凪のあすからを誤読する15(20話)

  久々の単話更新です。前回はちさきの感情にフォーカスした回ですが、今回は美海です。彼女もまた複雑な感情を抱いています。やってやりましょう。

 

第20話 ねむりひめ

 汐留家。まなかが戻ってきて一週間。まだ目覚めないままオープニングです。

 放課後。ノートをふたつ取っている美海。「光、まなかさんのことでもっと取り乱してるのか思ったけど、割と前向きじゃん?」とさゆ。とにかく動いているようです。

 海に潜っていますがうろこ様は見つかりません。まなかを見つけたときよりも水温は下がっている、と要。海神様が関係しているのかどうか。ちさきも潜っているようです。濡れたちさきの姿に頬を染める光と要。中学生ですね。安易にサービス担当にされてしまうちさき。

 下校する美海とさゆ。「なんかさ、せっかく同い年になれたんだし、もっと色々できたらいいな、って思って……それでみんなの輪に近づけたらもっともっといいな、って……」とさゆ。ふたりが5人の輪に入りたいと思っているのは以前から語られていましたね。

 やはり見つからないうろこ様。光、要、美海の3人は17時に流れるおふねひきの歌を聞きます。そしてなにか思いつく光。漁協に行って協力を仰ぎます。

 紡の家に戻ってきたちさきと要。風呂の準備は終わって、入れ違いに出ていく紡。それを見て「ほんとまどろっこしいな、お前ら」と教授。傍から見てもそう感じられるようです。

 汐留家。漁協の人に歌の録音を頼んだことをあかり経由で聞く美海。「そうなんだ……」と浮かない顔の美海。帰ってきた光につい「このまま目覚めなかったら」と口にしてしまい、怒らせます。

 悪夢を見る光。翌朝からもうろこ様を探しに出て、学校では寝ています。

 放課後の図書室。「自分の気持ち押し付けるやつって最低だよねえ」とさゆ。はっとする美海。

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”Snow White And The Seven Dwarfs”『白雪姫』。

「わたし、ずっと考えてたんだけど、王子様がよくするじゃん? 眠ってるお姫様にキス。してみればいいと思うんだ、誰かが眠っているまなかさんに」とさゆ。

「な……キ、キスって……」

「変な話じゃないよ? 誰かへの強い思いって、なにかを大きく変えちゃったりするんじゃないかなって」

「強い思い?」

「そういうの持ってる人いるじゃん? たとえば光とか」

  そこで光に人工呼吸をしたことを思い出す美海。「で、でも根拠とかなんにもないのに、そんなキスとかよくない!」自分のことを棚に上げていますし、光のキスが取られることを本能的に嫌がっていますね*1。「美海、まなかさんのこと、ほんとは目覚めてほしくないみたい」とさゆ。その言葉にショックを受ける美海。

 夜。おふねひきの歌をまなかに聞かせますが、効果はありません。そこに晃が突進してきたカセットプレイヤーが倒れます。その後、髪を梳かした美海をまなかと間違える光。倒れます。熱があるよう。

 翌日。布団で体温計を温めて嘘をつく美海。「みうもお熱?」と晃。「うーん。ま、そういうことにしておいてやるか」とあかり。見抜かれています。

 学校。「光のやつ、無理しちゃってさ。わたしも美海もみんないるのに」とノートを3人分取ろうとするさゆ。まなかのぶんはもともと美海が取っていたようです。手伝う要。

「光には休むなって言ったくせに」とズル休みをしてしまった美海。光の看病が目的だったようです。そのあと、まなかの顔を拭いているとプレイヤーが目に入ります。巻き戻し。再生。すると昨日晃がぶつかったあとの声が録音されています。「うろこ様、探しに行かなくちゃなんねぇんだ……俺が目覚めさせんだよ……俺が……」

(光は、どこまでもまっすぐで、まぶしい。それはきっとまなかさんへの思いがそうさせていて、それに比べて、わたしは……わたしは……)

 電話。紡から。しかしそこで泣く美海。「美海。いまから出てこられるか?」

 熱が引き、目覚めた光。「気持ちはわかるけど、ちょっとは周りも頼んな」とあかり。「まなかちゃんのこと思ってるのあんたひとりじゃないんだから」「わーってるよ」「どうだか」そこでノートに気づく光。

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姉は常に正しいので、言葉にはちゃんと証拠が出てくる。光が見ていなかった部分。

 桟橋。美海と紡。美海はコーンポタージュで、紡はみかんジュース。子供が飲みようなみかんジュース。「ほんとう、俺ってわかりにくいんだな」と紡。「鹿生のやつらって、気持ちがあふれてて、それっていいな、って、ずっと思ってた。お前もな」「わたしはどうかな。きっとよくない。光たちとおんなじじゃないから」と美海。「わたしだけ、まなかさんへの気持ち、同じじゃない」

「俺も、あいつらが目覚めなきゃいい。正直そう思ってた」

「え?」

「ちさきが、俺の前からいなくなる気がして、怖かった。でも結局、目覚めたときはうれしかったよ」

「うれしい?」

「おかしいだろ。でも、うれしかったんだ」

「怖いけど、うれしかったの?」

「そうだ」

「わたしも、うれしくなれるかな?」

「美海は、ふたりとも大切だから苦しいんだろ。光も向井戸のことも」

「わたし、うれしくなりたい。心からよかったって、言えるようになりたい」

  紡は自分の言葉でちゃんと美海に語りかけるのでほんとうにいいやつですね。ふだん言葉のすくない人間が多弁になる理由としては年下相手を慰めるためというのがきちんと挿入されているのが偉い。

 というより紡は美海の理解者でもあったことがこのシーンでよくわかります。いつ、どのタイミングで彼女の好意を知ったのかは明示されていませんが*2、このふたりは好きな相手に好きな相手がいる同士でもあります。それぞれが持っている感情を語り合うのは青春ですね。ビリヤードではない関係*3なので穏やかでもあります。

 夜。ノートについてまなかに語りかける光。やってきた美海に「こいつ、起きるよな」「うん、起きるよ。きっと」それからさゆに聞いた話を伝える美海。「とにかく、キスして」それから慌てる美海。「まなかさんにしてあげてってことで!」光も中学生なので恥ずかしくなって声を上げます。しかし「ひーくん、女の子そんなに怒っちゃだめだよ!」と声。まなかです。

 というわけでついにまなかが目覚めて今回はエンディングです。これまででもそうでしたが、今回もキャラクターが自分の感情と向き合っていくことでお話が進んでいます。大展開というよりはゆっくりと着実に、といったところですが。

 いっぽうでキャラクターのこじらせ具合についてはまた今回も大きく深まっています。当初、美海は自分の感情を優先していましたが、紡との会話を経て、好きな人が他人とキスするのを許すようになりました(字面にするとこれはこれでかなり歪んでいやしませんか)。とはいえちさきのように、まなかのことを好きな光を好きでいることを考えるかどうかについては今後の見どころといえます。

 目覚めたまなかにそれぞれのキャラクターはどう思うのか。うろこ様は見つかるのか。世界はどうなるのか。引き続き見てきましょう。

 

 

 続く。

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*1:そもそも彼女は正しい人工呼吸をしていたわけではなかった。

*2:とはいえ、15話で紡相手に食ってかかったときにわかるようなものではある。

*3:感情の接触事故が起きない、の意。

凪のあすからを誤読する14(18~19話)

 ここにきて新展開、というほどではありませんが着実に話は進んでいる『凪のあすから』です。しかしキャラクターの配置や矢印の整理はまだ終わっていません。話はさらに広がっていきます。やってやりましょう。

 

第18話 シオシシオ

 海に降り立った光、要、美海の3人。音を頼りに進みます。村には幕のようなものが。さらに潮流が邪魔をします。おそらくこれによって地上の人間も海の人間も入っていくことができなかったようです。

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なにか幕/膜のようなものによって村全体が覆われている。

 しかし飛び込んでいく美海。追うふたり。美海のモノローグ。

(それは、不思議な音だった。しゃらしゃらと、砂がこすれ合う音のような。まなかさんの胸がどきん、どきん、って波打っているような。)

 潮流を抜け、汐鹿生村に到着してオープニングです。

 機械を設置する光たち。「ほんとうはこんなんじゃない」と美海に伝える光。ぬくみ雪が積もり、以前に見えたような極彩色な騒がしさはありません。

 村を探索する3人。みな眠り、いっさい動く気配がありません。「なに怖がってんだよ」と美海にいう光。「冬眠してるだけだって言ってるだろ。そんな驚いたらみんなに失礼だろ」「お前みんなのこと、死んでるみたいだって思ってるのか!」さすがにナーバスになっています。要に制止され、謝ります。

