで涙といえばまなかの各話ノルマみたいなものでしたが、ここでちさきです。他人の告白が遠因で泣いてしまうあたり相当なものでしょう。彼女も限界。

「光のこと……でも、光はまなかが好きだから、言い出せなかった。振られちゃうから怖いんじゃなくて、わたしが思いを口にすることで、みんなの関係が変わっちゃうのが怖かった。でもね、それも違った。わかったの、わたし。わたしはまなかを一生懸命に好きな光が好きなんだ。だからごめんね。言えただけでいいの、もう満足だから。もうまなかのこと、追いかけて」

 字面だけ拾うとめちゃくちゃ自分勝手な感情を振り回していて趣がありますね。要の返事を期待しない態度と違って、好きに付随する部分をとにかくぶつけているのがそう思える理由でしょうか。なんといいますか、ぶっちゃけ重いですね。いいと思います。もっとやってほしい。

「お前と一緒だよ。ずっと関係が壊れるのが怖かった。言えただけでいいんだ」と光。

「壊れちゃうかな」

「壊れねえよ。なんも変わんね」

「光は優しいね」

「え?」

「ううん、わたし、優しくなりたい。心、綺麗になりたい。ここから見える汐鹿生の景色みたいに」

  一足飛びのモノローグに近い内容を会話でやる手法。これも岡田脚本といった感じがしますね。5話のとき以来だと思います*3

 いっぽう、家に帰ってきたまなか。眠っていた母親。テーブルに花びらがわざわざ散っているのが「死んでるみたい」という要の言葉を連想させます。「もうすぐ冬眠だもんね」に対して震えるまなか。嘘をついて駆けだしていきます。

(怖い……怖い……わからない……)

(どこに行けばいいの……わたし、どこに行けば……)

  旗を振る光のことを思い出しますが、まなかを地上に引き揚げたのは網でした。そして「どうした?」と紡。1話のリフレインで今回はエンディングです。

 みんなが世界の終わりに際して変わりつつあるなか、逆に変化そのものを自覚できないまなかという構図になっています。これは当初、だれよりも最初に(恋愛へと)踏み出すのがまなかだった、という構図から綺麗に逆転していることになります。にもかかわらず全員が限界になっているというどん詰まり感。構成の妙ですね。

 さて、いよいよ次回はおふねひきです。彼/彼女らの感情は報われるのか?

 

 

第13話 届かぬゆびさき

  漁船の上。「悪かったな。梅干し入ってるから」とお茶を渡す紡。受け取るまなか。「なんで、泣いてる?」「太陽だから。紡くんが、太陽だから」そしてまなかは語りはじめます。

「ちっちゃいころ、まだひとりで勝手に地上に上がっちゃだめって言われてて。それでもずっと空を見上げてた。憧れてたの。海の向こうの、空の向こうのずっとずっと遠くの太陽に。まぶしくて。照らされて。熱くなって。どきどきして。でも……」

 その先は語られず、彼女の真意はわからないままオープニングです。

 夜の静けさに「そっか、ざわついてたのは俺か」と気づく光。回想。

(でもきっと、俺だけじゃない。みんな誰かを思って、そんで、その思いを自分でも気づかなかったり、持て余したり。せっかく思ってくれてるのに気づけなかったり、答えられなかったり。揺れて、揉まれて。みんな必死に舵を取って渡ってるんだ。それでも。いや、それだから……)

 いくつかのカットには光の知っていないシーンも入っていますね。光が至ったのは人生観ですが、『凪のあすから』の物語観でもあります。そして駆けだしていきます。

 まなかと会う光。前話での告白を謝ります。「そんだから、もっとちゃんと言っとこうと思ったんだ」

「俺、やっぱりまなかが好きだよ。まなかが好きで、大切だ。それは絶対だ。でも、ちさきも要も、紡も、あかりも美海もさゆも、親父だって。やっぱみんな大切なんだ。お前が俺のこと、好きでも好きじゃなくても、俺にとってお前が大切なのは絶対変わんねえから」

 この言葉はおそらくまなかにとってもわかる言葉になっていますね。3話でウミウシが出てきたとき、「ちーちゃんもひーくんも要も好き。それはわかる。でもつむ……木原君はちょっと違って。よくわからないの」というまなかの台詞がありましたが、そういう態度を尊重したうえの言葉としても読めます。

 目に涙を浮かべるまなか。「あ、そんでお前のほう、さっき言いかけてたこと」と光。すると「おふねひき、終わったら言うね」「ひーくん、旗振ってね!」と返します。「いっぱい振ってね。そしたらきっと、みんな迷わない!」青春っぽさが出てきました。そしてヒロインらしい振る舞いでもあります。

 翌日。おふねひき当日。4人それぞれ家を出ます。ちさきと要は途中で一緒に。「もし結局眠ることになって、別々の時間で目覚めても、僕がちさきを好きなことは変わらないから。それは覚えておいて」と要。

 4人揃ってうろこ様に挨拶。「気のすむようにやってみりゃあいい。儂にはなんも変えられん。じゃがお前たちにはなにか変えられるかもしれんからのう」とうろこ様。灯とも言葉を交わします。

 地上ではおふねひきの準備が進んでいます。立てられた看板を見ると鴛大師のかたちがわかります。点線になっているのが巨大な柱群*4ですね。おふねひきは湾を一周するルートをたどるよう。看板には7月とあるので、今日は7月21日。

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おふねひきの看板。正式名称は「おふね曳き」らしい。

 いっぽう、クラスメイトの狭山と江川によって、制服姿から「海の男」にさせられることになる光。

 造船所。「お母さん」と呼ぶ練習をする美海。そして花嫁衣裳に着替えたあかり。直視できず逃げ出す至。「わたし終わったら、言いたいことあるから、だから」と美海。

 夜。おふねひきがはじまります。海岸線に沿って篝火が焚かれ、船が出航します。そして海からも光が届き、航路に道しるべが。登場人物たちのモノローグがつながり、祈りをかたちづくります。歌。独特のしらべ。

 しかし突然海に竜巻ができ、海が荒れはじめます。「まさか」「海神様が、ほんとうに」「あかりさんを、迎えにきた?」

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荒れだした海。夜によく見えてしまうということもあって異質さがある。

