今週末の文学フリマ東京37その他のお知らせ。

 タイトルの通りです。文フリ東京合わせでいくつか寄稿しているものがありますのでご紹介です(そこにわたしはいません)。

bunfree.net

 

『鳩のおとむらい 鳩ほがらかアンソロジー

細かい情報はこちら。表紙が素敵。

 わたしは「ジョナサン」という小学生が鳩の剥製を盗み出すミステリ?ショートショートを書いております。タイトルは『かもめの~』から取りました、とくに意味はないです。通販もありますので、上記のツイッターのツリーを見ていただくと幸いです。

 

 

『カモガワGブックスVol.4 特集:世界文学/奇想短編』

https://x.com/hanfpen/status/1717873887176953957?s=20

表紙かっこよ……。

 こちらの池澤夏樹編『世界文学全集』全レビューにみっつほど。ナタリア・ギンズブルグ、エルサ・モランテ、メアリー・マッカッシーを担当しています。ぜんぶ須賀敦子つながりですね。この機会に読めてよかったです。

note.com また同誌には、鯨井久志さん主宰の「カモガワ奇想短編グランプリ」で優秀賞をいただいた関係で、そちらも掲載されております。タイトルは「下鴨納涼アンソロジーバトルコンテスト」です。下鴨納涼古本市でアンソロジーを編む大会の歴史が語られる小説です。なにとぞよしなに。詳しくは上記リンクをご確認ください。

 こちらもいくつかの書店さんなどで委託等ありますので、会場に行けない方はよろしければ適宜いい感じのルートでご入手くださいませ。

 

 

その他:かぐやフェス2023

https://kaguya-festival-2023.peatix.com/

 あと改めて告知が出ると思いますが、11/18(土)に京都でひらかれるバゴプラ主催イベント「かぐやフェス」にストレンジ・フィクションズも出ます。秋の大阪文学フリマの新刊(百合小説アーカイヴ/声百合アンソロジー)の残部を持って行くので、未入手の方はこの機会にぜひ。

strange-fictions.booth.pm

strange-fictions.booth.pm

 

 

https://x.com/hitohitsuji/status/1721409209735278774?s=20https://x.com/hitohitsuji/status/1721409209735278774?s=20

https://x.com/hitohitsuji/status/1721409209735278774?s=20

SF&ミステリ系サークルでの上映会リスト20作を考える

 タイトルの通りです。

上映会の図(とめきち『すわっぷ⇔すわっぷ』より。)

 先日、京大SF研さん主催?で同年代の大学SF研究会サークル複数がスペースで話しているのを聞きました。

 実情としては、作品の数が多かったり、入手難易度が高かったりするために、古典に親しむのがむずかしいという話。いっぽう、アニメなど映像作品は共通言語になりやすいそうで、そういえば学生時代なにを上映したりしていたかな、と思い出すために書くことにしました。最近ちゃんと文章を書けなくなっていたので、リハビリ含め書きました。順不同。あ、ちなみにわたしは元ミステリ研究会の人です。

 また、テーマは絞ったほうがいいかな、と思い、SFとミステリ要素をなんとなくおいしくいただけるものにしています。傑作かどうかはみなさんの目で確かめてください。タイトルは出しますが、プライムビデオ等の配信に対応しているかはちょっとわかりません。DVDがあれば、プロジェクター、スクリーンを貸し出してくれる大学もあるそうですので、会議室をおさえてやるのがオススメです。U-NEXTなどで家族契約をしてみんなで見るのもいいんじゃないでしょうか。

 名作であることがわかりきってる『セブン』とか『ブレードランナー』とか『インターステラー』、『インセプション』、『メッセージ』、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『ゼーガペイン』その他富野監督アニメはなんか各自、時機がきたらみればええとおもいます。いつみてもええんや。

 

 

レポゼッション・メン

 陽気な音楽を流しつつ、人工臓器回収作業をしているやべーやつが主人公のSFです。ちょっとしたミステリ要素あり。ディックなどの映像化に比べると予算的な迫力は劣りますが、ブラックユーモアに近い手触りはおすすめ。わたしは先輩らとゲラゲラ笑いながら見ました。原作のエリック・ガルシアは『さらば愛しき鉤爪』など、恐竜ハードボイルドなどが翻訳されている作家です。

 

イヴの時間 オリジナル版』

 配信にあるかわかりませんが、劇場版に比べ、尺の問題がないためミステリ要素がしっかりあるのがオリジナル版。ロボット三原則ものです。とりあえず1話を動画で試しに見て、ぐっと来たなら最後までたのしめるはずです。

 皆さん向けに翻訳すると、ハウスロイドのお姉さんに恋愛感情を抱きつつある少年の青春SFラブコメです。SF的には、「家電としての」ロボットという定義のスマートさであったり、(人間の領域であった)芸術分野に進出する技術が発展しつつある時代の話でもあるため、近年の生成AIとも近い意識で見れるかもしれません。同監督のオススメ短編は「アルモニ」。陰キャ男子がクラスのカースト上位女の子と仲良くなるが、そこにはちょっとしたミステリが……という佳品です。30分くらいですぐ見れるのも◎。

 

『アイ、ロボット』

 アシモフ読むのがめんどい人はまずこれを見るのがいいかもしれません。タイトルは『われはロボット』の訳題ですが、短編集のネタと長編『鋼鉄都市』のネタを織り交ぜつつ、オリジナル脚本にしたものです。

 映像的にはアクション要素がつよめでありながら、犯行可能なのはだれだったのか?というフーダニット的な限定要素も入れているので、じつはけっこう贅沢な作品なのでした。あとサニーかわいいよ。リチャード・マシスン『地球最後の男』が原作の『アイ・アム・レジェンド』はうーん……という出来です。そちらは終末SFが好きなら見てもいいかも。とりあえず『アイ、ロボット』がよければ『われはロボット』に手を伸ばしてもいいんじゃないでしょうか。

 

プレステージ

 原作はクリストファー・プリースト『奇術師』。ミステリファンには同作者『魔法』の解説を法月綸太郎が書いていましたよ、ということで興味を持てるかもしれません。ミステリですよ。SFファンのほうは『逆転世界』や未来の文学の『限りなき夏』の作者というとピンと来るかもしれません。そして本作のテーマはというと、いわゆる「脱出奇術」。原作はけっこう分厚く、読み通すのが難しいのですが、映画版はスマートな仕上がりにしています。あと、ニコラ・テスラのヴィジュアルが怪しすぎるのよい。小川哲「魔術師」と読み比べるのもオツなものです。

 

UN-GO

坂口安吾安吾捕物帖』の舞台を未来の「戦後日本」に翻案したミステリ連作シリーズ。〈敗戦探偵〉結城新十郎は助手である因果の特殊能力により「一度だけ必ず質問に答えさせる」ことができます。これによって犯人を指摘しつつ、戦後という特殊な世界におけるホワイダニットもまかなうことができるという強力なフォーマットを持っています。加えて探偵は決め台詞に「堕落論」などを引用するので、とにかくかっこいい。原作でいかがわしい大人として出てきた勝海舟(枠)がインターネットなどのインフラを統べる富豪として登場するのも皮肉が効いててグッドです。