 そこから光と要はいったん自分の家へ。「俺のわがままなんだ」とこぼす光。「美海の生みの母ちゃんは、海の人間だったろ。やっぱせっかくなら綺麗だって思ってほしかったんだ」

 自宅に着いた光。社殿は倒壊しています。鳥居(らしきなにか)もぼきりと折れていますね。

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中学生とはいえ跡取り息子だったわけで精神的に来る仕打ち。深堀りはされないが。

 住居のほうは無事のようです。眠っている灯。話しかける光。美海のおかげで汐鹿生に来れたことも。「そうだ。俺、言ってなかった。連れてきてくれてありがとうな、って美海に、言ってなかった」

 いっぽう、音を聞き、それを追いかける美海。「待ってまなかさん!」と思わず声に出します。着いたのは波路中学校。教室を見てまわり、廊下の柱にある身長の記録を発見したことで在りし日の学校を幻視します。「ここだ。わたしの思ってた、憧れてた、海のなかだ……!」それから自分の身長を柱に書き足します。それから音楽室では木琴を鳴らします。

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期せずしてまなかと同じ行動をとる美海(音も同じ)

 外に出るとうろこ様が学校の屋根に。どうやら美海に幻視させたのはうろこ様の仕業のようです。「探しものは見つかったかのう?」そこでまなかの行方を訊ねる美海。ほんとうに探していたものなら教えるそうですが、「まなかさんです!」「嘘じゃな。神の使いに向こうて嘘をつくとは、とんでもない子供じゃ」と返されます。「子供じゃありません!」しかしそこに光と要がやってきて、うろこ様はどこかへ。

「まなかさんは近くにいる」と美海。(おそらく)音を聞き、知らない場所にたどり着きます。見ると、これまで海に流されたであろうおじょしさまが積まれています。おじょしさまの墓場。その中央に近づく光と要。まなかが眠っています。

 それを遠くから見ている美海。そこにうろこ様。「あれがお前の探しものというわけじゃな。わたしは汐鹿生に行きたかっただけ、などというのは子供のたわごと」先ほどの会話からの皮肉ですね。「なにかが現れるとき、なにかが失われる。さすれば、足し引き同じになるというわけじゃ」

 美海の聞いた音の正体はまなかの胞衣がはがれる音だとわかります。「そんなことになったら、まなかが死んじまう」と光。崩れだす周囲。海神様が怒っているのではないかと考える要ですが、まなかを優先する光。墓場を抜け出すとき、なぜか美海を見つめているうろこ様。さきほどの台詞の意味するところは……。

 というわけで今回はここでエンディングです。基本的に探索のみで人間関係に対する変化等はほとんどないため、こちらでも取り立てて言及するところはありませんね。しいていうなら、木琴のくだりがうろこ様の「足し引き」とリンクしているだろうと考えられるところでしょうか。これが単純に胞衣の足し引きなのかについてはもうすこし見ていただければと思います。

 

 

第19話 迷子のまいごの…

 ちさきの回想。(子供のころ、まなかとふたりで道に迷ったことがあった(…)歩き疲れ、お腹も減って、泣きそうになっていたとき、わたしたちの前に現れたのは光だった(…)だから、光がまなかを見つけたと聞いても、あまり驚かなかったように思う)

 すごいですね。回想と前話の顛末が語られただけなのに(しかも序盤はちさきも見つけてもらう側だったはずなのに)、彼女のフィルターを通すだけでなんとなくちきさはもう光に見向きもされないのでは、という雰囲気が立ち上がっています。1話でまなかを探す光を見て、「敵わないな……」とつぶやいていたのが思い出されます。彼女はずっとそういう立ち位置です。告白の件についても変わった変わらないの話のせいで5年越しにスルーされていますし……。

 汐留家で医者の先生に診てもらうまなか。健康体。騒ぐ光と晃。「光、まなかが見つかってほんとうにうれしいのね」とちさき。なんともいえない表情の美海。

 先生を見送ってちさきが屋内に戻ると、まなかに話しかけている光。それを見ている美海。視線に気づき、逃げ出す美海。

(そっか。美海ちゃんも光のことが好きなんだ。可愛いなあ……。好きってことにただ一生懸命で、でも踏み出せなくて。ずっと子供だって思ってたけど、もうそうだよね。あのころのわたしたちと同い年なんだもんね)

(そっか。わたしのほうは、あのころのあかりさんとすぐ同い年になっちゃうんだ)

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大人になりつつある自分を見つめるちさき。

  病院でまなかのことを聞くおじいさん。「海神様とおじょしさまの話には続きがある」「語るもんは少ない。なんせ悲しい結末を持った話だからな」

 紡の家。黙々と食べる要と紡。「帰ってきてからずっと口聞いてないよね。どうかしたの?」(…)「当分公表するつもりはないんだってさ」「納得できないね」と要。紡がいうには、論文にしなければ地上の危機を回避する研究の助成金が下りないし、美海のところにマスコミがやってくるのを避けるためでもある。紡の肩を持つちさき。「大人だね、ちさきは」

 自室にいるちさき。「大人、かあ……」波中の制服を見つけます。着替えるちさき。転ぶちさき。駆けつけるふたり。制服姿であられもないポーズになっているのを見られるちさき。サービスカットです*1

 ふたりを追い払うちさき。鏡に映った姿を見て、ため息。

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大人になりつつある自分を見つめるちさき(その2)。

 夜中(深夜?)。コーヒーを切らした紡が台所に行くとちさきが。「お、おじいちゃんの梅酒をね、探してたの」「お前、未成年だろまだ」「いいでしょ。飲んでみたい気分なの。どうせ大人だし、団地妻だし!」「待ってろ、用意してやるから」

 梅ジュースで酔うちさき。「無理に大人ぶんなよ」と紡。今日会ったことをちさきは話します。「光、眠ったままのまなかに一生懸命話しかけてたの。それはあんまりショックじゃなかったんだ。でも」(あんな目……きっともう、わたしはできない)と美海を思い出します。

「身体は勝手に膨らんで、なのにいっぱいこぼれ落ちて、大人になるって、いろんなもの、なくしてくこと?」

「たぶんいっぱいなくす。でもなくしたぶんは、新しいもので満たせばいい」

 その言葉を聞き入れることなく眠ってしまうちさき。

 「お前と一緒のこの5年は、俺にとっては、そういう時間だった」

 そこにやってくる要。しかし紡は動じず、布団に運ぶのを手伝ってもらうよう言います。そしておふねひきのとき助けてくれた礼を述べます。対して要は紡を助けなかったかもしれないことを告げます。

「見過ごせばお前はいなくなる。そして、僕はちさきと一緒にいられる」

(…)

「あそこで見過ごせるようなやつだったら、絶対にちさきは渡さない」

「言ったね」

「ああ。でも、お前たちが戻ってくれて、ほんとうに感謝してる。ずっと宙ぶらりんだったからな。俺もちさきもこれで、やっと前へ進める」

  紡は年をとっても嫌なやつにはなりませんね。変わった点といえば彼の行動原理にちさきが組み込まれていることでしょうか。15話でちさきが光に会いに行かないのを美海に糾弾されたときも基本的にかばう言動をしていましたし(あくまで態度は中立でしたが)、14話や17話でちさきの家事労働が増えたときも「布団ぐらい自分で敷かせる」や「大丈夫?」と声をかけています。

 翌日。ジュースなので二日酔いにならないちさき。汐鹿生に向かいますがコンパスが利かなくなり潮に流されそうになります。すると「ちさき!」と声。光です。

 どうにか汐鹿生に着くふたり。ちさきのモノローグに言葉が続きます。(さっき、抱きしめられたとき驚いた。ちっともごつごつしてなくて、実習で触る大人の男の人とは全然違ってて、そうだよね。笑顔も身体も心も)

「5年前のまんま、なんだよね」

(…)

「でもお前だって変わってねえ。ふつうにちさきだよな」

「そうかな。自分では……変わったつもりなんだけど」

「いやあ全然。人の話を聞いてるようで実は聞いてねえのもまんまだし」

「そんなことないわよ!」

「あと、ちょっとからかうとムキになるとこも」

 光が5年間で変わっていないと判断する理由が内面にあるところは一貫しています。美海やさゆに対して変わってないと口にするときも基本的に内面を見ています。とはいえ、ちさきがそのことに気づけているかは微妙なところですね。変わってないといわれるのこれで二度目ですからね。人の話を聞いているようで聞いてない。