 海に落ちるあかり。助けに行く光とまなか。紡も巨大な波に飲み込まれます。海の暴力性がよく出ていていいシーンですね。紡はずっと憧れていた海の村を見て気を失い、そのすぐあとにちさきが助けにやってきます。要も彼を助けます。

 しかし船に上がろうとした要は紡を抱きしめるちさきを見てはっとします。こういうときですら人の心がない。「見ろ、橋脚が!」の声。やっぱあれ橋の一部だったんですね。倒れる橋脚。それを躱そうとした船に振り落とされ、要は海に。

 あかりを助けようとするまなか。しかし潮の流れは強く、あかりを離しません。「誰かを好きになる気持ちを、無理やり引き離さないで! どうしても連れていくなら、代わりに、わたしを!」そういって飛び出すまなか。あかりに追いついた光はまなかに気づきます。彼女を救おうと手を伸ばしますものの、流れに阻まれます。最後に微笑むまなか。

 そして汐鹿生の村は胞衣のような光に覆われ、海の荒れは収まります。ちさきの絶望的な表情がいいですね。

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端的に最悪を物語っている。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

「見ろ、あれ」「誰か浮かんでくるぞ」「船出せーっ」の声とともに海を流れてゆくあかり。「お母さん!」と美海。このタイミングでその呼び方をするのが『凪のあすから』です。人の心がない。

 そうして海に漂う光の持っていた旗でエンディングです。今回はシーンじたいにエモさがあるのでとりたてて説明することはありませんが、それはそれとして人の心がなかった回ですね。積み重ねてきた感情のビリヤードも、台そのものがひっくり返るという最悪の事態でめちゃくちゃになっています。

 では海に飲み込まれた彼/彼女は無事なのか? 結局おふねひきは意味があったのか? それは次回のお楽しみです。いやあ、14話の入りが最高によいんですよ。ぜひすぐに続きを見てください。

 

 

続く。

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*1:文脈は違うが。

*2:その割には家庭内の不和や断絶が描かれる作品も多いが。『selector infected WIXOSS』からはじまるシリーズとか。紡もそうした断絶のパターンか。

*3:凪のあすからを誤読する4(5話) - ななめのための。で言及した。

*4:のちの台詞でわかるが橋脚らしい。

凪のあすからを誤読する9(11話)

 一日開けただけなのに不思議と長い時間が経ったように感じますね*1。この記事を毎回追って読んでいる人間がいるのかわかりませんが引き続きやっていきます。やってやりましょう。

第11話 変わりゆくとき

 というわけで今回も告白でオープニングです。髪をまとめる姿を見せているあたり、ちさきにとって要が恋愛対象と思っていなかったことがうかがえますね。

 ちさきの両親にもご挨拶。「別に、答えが欲しいわけじゃないんだ。ささやかな、抵抗みたいなものだから」と要。そして外へ。

(のちのちになって考えてみれば、その日の要とちさきは、たしかにどこかおかしかったような気がする。)と、光のモノローグ。しかし気づくまでには至りません。同様にまなかも自分のことでいっぱいいっぱいだった様子です。それからの出来事もダイジェストで語られます。そして青年会。冬眠のタイミングはおふねひきの日と重なるようです。

 アパートで朝食を摂るあかり、至、美海。美海はやはり不安をぬぐい切れていないようです。学校に行く美海。婚姻届け。式をあげるつもりはないあかり。「こんなご時世だし、父さんとか呼んでもきっと来ないし」しかし至は「でも、だからこそちゃんとしたほうがよくないかな」。灯に認めてもらうことを考えています。

 教室。胞衣の水分補給を汐鹿生から指示されています。光はめまいを起こし、4人は水場へ。涼しいとはいえ季節は夏のはず、ですが空や空気の色調は冬に似たそれになっています。すぐに乾く胞衣。

 またまなかと同様に、冬眠したときに同時に目が覚めるのかどうかについて、光も思い至ったようです。「ぼくらが同じ時間を過ごせるって保証されてるのは、いまだけなんだ。刹那的な気分にもなるよね」と要。はっとするちさき。

 そこにやってくる紡。給食について。「俺、食う」と教室に戻っていく光。それを追いかけるまなか。「わたしも食べる! だって、やだよ、このままなんて。眠って、起きたら全部変わっちゃってるかもしれないって……」拒否されたときのことがまだ記憶に新しい光ですが、「しゃーねえな……来いよ」とぶっきらぼうに返します。世界が輝く。光相手には初ですね。おめでとうございます。

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少女漫画か(10話ぶり3度目)。

 その一連の会話を見守っていた3人。「やっぱりまなかは走るのが上手いね」と要。「足は遅いくせに、ときどき置いてかれちゃう」とちさき。

 サヤマート。冬眠によって売上が伸び悩んでいます。人口がどのくらいかはわかりませんが、鴛大師も村ですので客の何割かが減ったとしたら確実に大打撃ですね。

 店の脇に美海とさゆ。「どっか行け」「行けっつってんだろ、継母!」いい台詞。駆けていくふたり。ガムを拾い、「ありがとね、でもわたしの行く先はもう決まってるよ」とあかり。そこに漁協の青年部の人が。

 漁協。光に頭を下げる大人たち。おふねひきをやってほしいそうです。それを見て「あのね、光」とあかり。

「この人たち、いままで鼻で笑ってたくせに、いざ不漁や凶作の兆しが見えてきたら、あんたたちに乗っかろうとしているの。すっごく虫のいい話だから、あんたは怒って断ったっていいのよ。でもね、もし可能なら引き受けて。地上はもうわたしの大事な場所なの」

 最後には「お願いします」と頭を下げるあかり。姉は指針を示すものですからね。実に堂々とした言葉です。それを受け入れる光。

 社殿。うろこ様に地上での出来事を伝えます。「じゃがのう、おふねひきをやってもなにも状況は変わらんぞ」いじわるな返しをするうろこ様。しかしそこで頭を下げる光。「頼むよ。地上を救ってやってくれよ。お願いします。あいつらを……」キレてばっかりいた光が成長しています。じっさいに大人や姉が頭を下げたのを見て、学んだのかもしれません。とはいえうろこ様には地上をどうこうする力はないとのこと。

 海辺。「俺、なんて言やいいんだよ……みんなあんなに頑張ってくれて……」と光。対して「あんたは頑張ったよ。大丈夫、みんな知ってるから」と頭をなでてやるあかり。「姉ちゃん……」自然と光も呼び方がむかしに戻っていますね。積み重ねがあるから活きる姉描写。そして「あのね、光。あたし、考えてたことがあるの」