 

『シャインポスト』

 古い作品ばっかりならべてもよくないので。『ウマ娘』アニメの及川啓監督とラノベ作家の駱駝先生タッグによるハイテンションシュールギャグアイドルアニメです。スペちゃんやゴルシ等の変顔や謎の天丼ギャグが好きならだいたい6割くらいがそれで構成されているのでおすすめです。

 え、なんで、これミステリなんですか?と思うかもしれませんが、これは特殊設定ミステリです。というのも、主人公であるマネージャーは他人の嘘を見抜くことができる能力を持っているためです。そうしてアイドルたちの問題を解決していくのですが、そこにはまだ大きな”見えない嘘”があり……という中盤のどんでん返しが素晴らしい。

 

 

サマータイムレンダ』

 ループ系ホラーSFです。後半はかなり少年バトル漫画の比重が大きくなるのですが、名作ホラーゲーム『SIREN』『SIREN2』の実質的なミックス翻案をおこなっている作品で、特に序盤では、主人公が死んで得た情報をもとにどうやってループ後の初対面になってしまう人間を納得させるのか、といったことへの解決(やりなおしスキップ)などがじつによくできています。

 後半は敵陣営もループするこりになることで情報戦の度合いが増していき、特殊設定バトルものとしての解決をうまくさぐっていく良さや、だれが敵なのか? といったサスペンスなどもうまく、近年のループSFとして過小評価されている作品でもあります。2クールと長いのですが、それに見合った出来ですのでよければ。

 

ゴジラSP』

 ネトフリしか配信がないと思いますが、ぜったいみんなでワイワイみたほうが楽しいやつです。特にゴジラが時間SF的な存在としてあるがゆえにうまれる光線のメカニズムはかっこよすぎる……。見たあとは作中早回しでスキップされるラインの会話画面を一時停止してもっとワイワイしましょう。

 

『スプリット』

スプリット (字幕版)

スプリット (字幕版)

  • ジェームズ・マカヴォイ
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 三部作の二部作目ですが、ここから見ても面白いです(じっさいほぼ単独で見れます)。サイコな誘拐犯もの(かつパラノーマルな要素あり)なのですが、多重人格としての演技がすごすぎる……。そしてまだヒットするぎりぎり前のアニャ・テイラー=ジョイがでてきます。陰キャ主人公映画としてはかなりよい出来ではないでしょうか。興味を持ったら三部作に行けばおっけーです。

 

『遊びの時間は終らない』

 SFではありませんが、日本作のブラックな”シチュエーションコメディ”映画の傑作です。北村薫がこれに惚れ込んでいたのを理由にわたしは見ましたが、現代でもまったく面白くみれます。ぜひ前情報なしで見ていってください。クール。原作小説も読みますが、映像版は肉付けがかなり素晴らしくなっているのでそちらから入るのがおすすめです。

 

人狼-JINROH-』

 あなたがもし今敏『パプリカ』『パーフェクトブルー』『千年女優』などの若干リアルよりの作画とリッチなストーリーテリングを楽しめるのであれば、こちらの作品も必ず楽しむことができます。活動家などがいる日本を舞台に秘密裡に構成された特殊部隊〈人狼〉――汝は人狼なりや?の意味ですね――が織りなす、ハードボイルドかつもの哀しいストーリーが繰り広げられます。赤ずきんや月など、物語を象徴するイメージなども素晴らしい。オールタイムベストアニメのひとつです。ネトフリ版は未見です。

 

イノセンス

 前作にあたるゴーストインザシェルを見てないと話がわかりづらいところはありますが、要するにアンドロイドが連続で暴走する事件を追う刑事ものミステリーです。序盤の寒い部屋の息の演出などはクール(義体にしているバトーは息が白くならず、生身のトグサは白い)ですし、中盤のクソデカオルゴールが出てくるあたりは初見だととても気持ち悪く感じられるのでおすすめです。わたしは大学の講義で先生に見させられました(オタク)。

 

花とアリス殺人事件』

百合。漫画版はほぼSFです(SFか?)

 

 

宇宙人ポール

 SFコンに向かう途中、オタクたちがグレイタイプの宇宙人に会うというメタなSFコメディです。敬虔で禁欲的なキリスト教徒を宇宙人の超絶パワーで改宗させるあたりはいろいろとひどすぎます。下ネタ満載なので注意しましょう。ミステリ要素はないです。

 

雲のむこう、約束の場所

 新海誠監督特集を映画館がやると、まっさきに外されてしまうことで有名(不遇)とされている、セカイ系かつ量子ジュブナイルSF長編(なぜか長編作品として言及されないことも多い)です。センチメンタルな景色、飛行機、廃駅、村上春樹の引用(『ノルウェイの森』)、世界のすべてを引き受けて眠るヒロイン(たぶん『アフターダーク』)などをやりつつ、ヒロインは大下さなえほしおさなえ)を読んでいる。ぼくらの青春がここにあります。あるんですよ(ろくろ)。世界の秘密は初恋の子にあるのだから、つまりはこれもミステリやね(柳田国男)。

 

『ボーダー 二つの世界』

 綾辻行人などが偏愛する映画『僕のエリ 200歳の少女』を生み出したリンドクヴィストが脚本・原作を書いた映画です。税関で検査をしている主人公の迷いを描く、北欧ダークファンタジー。なかなか怖い演出もありますが、結末はとてもせまるものがあります。むしろひとりで見るのがいいんじゃないか、とも思いますが、せっかくなので紹介しました。ストレンジな作品を求めている人にはおすすめです。翻訳もあります。

 

フリクリ

藤近小梅『隣のお姉さんが好き』より。

 実はミステリー的な要素があったりなかったりします。隣のお姉さんを信じろ。

 

アリスと蔵六

 とにかくアイデア満載のおもしろSF作品です。アニメ化されてないあたりはどんどんアニメではできないことに挑戦しているのでこれまたすごい。異能バトルをいかにロジカルかつコミカルに描くかが素晴らしいのと、ジュブナイルとしてのうつくしさがある。配信の場合は期間が切れたり復活したりする作品ですので注意。

 今井哲也先生のデビュー作、「トラベラー」もかなりよい青春時間SFなので是非。

comic-days.com

 

『ケムリクサ』

けものフレンズ』一期のたつき監督らしい終末世界探求型アクションストーリーを呑み込みやすくつくっており、そのうえで世界の成り立ちが語られていくくだりなどはワクワクできます。ガジェットやエフェクトは最小限ですが、ちゃんと伝わりますし、キャラクターのデザインのシンプルさにもロジックがとおるあたりもクレバー。佳品です。ラブコメ要素もあります。

 

凪のあすから

『アリスとテレスのまぼろし工場』に感動できたひとはこちらを見るのをおすすめします。セカイ系SFであり、気候変動SFであり、痛々しい青春ものであり、2クールでしかできない素晴らしい仕掛けがあります。岡田麿里脚本の最高傑作だと思います。