  それから光が汐鹿生に来ている理由について。やっぱりまなかです。そこでおじいさんから聞いた話を伝えるちさき。

「海神様に嫁入りした娘はやがて子を成し、その子孫たちは栄えていった。だが、時が経つにつれ、娘はどんどんふさぐようになっていったという。なぜなら娘は地上に思いを寄せた愛しい男を残しておったから。その男のことが気がかりで、娘はいつまでたっても地上を忘れることができなかった。それを知った海神様は手を尽くして娘を喜ばせようとした。だが結局、娘は地上を忘れられず、万策尽きた海神様は最後には娘を地上に帰した。引き換えに、あるものを奪って」

「あるもの?」

「思ったの。もしかしたら、それが胞衣なのかもって」

  それを聞いた光は、うろこ様を捕まえることを決意します。「実を言うと、すこし途方に暮れてたんだけど、これでどっちに行けばいいかわかった」と光。

「でもさ、つくづく勝手だよな、海神の野郎は。人間つくって言うこと聞かないと胞衣を奪ったり、逆に与えてみたり。子供かよ」

「そうかも。何百年何千年生きても、早々変わらないのかもね」

「ああ、きっとそんなの関係ねぇんだ。立場とか年とか、そんなんよか気持ちだろきっと」

「気持ち……」

  「地上のことだって、やっぱ諦めねえ!」と光。手を握り、泳いでいくふたり。ちさきは幼いころの記憶に光を重ねます。(ああ、そっか。やっぱりわたし、好きなんだ。光のこと)とモノローグ。

(こうしてまなかが戻ってきたことで、5年間、ずっと止まっていたわたしたちの時間がとうとう動き出す。と、そのときは、そう思っていました。けれど、それから一週間経っても、まなかはまったく目覚める気配を見せなかったのです)

 ささやかな幸福と思いきや突き落としてのエンディングです。半分くらいまでこれちさきが制服着たり酔ったりするサービス回なのではと思った方々もいらっしゃるかと思いますが、『凪のあすから』は残念ながらそれを長続きさせてくれるような作品ではありません。気まずい人間関係が基本です。

 今回の構図としては紡の感情がより明確に示され、変化を求めるいっぽう、ちさきは光への感情を再確認し、変わらないことを選ぼうとしている、といったところでしょうか。

 また5年前から要は紡を警戒していたこともここで明確になっています(そういえばあかりの衣装をまなか、ちさき、紡で買い出しに行ったとき、面白くない表情をしていましたね。ちさきをいらつかせる紡にも嫉妬していました)。

 そして当然ながら、ちさきは紡の感情をほぼ理解していません。「話を聞いていない」という光の言葉はあたっています。9話では「俺はいまのあんた、嫌いじゃない」と紡は伝えてますし(伝わりにくいにもほどがありますが)、5年後の15話ではちゃんと「綺麗になった」と言葉にしています(泣いている相手に障子越しですが)。

 ここでひとつ紡の微妙に報われていないシーンを思い出しましょう。12話。光への告白を決めたちさきの態度に気づいた紡は「なんか決めたのか」と訊ねていました。それに対するちさきの返答はどんなものだったでしょうか。答えは微笑みながらの「あんまり察しがいい男の子ってモテないと思うよ」

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そのときの表情。間違いなく伝わってないな、と悟る少年の笑み。

 おわかりいただけたでしょうか。おふねひきのことがあったとはいえ、5年間なにも(でき)なかった紡くんもある意味でヘヴィ級のこじらせキャラといえます。味わい深いですね。このアニメには漫画連載のラブコメによくあるようなヒロインレース*2の側面はほとんどありませんが、代わりに行動ができない、あるいはしないキャラクターで満ちています。感情のビリヤードがまたすこしずつ動きはじめています。

 ほかにも海神様とおじょしさまの縁起にも続きがあり、海神様の感情めいたものも語られました。神様の時代にも恋愛で気まずくなる人間関係があったこと。これは現在の彼/彼女らの関係とパラレルでもあります。

 セカイ系の文脈を濃く引き継いだ作品でしたら上位存在は「足し引き」をするだけのものとして(ある意味理不尽なルールとして)描かれるような気がしますが、あくまで感情ベースのドラマとして描くのが『凪のあすから』のスタイルです。

 こちらにも注目しつつ、今後も見ていきましょう。

 

 

 続く。

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*1:きみたちの目でたしかめろ!

*2:複数のヒロインがひとりのキャラクターをあたかも取り合うように行動する展開、の意。

凪のあすからを誤読する13(16~17話)

 なかなか複雑な展開を見せている『凪のあすから』ですがまだあと10話もあります。着実に、油断せずやってやりましょう。今回からまた岡田脚本ではなくなります。だからといって気の抜けないのがこのアニメです。よそ見していると刃物で刺されます。

 

 

第16話 遠い波のささやき

 中学校の教室。光がふたたび通うようになります。だれも突っ込みませんが、手を豚のかたちにしているのは1話の再現ですね。オープニング。

 教室に馴染む光。前回とは違って地上側にも受け入れる空気がありますね。光も邪険にしませんし。気を遣ってやるさゆ。(光は、いつもの光だった。いつもの光のふりをする、光だった。それならわたしも、いつものわたしのふりをしようと思った)と美海。

 下校する光と美海。身長の話をしていると自転車で通り過ぎる峰岸くん。乱暴な運転をする車からかばってくれる光にどきどきしているのを見られます。追いかける美海。「もうあれ、教えてくれなくていい。もうわかったから」そのやりとりを遠くから見て勘違いする光。「違うから」と美海。ラブコメですね。だれがなんといおうとラブコメなんですよ。

 帰宅するふたり。ちょうど紡が出るところ。制服を貸しにやってきたようです。しかし制服の丈が合わず、新しいものを買う話に。「電車に乗って、デパート行って、みんなでオムライス食べようねー」とあかり。にやつく晃。

 翌朝。熱を出した晃。制服を買いに行くのは光と美海にふたりだけに。

 駅前。待っているさゆ。やってきたふたりに声をかけますが、届きません。

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距離を感じさせるカット。

 遅れて美海がさゆに気づきます。ちょっとだけ不機嫌になるさゆ。電車のなかでは「あのとき食べたイカスミチップスあったでしょ、黒いの」「美味かったよな、あれ。いまでもあんの?」と楽しそうにするふたり。8話の出来事ですね*1。さりげない会話ですが、話題によってあきらかにさゆを蚊帳の外に放っています。そもそもさゆは8話の遠征には参加していません。

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8話に出てきたイカスミチップス。ちなみにその話のなかで言及されることはない。

 町。シャッターが下りた場所がいくつか。いちゃいちゃする光と美海。「ねえ、用事あるんだよね?」とさゆ。怒り気味。

 テーラー。サイズを測ってもらう光。いっぽう「あたし、なあんでこんなとこにいるんだろう」とさゆ。ごもっともです。浜中の制服を仕立ててもらうことに迷う光ですが、「いえ! 波中で。波中の制服つくってください!」と美海。

 外に出て待っていると、さゆが出てきます。「お店の人困ってなかった?」ととげとげしくいいます。そして悪い雰囲気に。それから「ねえ知ってる?」(…)「叔父さんと姪って結婚できないんだって。三親等だから」*2

「どうしてよ……」

「なにが?」

「喜んでくれたよね。よかったね、って言ってくれたよね、さゆ。なのにどうして!」

「それとこれとは関係ないじゃん」

「ある! なんかさゆ感じ悪い!」

「感じ悪いのは美海じゃん! どうしてわざわざ買い物に呼ぶの? ふたりでよかったじゃん! いちゃいちゃ見せびらかしたかった?」

「いちゃ……そんなのしてない!」

「してる! 自分はいいよね! 好きな人、目ぇ覚めて。美海ばっかり。いいこととかいいこととか、全部美海じゃん。ずるいよ! あたし、今日いったいなにしに来たの!?」

  久々に感情のこもった言葉です。小学生のときにはできなかった応酬がこうしてなされているのがいいですね。いや、これもいたたまれないんですが『凪のあすから』ってこういうアニメですもんね。どんどんいたたまれなくなっていきましょう。

 やっぱり波中の制服をつくるのはやめる光。店を出ると、口論になっている美海とさゆ。「ごめん! 先帰る!」と美海。その場で泣き崩れるさゆ。駅前の広場あかりに連絡し、ずっと泣いているさゆを見、「お前ら、全然変わってねーのな」と光。すると車のクラクション。狭山です。