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姉を描くことに余念がないアニメこと『凪のあすから』。

 紡の家に集まる人々。そこであかりが「おふねひきと、わたしたちの結婚式を一緒にやっていただけないでしょうか」と提案します。おふねひきに意味がないことは周知になっているようですが、「とりあえずなんでもいいから試してみたいの」。そしてその提案は、あかりの冬眠を願う美海に向けられたものでもあります。

「でも、もうわたしの人生には美海と至さんが必要なの。ふたりがいないなら、生きてる意味がないのよ。だからごめんね。わたしは、絶対、どっかいかない。美海と同じ場所で、同じ時を生きていくわ」

 その言葉を聞いて泣いて謝る美海。さらにあかりはつづけていいます。「なにもしないで、みんなと別れるの、嫌だから」はっとする5人。晴れ間が覗きます。みなが賛成し、おふねひきはどんどん大掛かりになっていきます。

 造船所で準備をした夕方。眠っているあかりと美海。ちさきはひとりつぶやきます。

「すごいですよね、憧れます。ううん、あかりさんだけじゃない。光も、まなかも、頑張って変わろうとして、ちゃんと変わって、周りまで変えはじめている。要もきっと。あかりさん、わたし、光に告白します。駄目かもしれないけど、でももう、なにもしないまま、変わらないままで終わりにできない。わたしも、そう思うから」

 長かったちさきの停滞もようやく解消される気配を見せて、今回はここでエンディングです。キャラクターのそれぞれの立ち位置が整理され、だんだんとお話が畳まれる予感が出てまいりました。とはいえ今回フィーチャーされたのはどちらかというあかりで、これまでの展開で至と話していた「ちゃんとする」の回答を婚姻届や結婚式として出してきたというかたちです。

 そういう意味では今回はつなぎの話という雰囲気がありますが、次回はぼくたちわたしたちのシリーズ構成岡田麿里が帰ってきます。震えて眠りましょう。きっといたたまれなくなるでしょう。そうだ、きっとそうに違いない*2

 

 

続く。

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*1:鷺宮『三角の距離は限りないゼロ』の最新刊を読んでいたので更新をしなかった。

*2:まだ見直していないので細部を忘れている。

凪のあすからを誤読する8(10話)

 前回いたたまれなくなりましたが(毎回そうなっていませんか)、今回もやっていきましょう。ついに話数が2桁に突入しました。といってもまだ半分も行ってませんが……。

第10話 ぬくみ雪ふるふる

 前回のいたたまれないシーンから巻き戻してスタートです。開幕から人の心がない。早速オープニングです。

 社殿。巻物を広げて昔話。海神様の御隠れによって海にも陸にもぬくみ雪が降っていましたが、娘が会いに行って説得したことで世界が救われました。しかし現在、人々が信仰を忘れていることで海神様の力が失われ、またぬくみ雪が降り、世界は凍えることに。そこでは人が生き永らえることはできない。つまりここで語られているのは世界の終わりなんですよね。『凪のあすから』は終末アニメ。

「そこで、長い眠りによって時間を稼ぎ、いつかまた海神様の力が蘇るのを待つ」と、うろこ様。話を受け入れられない光。

 外に出る光とまなか。後ろにいるまなかに話しかけようとする光ですが、案の定避けられます。俯瞰で映るまなかの足跡の軌跡が最高ですね。透徹して人の心がない。

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光を避けるため遠回りをしたことがわかる。ぬくみ雪という特性を活かした演出。

 ひさびさに帰宅する光。(あいつの身体、すげえ熱かった……)とまなかを思い出しながらモノローグ。前話サブタイトル「知らないぬくもり」は一見まなか視点の言葉のように思えますが、光にとっても知らないものだったようです。話を挟んだ二重写しの言葉。そこに父の灯。宴会について。食を絶てば胞衣が厚くなり、冬眠の準備が整うようです。「最後にたらふく食っておこうってことになった」

 いっぽうでふさぎ込むまなか。「眠り、眠っちゃったら……」地上の人間のこと、紡ぐのことを考え、「わかんない……わかんないよ……」そして光のこと。「わかんないよ……」

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最後の「わかんないよ」で魚が瓶にぶつかってキス。場の特性を活かした演出。

 翌朝。集まる4人。ちさきも要もうろこ様の話は聞いていたようです。そして地上の学校の話に。「うそこ様の話がほんとうなら鴛大師の連中にも教えないとまずいだろ」と光。しかしちさきは消極的な様子。

「地上の人たちに言わなきゃいけないこと? だって助かる方法はないって。わたしだったらそんなこと知りたくないかも。やっぱり地上の人と私たちは違うんだし……」

 これまでの話で海村のメンバーは地上の人間と比較的仲良くなっているはずですが、ちさきはそうでもないというのがまたエグいですね。彼女の精神は結局10話かけてほぼ変化していないということになります。

 海神様の力が足りないのであれば、おふねひきをやればいいと考える光。「ならん」とうろこ様。そして恋愛感情も看破されています。そして通学に関しては「義務教育」なので許可が下ります。そこはいいのか。

 至のアパート。世界の終わりについて訴えますが、あかりは聞き入れません。「でもまあ、ここんとこキンメが妙に釣れたり、寒かったり、おかしいことはおかしいんだよなあ」と至。キンメについては5話の「ウミウシになってくれる」のくだりの前に紡が言及していましたし、気温の低さについてはプール回をはじめ何度も描写されていました。要するに伏線だったわけですね。不安がる美海。

 クラスメイトにも事情を話す光。現実感がないためか、あまり信用されない様子。しかし「俺は本当だと思う」と紡。「じいさんが、もうずっとおかしいって言ってるし。昔の海と今の海は全然違う。もう、元の海には戻らないだろうって」

 言葉だけを切り取ると人新世っぽいですが*1、ここでは古来からつづく人と神の関係が重要で、それをどう治めていくか、という問題になっています。神話的な環境観*2。そのいっぽう、終始会話に加わらないまなか。

 世界が終わっていくので、形見分けについて話す美海とさゆ。「ねえ美海、大切ってどうすれば大切のままにしておけんの? 大切がいなくなったら、それってどうなんの?」とさゆ。彼女らはまだ失恋を経験していないんですね。