 

 

   *   *   *   *

 

 

 しかし、そんなことよりわたしはみなさんに百合アニメを見てほしいので、以下にあんまり見られていない百合アニメ10選を貼ります。よろしくお願いします。

 

 

あさがおと加瀬さん。

 コンクリートに靴音が反響する夕暮れを完璧に描いたアニメのひとつです。

 

『グランベルム』

 トミノスクールのガンダム的な世界を百合として再解釈した隠れた傑作です。歪んだ人間しか出てこないのも◎。

 

『転生王女と天才令嬢の魔法革命』

 異世界転生百合で少年漫画をやりつつ、(転生を経てもなお)恵まれなかった人間達の話をやるという本気のファンタジーです。近年における百合アニメの意外な収穫です。

 

Lostorage incited WIXOSS

 シリーズの途中作品ですが、ウィクロスという狂ったデスゲームみたいなものがあるということさえあればOKです。悪堕ちヒロインと光のヒロインの百合です。

 

天体のメソッド

 シオドア・スタージョン「孤独の円盤」が好きな人は見たほうがいいです。一話まるまる使って友達と一緒にお墓参りをするという回がほんとうに素晴らしいと思います。

 

フリップフラッパーズ

 環世界SF(たぶん)。ユクスキュルや日高敏隆に捧げられた変身百合アニメです。セーラームーンや神話的な構造に裏打ちされつつドラッギーな映像体験など、これもまた優れたアニメーション作品のひとつですね(ろくろ)。

 

『ひとりぼっちの○○生活』

 ケンカップルが好きなあなたに。

 

『ぬるぺた』

ぬるぺた

ぬるぺた

  • 和氣 あず未
Amazon

 5分間アニメの異形。姉SFです。

 

『やくならマグカップも』

 地方行政発の部活アニメ。原作は10年がかりでストーリーをつくっており、すごいことだと思います。

 

ハイスクールフリート

 架空歴史SFとしては甘いところがあるかもしれませんが、1クラスぶんのキャラクターが大きなストーリーを気にしないレベルで各自その場のノリで動いているものと考えると、こんなすごいことをやっているアニメもないと思います。テレビシリーズ後のOVAがマジで全員てきとうなノリで素晴らしく面白いです。

 

 

 というわけで次は百合まんが100選ブログでお会いしましょう。おやすみなさい。

 

ぼくは幌田『またぞろ。』を読んで泣いた。

幌田『またぞろ。』とは?

留年生×3が送る人間へたくそ青春コメディ。

約1年間引きこもりだった殊は、春から2回目の高校一年生。
病弱で同じく留年生の詩季、奔放でこれまた留年生の巴、
マイペースで遅刻癖の留年予備軍・楓とともに送るスクールライフは、
普通とはちょっと違ってちょっとイイ。

 上記はアマゾンのあらすじ紹介の引用です。

 幌田『またぞろ。』(芳文社は今年3巻で完結した4コマ漫画です。ぼくはこれを泣きながら読みました。ほんとうに、すごく、心から、泣きました。

 なぜならば、ここにはぼくのようなひとたちがたくさんいて、ついぞその経験を分かち合うことのできなかった自分の戻らない青春を思い出したからです。ちなみにぼくは大学留年や無職を経験したことがあります。なんなら雇用保険の認定日をすっかり忘れて危うく一か月ぶんの文化的な生活を失いかけたこともあります。

 どういうことでしょうか。ここで大阪ハローワークのQ&Aを参照してみましょう。

jsite.mhlw.go.jp

Q3.認定日にハローワークに行かないとどうなりますか
 

A.認定日に来られないと基本手当は受けられません。理由によっては認定日を変更できる場合がありますが(「受給資格者のしおり」P18)、その事実がわかる証明書類が必要です。

詳しくは雇用保険課審査給付係へ事前にご連絡ください。

Q4.認定日を忘れていた(過ぎてしまった)


A.やむを得ない理由(「受給資格者のしおり」P18)以外の理由により認定日に来なかった場合、失業認定が受けられません(不認定となります。「受給資格者のしおり」P17参照)ので早急にご来所ください。(基本手当の支給時期が遅くなりますが、受給期間内(*)であれば給付日数が減ることはありません)
(*)受給期間とは、原則、離職日の翌日から1年間です。受給資格者証第1面の「18.受給期間満了年月日」をご覧ください。

 要するに決まった日に決まった場所に行かないだけでそれなりのお金が一か月間もらえなくなり、大変なことになります(ふつうの社会生活が営める人にはそれができますが、ぼくにはそれができませんでした)。

 そうです。ぼくは生活がへたくそな人間です。

 あなたは生活がへたくそですか? でしたらこの漫画はとてもおすすめです。

1巻表紙。なぜ主要キャラがピースをしているかというと留年(ダブ)っていることがテーマだからですね。いえーい。ぴすぴす。いえ~~い。

 ちなみによく比較されるのは同じく芳文社からアニメ化された篤見唯子スロウスタートですが、こちらの主人公はとある理由から一年おそく高校に通うことになりますが、劣等感や疎外感はあれど、彼女が問題の原因とは言いがたいところがあります。もちろんこちらも面白いアニメですのでおすすめです。

slow-start.com

留年は孤独とのたたかいである

 いま、これを読んでいるみなさんがどのくらい留年を経験しているかはわかりませんが、留年生というのはふつう少数です。

 よく「勉強ができるひとはできないひとの気持ちをわからない」といったクリシェがありますが、裏を返せば「留年ができないひとは留年をしてしまうひとの気持ちがわからない」ということでもあります。

 このように留年生はマイノリティにならざるをえないため、周囲の不理解や蔑みにさらされるだけでなく、できない自分をつい否定しがちなメンタリティで生きています。

 いつも孤独で、傷ついている人。それが留年生という存在です。

世界一繊細なんです。わかりますか。

 とはいえ、『またぞろ。』の特殊性は、その孤独な留年生3人(+α)がひとところに集まってスクールライフを過ごすというところにあります。彼女たちはおなじ苦しみを分かち合うことができる。どの人間も孤島ではない(※ジョン・ダンの詩)ように、どの留年生も孤独ではない(泣けるポイントその1)。

これを通した竹屋先生はマジでいい人です(新任なのにこんな重荷を……)。

しかし当然のように再スタート当日(入学式)でやらかす(泣ける2)。

 わかるなあ~~~~~(糸井重里)。

 こう、やっちゃうんですよね。自律する能力がない。目覚まし時計とかそういうシステムで回避できるとか、そういうことじゃないんですよね。

 また、ほかにもわかるポイントはあって、巴の同級生が留年を知ったときの反応などもおなじく起こることが多いやつです。こう、自分のことなんですが、どっか他人事に捉えてしまう感じもそうですし、それに対して周りがめちゃくちゃ親身になってくれてなんなら怒ってしまうあたりとかですね(泣ける3)。