 造船所。以前美海が家出したときのことを思い出します。案の定足跡が。「お前、全然進歩ねーのな」と光。落ち込む美海にさゆとの仲を取り持ってやることを伝えます。しかしそのタイミングでクレーンが崩れ、視界を悪くした美海が海に落ちます。

 溺れるかと思いきやなにかの音が。美海の肌にも胞衣ができ、息ができるように。そこに光が飛び込んできます。

(海の中で見る光はいつもの光と変わらないはずなのに、いつもよりまぶしい、特別な光だった)

 光自身は「いつもの光」であって特に問題も解決してはいないのですが、美海のほうでは変化があった言葉です。そして陸に上がると靴を持ったさゆが。「よかった」と仲直りです。

 いっぽう喫茶トライアングル。「すみません。今日っていつですか」と裸の人物。要の声ですね。

 というわけで今回もエンディングです。美海とさゆの友情を中心に描かれていたのが今回の話ですが、「お前ら全然変わってねーのな」や「全然進歩ねーのな」という言葉にあるとおり、前回の中心にあった変わってしまった人々に対する印象を光が改めていることがわかります。

 前回が紡とちさきの回だったと考えると、順当な流れといえるでしょう。13話まで蚊帳の外にいた小学生組の美海とさゆが、これからは本格的にキャラの関係に絡んできます。オープニングのタイトルカットを思い出してもいいかもしれませんね(まなか不在の6人が立っているカットです)。

 というわけでこの先も見ていきましょう。

 

 第17話 ビョーキなふたり

 前回の続きから。

 帰宅する光と美海。「要くんが、目を覚ましたって!」とあかり。漁協に向かうふたり。着くとそこには要が。「やあ、おはよ」とオープニング。

 漁協にやってくるちさき。「ほんとうに地上に残ってたんだ」と要。近づこうとすると紡もそこに。若干の間。「なんでもない」なんでもなくないですね。

 教授に事情を聞かれる要。ほとんど覚えていないとのこと。「そういえば、音が聞こえたような気がする」に対して「わたしも聞きました」と美海。さらなる聴取が必要なようですが、海村の目覚めが近いかもしれない、と教授。まなかたちを案じる光。それを見つめるちさき。さらにそれを見つめる要。この矢印の連鎖も久しぶりですね。温まってきました。「変わらないものもある」と要。

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相変わらずの比良平ちさきが比良平ちさきたる所以。

 形見分けリスト(10話に登場)を見ているさゆ。大事に取っておいたのでしょう。

 紡の家にやってきた要。「ちさき、ほんとうにここで暮らしてるんだ」「そう言ったでしょう」「漁協にふたり揃ってくるからびっくりした、そういうことなのかなって」と気さくに言ってますが半分は本心でしょうね。要は紡の家で世話を受けるようです。

 台所でなにもいわず、阿吽の呼吸でコーヒーの準備をしていくちさきと紡。紡のほうに砂糖がなければすぐにそれを差し出すちさき。パジャマについて紡が話せばもう用意しているちさき。それを目の当たりにする要。人の心がない*3

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前振りもなくパーソナルスペースに入るのを他人に見せるのをやめろ。

 翌朝。要も中学に通うことになる告知。要は女子に人気。動揺するさゆ。光はもう制服ですね。結局つくったのか、紡の丈を直したのか。「あのころはさ、遠くから見ているだけだった。一緒にいたけれど、すっごく遠くて、近づけば近づくほど離れていっちゃう感じがして」とさゆ。それを聞いた美海は「でもいまなら、あの輪のなかに入れるかもしれないよ」

 海を見つめる要。思い出すのは光を見るちさき、紡と息の合っているちさき。「変わってない……のかな」

 下校する美海、光、さゆ。さゆは途中で別れ、偶然要を見つけます。しかしわからない要に逃げ出すさゆ。「ひょっとして……」しかしちさきがやってきて追うことはできないまま見失います。

 話ながら帰り道を行くちさきと要。

「ちさきは、変わったのかな」

(…)

「要は、変わった?」

「変わってないよ。寝てただけだし」

「そうなんだ」

「……変わるわけない」

 このふたりのあいだにも変化に対する思いが生まれています。

 数日後。精密検査の結果、美海に胞衣ができたことがわかります。晃に対して「俺とおんなじだ」という光。嬉しそうな美海。

 翌日の教室。浮かないさゆ。「要さんのところいつ行く?」「行かない!」

 放課後。さゆを探す美海。いっぽう光は学校に来た要と会います。水場が使えるように。「美海たち、掃除してくれたらしいぜ」そして要を慰める光。「ほんとうに光も変わった」と要。対して光は「だったらもう変わらねえ。これ以上変わったらまなかが起きたとき、びっくりさせちまう」その宣言を聞いてしまう美海。彼女はこういうパターンが多いですね。後手に回りやすい性質。まあじっさい後手ですし、胞衣ができたからといってそう簡単に光には近づけません。

 造船所。さゆを見つける美海。話すうちに口論になるふたり。「決めた。わたしも変わらない」と美海。

「病気でもいい、漫画でも構わない。気持ち悪くても、みっともなくても、それでもわたしは変わらない。変わらない!」

 怒りながら帰るさゆ。先日要を見つけた場所で、今度は声をかけられます。キョドるさゆ。「相変わらずだね」と要。泣きそうになるさゆ。(わたしも……病気だ)

 夜。家を出ていく光。「汐鹿生に戻れるかもしれねえんだ!」

 漁協。教授によれば要と美海が聞いた「音」を頼り汐鹿生に入れる可能性があるとのこと。光と要がその調査に向かうことに。しかし「わたしも行きます」と美海。

 翌朝(?)。氷に穴を開け、海に潜る3人。音を聞く美海。美海のまだ知っていない光の世界に入っていきエンディングです。

 前回、今回と美海とさゆにクローズアップする回が続きましたね。そして一貫して変化についての話がついて回っています。要も登場してオープニングの6人がやっと揃いました。そして案の定感情の矢印が大変なことになっています。道理で第2部のオープニングでは全員浮かない表情をしているわけですね。それはそう。

 展開についても作中時間を5年かけて配置したキャラクターに基づいておこなわれているので詰め込みすぎず、スムーズな感じがします。第1部で幾度かなされていた、問題→解決→人間関係の深まり、という一連の動きをもう取っていませんね。あくまで時間による変化と差があり、それを個々人がどう受け止めるかが話の核になっています。

 いちおう世界の寒冷化というマクロな問題は依然として存在していますが、あくまでキャラクターたちは自身の恋愛感情というミクロな問題で動く部分が大きいです。つまり恋愛の問題と世界の問題がオーバーラップしている。だから『凪のあすから』はセカイ系の子孫なんですよ!(ここで突然机を叩き出す)

 というわけで次回は久々の汐鹿生村です。まだまだ先は長いです。

 

 

 続く。

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*1:覚えている人間いるのか?

*2:同時に入る回想で義理なら問題ないとは言及される。峰岸くんのファインプレイ。

*3:明るいラブコメだったらここで「夫婦か!」とツッコミが入るところ。よって『凪のあすから』は明るいラブコメではない。暗いラブコメとは?

凪のあすからを誤読する12(15話)

 前回の衝撃的な語りのマジックからつづいて、今回は展開編ともいえる話です。

引き続き岡田脚本。やってやりましょう。

 

第15話 笑顔の守り人

 ちさき。時計を見ると夜の11時。前話の巴日が8時ごろという言及がありましたから、かなりの時間が経っています。足音。紡です。当然「遅かったね」と迎えるちさき。そして「帰ってきたよ、あいつ」「へ?」「光が帰ってきた」後ずさるちさき。「5年前のまま、変わってなかった」と紡。なにもいえないちさきでオープニングです。開幕から複雑な気配が漂っています。

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光について聞かされた瞬間。どう見ても全面的な喜びの表情ではない。

 至とあかりの家。アパートから引っ越したようです。目覚めた光を医者が診たところでしょうか。教授が質問したがっているようですが、「色々調べるのはもう少し待ってもらえますか」とあかり。

 休んでいる光の部屋をのぞき込む晃と美海。それをのぞき返す光。「化け物見たような顔しやがって……」「ち、ちが」「こっちのほうが驚いてんだよ。なんだよお前それ、14だって。同い年じゃん」顔を赤くする美海。5年前よりだいぶ相手を意識しているようです。あとちゃんと確認したわけではないですが、第2部に入ってから使用されるサントラ楽曲が増えている気がしますね。このシーンも(たぶん)耳慣れない曲*1