 紡の家。「じいちゃん、最近のぬくみ雪とか寒さって、いまだけのもん? それとも、もうこれからはずっとこうなわけ?」

「そうだな。人ひとりが生きているあいだにどうにかなるもんではないような気がするな。気候や環境の変化ってのは、受け止める側によって変わる話でな。ぬくみ雪を喜んでいるもんも自然のどこかにはおるのかもしれん。人間には悪い変化だったってだけの話でなあ」

 こちらはあくまで大局的な環境論っぽいですね。人間中心的でない。こういうものの見方を光はできないわけで、老人ゆえの達観ともいえます。感覚の相対化。

 公会堂。汐鹿生の村の人間が集まり、宴会がおこなわれています。台所で皿洗いをするまなか。そこにやってくるちさき。「こないだから変だよ。どうかした?」「そっかな、普通だよ」と返すまなか。そしておばちゃんがやってきて起きる順番について。「みんなで一緒に眠って一緒に起きるんじゃないの?」と不安がるまなか。というかナチュラルに女性陣だけが台所仕事やってる描写なわけですがこれは意図的でしょうか。田舎って感じではあります*3

 宴会場でまなかに絡むおっちゃん。「目覚めたとき、若いもんが元気でぼっこぼっこ子供産んでくんねえと」「誰の種だろうといいんだよ、とにかく子供だ! 汐鹿生の胞衣を持つ子供!」「最後だ、飲め!」なぜだかこのアニメは田舎の嫌なムーヴを確実に決めてきます。恨みでもあるのか。それをかばってやる光。

 外に出るまなか。そこにやってくる要、ちさき。「起きたとき誰もいなかったらどうしよう。眠っちゃったら、もしかしたらお別れになっちゃうのかな」と泣き出すまなか。なぐさめるふたり。

 帰宅するまなか。光とのこれまでの会話を振り返り、ふと瓶のあいだにウミウシがいることに気づきます。構図の反復。手に取るまなか。「こんなときにお前、なんで赤なの?」それから息を吸って、「あのね……」で暗転。

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ウミウシのカット。魚のキスは前振りの演出だったことがわかる。

 朝(宴会は金曜日だったので翌週?)。ちさきの家に迎えにきた要。

「もう、傍観者でいるのに飽きたんだ」

「?」

「ちさきが光を追っかけるうちはいいかって思ってたんだけどね。そうも言ってられないみたいだし」

「ちょっと要、なに言ってんのよ」

「僕、ちさきのことが好きなんだよね。かなり前から」

  というわけで衝撃の告白。今回はここでエンディングです。告白(のようなもの)ではじまり告白で締める。ここにきて矢印がさらに増えました。感情のビリヤードが本格的に活発になっています。

 ではここで要の行動を振り返ってみましょう。2話の「この場所にいたいのは、そのほうが楽だからだよね」「別の場所にすこしでも憧れを持ってしまえば、つらくなるから」というのは彼自身の実感をそのまま込めた言葉です。序盤の物語における彼の役割はちさきの理解者ではありましたが、同時に片思い経験者でもあったというわけです。

 4話でちさきに「大きいほうが好きなやつもいるよ。あんま痩せてないほうが、中年男は好きらしいよ。テレビで見た」といったのも自分の感情を隠した好意のパスです。8話の電車のシーンでは終始目をつむりちさき→光→まなか→紡の関係に不干渉な態度を取りますが、最後にちさきを見つめるカットが入ります。まさしく感情の矢印の最後尾にいることを示すカットでもあったわけです。

 直近の9話では要の感情はさらに露骨になります。胞衣が乾いて海に行ったちさきを行方を聞くシーン(さゆの感情を無視するシーン)は彼にとってちさきが優先順位の高い場所にあることを物語る台詞ですし、そのあとの「あいつはちさきにそんな顔させるんだね」わかりやすいほどに嫉妬の感情です。『凪のあすから』そういうことをするアニメです。

 というわけで影の薄かった要もようやくメインキャラの関係性のなかに入ります。こうした伏せていたカードを表にすることによって視聴者のキャラに対する印象を変える手法は、美海が至の娘だったのを明かしたときとおなじものといえます。キャラクターの感情の向きを切り取ってみせる青春群像劇の手法といえるかもしれません。

 また今回ですが、まなかと光はいっさい会話らしい会話をしていません。1話の時点ではほとんど意味がなかった「ひーくんとはお喋りしないよ!」がここで効力を発揮しています。痴話喧嘩です。あの言葉がシリアスな重みを持って戻ってきていたわけです。PCもしくはスマホの前のみなさんは思い出せましたか。ブログ第1回でもいちおう言及しています*4。『凪のあすから』はそういうことをするアニメです。

 10話といえばワンクールものでしたらもう畳む準備に入らなくてはならない段階ですが、まったく終わる気配がありませんね。贅沢なつくりならではの展開です。

 とはいえ半分の節目にはすこしずつ近づいてきています。人類はどうなってしまうのか。おふねひきは実現するのか。ウミウシに訊いたまなかの思いは?

 

 

 続く。

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*1:『天気の子』とそれを絡めるくらいのゆるさで言及している。

*2:じゃあそれはもう『天気の子』では? 違う。

*3:もしかしたら男性陣もやってるかもしれないが描写はない。

*4:凪のあすからを誤読する1(1話) - ななめのための。

凪のあすからを誤読する7(9話)

 というわけで続きです。今回も例にもれずいたたれなさがやってきます。これぞ『凪のあすから』です。やっていきましょう。

 

第9話 知らないぬくもり

 前回のぬくみ雪が積もった地上。あかりと光は引き続き至の家で暮らしています。「地上に降ったりするんだな」「ぬくみ雪?」「なんだったんだろう、あれ。なんかちげーっつーかさ、気持ちわりいっつーか」と光は違和感を口にします。あかりは前回もらったペンダントをつけています。

 海村でも地上に降ったぬくみ雪が話題になっている様子。青年会の壁にある絵には雪が降り人々が凍える姿が。日照りの絵は1話でアップのカットがありましたが、こちらのアップははじめてですね。演出の意図的な取捨選択でしょう。「言い伝えみてえに、この先は凍えていくばっかなのかよ」とおふねひき縁起と関係があると思われる発言も。