留年は本人よりも周囲のほうが真面目に怒ったり落ち込んだりする。

 と、ここまで書いてきて、「わたし留年経験者じゃないし……」とかえって疎外感をおぼえてしまったそこのあなたにも朗報です。ちゃんとぴかぴかの(まだ)留年してないキャラクターも登場します。ナチュラルクズホスピタリティに満ちている漫画ですね。ありがとうございます。これで明日も生きていけます。

ぼくも高校のときクラスメイトが赤点をだいたい半分くらいテストで取って先生と面談シークエンスに入ったのを見たことがあります。

 

留年生の気持ちを理解してほしい

 何度もいうように、留年生は孤独な旅人(※エレファントカシマシの曲)です。世間の影からは逃げられないし、ちゃんとした人間にはなりたいんですよね。でも、ここまでくると頑張ってどうにかなるとかそういうこととはたぶん違うんじゃないかって思うんですよね(ろくろ)。

 だってほかの人みたいに頑張れてたら、こうはなってないわけじゃないですか。

わかるなあ~~~~~~~(糸井重里2)

 わかりますか??? だって留年ってみんな深刻に捉えるから、当人としてはもうなるべく笑ってもらえるようにヘラヘラするしかないんですよ(ろくろ2)。

 ちなみにこんな感じで、まあダメダメなんですけど、だめだめであることを認めつつてきとうに生活をするしかないじゃないですか~~という態度でいたら自分は家族に数時間ほど電話でガチ説教されて一週間くらい凹むなどしました。

 

 とはいえ、この漫画のいいところは、そういうヘラヘラ駄目人間を描きつつ、やっぱり他人の留年をいたわることのできる留年生がいるということです。それにつきます。

 

 ちなみにぼくは留年後、同期の友達が卒業して孤独な一年を過ごしたのですが、そのころ、自分が頭を打って気絶して倒れているあいだ、だれもこちらに見向きもせず、その横でその友達がみんなでそろってワイワイ人生ゲームを遊んでいる悪夢にうなされたことがあります。

 いまになってこそ笑い話として紹介できますが、当時、孤独なワンルームで目がさめたときはほんとうにつらかったです。いまでも単位が足りない夢は2、3ヵ月に1回ペースでみます。

 みんなも足元と取得単位数には気をつけてゆるやかなスクールライフをすごそう! そして『またぞろ。』を買って、泣いたり笑ったり、なるべくはまわりのひとを困らせたりしないようにしていきましょうね!!

 

志村貴子青い花』2巻より。留年生はいつもどこかさびしいのね。

 

 

留年しそうな/していた/している人におすすめのまんがたち。

 どんな島も孤島ではないように、ぼくたちもまた孤独ではない。

 

 

 

 ーーところでわたしってどうしたらいいですか?

 

 

関連記事

www.assdr.kyoto-u.ac.jp

朝、起きて、部屋を出るまでが最大の難関だという人がしばしばいます。一旦出かけてしまえば、大学に行くことはずっと容易になるのだけれども、部屋から出るのがおっくうで、部屋でダラダラしてしまうのです。心の中では大学に行かないとと考えながら、ダラダラ過ごします。そうすると嫌なイメージが湧いてきて、ますます出かけるのが嫌になってしまう。1時間、2時間と時間だけが過ぎていき、「明日から頑張ろう」という結果になるのです。

もし、あなたがこのようなパターンに陥っているのなら、とにかく、朝、出かける習慣をつけることが大切です。ちょっとした工夫でこのパターンから抜け出た人がいます。その人は、朝、起きたら、とにかく近所の自販機まで行って缶コーヒーを買って飲むことにしたのです。出かけるときには、大学に行くことは考えず、ただ缶コーヒーを飲みに行こうと考えます。そして、缶コーヒーを飲み終わると、その時、そこから大学に行くことはさほど苦痛ではなく、すっと行けるのです。

 

www.todaishimbun.org

留年して私は「何もしない時間」を手に入れました。

 

 

エンディング:空中ループ「風のファンファーレ」


www.youtube.com

 

『アリスとテレスのまぼろし工場』メモ

※本記事は映画『アリスとテレスのまぼろし工場』のネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください

 

 

 

 

本記事の態度

・『アリテレ』は岡田麿里的な作品の集大成だが傑作ではない

・『true tears』『凪のあすから』『あの花』『空の青さ~』『フラクタル』あたりのマッシュアップな感じはある

・ところどころ面白いところもある

・とはいえトンチキなところも多いが

・というか背景担当の東地和生がいなければ生まれなかった作品である

岡田麿里セカイ系ではなく「セカイ系の亜種」といったほうがいい

・それはそれとして作品の感覚に首肯はできない

・性表現に関しては岡田麿里だから~というのは思考停止ではないか

・性欲ではなくただの性癖になった感じがする

・小説版は未読です


www.youtube.com

 

 

タイトルについて

「アリスとテレス」というとRADWIMPSの「ソクティックラブ」(2009)の歌詞の一節を思い出すが、まあそこらから取ってきてもいいし、してなくてもいい。だいたい最近のバンドはみんなそのあたりの影響を受けてるのでふつうに使っている語句。めずらしい言葉ではないし、独創性もない。ふつうに言葉遊びの範疇。

 とはいえ「まぼろし工場」とつづくので、まあプラトンアリストテレスの対比をあらわしている絵画『アテナイの学堂』くらいはイメージしてもいい。要するに現実や本質の居場所をどこに置くか、くらいのところで、それ自体は作品テーマともつながっている。「アリスもテレスも出てこない」と文句はいわないでほしい。

アテナイの学堂』詳しくは歴史の教科書とか見といてください

 作中で「もっともっと!」天に手を伸ばした五実と正宗が、世界の秘密を知るあたりはこのあたりに対する倒錯的な演出なのかなと思いました。いやべつにいろんなフィクションでやってるやつなので、参照元かというとむずかしいですが。

 

世界設定について

 岡田麿里は『凪のあすから』でセカイ系的なだれかを犠牲にするシステム(トロッコ問題ではなくただの人身御供である)に人格神的な属性を与えていたという点でセカイ系に近いのであるものの、完全には一致しない。よって彼女はセカイ系の亜種を描いているものとする。ただ、同時にここにおける明確な(機械的な)結論は同時に存在してもいない。存在しないゆえに人間賛歌に向かおうとする。

 その文脈で考えると、見伏(名前からして空を見ないようすることを示している)の町は鉄工所に祭壇があるというまあ近代日本の発展をアニメ的な縮図として表現した感じですねっておもむきにも見える。

 じっさい山を削っていることが神様(御神体)を削っていることとして作中では揶揄されることになるのだが、結局この神様がなにを思ってなにをしているかはあきらかにならない(『あの花』でめんまの成仏方法がわからなかったり、『凪のあすから』で結局、神様そのものとはコミュニケーションが取れないように)。

 おそらく佐上はこのあたりをいちばんわかっている人間で、五実を神に差しだして世界を維持させようとするとする(結婚という制度はもっともわかりやすい人身御供だ)。とはいえ、それが正解であったのかもわからない。代わりに時宗などは色気づくし、製鉄所を再稼働させて状況を(終わりは来るとして)コントロールしようとする。これも人間の営みを肯定しようとする動きのひとつだ。

 また、終盤で「神様が一番いい時を保とうとした」(正確な引用ではない)といった台詞はまあビューティフルドリーマー的であるし、すでにネットにいくつか言及もあるが、その文脈はちょっと強引な感じがする。むしろこの「いい時」というのは社会的なメッセージ性の部分のはずなので、そこは保留したい。

 しかしいちばん考えなくてはならないのは「なぜ人を愛したら世界が壊れる」のかではないか?