 あかりと中学生っぽいやりとりをする光。それを見て(戻ってきた。光が、戻ってきた……!)と美海のモノローグ。

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(戻ってきた)と口元に手をやる美海。この子人工呼吸したこと意識していないか。

 また眠るものの身体を起こす光。障子を開け、窓の外を見ると折れた橋脚。そしてまた障子を閉じます。あの出来事はなかったことになっていません。

 翌朝。光に会いに行かないちさき。「割と冷たいんだな、ちさきさんって」と教授。椀を強く机に置く紡。いっぽう(変わってなかった)と紡の言葉を思い出した直後、ちさきは乗るはずのバスの窓に自分の顔が映ったの見、その場にしゃがみ込みます。

 汐留家の朝食。部屋の隅にはみをりの遺影もありますね。「連絡したけど、今日はちさき忙しいんだって」とあかり。インターフォンを鳴らす音。狭山とさゆ。狭山に誘われ、車に乗せてもらいます。車窓から再び折れた橋脚。雪に覆われた村。声が入ってきません。

 漁協。囲まれる光。ぼろぼろになったおふねひきの旗。そこでまなかを思い出します。狭山に送ってもらう光。美海のモノローグ。(光はなにも変わらなくて、わたしは光と同い年になって。なのに……)

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(なのに……)と美海。この子やっぱり人工呼吸を意識しているじゃないか。

 調査したデータを確認している教授と紡。はさみを取り紡がちさきの部屋に行くと、服を脱いでいるちさきが。謝る紡。その場を去ろうとしますが、「わたし、どうだった……?」

「あのころと変わった……?」

「お前、あのころも言ってたよな。変わるとか変わらないとか。あのころいっつも」

「みんなに、変わってほしくなかった。ううん、ほんとうは、光に変わってほしくなかった。それなのに、わたしが変わっちゃったんだよ……」

  泣き出してしまうちさき。5年分の助走をつけて殴ってくる言葉の暴力性。しかしそこで「そうだな。変わったよ、お前。綺麗になった。ずっと綺麗になった。あのころよりも。それじゃ駄目なのか」と紡。「それだけじゃ、駄目なのか」

 あれだけのいたたまれない関係性を見せてきたうえで、15話のこのタイミングで紡という存在の矢印を明確にする計画性。また同時にひとつ屋根の下ハプニングを料理の仕方次第でシリアスに処理できるという技巧。

 翌朝。散歩に出かける光。それを見て、ちさきが来ないことに不満な美海。漁船で作業をする紡に声をかけます。「どうしてなんですか? 帰ってきたのに、光。どうしてちさきさん、会いに来ないんですか?」と食ってかかる美海。「俺たちよりずっと長い付き合いだからな。あいつらにしかわからないものがあるんだ、きっと」と紡。けれども美海は「また仲間外れ……」

 海を泳いでいる光を見つけた紡。「なにやってんだ」「なにって泳いでんだよ」「なんでちさきに会いに来ないんだ」そういう紡の感覚は美海と正反対ですね。しかし「なんでこっちから行けなきゃいけねえんだよ」と光。それを見て「ほんと変わらないな」とこぼす紡。ここで光が切れます。

「あたり前だっての……。俺はおとといなんだよ! おとといなんだおふねひきは! 俺にとっては時間なんて全然経っちゃいねえんだよ! いまだって、もうじゅうぶん参ってんだよ! あかりにガキいるし、みんなだって……。夏だったのに景色までみーんな変わっちまって! そうだよ、(…)ずっと一緒にいたんだよあいつと! そのちさきが変わっちまったら……。これ以上変わっちまったもんを見たくねえ! 疲れんだよ! 色々考えたくねえ! 知りたくねえんだよ!」

 それを盗み聞く美海。光の訴えていた体調不良は嘘で、精神的に限界だったというわけですね。家に戻り、ダンボールのなかを探します。「光にも、旗が必要なんだ……!」

 陸に上がり、「だっせえ」と涙をこぼす光。おふねひきの歌が村に流れています。その音を追って歩いた先にはちさきが。

「光……あの、わたし……変わっちゃって……ごめん」

「変わるとかなんとかさ、お前、こないだもそんなこと言ったぞ」

「こないだって」

「俺のこないだ!」

「あ」

「目覚めてみてさ。ほんとわかった。変わるのって、怖えよやっぱ。でも、お前全っ然変わんなくて安心した!」

  こうして互いの存在が互いにとって救いになっているのが上手いですね。じっさいはマイナスをゼロにしただけなんですが不思議と説得力がある。アニメでは泣き顔を重要なシーンで使うとそれだけでなんか説得された気になるのでそういうマジックでもあります。とはいえ、ちさきの光に対する感情の積み重ねがあればこそ活きる救いでもある。

 走って帰宅する光。旗を修繕した美海。笑う光。そして美海のモノローグ。(光の笑顔が嬉しくて、わからないことばっかだけど、届かないものばっかだけど、それでもわたしは、この人の笑顔を守りたい)

 家に帰ってきたちさき。しかし戸を開けることができません。「そんなとこにいないで、中に入れよ」と開ける紡。今回冒頭の足音に気づいた描写がそのまま返ってきていますね。「ちさき、光に会ったのか?」と訊ねます。するとちさきは「どうして……」と目をそらします。

 というわけで今回はここでエンディングです。前回は5年の歳月の変化そのものを見せましたが、今回は時間の負の側面、光たち不在で進んでしまった人々の関係について深堀りされました。

 特にちさきと紡の関係は前話の教授の話にもあったようにひとつ屋根の下なわけで、一筋縄ではいかないのが察せられます。エンディング直前の会話なんか、抜き出してみればどろどろした恋愛ドラマに使われるような台詞なわけで、それをうまく関係の微妙さに落とし込むあたりやはり脚本の手腕がうかがえます。

 また14話15話と見てきたところで、物語の語り手に近い立ち位置が光だけでなく美海にも与えられていることに気づかされます。第1部でクローズアップされなかった美海の恋愛がこれから腰を据えて語られていくわけですね。

 それにまだまだ語られていない関係も残っています。引き続き話を追いかけていきましょう。

 

 

 

 続く。

 

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*1:サントラを購入していないので以降サントラの話はしません

凪のあすからを誤読する11(14話)

 やってきました、第2部です。第2部? 見た人はもうわかりますよね。というわけでやってやりましょう。後編スタートの14話です。岡田脚本。

第14話 約束の日

 雪を踏みしめる足音。見たことあるような、けれど違う顔。ちさきです。坂から振り返り、海を見ます。13話までとは違い、厚い氷に覆われた海。なにかが決定的に変わってしまったことの証左。そして新しいオープニング。

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これまでにないほど深い空の青。一瞬で物語が違う段階に入ったことがわかる。

 新OPについては詳しく語らずにただ見て殴られてほしいので割愛します(のちの回で語ったりはするかもしれません)。ただ初回は3周くらいしてほしいですね。実質ノベルゲーの第2OPみたいなものなので。『凪のあすから』は全26話のテレビアニメであってノベルゲーではないんですが……。

 病院にやってきたちさき。ちさきは看護学校に通っているようです。病室には紡のおじいさんが。どうやらふだんから世話をしているようです。紡の話。紡は大学生でしょうか。棚に入っている財布を渡せる仲。

 バスに乗って鴛大師へ。途中、折れた橋脚が見えます。あの日の痕跡。

 駅前に着くと狭山(クラスメイトのひとりでしたね)が。サヤマートまで送ってくれるそうです。江川(クラスメイトのひとりでした)の話。できちゃった。「みんな変わったね。たった5年なのに」とちさき。ここではじめて時間経過が明確に語られます。団地妻扱いのちさき。

 サヤマート。髪型の変わったあかり。その隣には子供も。あかりと至の子でしょう。瞳が美海とおなじハーフの色合い。回想。おふねひきのあと、あかりは晃を身ごもったようです。「産めるわけない」と口にするあかりですが、「きっと、弟だよ」と美海。彼女の言葉によってあかりは出産を決意します。

 回想終わって浣腸。「ごめんね、いま浣腸がブームで」とあかり。ぼーっと見ていると世界や人々の変化に思考が引っ張られてしまいますが、団地妻といい、浣腸といい、できちゃった、という台詞といい、とにかく下ネタをぶち込みたがる岡田脚本の癖(へき)が自然と出ています。お気づきいただけたでしょうか。