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壁にかけられた一枚。これもおふねひきと縁起と思われる。

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1話のカット。言及はされていないが、映ってはいた。

 そこにやってくる灯とうろこ様。「今日集まってもろうたのはほかでもない。この先訪れる、禍つ事についての話じゃ」ここでオープニングです。

 朝の学校。木工室でどうおじょしさまを直すか思案する光。まなか、ちさき、要もそこへ。海村では大人たちが会合を開くので追い出された様子。

 大人たちではなく、自分たちでおふねひきをやろうと考える光たち。紡の家に持ち込み、作業をはじめます。まなかと光を見ているちさき。

 サヤマートで買い出しをしているまなか。あかりは父を心配していないかとまなかに訊ねます。「ひーくんはちゃんと、お父さんのこと、お父さんのこと、心配してて」「そっか。お互い思い合ってるのに、上手くいかないな」

 紡の家に戻ってきたまなか。おじいさんと話します。紡について。9つのときにこの家にひとりで来たそうです。両親は町に。それを聞いたまなかは、

「ちっちゃいころから、紡くんは紡くんなんだ」

「ん?」

「えっと、紡くんは自分のこととか、周りにあるいろんなこと、見つけるのが上手だって思って。きっとちっちゃいときにも海の好きを見つけて、だからここに来ることを選んだのかなって。自分の大切。大切なものをわかってるから!」

 前回に引き続き、自分の思っていることを自然と言葉にできるようになっています。いっぽうで複雑な事情がありそうな紡の家庭。しかしまなかの純真さゆえか、そういったところには向かわないようです。先に尊敬の念が出ています。

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幼い紡の写真。肩に手をやっているのは両親か。

 胞衣が乾いてしまうちさき。戻ってきた要に声をかけるさゆですが、注目してもらえません。こうして見ると、さゆ→要の感情は割とはっきりと描かれていますが、美海→光はそこまで明確ではない感じがします。

 海。胞衣を濡らすちさきとそれに付き添う紡。「まだ、ウミウシ必要か?」と問いかけます。しかし「ううん」と答えるちさき。

「必要ない。わたしにはもう、必要ないの」

「それって光を諦めるってこと? なんで?」

「なんでって、変わっていかなくちゃ、だから」

「あんたの変わるって、そういうこと?」

「だって、大人になるってそうでしょ? 自分の気持ちばっかじゃいけなくて、ちゃんと前に進まなきゃ駄目で……」

「それでなしにすんだ、自分の。」

「え?」

「いまの自分が許せないからか」

  8話で光に伝えた「光の気持ちはなしにしなくていいと思う」が自分に返ってきています。顔を歪ませるちさき。「紡くんにはなにも、なにもわからない」対して紡は「俺はいまのあんた、嫌いじゃない」。その言葉でちさきの表情に怒りが。

 そこにやってくる要。「気分がよくないから、帰る」とちさき。海へ潜るふたり。「あの人大嫌い」「あいつはちさきに、そんな顔させるんだね」海村に戻ろうとすると雰囲気が違うことに気づきます。

 戻ってきた光。においに気づき、台所にいるまなかのところへ。ほっぺに人差し指。「ひざかっくんのおかえしだよ」微笑ましいですね。

「ひーくん。わたしね、ひーくんがいてくれたから、いまのわたしがいるよ。いつも、いつもありがとう」

「なに真面目くさっ……あ」

「だれかが傍にいてくれると心強いの、ひーくんがいっぱい教えてくれた」

「友達……だかんな」

「だから、だからね。もし家に帰りづらかったら、わたしも一緒についていくよ」

(…)

「お互い思い合えてるの伝えられたら、もっと強くなれる。もっと嬉しくなれるよ」

  手を握られ、頬を赤くする光。思い合うの意味がまなかと光とでずれているような雰囲気がありますね。案の定、光は外へ出て自己嫌悪に。

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手を握られたときの光。ヒロインに負けない表情。

 海村に戻るまなか。両親が待っています。「まなか、もう地上に行っては駄目だ」

 翌日。まなかへの思いに煩悶する光。遅刻してくると、まなか、ちさき、要は登校していません。おふねひきの妨害と思った光は汐鹿生へ。こちらでもぬくみ雪が降っています。だれも見つからず村をさまよう光。

 青年会のおじさん。「さあ、早いとこ、うろこ様に会いに行くぞ」と連れていこうとします。しかしそこにまなかが。ふたりで中学校に行きます。

 説明をするまなか。しかし状況はよくわかりません。「だったらお前なんで、ひとりで外に出て」「だって、だってひーくんに言わなくちゃって……!」それを見つめる光。

(お互いが思い合ってても、まなかのそれと、俺のとは違っていて。けど、やっぱり俺は……俺はまなかのこと……!)

 腕や膝、唇、潤んだ瞳を映すそれぞれのカットがなまめかしいですね。ラブコメっぽい*1

 意を決して抱きしめる光。数秒後、はっとして引きはがすまなか。「嫌っ!」と突き飛ばします。駆けだす光。さもなくば海はいたたまれなさでいっぱいに。

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抱きしめる直前の光。彼も限界だったことが察せられる。合掌。

 校舎を出るとおじさんと灯が。「もういいだろう光。家に戻ってこい」「地上に、なにが起こるってんだよ……!」

 というわけで名残惜しいですがここでエンディングです。今回は光の感情が決壊しました。このアニメ数話に一回は誰かの感情が決壊しますね。これまで大人になろうと、気持ちをなしにしようとしたものの、できなかったのが光というわけです。

 とはいえ今回の話がよい一層エグく思われるのは、こうして光が限界になった遠因として紡がいるからでしょう。彼がまなかにちゃんと言葉にすることを教え(6話)、そうして好意(恋愛感情ではない)を光に伝えたことでいろいろと駄目になってしまったというのが今回の構図です。台所のシーンも、学校のシーンも彼女の行動の根本には紡がいたということになります。やっぱり人の心がない。

 そしてついにはじまってしまった感情のビリヤードも見物です。まなかも光を意識せざるを得ませんし、ちさきもちさきで、まなかや光だけでなく紡からもダメージを受けるようになりました。おかしくなりつつある世界のなかで、どう彼/彼女らの関係は変わっていくのか。見届けていきましょう。

 

 

続く。

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*1:ブコメか?