これは鹿島田真希の傑作小説。

むつみといつみ

 岡田麿里に性表現はつきもの、と思っているそこのあなた。ちょっと反省したほうがいい。なぜ、今作にわざわざふたりのヒロインがおり、そこに同じ顔があり、しかしなぜ名前の数は違うのかくらいは考えておくべきではないかと思うからだ。早い話が、

 睦実=むつみ=六の罪。
 五実=いつみ=むつみよりひとつ罪が少ない五つの罪。

 であり、ここで前提とされているのは、もちろん「七つの大罪」だろう。日本神道の話に西洋の大罪をあてるのはだいぶてきとうなしぐさなのだが、作中で言及されていることを考えると、考えるわけにはいかないわけで、こうして検討する。 

   睦実  五実

傲慢   ○   ○
強欲   ○   ○
嫉妬   ○      ×
憤怒   ○   ○
色欲   ×    ×
暴食   ○   ○
怠惰   ○   ○

 ○と×がうまく表示できているがわからないが、作中で恋をするということは、「罪がすべて揃う」ことはないだろうか。そしてその代償として人は神機狼に呑まれる。なぜなら罪深いので。という図を採用するのであれば、ある程度の作品の持っているロジックは立てられそうだ。

 空が割れるのは、強い感情(マイナス感情?)を持つことによってであり、それは人間らしい営みとして認められる。それは痛みを伴う。けれど同時に、地獄に堕ちるというよりは、成仏に近い演出にも見える。なぜなら見伏の人々はすでにまぼろしであって、実体はないからだ。死を受け入れる、ということに近いかもしれない。

 

世界が止まったのは災害(人災)が原因か?

 いわゆる災害描写のとしてあるかというと、そうはあまり感じない。環境的な部分への目配せはあまりにも少ないし、製鉄所の人災として記憶されるのであれば現実パートの見伏は観光地にはならないだろうし、寂れるのではなく土砂崩れや波によって破壊されるからだ。神に祈ることで保たれるのは現実ではなく、むしろ幻想なのかもしれないが、こちらについては言葉を持っていないのでこれ以上は考えない。

 端的にいうと、原発の比喩などとはあまり考えないほうがよいでしょう(ただし曇った夜空に差す光というと2011年3月をある程度想起するのはわからなくはない)。

 

五実のにおいについて

 映像はにおいを持たない。よって正宗たちはまぼろし(≒フィクショナルな存在)としており、そこに「現実」からやってきた「五実」はくさい(≒観客とおなじレイヤーにいる存在)として解釈はできる。映画の比喩。

 

現実について

 現実の時代がいつなのかはちゃんとわからないが(製鉄所は10年ぶりに人が動かすので、1991年から10年後と解釈するのが有力だが)、エピローグの観光地化したあと寂れきった製鉄所のある未来がそこからさらにx年後にはちょっと思えないので、もしかしたら時間がねじれているか、作者の人そこまで考えてないかのどっちかだろう。

 ただ、自宅の一階で縁側に座る現実の睦実の新聞には「憲法改正」と太いゴシック体でわざわざ描かれており(どう考えても正宗くんというよりは観客への目配せだろう)、そんなに未来がまっとうに良くなっているとは思えない印象を残す。その解釈には個人差があるかもしれないが、自分はそう感じる。

 

生きることは失うこと

 ここには強烈なねじれがある。1991年に閉じ込められた14歳たち正宗たちは、要するに「大人になれなかった子供たち」となる。ロスジェネののち、バブル崩壊後の就職氷河期に巻き込まれ、日本の不況やらなんやらに直撃した世代といっていい。

 彼ら大人らしい大人になれなかった、全能感を手に入れられなかった世代として(すくなくとも作中では)表現される。大人からは何年経っても大人扱いされないし、割を食い始めた世代といっていい。

 しかし作中において、彼らにできることはほとんどない。できるのは現実から目を背けることだけだ。現実を直視すれば死んでしまう。ただし五実だけが現実を生きられる可能性を持っている。

 なので、なにがなんでも生きてもらう。未来を肯定してやる。

 けれども、前述のとおり、べつに未来が生きるのにいい場所であるというわけではない、それでも感動するもの、心動かされるものはあるはずだと正宗はいう。いっぽうで、睦実は五実のいちばんほしいものだけをさらっていく。五実にとって最上の幸せはもう生まれる前から失われている。

 だからここでは生きることと失うことが、同じ場所に置かれている。

 加えて、映画でトンネルを通るといえば『北北西に進路を取れ』のエンディングだ。要するに、五実は暗いトンネルを通って生まれ直し、「赤ちゃんのような泣き声(産声)を上げる」。

 生きるとは失うことだからだ。

 彼女は失恋の痛みを知って、ようやく人間として歩きはじめる。

 同時に彼女を送り出した正宗たちの空は不思議と晴れており、ふたりは草地に仰向けになっている。ふたりはほんとうの空を見ている。

 

 逆行の夏

 痛みとは現実を知ることであり、失うことであり、生きることでもあり、罪深いことでもある。キスをしている正宗と睦実を見て、五実は、快と不快とが入り混じった感情を抱き、空が割れることになる(このとき正宗と睦実は残りの罪を引き受け、五実は同時に残りふたつの罪を抱くことになる)。

 だからほとんどそれは、心象風景の反映といってよい。

 五実の心の傷は、世界が壊れることとまったくおなじだからだ。

 けれど逆にいえば、この空が割れるというのは、卵の殻を割っていくさまににも見えるはずだ。だれかを心から愛し、傷ついたときに見える景色が割れて、ほんとうのものが見えるようになってくる。うつくしい夏があらわれる。

 痛みを自分のものとして抱えていくこと。生きる、生まれるというのはそういうことではないか? 傷を抱えたとき、罪を抱いたとき、人は人になるのではないか?