 中学校。居眠りしている美海。それを起こそうとするさゆ。ふたりの関係は相変わらずのようです。そして先生も。巴日について。(大気)光学現象があたかも天文現象のように予測できるのは謎ですが、そういう世界なのでしょう*1

 焼却炉。将来について語るさゆ。「美海、髪、伸びたね」5年間伸ばしていたわけではないでしょうが、時間の経過を感じさせる言葉です。回想。「あのとき、わたしは泣かないって決めた」

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倒壊した橋脚。事故の記憶のキーとして複数人物が共有していることがわかる。

 回想続き。帰ってきたあかりが「光はまなかが好きだったから」とこぼします。その際、アップになる美海の顔。画面(カメラ)が揺れています。動揺ですね。しかし時間を飛ばしたうえの回想でこういうことをする手口は結果的にいえば自然なんですが、こんな入り組んだ作劇のアニメがあまりないせいで不思議と際立ちます。ふつうに人の心がないことをさりげなくやる悪質さがあります。そしてモノローグ。(わたしはいまでもここから見てる。光たちのいる、海を見てる)

 買い物を済ませたちさき。教授と紡を見て、ご飯に誘います。キンメの煮付けが都会では食べられないというのは、教授がそういう料理に触れない生活をしているからなのか、それともこの世界の物流が発達していないからなのか。おじいさんの思惑は外れて田舎料理のほうが教授には高評価ですが、代わりに「肉、美味いよ」と要。お金かけているものを理解しているのかもしれません。

「海村は日本に14か所しかありませんから。しかもどれもがいま、中に立ち入ることができない。(…)海村は最早存在しないって専門家まで出てきちゃってて」となかなかなことになっています。少数民族否定論に進みそうな。学術的な話になるところをうまく逃げていくちさき。「お前ほんとうになにもないの?」と教授。しかし紡は「あるわけないですよ」「あいつには、ずっと前から好きな男がいるんで」

 布団を敷くちさき。巴日に誘う紡ですが「巴日はみんなで一緒に見なきゃ意味ないの」とちさき。回想。おふねひきの事故の直後。おじいさんが引き取ってくれた経緯とその後の生活が語られます。高校への入学。おじいさんが倒れたこと。大学で海村について研究するという紡。「あいつらはきっと無事だ。すべてがいい方向に変わっていけば、きっと、また会える」

 海。炊き出しをする中学生たち。美海に告白をするという峰岸。観測をする教授と紡。(あの日から、ずっと海は凪いでいる)と美海。そこに峰岸くんがやってきて告白するも彼女は当然断ります。しかし好きな人についてはいえず。

 光る海。潮の流れが変わり、巴日が出現します。導かれるように走り出す美海。同時に観測した影を見て走り出す紡。出会ったふたりの足元がさらに発光し、気づくと倒れている人の姿が。光です。「変わってない。あのころと、なにも」と紡。「息、してない」と気づいた美海が人工呼吸をおこないます*2

 目覚める光。「まなか!」と起き上がります。美海を見て「お前、誰だ?」「美海だ」と返す紡。その言葉に驚き、さらに紡を見てショックを受ける光。

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2クール目も『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

 周囲を見、立ち上がる光。そして美海のモノローグ。

(光のその瞳は、悲しげに動きを止めた、凪の海だった)

 というわけでメインヒロインが一切出てこないままに今回はエンディングです。作中で5年が経ち、それぞれのキャラクターに回想できる過去があるという積み重ねをやりつつの回想がいっさいできない、おふねひきと地続きの記憶を持った光という対比がじつにエグいですね。

 視聴者としても冒頭から24分間ほぼガード不能攻撃を食らっていたようなもので、光と同じ体験ができたはずです。こんな膨大な時間経過による語りができるのはノベルゲーくらいだと思いませんか。いや、『凪のあすから』はノベルゲーではないんですが……。

 具体的にいうと、テロップで「5年後」とは出さず、映像のみによって世界が変わったことを否応なく説明する攻撃力はほかのアニメにはなかなか用意できません。なぜならそれをやるためには複数クールにわたる作品時間と密度を要するので、そんな作品はめったにつくられないためです。ノベルゲーには用意ですが。

 またこうした作劇に類例はあるでしょうが、それを紹介したりすればただのネタバレになるので難しいですね。半分叙述トリック*3のようなものですし。

 そういうわけでネタバレにも触れず、ちゃんと各話を見てきたみなさんだけが味わえるのがこの第2部の快楽です。おめでとうございます。今後もよいアニメライフを送っていきましょう。

 また今後この時間によって生まれた登場人物間の落差というモチーフはいくつかの岡田脚本作品でも変奏されている、といえるかもしれません*4

 有名作『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』ではヒロインめんまだけが死者として幼い精神年齢のまま周囲と関わりますし、『さよならの朝に約束の花をかざろう』では長命な種の主人公が短命な人間を育てます。近作の『空の青さを知る人よ』では13年の月日で人生が変わった人間たちのなかに13年前の夢を抱いていたころの自分が放り込まれます。

 それぞれの作品でアプローチは変わっていますが、『凪のあすから』では時間による落差と恋愛の問題が当然のように絡んできます。恋愛だけをやるなら1クールで足りるでしょうが、それだけにならない関係の複雑さが今後も展開されていきます。それについてはまた各話を見ていきましょう。

 

 続く。

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*1:凪のあすから』はSFではなくファンタジーだと思う。

*2:ただし正しい人工呼吸にはなっていない。中学生なら講習を受けていないことも大いにある。

*3:作者が読者に仕掛ける、という意味合いで。

*4:これについては千葉集氏(名馬であれば馬のうち)から示唆をもらった。

凪のあすからを誤読する10(12~13話)

 謎の全話レビューブログも2桁の大台に入りました。このペースで続けていければいいですね。5月中の完走ができたらうれしいです。今回もやってやりましょう。12話は久々の岡田麿里脚本回です。13話はちょうど半分です。

 

第12話 優しくなりたい

 美海のアップ。空地で花嫁のブーケ用の花を探す美海とさゆ。「なんでか光には冬眠してほしいって思えなかった」とこぼす美海。さゆも要に対しては似た感情を抱いていたようです。そこにやってくる灯。ベンジョグサをかましてやってオープニングです。

 灯のアップ。「ごめんなさい」とふたり。そして灯にあかりと光の冬眠を願い出る美海。しかし「冬眠してどうなるかは誰にもわからない」と灯。

 中学校は下校の時刻。光曰く、紡はちさきとまなかと一緒とのこと。それが面白くない要。彼も感情を隠さなくなってきています。

 町に出ている3人。古着屋で海の人間の胞衣が反射する不思議な着物を購入。その帰り、「あのさ、ちょっと、付き合ってくれるか」と紡。駅前。女性がいます。「紡くんのお母さんだ。きっと」とまなか。彼女はおじいさんから紡の両親が町で暮らしていることを聞いてましたね(9話)。あまり仲はよくないのかもしれません。

 喫茶トライアングル。ふたたび灯と対面するあかり。前回はほぼ平行線でしたが、今回は海の事情も知ったうえなので互いに歩み寄っています。おふねひきと結婚式について。そういえば結婚式の衣装を子供たちが用意するというのは『花咲くいろは』でもありましたね*1。そして感謝を述べていくあかり。

「母さんが亡くなって、父さんが初めてつくってくれた磯汁の味、あたし、忘れない。大きくてごろごろした人参と大根と、不器用だけどあったかくて優しい、父さんみたいな味。父さんがくれた、あたしたちにくれた愛情を、美海や至さんにも注いでいきたい。最後の最後まで、わがまま娘でごめんなさい。長い間、ありがとうございました」

 岡田脚本にはこういうホームドラマ的な、家庭を舞台にしたCM的な台詞回しへの意識があると思うのですが、その最たる例といった印象です*2。ほら、「大きくてごろごろした~」のくだりとかそういう調味料とか味噌汁とかのCMっぽいと思いませんか。思いませんか。

 造船所。大漁旗を握る光。「すべてが正しい場所へと向かえるように」という言葉に思うところがあるようです。

 電車。眠っているまなか。話すちさきと要。要の母の話に。「悪いな。ふたりのこといいように使った。あんまり、話したくなかったんだ、あの人と」なんらかの原因で関係が悪化し、鴛大師に来たのかもしれません。おそらく幼いころは仲がよかったと思われる品が以前の話でありましたね。紡の手に注目。

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9話に出てきた写真。母親の手を握っているのがわかる。

 「わたし、自分ばっかり可哀想なつもりでいたのかもしれない」とちさき。謝ります。「なんか決めたのか。そういう声してる」と紡。するとちさきは「あんまり察しがいい男の子ってモテないと思うよ」