凪のあすからを誤読する6(7~8話)

 というわけで続きです。

 

第7話 おふねひきゆれて

 おじょしさまが完成しました。オープニングです。

 アイスをおごりたがる先生。「つーか先生、今日はアイスさみーよ、プールも中止になったんだぜ」前回に続いて寒さに関する発言が出ています。

「おふねひきしたい」という言葉がハモるまなかと紡。(思った以上に痛えや……)と深刻な光。特に気にしていない紡は「海も地上も総出でやってたころみたいなの、やれませんか」と本来のおふねひきをやりたいようです。しかし難しいのではないかと考える先生の発言で表情を曇らせるまなか。それに気づいた光は「やろう」。紡を鴛大師のまとめ役に、光が汐鹿生まとめ役に。うれしそうにまなかは「すごいね」。答える光。

「絶対叶えてやるよ、おふねひき」

「うん」

(……お前と紡と願いを)

  サヤマートの前で署名運動。「なんかすごいね、光」「あいつ、なんであんなに」「もやもや晴らしの全力疾走ってとこじゃない」その言葉だけで表情が沈むのが比良平ちさきです。ちさきですね。あかりと至も協力してくれています。「なんか、地上に海のきみたちが手に手を取って……ってなんだか他人事に思えなくて」と至。鏡映しのように、ふたりの関係に光は紡とまなかを見ています。

 しかし光の父、灯は「駄目だ」。集めた署名を見せた説得にも通じません。しまいには「俺に頼るのか?」「じゃあ協力なんか要らねえ!」。今回のつらいポイント、理解のない親描写です。

 翌日。陸側である漁協のほうは話を受け入れてもらえたようです。光も父親の説得には失敗しましたが、青年会には話が通りました。「見てろ、やりとげてやる」とつぶやく光。静かに目をそらすちさき。ちさきですよ。

 頑張っている光を見て違和感を持つまなか。「きっと変わろうとしてるんじゃないかな」とちさき。それを聞いて必死になるまなか。「変わるんだって決めて、ひたすら頑張ってる人を止めることなんか、きっと海神様だってできないよ」

 鴛大師の漁協。話し合いの場。光の父もやってきます。友好的な雰囲気。「よし、じゃはじめてくれ」「え、もうはじまってますが」「違う、あんたらの謝罪を聞くって言っているんだよ」その言葉から因縁のつけ合いがはじまります。

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「なんか雲行き怪しいんじゃねえか」の台詞に合わせて雲行きが怪しくなる。

 仲裁しようとする光。しかし「ガキは黙ってろ」。ほんとうにこういう大人は見たくないですね。画面も暗い。あかりと至もやってきますが事態は収拾しません。腕で払われる光。おじょしさまが倒れ、首が折れてしまいます。「気が済んだか」よくこんな台詞が出てきますね。

 喫茶トライアングル。灯とあかり。「海の人間と地上の人間は、どうしたって相容れねえんだ」といわれ、気づくあかり。

「ずっと、なんか違うって思ってたのよ。それがいま、はっきりわかった。あたしはね、あたしと至さんの話をしてるの。なのに、父さんはいつも、海と地上の話にすり替えてるんだ。昔、母さんに聞いたことがあるんだ。どうして父さんと結婚したのか。母さん言ってた。理由なんて簡単で、ただふつうに父さんのこと好きだから結婚したんだって。それ聞いて、あたしうれしかった。だから思わず聞いちゃったんだ。もし、父さんが陸の人だったら、って。そしたら母さん、笑ってたよ。それでも、きっと父さんと一緒になってたわよって」

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滔々と語るあかり。窓を伝う雨によって変化する光が壁面に差し込むのがよい。

「あたし、美海ちゃんの母親になります」と宣言。

 シーンは変わって、荷物をまとめているあかり。「出ていくのか?」と光。「うん、ごめんね光」「謝んなくていい、俺も出ていくから」

 揺らぎが大きくなる御霊火。「お世話になりました」とうろこ様に告げるあかり。海村を出ていこうとするふたりですが、うろこ様が邪魔をします。「やれるだけのことはせんとな」「守らねばならんのよ。あの方の裔(すえ)を」うろこ様にも役割や目的があるようです。あの方、というと最初に生贄になった女の人でしょうか(海神様ならそのまま海神様と呼ぶでしょうし)。とはいえ明確ではないですね。

 鏡に映ったふたりを見て、耐えられなくなった灯がそれを止めるよう頭を下げます。「後生です。どうか」。妨害は止みますが「本当にいいのか?」

 というわけで複雑な表情の灯でエンディングです。彼にも色々と思うところがあるのですが、それはまだわかりません。うろこ様の言葉もなにを意図したものかはわかりません。今回は話が進むというよりは頓挫し、逃避していくところが多かったようです。種は蒔いているようですが、見ているぶんにはストレスが多いところです。

 とはいえ、光が他者の恋愛を積極的に取り持とうとしているのは大きな変化ともいえます。果たして光は恋のキューピッドになれるのか? ちさきは? ちさきは大丈夫なのか?(大丈夫ではない)閉塞的な話題に終始した今回ですが、次回は解放的になります。ほんとうに?(ほんとうに)

 

 

第8話 たゆたう想いのさき

 前回のあと、地上に出てきたあかりと光。至と美海が迎えにきてオープニング。

 至の家で夕食を摂る4人。光が使おうとした湯呑みはみをりのものだったようです。寝室で横になっている光と美海。台所で話すあかりと至。「あたしね、海に戻れなくてもいいの」というあかりに対し、「ちゃんと、結婚しよう」と答える至。3話で答えられなかったのがようやくここにきて言葉になりました。それを聞いている光と美海。

 深夜。胞衣を塩水で濡らす光。「ママも、よくそうしてた」と美海。それから美海はあかりの結婚が反対されていたことに触れ、自分も上手く接することができなかったのを後悔します。アバンで迎えにきたとき、父の背に隠れようとしてしまったのはまだ向き合い切れていなかったということですね。それからプレゼントをしようと考えます。

 翌朝。なぜか外に出ていた美海。まなか、ちさき、要と合流すると女子ふたりはおめかししているようです。「町って聞いたから……やっぱり……」「へ、変かな……」照れる光。数年ぶりのラブコメ描写に涙が止まらない*1。あったけぇな……。切符の値段がわからない光。あるあるですね。

 電車に乗る6人。なにげない会話シーンですが、視線が語るものが多いですね。紡にうれしそうに反応するまなか。それを見て「頼りにしてっから」と光。そこから目をそらすちさき。無干渉の要。いまいちわかっていないのは美海です。