 もちろんそれは『空の青さを知る人よ』のテーマでもあったし、『凪のあすから』で世界が美しくなればなるほど、心は傷ついていく演出と呼応している。

 だから世界をほんとうの意味でいとおしく思い、罪を背負い、愛していくことができるのは、心から傷ついたことがある人だけなのだ。

円城塔「なにも失くしたことがないならそれでいいけど。」

 また、こうした演出において、東地和生の繊細な背景がなければ物語じたいが成立しない。その意味では、本作は脚本よりも背景のほうがすぐれた仕事をしているはずだ。空が割れ、雨が降り、あれだけ冷えきっていた町の雪がぼたぼたと溶けていくさまは素晴らしかった。東地がいなかったら、今作はかなり平凡な作品になっていたはずだ。このシーンを見るためだけに劇場には足を運んだほうがいい。

 

総論

『アリスとテレスのまぼろし工場』はたんなる岡田麿里の性欲劇場ではない。むしろ性欲に欠けている(罪の欠けている)主人公(五実)が、初恋を知り、罪を抱き、同時に失うこと。この物語は永遠に失われ続ける甘美なひとときであり、やがては消えていく廃墟、つまりはわたしたちの青春そのものであり、ノスタルジーの持つ夢なのだ。

 

それはそれとして

 おれはみとめーねからな!!! 岡田麿里ッ!!!! 

 氷河期世代がなにもできなかった苦しみを抱えたままなんとなく子供つくったからって次の世代にエールを送ったくらいで気持ちよくなるな! おまえの死を美少女に看取られるな! 責任をノスタルジーの墓場にすり替えるな! 逃げるな!!!!! 自分と対峙しろッッ!!!!  

 


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文学フリマ大阪11に〈ストレンジ・フィクションズ〉で参加します。【H-32】

 タイトルの通りです。わたしが所属しているサークル〈ストレンジ・フィクションズ〉で明日、9月11日の文学フリマ大阪11に出ます。

 

 詳しくは以下のリンクを。

note.com

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 今回は、なんと二冊あります。百合創作合同誌。そして百合小説レビュー本。ご興味のある方はぜひ。会場頒布価格ともに1000円となります。上記リンクを見ていただければわかりますが、坂崎かおる先生、南木義隆先生に推薦文を書いてもらいました。めちゃくちゃ言葉を尽くしてくださっております……多謝……。

 

おしながき。

 できたらコピ本なども置きたい(このブログにかつて載せた短い短編の採録など)ですが、なにぶん準備もなにもできてないのでわかりません。

スペースは【H-32】ひみつと覚えておいてください。

 よろしければ明日、お会いしましょう。また、拙作「春と灰」が掲載されている『京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色』も頒布されるようなので、よければぜひ。

 

エンディング:All lull wave「Summer Knit」


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上半期よかった短編のはなし。

 タイトルの通りです。え、もう八月なかばなのに上半期のはなしを? ブログはどんな自由な発想で書いてもいいので……。順不同、新作旧作問わずとりあえず記録用に書いておきます。

 

エルサ・モランテ「一日」

 池澤夏樹世界文学全集レビューように肩慣らしによんだ。正直モランテは長編のほうが圧倒的に面白くてこの短編集は小品や習作だな、という感じなのだが、「一日」はもうひとりで起き上がれなくなった老人が朝起きて、介護を受けて、窓から通りを眺めてはその前を通るひとびとに声をかけて、ごはんを食べ、夜に眠るだけの話なのだが、ここにはスケッチ以上のものが宿っていて、なんだかため息をついてしまう。

 

林京子「道」

 昨年「祭りの場」をよんですご……と思っていたところ、顔の剥奪 文学から〈他者のあやうさ〉を読むで紹介されていたのでよんだ。戦争から何十年もたってたまたま地元に寄る用事ができ、そのさい母校に顔を出して、戦争で死んだ生徒や先生のリストを参照しつつ、知人の最期がどのようなものだったかを確認する……という話なのだが、これが「藪の中」のように、証言者によって死に方が違っている。ミステリのように答えが出るわけではないのだが、それでも生き残ったひとびとのあいだにいまも残るものが最後には現われて、こんなものを書けてしまうことにぞっとし、しばらく宙を見つめた。

 

佐多稲子「水」

 居場所をなくした人間が、極限の状態で、でも無意識になにをしてしまうのかの一瞬に収束する作品。短編小説ってこういうこともできるんですね。

 

 

松本清張「真贋の森」

「戻り川心中」の元ネタらしい「装飾評伝」が読みたくて手に取ったのだけれど、そちらはけっこう淡々とした構造がメインであって、どちらかというと肉の付き方がおもしろい「真贋の森」のほうが楽しくよめた。要するに美術界で村八分にされた主人公が贋作師を鍛えてその世界の重鎮を騙そうとするはなし。これも話じたいはシンプルなのだが、大真面目にやってる修行パートがよかった。

 

アリ・スミス「五月」

 読書会でよんだ。たまたま道を歩いてたところ、知らん人の庭に生えてた樹に恋に落ちる、というところでイメージ的に坂崎かおる「電信柱」を思い出したけれど、これのすごいところは、物語の視点をバトンタッチするところで、しかし状況の不思議さは決して客観的に説明されるわけでもなく、ただ人と人との距離みたいなものが平易なことばのなかでさらりと語られていくのが上品だとおもった。それでいて、何周か読むと一行で語られる奥行きやモチーフのつながりがちりばめられていて、短編の名手ってこういうのをいうのかもしれないとおもった。

 

つはらやすみ「パピヨン・ブラン」

『11 eleven』の帯だったかで「津原泰水は天才よ」みたいのがあったと思うが、もちろんそうなのだが、それは思考停止ではみたいな気持ちもあって、しかしこの作者のもつ幻惑的な、解釈の引っくり返し、的なモチーフはいったいいつからこんなに上手いのかがわからなくて、まんがですらそれを成立させてしまうとやはり天才なのか……とついつい思考停止してしまう。どのバージョンかはわからないけれど『夢分けの船』が出るのはうれしい。

 

高橋源一郎『「読む」ってどんなこと?』

 短編ではなくないか? でもここ最近の高橋源一郎のスタンスはここに集約されるのではないか、みたいな気持ちがあってかなり時間をかけて読んだ。あと並行して橋本治を読んだらこんなに影響を受けていたのか……とびっくりするくらい語り口が似ていてたまげるなどした。

 

野上弥生「京之助の居睡」

 野上彌生(子)、この時点でこんな切り口のはなし書けるの反則じゃないですかね。

 

魚住陽子「奇術師の家」

 小説で読者に魔法をかける方法はいくつかあるのだろうが、こんなすばらしい幻視の風景を書けるのはすごすぎる。そのあとに出てくるさりげない結末と主人公のスタンスもいい。奇術テーマアンソロジーがあるなら入れたいくらいいい。奇術師は一行も登場しないのにね……。

 

田中靖規『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』

 自分のなかで現代ホラーミステリにある実話怪談ルートに寄りすぎた結果、描写の持つふわふわした感じやオチの弱さを感じるときがあるのだが、これに対して、本作は特殊設定ミステリ的な豪腕によってすべてをクリアして、かっちりはめてくるので拍手してしまった。本編よまなくてもよめます。

 

ディーマ・アルザヤット「懸命に努力するものだけが成功する」

 吐きそうになった。

 

内田善美ひぐらしの森」

 またぶーけ作家に対する信頼が上がってしまった。漫画の描き方が洗練されすぎていて、すごすぎる。めっちゃ百合。

 