 造船所にやってきた紡たち。旗を振る光。きらきらしたSEが鳴っています。「ひーくんは、いつから男の人になったんだろう」とまなか。

 海の下へ。冬眠を待たずに眠ってしまった女の子。地上では歌の練習が。「お前らが教えてやれ」とおじさん。

 波路中学校。身長を記録した柱。「やっぱりすごいね、光」とこぼすちさき。「あのね光、わたし光に話したいことがあって、よかったらこのあと……」告白の準備をしようとしますが失敗します。それを見て真顔になる要。

 教室。先生の真似をする光。手をあげる要。「まなかのことどう思ってるんですか」「要! どうしてそんなこと」とちさき。しかし「このままでいいわけないよね。たくさん食べたって、胞衣はどんどん育ってきてる。冬眠したら、みんなが同時に起きられる保証は」「もう会えなくなるかもしれないんだよ」ほかの3人の脳裏に(もう会えない)という言葉がかすめます。

 泣きそうになるまなかを見て「俺は、まなかが好きだ」と告白する光。そこから顔を背ける要。俯くちさき。

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告白時のちさきと要。ふたりの感情が覗いている。

「ひ、ひーくん、やだ。なに冗談」

「冗談じゃねえよ。好きだ。お前が紡のこと好きでも、俺は……」

「わからないよ……」

「まなか?」

「わたし、そういうのわからない!」

  椅子を倒し、駆け出していくまなか。わからないは彼女がこの数話ずっと繰り返してきた言葉でもあります。それを追う光とちさき。「ひどいよ要! あんなのってない!」そういわれた要は机に突っ伏し、「こっちだって、いっぱいいっぱいなんだよ……」と彼も彼なりに限界だったことがわかります。つくづくこのアニメ限界になっている子が多いですね。

 外。まなかの背中を追う光。しかし「追いかけないで!」とちさき。「追いかけないで! わたしは、わたしは光のこと……!」転ぶちさきに光が近寄ります。泣いているちさき。いままで涙といえばまなかの各話ノルマみたいなものでしたが、ここでちさきです。他人の告白が遠因で泣いてしまうあたり相当なものでしょう。彼女も限界。

「光のこと……でも、光はまなかが好きだから、言い出せなかった。振られちゃうから怖いんじゃなくて、わたしが思いを口にすることで、みんなの関係が変わっちゃうのが怖かった。でもね、それも違った。わかったの、わたし。わたしはまなかを一生懸命に好きな光が好きなんだ。だからごめんね。言えただけでいいの、もう満足だから。もうまなかのこと、追いかけて」

 字面だけ拾うとめちゃくちゃ自分勝手な感情を振り回していて趣がありますね。要の返事を期待しない態度と違って、好きに付随する部分をとにかくぶつけているのがそう思える理由でしょうか。なんといいますか、ぶっちゃけ重いですね。いいと思います。もっとやってほしい。

「お前と一緒だよ。ずっと関係が壊れるのが怖かった。言えただけでいいんだ」と光。

「壊れちゃうかな」

「壊れねえよ。なんも変わんね」

「光は優しいね」

「え?」

「ううん、わたし、優しくなりたい。心、綺麗になりたい。ここから見える汐鹿生の景色みたいに」

  一足飛びのモノローグに近い内容を会話でやる手法。これも岡田脚本といった感じがしますね。5話のとき以来だと思います*3

 いっぽう、家に帰ってきたまなか。眠っていた母親。テーブルに花びらがわざわざ散っているのが「死んでるみたい」という要の言葉を連想させます。「もうすぐ冬眠だもんね」に対して震えるまなか。嘘をついて駆けだしていきます。

(怖い……怖い……わからない……)

(どこに行けばいいの……わたし、どこに行けば……)

  旗を振る光のことを思い出しますが、まなかを地上に引き揚げたのは網でした。そして「どうした?」と紡。1話のリフレインで今回はエンディングです。

 みんなが世界の終わりに際して変わりつつあるなか、逆に変化そのものを自覚できないまなかという構図になっています。これは当初、だれよりも最初に(恋愛へと)踏み出すのがまなかだった、という構図から綺麗に逆転していることになります。にもかかわらず全員が限界になっているというどん詰まり感。構成の妙ですね。

 さて、いよいよ次回はおふねひきです。彼/彼女らの感情は報われるのか?

 

 

第13話 届かぬゆびさき

  漁船の上。「悪かったな。梅干し入ってるから」とお茶を渡す紡。受け取るまなか。「なんで、泣いてる?」「太陽だから。紡くんが、太陽だから」そしてまなかは語りはじめます。

「ちっちゃいころ、まだひとりで勝手に地上に上がっちゃだめって言われてて。それでもずっと空を見上げてた。憧れてたの。海の向こうの、空の向こうのずっとずっと遠くの太陽に。まぶしくて。照らされて。熱くなって。どきどきして。でも……」

 その先は語られず、彼女の真意はわからないままオープニングです。

 夜の静けさに「そっか、ざわついてたのは俺か」と気づく光。回想。

(でもきっと、俺だけじゃない。みんな誰かを思って、そんで、その思いを自分でも気づかなかったり、持て余したり。せっかく思ってくれてるのに気づけなかったり、答えられなかったり。揺れて、揉まれて。みんな必死に舵を取って渡ってるんだ。それでも。いや、それだから……)

 いくつかのカットには光の知っていないシーンも入っていますね。光が至ったのは人生観ですが、『凪のあすから』の物語観でもあります。そして駆けだしていきます。

 まなかと会う光。前話での告白を謝ります。「そんだから、もっとちゃんと言っとこうと思ったんだ」

「俺、やっぱりまなかが好きだよ。まなかが好きで、大切だ。それは絶対だ。でも、ちさきも要も、紡も、あかりも美海もさゆも、親父だって。やっぱみんな大切なんだ。お前が俺のこと、好きでも好きじゃなくても、俺にとってお前が大切なのは絶対変わんねえから」

 この言葉はおそらくまなかにとってもわかる言葉になっていますね。3話でウミウシが出てきたとき、「ちーちゃんもひーくんも要も好き。それはわかる。でもつむ……木原君はちょっと違って。よくわからないの」というまなかの台詞がありましたが、そういう態度を尊重したうえの言葉としても読めます。

 目に涙を浮かべるまなか。「あ、そんでお前のほう、さっき言いかけてたこと」と光。すると「おふねひき、終わったら言うね」「ひーくん、旗振ってね!」と返します。「いっぱい振ってね。そしたらきっと、みんな迷わない!」青春っぽさが出てきました。そしてヒロインらしい振る舞いでもあります。

 翌日。おふねひき当日。4人それぞれ家を出ます。ちさきと要は途中で一緒に。「もし結局眠ることになって、別々の時間で目覚めても、僕がちさきを好きなことは変わらないから。それは覚えておいて」と要。

 4人揃ってうろこ様に挨拶。「気のすむようにやってみりゃあいい。儂にはなんも変えられん。じゃがお前たちにはなにか変えられるかもしれんからのう」とうろこ様。灯とも言葉を交わします。

 地上ではおふねひきの準備が進んでいます。立てられた看板を見ると鴛大師のかたちがわかります。点線になっているのが巨大な柱群*4ですね。おふねひきは湾を一周するルートをたどるよう。看板には7月とあるので、今日は7月21日。

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おふねひきの看板。正式名称は「おふね曳き」らしい。

 いっぽう、クラスメイトの狭山と江川によって、制服姿から「海の男」にさせられることになる光。

 造船所。「お母さん」と呼ぶ練習をする美海。そして花嫁衣裳に着替えたあかり。直視できず逃げ出す至。「わたし終わったら、言いたいことあるから、だから」と美海。

 夜。おふねひきがはじまります。海岸線に沿って篝火が焚かれ、船が出航します。そして海からも光が届き、航路に道しるべが。登場人物たちのモノローグがつながり、祈りをかたちづくります。歌。独特のしらべ。

 しかし突然海に竜巻ができ、海が荒れはじめます。「まさか」「海神様が、ほんとうに」「あかりさんを、迎えにきた?」

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荒れだした海。夜によく見えてしまうということもあって異質さがある。

 海に落ちるあかり。助けに行く光とまなか。紡も巨大な波に飲み込まれます。海の暴力性がよく出ていていいシーンですね。紡はずっと憧れていた海の村を見て気を失い、そのすぐあとにちさきが助けにやってきます。要も彼を助けます。