 都市部へ。町の意匠が青いですね。ブルーを基調としたデザインは汐鹿生と鴛大師特有のものではなかったようです。この世界そのものの傾向なのかもしれませんね。胞衣を持つ人間のための水場などもあるそうです。ちょっとだけしゅんとした表情の美海。

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駅前の風景。水族館(イメージ上の)っぽさがある。走っている車はすべて三輪。

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都市部のほうが少数者への配慮が行き届いている。

 アクセサリーを探す美海たち。エクスペンシブ。エレベーターでは人数が多く、光とちさきで別行動に。あかりの話からまなかの恋愛の話へ。「いつか、いつかまなかも」とこぼしたちさきに対し、「地上に行っちまうかもな」光。

「まだわかんないけど、もしそうなったらおれ、あいつを応援してやる」

「え? それってどうして? 光はいつだって、まなかを守ろうってあんなに頑張って」

「お、お前なに言ってんだよ」

「光、ずっと好きでしょ。まなかのこと」

  爆弾が投下されましたね。ようやくラブコメっぽくなってきました。

 先に店を物色している美海たち。しかしお目当てのものは見つかりません。紡を見ているまなか。「あいつのこと、まなかはどう思ってるの?」と要。

「紡くんはね、わたしに気づけないものが見えてるの。それがたくさんすごいなって、そう思う。うん、そう思ってる」

「そっか。まなか、はっきり言えるようになったね」

  まなかの変化を要も言葉にしています。やはり紡との対話(6話)が契機になっていいるようです。

 いっぽう、エレベーターで気まずい光とちさき。「あー、だっせ」と光。「でも俺、応援してやるって、諦めるって決めたから」

「でもいろんなまなか見てきて。あかりのこともあってさ。だったら俺はまなかのこと、笑顔にしてやりてえって、そう思った」

「でも、だからって、光の気持ちはなしにしなくてもいいと思う。光は、ずっと変わらないでいいじゃない。光が決めたことなら、わたしは応援したい。だけど、光はそのままでいいって思う」

  こちらも6話からの積み重ねが生んでいる言葉ですね。変化する光。変わってほしくないちさき。「お前ってほんといいやつだな。ありがとな」と光。わかっていません。「違うよ」けれどもそこでつよがってみせるちさき。本心は語りません。

 やはり貝殻のペンダントがほしい美海。小遣い前借り12か月ぶん。さすがに至も困惑します。「大好きな海の、貝殻のがいい」とこぼします。4話の「海が大好き」とつながっている台詞です。

 町の雑貨店を探し回る美海たち。次の店に向かうところで光が倒れます。すぐさまペットボトルの水をかける美海。朝出ていたのは海の水を取ってくるためだったようです。「塩水あります」の看板のとき、ちょっと残念そうな顔をしたのもそういう理由からだったことがわかります。プレゼント探しを再開する6人。

 しかし見つからず、帰りの電車。昔、魚の鱗をおじいさんにプレゼントしたことを紡が話します。

 夜。帰りの遅い美海を心配するあかりと至。汚れた6人。手作りのペンダント。

「美海の好きをね、あかちゃんにあげたくて」と美海。5話のときもそうでしたが、自分の好きを相手に伝えることが彼女のほんとうにしたいこと、素の部分なのでしょう。また美海の言葉は6話での紡の台詞とも重なっています。おじいさんにプレゼントをした理由としても読めますね*2。そして、好きという感情とどう向き合っていくか、とは『凪のあすから』のテーマでもあります。

 騒ぐ6人を見て、「わたし、ちゃんとしたい。一緒にいるだけじゃない。ちゃんと」

とあかり。今回の話の序盤で触れられた「ちゃんと、結婚しよう」にかかっています。こちらも好きという感情に対してどう向き合うかの回答のひとつです。反対に回答の出せていないちさきは、それを聞いて表情が曇ります。ほんとうに曇るのが似合う子ですね。現状維持とは好きという感情に向き合わないことでもあります。

 そして雪が降り出してエンディングです。ぬくみ雪。雪が降ってうれしい*3。夏に雪が降るアニメは傑作*4。端的にいって異常と思える状況なのですが、美海がはしゃいでること、幻想的な雰囲気になっていることであまりそれを感じさせないのがいいですね。

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重要なモチーフであるぬくみ雪。EDでもまなかの身体に積もっている。

  さて、今回はそれぞれのキャラクターが好きとどう向き合っていくかを描いた話でした。光は変わるし、まなかも変わりつつある。 まただれかに特別な好意を向けていないかのように見える紡もおじいちゃんにプレゼントしたことが語られました。こうしてだれもが好きに絡んでいくのが『凪のあすから』です。

 これから物語はどんどん彼/彼女らを取り巻く世界≒セカイ*5に向かって動き出します。何が起こっていくのかを見届けていきましょう。

 

 

続く。

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*1:やっぱりこのアニメラブコメだったんだよ父さん!

*2:「自分のいいって思うもの、自分がいいって思うやつらと一緒に見たいって」

*3:ここではトーチweb 雪が降って嬉しいのことを指している。

*4:ここでは『グラスリップ』のことを指している。

*5:ゼロ年代に人生を支配された人間の綴り

凪のあすからを誤読する5(6話)

 前回感動のフィナーレを迎えたような気がしましたが、物語は続きます。今回は輪をかけてつらいエピソードが盛りだくさんです。めげずにやっていきましょう。最後には感動が待っています。

 

 

第6話 巴日のむこう

 縫い物をしているまなか。水着です。海村の人間は服を着たまま泳ぎますが陸の学校ではそうもいかないということでしょう。ぼやく光に「ほんと変わらない」とちさき。どこか浮かない表情のちさきを見つめるまなか。前話で色々解決したような気がしましたが、ちさきの感情は解決していません。ふたりの関係が今回の軸です。

 そして水温を測る先生でオープング。プール回だ!