坂崎かおる「ベルを鳴らして」

 半年前に『百合小説コレクション wiz』で「人が惹きつけられる”もの”を書いてきた」と紹介させてもらったのだが、その後毎月のように作品が発表されていてとんちんかんなことをゆっていたらどうしようと思っていたのだが、「ニューヨークの魔女」含め、あたらずとも遠からず、くらいの気持ちになってほっと胸をなで下ろすなどしていた。でもほんとすごいんですよ、みんな読んでくれ……。

 

河野多惠子「遠い夏」

 戦争が終わってから物語ははじまるのだが、当初浮かんだ明るい気持ちは次第に裏切られ、どんどん主人公はみじめな気持ちになっていく。ただそうあるだけの日常が現われていくし、べつに終戦になったからといって、その瞬間にすべての人が死ななくなるわけではないということがあたりまえに書かれていく。

 

藤野可織「ブーツ」

 こんな面白い話が口述筆記で書かれてたまるか!!とおもいながら読んだ。オーディブルで朗読版もきけるのでおすすめ。女の子が憧れのブーツを見つけてほしいとお母さんにいって、クレカを渡されて買ったらお母さんが細かい傷や汚れを見つけてひたすら返却するように言って、デパートと家をみじめな気持ちで往復するはなし。

 

 

 今年は資料ばっかよんでて小説がよめてない。後半、あと四か月ですけどがんばりたいですね……。

 

 

エンディング:「Change」


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『百合小説アーカイヴ(仮)』を考えていくためのブックリスト75冊+α

【※本記事は2023年9月10日(日)開催の文学フリマ大阪にて、サークル〈ストレンジ・フィクションズ〉で頒布する予定の同人誌『百合小説アーカイヴ(仮)』の参考文献リストです。】

 

通販開始しています。

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↓ファンボックスでの告知です(無料で読めます)

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『百合小説アーカイヴ(仮)』とは

『百合小説アーカイヴ(仮)』とは、大正期から令和までの約110年のあいだに発表された、あまりネットで語られていない「百合小説(中短編)」およそ60作を扱ったレビュー・ガイド本のことです。単純な言及作品数だけでいえば、100作近くになっているかと思います。

 筆者は自分(織戸久貴)です。今年2月に出た『百合小説コレクション wiz』(河出文庫)著者紹介テキストの作成協力をしたりしています。

twitter.com

 

本記事について

 現状、『百合小説アーカイヴ(仮)』の詳しい内容についての告知がまだあまりできないのと(なぜなら絶賛作業中なので)、筆者がどういうスタンスで作成しているのかの説明がとても難しいことに気づき、いったん参考文献リストを先行掲載することにいたしました。

 要するにブックガイド・レビューとして言及する作品そのものではなく、それを読み解いたり、調べたりするときに参照した書籍のリスト、ブックリストをつくるためのブックリストというわけです。全体像とまではいかなくとも、どのようなイメージで取り組んでいたかが伝わるかもしれません。

 自分は文学研究の手ほどきをちゃんと受けた人間ではないため、適切な調べ方も読み方もできていないのですが、それでもこのリストが〈百合〉というジャンルをすこしでも考えていくための置き石になっていれば幸いです。

 それでは、以下、ご笑覧ください。コメント等はありません(なぜなら絶賛作業中なので)。よろしくお願いいたします。

 

 

ブックガイド・文学評論

1.柿沼瑛子・栗原千代編著『耽美小説・ゲイ文学ブックガイド』白夜書房、一九九三年

 

2.日本文学協会、新・フェミニズム批評の会 編『『青鞜』を読む』学藝書林、一九九八年

 

3.岩田ななつ『文学としての『青鞜』』不二出版、二〇〇三年

 

4.藤森かよこ編『クィア批評』世澱書房、二〇〇四年

 

5.岩渕宏子・北田幸恵編著『はじめて学ぶ日本女性文学史【近現代編】』ミネルヴァ書房、二〇〇五年

 

6.千野帽子『文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて』河出書房新社、二〇〇六年

 

7.『百合作品ファイル』百合姫BOOKS、一迅社、二〇〇八年

 

8.菅聡子『〈少女小説〉ワンダーランド――明治から平成まで』明治書院、二〇〇八年

 

9.新・フェミニズム批評の会『大正女性文学論』二〇一〇年、翰林書房

 

10.新・フェミニズム批評の会編『昭和前期女性文学論』翰林書房、二〇一六年

 

11.岩淵宏子・菅聡子久米依子・長谷川啓『少女小説事典』東京堂出版、二〇一五年

 

12.嵯峨景子『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』彩流社、二〇一六年

 

13.嵯峨景子・三村美衣・七木香枝『大人だって読みたい! 少女小説ブックガイド』時事通信社、二〇二〇年

 

14.小山静子・赤枝香奈子・今田絵里香・編『セクシュアリティの戦後史』京都大学学術出版会、二〇一四年

 

15.飯田祐子『彼女たちの文学 語りにくさと読まれること』名古屋大学出版会、二〇一六年

 

16.伊藤氏貴『同性愛文学の系譜 日本近現代文学におけるLGBT以前/以後』勉誠出版、二〇二〇年 

 

17.斎藤美奈子『挑発する少女小説河出新書、二〇二一年

 


18.Erica Friedman『By Your Side: The First 100 Years of Yuri Anime and Manga (English Edition)』 Journey Press、二〇二二年(電子書籍

 

19.小平麻衣子『なぞること、切り裂くこと 虚構のジェンダー以文社、二〇二三年

 

20.嵯峨景子『少女小説を知るための100冊』星海社新書、二〇二三年

 

21.飯田祐子・小林麻衣子編『ジェンダー×小説ガイドブック 日本近現代文学の読み方』ひつじ書房、二〇二三年

 

 

文学全集

22.『[新編]日本女性文学全集第六巻』六花出版、二〇一八年

 

23.『[新編]日本女性文学全集第七巻』六花出版、二〇一八年

 

 

 

作家論・作家研究・評伝

24.丸岡秀子田村俊子とわたし』中央公論社、一九七三年(リンクはドメス出版)

 

25.瀬戸内晴美田村俊子講談社文芸文庫、一九九三年

 

26.沢部ひとみ『百合子、ダスヴィダーニヤ 湯浅芳子の青春』女性文庫、学陽書房、一九九六年(リンクは文藝春秋

 

27.羽鳥徹哉・原善編『川端康成全作品研究事典』勉誠出版、一九九八年

 

28.岩淵宏子・北田幸恵・沼沢和子編『宮本百合子の時空』翰林書房、二〇〇一年

 

29.平林たい子林芙美子宮本百合子講談社文芸文庫、二〇〇三年

 

30.伊豆利彦・澤田章子、岩渕剛・羽田澄子・須沢知花・辻井喬『いまに生きる宮本百合子新日本出版社、二〇〇四年

 

31.橋本治『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』新潮文庫、二〇〇五年

 