 しかし船に上がろうとした要は紡を抱きしめるちさきを見てはっとします。こういうときですら人の心がない。「見ろ、橋脚が!」の声。やっぱあれ橋の一部だったんですね。倒れる橋脚。それを躱そうとした船に振り落とされ、要は海に。

 あかりを助けようとするまなか。しかし潮の流れは強く、あかりを離しません。「誰かを好きになる気持ちを、無理やり引き離さないで! どうしても連れていくなら、代わりに、わたしを!」そういって飛び出すまなか。あかりに追いついた光はまなかに気づきます。彼女を救おうと手を伸ばしますものの、流れに阻まれます。最後に微笑むまなか。

 そして汐鹿生の村は胞衣のような光に覆われ、海の荒れは収まります。ちさきの絶望的な表情がいいですね。

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端的に最悪を物語っている。『凪のあすから』は表情がいいアニメ。

「見ろ、あれ」「誰か浮かんでくるぞ」「船出せーっ」の声とともに海を流れてゆくあかり。「お母さん!」と美海。このタイミングでその呼び方をするのが『凪のあすから』です。人の心がない。

 そうして海に漂う光の持っていた旗でエンディングです。今回はシーンじたいにエモさがあるのでとりたてて説明することはありませんが、それはそれとして人の心がなかった回ですね。積み重ねてきた感情のビリヤードも、台そのものがひっくり返るという最悪の事態でめちゃくちゃになっています。

 では海に飲み込まれた彼/彼女は無事なのか? 結局おふねひきは意味があったのか? それは次回のお楽しみです。いやあ、14話の入りが最高によいんですよ。ぜひすぐに続きを見てください。

 

 

続く。

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*1:文脈は違うが。

*2:その割には家庭内の不和や断絶が描かれる作品も多いが。『selector infected WIXOSS』からはじまるシリーズとか。紡もそうした断絶のパターンか。

*3:凪のあすからを誤読する4(5話) - ななめのための。で言及した。

*4:のちの台詞でわかるが橋脚らしい。

凪のあすからを誤読する9(11話)

 一日開けただけなのに不思議と長い時間が経ったように感じますね*1。この記事を毎回追って読んでいる人間がいるのかわかりませんが引き続きやっていきます。やってやりましょう。

第11話 変わりゆくとき

 というわけで今回も告白でオープニングです。髪をまとめる姿を見せているあたり、ちさきにとって要が恋愛対象と思っていなかったことがうかがえますね。

 ちさきの両親にもご挨拶。「別に、答えが欲しいわけじゃないんだ。ささやかな、抵抗みたいなものだから」と要。そして外へ。

(のちのちになって考えてみれば、その日の要とちさきは、たしかにどこかおかしかったような気がする。)と、光のモノローグ。しかし気づくまでには至りません。同様にまなかも自分のことでいっぱいいっぱいだった様子です。それからの出来事もダイジェストで語られます。そして青年会。冬眠のタイミングはおふねひきの日と重なるようです。

 アパートで朝食を摂るあかり、至、美海。美海はやはり不安をぬぐい切れていないようです。学校に行く美海。婚姻届け。式をあげるつもりはないあかり。「こんなご時世だし、父さんとか呼んでもきっと来ないし」しかし至は「でも、だからこそちゃんとしたほうがよくないかな」。灯に認めてもらうことを考えています。

 教室。胞衣の水分補給を汐鹿生から指示されています。光はめまいを起こし、4人は水場へ。涼しいとはいえ季節は夏のはず、ですが空や空気の色調は冬に似たそれになっています。すぐに乾く胞衣。

 またまなかと同様に、冬眠したときに同時に目が覚めるのかどうかについて、光も思い至ったようです。「ぼくらが同じ時間を過ごせるって保証されてるのは、いまだけなんだ。刹那的な気分にもなるよね」と要。はっとするちさき。

 そこにやってくる紡。給食について。「俺、食う」と教室に戻っていく光。それを追いかけるまなか。「わたしも食べる! だって、やだよ、このままなんて。眠って、起きたら全部変わっちゃってるかもしれないって……」拒否されたときのことがまだ記憶に新しい光ですが、「しゃーねえな……来いよ」とぶっきらぼうに返します。世界が輝く。光相手には初ですね。おめでとうございます。

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少女漫画か(10話ぶり3度目)。

 その一連の会話を見守っていた3人。「やっぱりまなかは走るのが上手いね」と要。「足は遅いくせに、ときどき置いてかれちゃう」とちさき。

 サヤマート。冬眠によって売上が伸び悩んでいます。人口がどのくらいかはわかりませんが、鴛大師も村ですので客の何割かが減ったとしたら確実に大打撃ですね。

 店の脇に美海とさゆ。「どっか行け」「行けっつってんだろ、継母!」いい台詞。駆けていくふたり。ガムを拾い、「ありがとね、でもわたしの行く先はもう決まってるよ」とあかり。そこに漁協の青年部の人が。

 漁協。光に頭を下げる大人たち。おふねひきをやってほしいそうです。それを見て「あのね、光」とあかり。

「この人たち、いままで鼻で笑ってたくせに、いざ不漁や凶作の兆しが見えてきたら、あんたたちに乗っかろうとしているの。すっごく虫のいい話だから、あんたは怒って断ったっていいのよ。でもね、もし可能なら引き受けて。地上はもうわたしの大事な場所なの」

 最後には「お願いします」と頭を下げるあかり。姉は指針を示すものですからね。実に堂々とした言葉です。それを受け入れる光。

 社殿。うろこ様に地上での出来事を伝えます。「じゃがのう、おふねひきをやってもなにも状況は変わらんぞ」いじわるな返しをするうろこ様。しかしそこで頭を下げる光。「頼むよ。地上を救ってやってくれよ。お願いします。あいつらを……」キレてばっかりいた光が成長しています。じっさいに大人や姉が頭を下げたのを見て、学んだのかもしれません。とはいえうろこ様には地上をどうこうする力はないとのこと。

 海辺。「俺、なんて言やいいんだよ……みんなあんなに頑張ってくれて……」と光。対して「あんたは頑張ったよ。大丈夫、みんな知ってるから」と頭をなでてやるあかり。「姉ちゃん……」自然と光も呼び方がむかしに戻っていますね。積み重ねがあるから活きる姉描写。そして「あのね、光。あたし、考えてたことがあるの」

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姉を描くことに余念がないアニメこと『凪のあすから』。

 紡の家に集まる人々。そこであかりが「おふねひきと、わたしたちの結婚式を一緒にやっていただけないでしょうか」と提案します。おふねひきに意味がないことは周知になっているようですが、「とりあえずなんでもいいから試してみたいの」。そしてその提案は、あかりの冬眠を願う美海に向けられたものでもあります。

「でも、もうわたしの人生には美海と至さんが必要なの。ふたりがいないなら、生きてる意味がないのよ。だからごめんね。わたしは、絶対、どっかいかない。美海と同じ場所で、同じ時を生きていくわ」

 その言葉を聞いて泣いて謝る美海。さらにあかりはつづけていいます。「なにもしないで、みんなと別れるの、嫌だから」はっとする5人。晴れ間が覗きます。みなが賛成し、おふねひきはどんどん大掛かりになっていきます。

 造船所で準備をした夕方。眠っているあかりと美海。ちさきはひとりつぶやきます。

「すごいですよね、憧れます。ううん、あかりさんだけじゃない。光も、まなかも、頑張って変わろうとして、ちゃんと変わって、周りまで変えはじめている。要もきっと。あかりさん、わたし、光に告白します。駄目かもしれないけど、でももう、なにもしないまま、変わらないままで終わりにできない。わたしも、そう思うから」

 長かったちさきの停滞もようやく解消される気配を見せて、今回はここでエンディングです。キャラクターのそれぞれの立ち位置が整理され、だんだんとお話が畳まれる予感が出てまいりました。とはいえ今回フィーチャーされたのはどちらかというあかりで、これまでの展開で至と話していた「ちゃんとする」の回答を婚姻届や結婚式として出してきたというかたちです。

 そういう意味では今回はつなぎの話という雰囲気がありますが、次回はぼくたちわたしたちのシリーズ構成岡田麿里が帰ってきます。震えて眠りましょう。きっといたたまれなくなるでしょう。そうだ、きっとそうに違いない*2

 

 

続く。

saitonaname.hatenablog.com

*1:鷺宮『三角の距離は限りないゼロ』の最新刊を読んでいたので更新をしなかった。

*2:まだ見直していないので細部を忘れている。