摂取記録


 PCが復活したので記録も再開します。

 割と物語といいながら、その文章(あるいは映像)世界で完結するものは少なくて、たとえば『探偵物語』とも名がつけば、それを読んだだれもが、とまではいかずとも、松田優作を想像したり、武骨なハードボイルド探偵、もしくはシャーロック・ホームズ、そうした探偵の概念的なものを想起せざるを得ない。で、たぶんフィクション的世界でそういう《探偵》に近い集合的な概念は《アイドル》なのではないか、とも最近は思ってしまう。最低限の共通項(それこそ立場を示す名前だけなのかもしれないけれども)と、あるのかどうかわからない統一的理念などなど。
 描かれる舞台はむろん架空の場所、沖津区、なのだけれど、間違いなく自覚的に中野ブロードウェイを思わせる場所を登場させたり、アングラ系のパフォーマンスなどは現実をベースにしている。そうして架空の地下アイドル界隈でのまったく新しいユニットの立ち上げを描いてみせたときに、読者はそこになにかをダブらせずにはいられないのだと思う。
 でもじつは、そういう《ダブら》せるという行為はフィクション・非フィクションにかかわらず重層化される。ファンによってそれがなされるのである。とりわけわかりやすいのは、作中の登場人物、特に地下アイドル(と呼ばれるの嫌う人々)はテレビ出演を繰り返すメジャーアイドルグループの存在を否定し、逆に、自分たちが「本物」であると豪語するあたりだ。そんな彼女たちがみせるパフォーマンスのは半分は客とのケンカに近い。それこそテレビには映せないものである場合もある。しかし、彼女たちのファンはそうしたパフォーマンスであったり、一曲一曲の誕生を受け入れ、咀嚼し、口々に語り合うのだ。結果として、その重層化されたエピソードはファンのなかで《歴史》として刻まれる。あるいは、ファン自身を歴史の目撃者へと錯覚させてしまう。
 なにを言いたいのかといえば、たぶん以前だったらロックバンドあるいはパンクバンドが持ち得ていた物語の役割を、より確固とした形でアイドル物語として成立することができるということを、石川博品は証明してしまったのだと思う。そしてそういう態度はど直球の青春物語なのだと思う。


Tokyo 7th Sisters -episode.Le☆S☆Ca- 前編

Tokyo 7th Sisters -episode.Le☆S☆Ca- 前編

Tokyo 7th Sisters -episode.Le☆S☆Ca- 後編

Tokyo 7th Sisters -episode.Le☆S☆Ca- 後編

 アイドル≒ロックバンドという図式は自分のなかではそれほど間違っていないと思うのだけれど、これもそういう軸で書かれた小説だと思う。ソーシャルゲームのアイドル育成リズムゲームの一部キャラクターに焦点をあてたスピンオフ企画という形で書かれていて、三人の登場人物たちが、出会ってからユニットを結成してゆくまでの物語を描いている。じっさい上下巻(それほど文章量は多くないが)をかけていながら、彼女らがアイドルユニットとして活動するシーンはない。けれど物語としてはそれへの予感だけでも成立してしまうのだ。これは、ふつうの部活もの小説などではなかなかできない気がする。概念としての《アイドル》が読者のうちにあるから成立するのだと思う。
 とはいえ、このゲームの世界観の面白いところは、二〇三四年の近未来を舞台にしているところで(それにしてはSFガジェットが少ないのだけれども)、その時代ではカリスマ的アイドルが流星のように登場、そしてすぐさま解散してしまい、以降アイドルという文化自体がほぼ死滅しているという設定であるところだ。ゲーム中でもそうだが、もちろん、小説中でもそのカリスマアイドルグループの存在は、過去の《歴史》として語られる。彼女たちを直接見てきたキャラクターの言葉は、どこか証言めいたものになっている。概念としての《アイドル》、歴史としての《アイドル》が作中でも重層化されているのだ。
 そういうなかで、改めて、なぜカリスマアイドルグループが解散しなくてはならなかったのか? あるいはアイドルとはなんなのか? という謎あるいはメッセージを原動力としてストーリーは展開していく。そういう意図的な構造を持っている部分からも、このゲーム、Tokyo 7th Sisters、通称ナナシスは面白いんじゃないかと思っている。

武士道シックスティーン (文春文庫)

武士道シックスティーン (文春文庫)

 部活ものとして読む。青春バトルもの、ライバル・バディものとしての描き方がうますぎて、読んでて、「すげえ」「うめえ」ばかり口にしていた。あたりまえですが、ベストセラー小説ってベストセラー小説たる要素をちゃんとおさえているんですね。敗北・対立・葛藤・和解、そして鏡像。クール。


 一つ屋根の下の恋愛もの。会話劇ではなく、丁寧な描写に注力しているのがよくわかり、ライトノベルでもそれが楽しめるのありがたい。とはいえ一冊完結かと思いきや、引きを残して終わってしまったので、続きが気になる。それはそうと主人公の兄が現役の大学院生でサブカル思想系雑誌に毎月書評載せたり、ラジオ番組でそれっぽいコメントしていたり、なんかこう……そこだけ異質ななにかを感じ取ってしまった……。

小説家の姉と

小説家の姉と

 ミステリとしては読めない。ただ、姉というキャラクターが存在すること、それを大前提にしたとき、あらゆる細部が姉にまつわるものになるという書き方はなるほど、と思えた。そして出来事の合間に弟が周囲の人物と会話していくうちに、姉という存在の輪郭がすこしずつだけれども変化をしていくある種のインタビュー小説のような側面を持っているのも面白い。