32. 柏木薫・志村 有弘 ・久坂葉子研究会『神戸残照 久坂葉子勉誠出版、二〇〇六年

 

33.瀬戸内寂聴孤高の人ちくま文庫、二〇〇七年

 

34.黒澤亜里子編著『往復書簡 宮本百合子湯浅芳子翰林書房、二〇〇八年

 

35.『文藝別冊 三島由紀夫〈増補新版〉』KAWADE夢ムック、二〇一二年

 

36.『文藝別冊 瀬戸内寂聴』KAWADE夢ムック、二〇一二年

 

37.阿部浪子『平野謙のこと、革命と女たち』社会評論社、二〇一四年

 

38.『文藝別冊 氷室冴子』KAWADE夢ムック、二〇一八年

 

39.『文藝別冊 橋本治』KAWADE夢ムック、二〇一九年

 

40.『ユリイカ 総特集 瀬戸内寂聴青土社、二〇二二年三月臨時増刊号

 

41.嵯峨景子『氷室冴子とその時代 増補版』河出書房新社、二〇二三年

 

歴史、文化研究

42.本田和子『女学生の系譜 彩色される明治』青土社、一九九〇年

 

43.米田佐代子・池田恵美子編『『青鞜』を学ぶ人のために』世界思想社、一九九九

 

44.佐藤八寿子『ミッション・スクール』中公新書、二〇〇六年

 

45.稲垣恭子『女学校と女学生』中公新書、二〇〇七年

 

46.今田絵里香『「少女」の社会史』勁草書房、二〇〇七年(リンクは新装版)

 

47.渡部周子『〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女」規範の形成』新泉社、二〇〇七年

 

周辺参考文献

48.リリアン・フェダマン『レスビアンの歴史』富岡明美・原美奈子訳、筑摩書房、一九九六年

 


49.利根川真紀編訳『女たちの時間 レズビアン短編小説集』平凡社ライブラリー、一九九八年

 

50.綾奈ゆにこ『ちいさい百合みぃつけた』角川書店、二〇一四年

 

51.大橋洋一郎監訳、利根川真紀、磯部哲也、山田久美子訳『クィア短編小説集 名づけえぬ欲望の物語』平凡社ライブラリー、二〇一六年

 

52.森山至貴『LGBTを読みとく クィアスタディーズ入門』ちくま新書、二〇一七年

 

53.『現代思想二〇二〇年三月臨時増刊号 フェミニズムの現在』青土社

 

54.『Over』Vol.2、オーバーマガジン社、二〇二〇年

 

55.平林美都子『女同士の絆 レズビアン文学の行方』彩流社、二〇二〇年

 

56.竹村和子『愛について アイデンティティと欲望の政治学岩波現代文庫、二〇二一年

 

57.はらだ有彩『女ともだち ガール・ミーツ・ガールから始まる物語』大和書房、二〇二一年

 

58.村山敏勝『(見えない)欲望へ向けて クィア批評との対話』ちくま学芸井文庫、二〇二二年

 

59.エリス・ヤング『ノンバイナリーがわかる本――heでもshedもない、theyたちのこと』上田勢子訳、明石書店、二〇二一年

 

60.藤高和輝『〈トラブル〉としてのフェミニズム 「とり乱させない抑圧」に抗して』青土社、二〇二二年

 

61.イン・イーシェン 、リベイ リンサンガン・カントー編『イン・クィア・タイム アジアンクィア作家短編集』村上 さつき 訳、ころから、二〇二二年

 

62.清水晶子『フェミニズムってなんですか?』文春新書。二〇二二年

 

63.岩川ありさ『物語とトラウマ クィアフェミニズム批評の可能性』青土社、二〇二二年

 

64.ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題』高井ゆと里訳、明石書店。二〇二二年

 

65.ひらりさ『それでも女をやっていく』ワニブックス、二〇二三年

 

66.アンジェラ・チェン『ACE アセクシュアルから見たセックスと社会のこと』羽生有希訳、左右社、二〇二三年

 

67.周司あきら・高井ゆと里『トランスジェンダー入門』集英社新書、二〇二三年

 

ウェブ掲載論文ほか

・加藤明日菜「日本文学の中のレズビアン : 日本近現代文学における女性同性愛表象研究の方法論試案 (ロザリー・レナード・ミッチェル記念奨学金論文)」

cir.nii.ac.jp

・「大正時代における女性同性愛を巡る言説 : 「同性の愛」事件と吉屋信子花物語』を中心に」

cir.nii.ac.jp

 

・趙書心「「畸形」を仮装する : 田村俊子「春の晩」における女性同性愛表象」

cir.nii.ac.jp

 

・呉佩珍「「青鞜」同人をめぐるセクシュアリティー言説 : 一九一〇年代を中心に」

cir.nii.ac.jp

・鄒韻「『乙女の港』における少女表象」

cir.nii.ac.jp

・本橋龍晃「性的体験としての戦時下 三島由紀夫「春子」論」

www.jstage.jst.go.jp

 

・大森郁之助「「春子」と「暁の寺」の間の虚空 : 三島由紀夫のlesbianismの位相についての一仮説」

sapporo-u.repo.nii.ac.jp

 

・木谷真紀子「三島由紀夫「班女」論 : 能楽「班女」と日本古典文学における〈花子〉と〈実子〉の系譜」

cir.nii.ac.jp

 

・大理奈穂子「傷ついてなんかいない ― 『ルビーフルーツ・ジャングル』のレズビアン・ヒロインと1960年代アメリカ社会 ―」

cir.nii.ac.jp

・赤枝香奈子「女同士の親密な関係にみるロマンティック・ラブの実践「女の友情」の歴史社会学に向けて」

www.jstage.jst.go.jp

・南木義隆「百合とリヴァイアサン」 

bessatsu-bunshun.com

 

 

読む時間がなかったり手に入らなかったけど読みたかった本たち

68.ジュディス・バトラージェンダー・トラブル』青土社

 

69.ミシェル・フーコー『性の歴史Ⅰ~Ⅳ』

 

70.イヴ・K・セジウィック『男同士の絆』名古屋大学出版会

 

71.川口和也『クィアスタディーズ』岩波書店

 

72.『読むことのクィア中央大学出版部

 

73.『愛の技法――クィア・リーディングとは何か』中央大学出版部

 

74.小平麻衣子『文芸雑誌『若草』――私たちは文芸を愛好している』翰林書房

 

75.赤枝香奈子『近代日本における女同士の親密な関係』角川学芸出版

www.kadokawa.co.jp

 

文学フリマ大阪11公式サイトbunfree.net

 

サークル〈ストレンジ・フィクションズ〉SNSアカウント

 正式な告知は以下でおこなわれることになりますので、よかったらフォロー等お願いいたします。

twitter.comnote.comstrange-fictions.booth.pm

 

織戸久貴のしごと・その他

novel.pixiv.net

 それでは夏が終わるころに、お会いしましょう。

 

 

 

エンディング:warbear「夏の限りを尽くしたら」


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