 教室で着替えはじめる男子。見ているまなかとちさきに「女子は更衣室」とクラスメイト。女子更衣室ではラップタオルを持たないふたり。何気なくほかのクラスメイトとも会話ができるようになっています。光の謝罪の成果でしょうか。

 プールサイド。「先生のストライクゾーンはド高め」「だって、こんなに寒いのに」蝉がわんわん鳴いている夏のはずですが寒い。もしかするとアバンの水温は低かったのかもしれませんね。とりあえずこの引っ掛かりは大事にしておきましょう。

「一緒に泳ごうぜ」とクロール勝負を紡に持ちかける光。要も入れて3人で。それを聞き、誰を応援するか話す女子たち。ちさきに視線を向けながら「ひーくん、だよね?」とまなか。悪意がないぶん余計に質が悪いですね。視線をそらして「そうだね」。

 しかし実際に勝負してみると先を行くのは紡。海の人間は水中で暮らしていても、水面での泳ぎには慣れていないことがまなかによって解説されます。ちょっとスポーツ漫画っぽい理論ですね。とはいえ負けてる理由として使われるあたりがぼくたちの光くんです。やっぱりこうでなくちゃいけませんね。そして光の視界にまなかが入り、回想。次の瞬間には大きな音と水。

 脚を抱える光。「ひーくん!」とまなかが飛び出します。プールサイドに上がると、爪が剥がれてしまったことがわかります。保健室に連れていくよういわれ、「ち、比良平さんも一緒でいいですか」とまなか。気を遣っています。しかし「先生、わたし、次泳ぎます」とちさき。

 保険室。好きな女の子にいいところ見せようとして/好敵手と思ってる相手に勝とうとして、大負けした挙句その好きな子に手当をしてもらっている状況。いたたまれないにもほどがあります。久々のつらいポイント。脚本には人の心がない。いらつく光。「ひーくん、怒ってる?」「別に怒ってねえし、くっせえ! 塩素くっせえ!」やめてさしあげろ。しかしやめない。それどころかさらなる追撃。

「マジで」

「え?」

「速すぎだろ、あいつ」

「だって、クロールとかあんまりやんないもん! 仕方ないよ! 海の中だと絶対、ひーくんのほうが速いよ!」

  今度は好きな女の子が敗北した言い訳を用意してくれました。つらいポイント再び。ほんとうに人の心がない。タオルが落ちます。「お前に褒められると、すげえ」「で、でもみんな知ってるから。ひーくんのすごいとこ。ちーちゃんも!」とまなかはちさきのためのフォローも入れます。悪意はないんですよね、悪意は。「もう帰れよ、自分でやるから」。廊下に出ていくまなか。「だっせえ」とつぶやく光でAパート終了です。

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敗北したプロボクサーもここまでみじめにはならんでしょ。

 冗談はさておき、この保健室のシーン、光は海の人間ですからタオルをそこまで被る必要はないわけで(胞衣が水を吸ってすぐに乾くはずです)、だとするならここで光は自分の情けない表情を隠したかったと解釈できます。しかしそれもまなかの手によって(悪意なく)払われてしまう。見られてしまう。ほんとうのほんとうに人の心がない。

 Bパート。教室に戻ってきたまなか。ちさきに話しかけるも無視されます。

 焼却炉。美海とさゆ。おじょしさまづくりに加わります。光が木工室に行くとクラスメイトたちも。ちさきにパスをつなごうとするまなかですが、露骨に避けられます。学校を出ようとするちさきを追うまなか。下駄箱で追いつきますが、ちさきは怒ります。

「なんでそういうことするの?」

「で、でも、いまのままだとちーちゃんよくないっていうか……」

「いいとか悪いとか、なんでまなかが決めるの!?」

 「ごめん、行くね」とまなか。光が怪我をしたときの回想。彼女はあのとき咄嗟に光のもとに向かうことはできませんでした。(なんで……)とモノローグ。だから比良平ちさきは向井戸まなかになれないんだよ。(もうやだ……!)

  そのまま木工室には戻らないまなか。紡に声をかけられ、泣き出してしまいます。荷台に乗せ、「巴日」について紡は訊ねます。回想。幼いころ、まなかだけが巴日を見れず、ちさきが怒ったことについて。ふさぎ込みそうになるまなかに紡はいいます。

「最後まで喋るようにしたら?」

(…)

「曖昧にごまかすのやめて、今日、光助けに行ったみたいに、ポーンと喋ればいいのに」

「あれは、あれはなんか、自然と」

「そうか。あれがほんとの向井戸なんだ」

「え?」

「かっこよかったよ、あのときの向井戸」

  そして去っていきます。その姿を目撃する光と要。構図の反復。それ以上の説明はしないのがいさぎよいですね。視聴者の印象に残るカットだったとわかっているのでしょう。それはそれとして、どうしてこんなにも人の心がないのか。

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今回の6話のカット。

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2話のあかりと至のカット。

 海中へ。海流が変わり、巴日が出現します。まなかはちさきを連れ出して学校へ。それを見て追っていく光と要。幼いころのことをまなかは「最後まで言うね」と謝ります。紡の言葉をきちんと受け止めたわけですね。「それでわざわざ呼びに?」「約束したもん。次は絶対見ようって!」情報の出し方が上手い。ひとつ上に積んでくるスタイル。対してちさきはつぶやきます。

「おじょしさまが、完成しなければいいのにな」

「ど、どうして?」

「そしたら、ずっと夏でしょう? ずっとみんなとおじょしさまつくっていられる。ずっと一緒にいて、ずっと遊んだり、学校行ったり、話したりしてられる」

「でも」

「あたしね、変わらなければいいと思ってたし、変わりたくないよ」

 未来のことを考えられる(約束の履行ができる)まなか。反対に現状維持を願っているちさき。飛び出すことができるまなか。飛び出すことができないちさき。「同じものを見て、同じように笑って、同じように、ずっと友達で……」

 というわけで消えていく巴日とともにエンディングです。いつだってわたしたちは永遠の夏を願っていますが、それは叶うことがない。いっときの夢でしかない。それを理解しながら、言葉と映像の二重で語るというのが6話の演出の絶頂です。

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永遠という願いを一時的な(大気?)光学現象に託してしまう最高のカット。

 『凪のあすから』がノベルゲーだったら自分は間違いなくこの6話までを体験版にするでしょうね。誓ってもいい。いや、『凪のあすから』は全26話のTVアニメであってノベルゲーではないんですけれど……。でももしこれがノベルゲーの体験版だったら確実に本編プレイしたくなりませんか(錯乱)。

 次話はいよいよおふねひきに向かって動き出します。もちろんつらいポイントもあるのでお見逃しなく。ほら、だんだんこれがクセになってきたはず……。

 

 

続く。

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